【43】ポンザレとみなぎる力のメイス
「フン、わかったことがある、発見だ。」
もっさり生えた顎髭をシャリシャリといじりながら、
バンゴがザーグ、ビリーム、ポンザレの三人を、
ギョロリと睨みつけながら言う。
ポンザレは緊張で口をもぐもぐさせて、唾をごくんと飲んだ。
「口で説明するより体で感じた方が早い。坊主、お前、
鎧のぶっ壊れた胸の部分を持ってみろ。」
「は、はい、わかりましたー。」
椅子から立ちあがったポンザレが、
作業テーブルの上に置かれた鎧を、抱えるように持ち上げる。
ズシリと重く、ポンザレの鼻息はフスフスと荒くなる。
「もういいぞ。」
「は、はいー。」
鎧がゴドンと重い音ともに置かれる。
「よし、坊主、この腕当てをつけた状態でもう一回持ってみろ。」
ポンザレは、革ひもを結んで腕当てを装着すると
再び鎧を持ってみた。
「あれ…?なんだか、少し軽くなりましたー。」
「不思議だろう?…そもそも、なんで領主が、いや、お前らが、
鎧の一部、腕当てと壊れた胸の部分だけ送ってきたのか…、
俺はそれがわからなかった。坊主の鳥が鳴いて教えたのは、
わかるんだが、それでもなぜ腕と胸だけなのか。
で、いろいろ試してみたんだが、この腕当てをつけて、
鎧を持つと軽くなる。だが、この腕当てをつけて、他のもの、
違う鎧とか武器とかを持っても軽くならねえんだ。」
「みなぎる力の鎧…その〔魔器〕の効果が、腕当てにまだ残っていて、
それが同じ鎧に対してだけ効いている…ということでしょうか。」
「おそらく、そういうことだろうな。あとは、鎧の、
そのぶっ壊れてる端っこの方から削った欠片をな、
溶かそうと試してみたんだが…ダメだ。何でできてるのかも
わからねえ。全く溶けやしねえ。ということで、これの形を
大幅に変えることはやっぱり無理だな。」
「…。」
「…。」
「はぁ…、ザーグ、ここまでやった俺をいたわれ。
酒でも飲んで、憂さを晴らしてえ。」
「酒なんか毎晩飲んでるだろう…まぁ、いいぜ、じゃ行くか。」
「親方、ちょっと待ってくださいー。」と、若い職人の
あげる悲鳴を後に、バンゴとザーグ達は店を出て
食堂に向かった。途中でミラやマルトーらとも合流し、
楽しく夜を明かした。
◇
「よし、坊主、何か閃いたか?」
翌朝、工房にザーグ達が揃うなり、バンゴがポンザレに聞いた。
「…閃いてはいないんですが、なんとなく思いつきました。」
「よしきた!さぁ、言え、言ってくれ!」
「あの鎧ですけど…叩いて小さくとか、できないでしょうかー?」
「なぬぅ…!?」
「叩いて小さくして、鎖とかで巻けば、ビリームさんが
泥人形の時に使っていた武器みたいになると思うんですー。」
「ぬぬぬ…た、確かになる。なるが…。」
溶かして、新たな武器に作り替えるのはまだ理解できた。
鍛冶屋はそうやって古い武器を生まれ変わらせるからだ。
だが、叩いて丸めて固めるってのは…どうなんだ?
それは古い武器を生まれ変わらせると言えるのか?
伝説の〔魔器〕を叩いて丸める…、想像するだけで
恐れ多い行為ではないか……、だが、溶かせない以上、
他に選択肢もない。
目を閉じて、腕組みをしたバンゴは、少しの間うんうんと唸ると、
やがて眼を開けてビリームに聞いた。
「うぅむ…ビリーム、お前はどうだ?」
「そうですね。鎖は、振り回して使います。回す分、
威力は上がりますが、軌道も読まれやすく、スピードも
遅いですね。やはり私としては、今まで使っていた
棍棒の延長ということでメイスの方が嬉しいですね。」
メイスは柄の先に打撃用の頭部(柄頭)がついた棍棒の一種だ。
先端が重いため、遠心力がつき、普通の棍棒よりも攻撃力が高い。
バンゴは、伝説の〔魔器〕を叩いて丸める、その行為に関して
聞いたつもりだったが、ビリームの返事は、武器を使う冒険者としての
回答であり、実にあっさりとしたものだった。
バンゴはこの返事で、悩みも吹っ切れてしまった。
「よし!しょうがねえ…、やるか。どっちにしろ、鎧はもう
使えねえわけだしな…、いまいち釈然としない部分はまだあるが…、
乗ってやろうじゃねえか。」
「よし、じゃあ話はまとまったな。ビリーム、
二人と一緒にがんばってくれ!俺は先に帰るぜ。」
黄金爆裂剣を作る際、「爆裂ぅーっ!」と、恥ずかしい掛け声を、
本気で叫ばされたザーグは、もう二度と巻き込まれたくないとばかりに、
足早に去っていった。
◇
朝からバンゴの工房には、奇妙な掛け声が響いていた。
「みなぎぃるぅぅーっ!」
金槌をふりあげたバンゴが、声を上げる。
「「「ちから!ちから!ちからぁーーー!!」」」
ガィンッ!
ポンザレとビリームが、焼けた鉄などを掴むヤットコで
左右から鎧を押さえているところに、バンゴの金槌が振り下ろされ、
鎧に当たるまさにその時に、全員が声を合わせる。
「みなぎぃるぅぅーっ!」
「「「ちから!ちから!ちからぁーーー!!」」」
ガィンッ!ガィンッ!ガィンッ!
数回毎にポンザレが、大金槌とヤットコに魔力を込める。
鎧は硬く、大金槌で二~三回叩いて、少し形が変わる有様だった。
食事や休憩を取りながら、執拗に叩き続け、叫び続け…、
日が暮れる前には、鎧は大人の頭ほどの大きさになっていた。
「一日かけてこれか…。フン、今日はもう止めだ。」
「…これは、本当に大変ですね。」
「ビリームさん、腕と足は大丈夫ですかー?」
「ええ、ポンザレ少年、もう大丈夫です。今日も、
痛んだりはしていません。喉は少し枯れていますがね。」
「それなら、よかったですー。」
「とはいえ、こっからはまだまだ長いぞ。というか坊主よ、
このまま放っておいて大丈夫なもんか?始めちまったら、
止めちゃいけねえとか…。」
「ん~よくわからないんですけど、たぶん大丈夫かなって、
思いますー。もともと鎧の力も残っているみたいですからー。」
「そうか、それならよかった。だが…、力が残っているおかげで
ビリームの望む〔魔器〕の効果はつけられねえとはなぁ。」
「いえ、バンゴさん。鈍器にみなぎる力…、最高です。高重量のものを
素早く振れる、これほど効く攻撃はありませんよ。」
「ふむ、それならよかった。じゃあ、ビリームの体調もあるからな。
明日は休みで、明後日から続きだ。ビリーム、明後日は、
お前の棍棒持ってこい。あれ、鋼で作ったよな?そのまま、
メイスの持ち手にする。」
「はい、了解しました。」
「じゃあ、また明後日ですー。」
◇
それから、一日おきに三人は集まって、
鎧を固く丸める作業を行っていた。
「みなぎぃるぅぅーっ!」
「「「ちから!ちから!ちからぁーーー!!」」」
ガィンッ!ガィンッ!ガィンッ!
作業日数が四日目を迎えた日の午後、
三人の前には、大人の拳を一回りほど大きくした白い金属の塊と、
そこから伸びる柄があった。
「フン、ようやく、ここまで固めることができたな…。」
「刺しこんだ私の棍棒は、抜けたりしないでしょうか?
これで…、完成となるのでしょうか?」
「しっかりと噛みこんでいるから、抜けたりはしないと
思うがな。念のため溶かした鉄を、柄と柄頭の間に少しだけ
詰めておこう。隙間が埋まって、さらにきっちり付くはずだ。」
「ここまで、長かったですー。」
「坊主、もう少しだ。ほれ、鉄に魔力を込めてくれ。」
「はい、がんばりますー。」
作業台の上に、最終工程を無事に終えたメイスがドンと置かれた。
「完成だ…完成で、いいんだよな?」
「おいらに聞かれてもわからないですー。」
「いや、完成でいいと思うんだがな。一瞬自信がなくなった。
今さらだが…こんな武器の作り方は初めてだからな。」
白銀の鎧を固く小さく丸めたメイスの柄頭は、
所々に凹凸が不規則に出ている。黒錆色の柄は、
使いこまれたビリームの金属の棍棒を、
そのまま使用しており、柄頭と一体になっている。
ぱっと見、白と黒のちぐはぐな印象が目につくが、
〔魔器〕特有の不思議な雰囲気のメイスに仕上がっていた。
「では、改めて…持ってみましょう。ふむっ。」
ビリームが片手で、ぶぅぅんと音を立ててメイスを振る。
「おい、ビリーム無理するな。」
「いえ、骨はもうずいぶん前につながっています。
今は衰えた筋肉を鍛えなおす時期です。もう大丈夫ですが…、
大丈夫ですが、これはなかなか重いですね。」
ゴゴンと重たい音を立てながら、ビリームはメイスを机に戻す。
「おいらも持たせてくださいー。」
ポンザレも試しにと持ってみる。
持ち上がりはしたものの、その重さに体が振られ、
あわわ…と、体勢を崩してよろけそうになる。
ましてやビリームのように、振ることなどできなかった。
骨折が治ったばかりで、筋肉が多少衰えていながらも、
しっかりと持ち、振ることができたのは、ビリームが筋肉質の大男で、
その見た目の通り、もともと力が強いからだ。
「よし、ビリーム、腕当てをつけて振ってみてくれ。」
「はい、お待ちください。」
腕当てをつけたビリームが、再びメイスを振る。
ぴうっ!ぴうっ!
まるで重さを感じさせず、剣を振るかのような風切り音が鳴る。
振っているビリームの体も先程よりも安定しているようだ。
「これは…、これほどとは…。」
「なんか、ぶっ叩きたいところだが、それは明日だ。
ザーグ達もいる時にした方がいいだろう。」
◇
翌日、郊外の森の中にザーグ達はいた。
ここは、ザーグが黄金爆裂剣を手にした時に、試し切りをした場所だ。
「さて、まずは腕当てをつけないでやってみましょう。」
そこそこの大きさの木にあたりをつけたビリームは、
ふぅと息を吐くと、片手に持ったメイスを振りかぶって、
勢いよく木の幹に当てた。
ゴギャッという鈍い音と同時に木が揺れ、幹が樹皮ごと
すり鉢状に抉れている。メイスとしては、相当な威力である。
小さめの魔物であれば、一撃で頭部は粉砕できるだろう。
「では、次に腕当てをつけて…よし、いきますよ!」
ぴうっ!ぴうっ!
二、三度、素振りをしてから、
ビリームは思い切りメイスを叩き込んだ。
ドゴォンッ!
凄まじい音がして、木が揺れ、大量の葉っぱが落ちてくる。
木の幹の半分ほどが抉り取られ、無理やり引きちぎったかのような
粗い断面からは、向こう側が見えた。
高重量の柄頭が、高速でもぎ取っていったのだ。
腕当てをする前に比べ、威力の次元が違った。
「すごいですね……、本当にすごいですね……。」
その手に握ったメイスと、腕当てを見ながら、
ビリームは呟くが、その声はわずかに震えている。
「確かにすごいね。魔物の手足にでも当てれば、確実に勝てるね。」
「ええ、そうですね。腕当ては、このメイス限定ですが、
なんと言えばいいのか…、筋力だけでなく、体全体の力を
底上げしてくれるようです。重さに振り回されないように
してくれるというか…、説明が難しいのですが。」
「そうだろうな。メイスの重さが変わらないはずなのに、
そんだけの速さで振り回しても、ビリームの体の芯が全くぶれてねえ。
あの将軍にしても、全身に着こんで、あんだけ動き回るなんて、
ただ単に力が上がるだけじゃ、できねえはずだからな。」
「ビリーム、あんた、そのメイスと腕当ては常にしとかないと
いけないんだろう?ちょっとわずらわしくないかい?」
「いえ、持てないほどの重さではないですし、
普段は腕当てをせずに使おうと思います。むしろ、その方が
筋力のトレーニングになります。それに…。」
「それに?」
「このメイスの力は確かに素晴らしいですが、常に使うのは
良くないでしょうね。〔魔器〕は本当に素晴らしいモノですが、
それに頼った戦い方しかできなくなります。それでは危険です。
ミラが、普段から眼帯をつけていないのと同じ理由です。」
「…うん、力に頼ると、それまで出来ていたことも
出来なくなっていく。どんな力も使うのは人間だから。」
ポンザレは、それを聞きながら、手を伸ばして、
ベルトにつけられたサソリ針や小鳥の鈴にそっと触れた。
〔魔器〕に頼った戦い方しかできなくなるのは危険だ…、
そのわけを実感することは、まだできないが、
なんとなく納得はできる話だった。ポンザレは、口をもぐもぐさせながら、
何度も心の中でビリームの言葉を繰り返した。
◇
その後もメイスの具合を試しつつ、
ザーグ達はメイスを取り入れた戦い方、
コンビネーションなどを話し合っていく。
一通りのシミュレーションも終わった頃、
ザーグが小さな声でビリームに話しかけた。
「ビリーム、お前、掛け声何だった?」
「掛け声とは…?」
「俺は、何度も何度も爆裂と叫ばされた。」
「あぁ、作る時の掛け声ですね。ちからーっと叫びましたよ。」
「は、恥ずかしくなかったか?」
「最初の数回は恥ずかしかったですか、バンゴさんはもちろん、
ポンザレ少年にまで、怒られまして。しっかり声を出せと。
それで…吹っ切れました。」
「そ、そうか。」
仲間ができたかと、少し期待を込めた目をしていたザーグは、
ビリームのあっさりとした返事を聞き、残念そうな面持ちで頷いた。
◇
街に引き上げる時間になった頃、ビリームが呟いた。
「これは、みなぎる力のメイスとでも呼べばいいのでしょうか。」
「…いいと思う。わかりやすい。」
「誰かさんには名前をつけさせちゃいけないからねえ。」
「…。」
そう言って、マルトーがザーグをちらりと見る。
被せるようにポンザレが、フォローのつもりで
余計な一言を発する。
「あ、でも、おいらちょっとだけ、ザーグさんがつける名前も
聞いてみたかったですー。」
「そうか、聞きたいか!」
「はい、お願いしますー。」
「そのメイス、鬼ビリドドーンっていう名前はどうだ?」
「鬼ビリドドーン。」
呟き返して固まるポンザレ。
「…はぁ。聞くんじゃなかった。」
「さぁ、帰りましょう。領主のボンゴールさんにも、
これを見せて報告しないといけないですしね。」
「あぁ、帰ったら皆で美味いもんでも食おうじゃないか。」
「…お前ら…聞いといてそれかよっ!」
「お、お、おいらは、い、意外に悪くないと思いますー。」
「よせよ、気を使ってくれるな…。」
ザーグの背中を、赤くなり始めた夕日が照らしていた。