【42】ポンザレと壊れた〔魔器〕の鎧
「ビリーム、調子はどうだ?」
「まだあまり動かせはしませんね。さすがに、空を飛ばされた時は、
もうダメかと覚悟を決めましたが…、助かりました。
早く皆と一緒に、冒険に出かけたいものです。」
ビリームの片手片足は、まだ包帯と添え木で
ぐるぐる巻きにされており、後ろの壁には杖が立てかけられている。
「ビリーム、あたしと、あたしの僕達に感謝しなよ。」
「今、しもべって言ったか?」
ザーグが思わず突っ込む。
「あぁ、泥人形戦で、あたしの乗った御輿を持ち上げていた奴らさ。
しもべって呼んでやると喜ぶんだよ。全く…やれやれだよ。」
そう説明するマルトーの顔は、まんざらでもない様子だ。
泥人形の戦いの際、鎧の将軍ギガンに空高く殴り飛ばされたビリームは、
屈強な男四人が担いだマルトーの御輿によって、受け止められ、
命を拾った。
「え、ええ、本当に感謝していますよ。マルトーにはもちろん、
彼等にも重々お礼をしようと思います。」
「ふふ、ならいいさ。」
ザーグ達が、隣街ニアレイから戻ってきて二日後、
泥人形との戦いからは、早くも十五日以上が過ぎた日の、
なじみの食堂での会話だ。
魔力の込められた薬で治療を続けているビリームの回復は、
かなり早く、そして順調で、ザーグ達の表情は明るい。
◇
食事を終えて人心地ついたところで、ポンザレが口を開いた。
「あの…そういえば今朝、目が覚めてふと思ったんですがー。」
「…きた。ポンザレの“ふと思った”。」
メンバー全員が、ポンザレの度々の思いつきによって、
自分達の〔魔器〕が産み出されたことを、理解している。
自然、次は何だ?と、期待のこもった目で、ポンザレを見た。
「で!?何を思いついたんだ?」
ザーグの被せ気味の返事に、少し戸惑いながらポンザレは続ける。
「は、はい、あの泥人形の将軍の鎧なんですけど…あれって、
どうなってますかー?」
「あぁ、あれか、今は領主の館に保管されている。
あぁ、そういえば、それの件で、改めて顔を出せと言われてたな。」
「おいら、ちょっと鎧を見てみたいんですー。」
「じゃあ、数日内にでも会えるかどうか聞いてみるか。」
◇
「ふぉ、これはなんとも綺麗じゃ!水竜の鱗で、こんな色のものが
あるとはのう…。ザーグよ、これは何枚あるんじゃ?」
水の滴る鱗をかかげて、領主のボンゴールが言う。
「俺たちで分けた残りだから、全部で二十枚ちょっとだったかな。」
「おいら達、お揃いで持ってるんですー。」
ニコニコと嬉しそうに答えるポンザレに、
「そんなこと報告するなよ…。」
と、ザーグが頭をかく。
「ふほほ。よしわかった、全部買い取ろう。…後で、
普通の水竜の鱗の相場を調べさせた上で値付けをしよう。
だが…、今回の泥人形の戦いの後始末と、隣町への救援資材などで、
まだまだ金がかかる。少し安くなるかも知れん。いやだったら、
断ってくれてよいからのう。」
「ボンゴールさんのことだから悪いようにはしねえだろうし、
状況は理解している。いいぜ、全部売った。」
「すまんの。…しかし、隣町の使いと偵察に行かせたのは確かにわしじゃが、
こんなお土産まで手にしてくるとはのう…。」
「完全に成り行きだな。まぁ、いい経験にはなったな。」
「それは何よりじゃ。さてザーグよ、今日の本題じゃがな。
あれじゃ、みなぎる力の鎧じゃ。」
「ああ。まずは、ボンゴールさんの考えを聞かせてもらっても?」
「ふむ、あの鎧じゃがな、あれが本当にみなぎる力の鎧なら、
壊れたとはいえ、その価値は計りしれん。かといって、買い取ろうにも
値段がつけられん。仮に、ほかで値段がついたとして、正直売ってほしくない。
さらに、じゃ。」
「さらに?」
「たまに来る他の領主にも自慢したいんじゃよ!これを着た奴が、
街を襲いよって、それをお主たちがやっつけたと!」
「いや、あまり大事にもしてほしくないんだが…。」
「ということでじゃ、この街の預かり品とさせてもらって、
その間は、お主に預かり料を毎月渡すというのは、どうじゃろうか?」
普通であれば、こんな提案を領主が、一冒険者にすることはない。
だがボンゴールは賢い領主である。ザーグ達がこの街にいなければ、
街が相当な被害にあっていたことを重々理解していた。
そして、泥人形をよこした相手は複数人で、
おそらくは組織立っている。それらを考慮すれば、
ザーグにこの街に居続けてもらうことは必須事項であり、
再び攻めてこないように、抑止力になってもらわねばならない。
もし…他の町などに、いい条件で引き抜かれたりなどしたら、
それこそ領主失格である。
とはいえ、冒険者は大概、縛られることを嫌うもので、
ザーグも同じだろう。地位や金を与えても
自分の配下になどできないし、そもそもならない。
それでも、何か少しでも、この街に居続けたいと思えるように…、
そう考えたボンゴールが出したのが、この提案だった。
「本当に、頭が回るな、ボンゴールさん。」
その意図を理解したうえでザーグが返すと、
ボンゴールは「なんの話じゃ?」と明後日の方向を向いた。
「ふむ…ということなんだが…、お前がしたいのは何だ、ポンザレ?」
◇
ボンゴールがきょとんとしながら、ポンザレを見る。
「ぬ?んん?なぜ、ここでポンザレなんじゃ?」
「うちの〔魔器〕担当だからな。」
「話が全く見えんぞい。」
「ザーグさん、おいら、鎧を見てみたいですー。」
「ということで、まずは鎧を見せてもらっていいか?」
「それはもちろんじゃが…、とりあえず、部屋を移ろうかの。」
ザーグ達は、以前にボンゴール一族と食事をした大部屋に入る。
部屋の中央、絨毯の上には長方形の大きな平台があり、
仰々しく白銀の全身鎧が人型に並べて置かれていた。
その腹から胸の部分は大きく裂けている。
「これ、内側も綺麗にしたんだな。」
「当たり前じゃろう!そのままに出来るわけないじゃろう!」
「ふむ…この鎧は、もう力はないのか?」
ザーグが顎に手を当てて、近づいたり離れたりしながら、
鎧を見つめる。
「実はの…よく洗った後に、それを衛兵に着せてみたんじゃが、
全くダメじゃった。動けんかった。この鎧、何でできとるのかわからんが、
かなり重いんじゃよ。」
「ふむ…。」
そういって、ザーグが片手で腕当てを持ちあげた。
持てはするが、ズシリと重みを感じる。
全身に着こんで戦うことを考えると、腕当て一つでも、あまりに重すぎる。
「みなぎる力の鎧…その名の通りだな。鎧そのものも、
力が発揮されていないと、動くことも満足にできねえってわけか。」
「で、ポンザレ、どうするんだ?」
「はい、思いついたのは、これですー。」
そう言って、ポンザレは腰のベルトにつけた、
青い小鳥の鈴を取り出した。
鈴の中に玉はなく、振っても音はしないが
ポンザレに危険が迫ったり、強い敵が近くにくると、
鳴いて知らせてくれる〔魔器〕だ。
「なんじゃ、それは?」
変わらず状況を掴めないボンゴールが、怪訝な目で小鳥の鈴を見つめる。
「ボンゴールさん、申し訳ねえ、後で説明させてもらうから、
ちょっと待っててくれ。…で、ポンザレ、その鳥は、お前が
危なくなった時に反応するんだったよな?」
「ええ、そうなんですけど、なんかこれを、鎧に近づけると
いいんじゃないかって思ったんですー。」
そう言ってポンザレが、小鳥の鈴を鎧に近づけると、
小さい声で、ピッピッピッと小鳥が鳴き始めた。
ポンザレに危険が迫った時には、ピヨピヨ!やピーヨピーヨ!と
騒がしいので、鳴き方も異なっている。
「あ、反応がありましたー!」
ポンザレがさらに鎧に近づくと、段々鳴き声は大きくなるが、
場所によって小鳥の声は、大きくなったり、小さくなったりするようだった。
しばらく、いろいろと試した結果、
腕当てと胴に近づけた時に一番大きく鳴くことが分かった。
ポンザレは何かを思い出そうとするかの如く、
腕組みをしてうんうん唸っては、口をもぐもぐさせる。
しばらくして顔を上げたポンザレは、ボンゴールに言った。
「この腕と胴体の部分だけもらえたりしないでしょうかー?」
「むぅ…?ポンザレよ、ザーグよ、まずは説明をしてくれんか?
わしには、何がどうなっているのか、さっぱりわからんのじゃ。」
◇
ザーグ達は、改めて今自分達が所有している〔魔器〕について、
ボンゴールに話をした。どうせ隠しておいたところで、
既に人目のある所で使用しており、放っておいても遅かれ早かれ、耳には入る。
話すことにためらいはなかった。
ただし、話せるのはあくまで既に見られているものに限ってだ。
「ふぉお…!それでは、お主らは、かすみ槍、黄金爆裂剣、小鳥の鈴と…
三つも〔魔器〕を持っている訳か!」
「…あぁ、そうだ。他言は無用だぜ、ボンゴールさん。」
実際には、それに加えて、効果は不明だがポンザレの指輪、
サソリ針、ミラの白い眼帯があるため、ザーグ達が所有している
〔魔器〕は、全部で六つになる。
「他言無用、承知しておるわい。しかし…お主らは黄金爆裂剣と
小鳥の鈴、両方とも汚泥の沼で拾ったと言ったのう…しかし、
ずるいのお…うらやましいのう…。」
黄金爆裂剣の入手経路に関しては明かせないため、
小鳥の鈴と合わせて、汚泥の沼で手に入れたということにしてある。
ブツブツと呟くボンゴールを横目にザーグは、
ポンザレに聞く。
「で、ポンザレ、鎧をもらってどうするんだ?」
「それは…わからないので、バンゴさんに相談ですー。」
その後、ザーグとボンゴールは交渉を行った。
壊れて使い物にならないとはいえ、完全な姿で保管したいと訴える
ボンゴールに対して、頭やら足やらの部分はそのまま進呈するから、
胴と腕当てだけをくれと主張するザーグ。
もともと倒した敵の持ち物は、戦利品として勝者に権利があるため、
ボンゴールも強くは言い切れず、最終的には諦めた。
「鎧が最終的にどうなるかだけは教えてほしい。後生じゃ、な、頼む。」
何度も頼まれて根負けしたザーグは、鎧の行く末を
ボンゴールに報告をすることになった。
また、ボンゴールは進呈に関しては丁重に断ったうえで、
あくまで領主が借りている形にしたいと譲らなかった。
結果的に金額は少ないが、毎月の預り料も貰えることになった。
◇
翌日の昼過ぎ、ザーグとポンザレの二人は、
さっそくバンゴの武器屋へと赴いた。
ビリームは引き続き治療に専念、女性陣は何か美味しい物を食べに行く、
と言って、同行していない。
二人が武器屋に着くと、待ち構えるようにカウンターにいたバンゴが、
ザーグを見るなり大声で出迎えた。
「おう!お前ら!ようやく来やがったな!
今朝がた、領主からぶっ壊れた鎧の一部が届いたぞ!
これは、あれか、ザーグ、お前がやっつけた敵の将軍の鎧だったか。
おい、これはみなぎる力の鎧…伝説の〔魔器〕だってのは、本当かっ!?」
唾を巻き散らしながら、到着するなり怒涛の勢いでバンゴが詰め寄る。
「着ていた本人はそう言ってた。あの、あり得ない馬鹿力を見る限り、
本当だろうな。」
「…な…な…。」
全身を細かくぷるぷると震わせながら、バンゴは爆発した。
「ザーグよぉ!なんでじゃ!なんで、壊したんじゃ!〔魔器〕じゃぞ!
神話級じゃぞ!なんじゃ、お前は!俺に嫌がらせでもしとるんかっ!?
俺は、あのバカンと裂けた鎧を見て、無性に悲しくなったぞっ!
涙が止まらんかったぞっ!」
一通り吐き出すと、はぁはぁと息をついたバンゴは冷静になって、
ザーグの目を見て詫びを入れた。
「いや、すまん。ちと勢いにまかせて言い過ぎた。
敵は…強かったのだろうな。よく無事に帰ってきた。」
「お、おう…ま、まあな。」
「さて、で、ザーグ、坊主。鎧をここに運ばせたのは何でじゃ?
奥の工房で、じっくりと話を聞かせてもらうぞ。」
工房に場所を移し、ポンザレは説明を始めたが、
小鳥の鈴の話をしたくだりで、再びバンゴが我を忘れて
興奮しはじめたため、一向に話は前に進まない。
一通りの説明をし終えたのは、だいぶ日も傾き始めた頃だった。
「…ということで、胴体の部分と腕当てを上手く使えば、
何か武器ができるんじゃないかと…、なんとなく思うんですー。」
「いや、思うんですーって言われてもな、どう使えと言うんだ。」
「おいら、なんとなく、ビリームさんの武器な気がしますー。」
「と言われてもなぁ。そもそも何の金属でできてるのかも
わからねえ。溶かして、いやそもそも溶けるのか、これ?
溶けねえことには、何も作れねえぞ。」
腕組みをしながら、口をへの字に曲げたバンゴは、
首を回しながら唸り続ける。
「とりあえず、坊主、ザーグよ。ビリームの怪我がもう少し治ってから、
改めて話をするか。それまでは、ちょっと俺もいろいろと
試してみるからよ。」
「そうだな、ビリームの様子を見つつ、ある程度したら、また来るぜ?」
「あぁ、泥人形のせいで、武器の修理や手入れ、製作なんかで
まだ忙しんだ。しばらく経ったらまた来てくれ。」
それからザーグは度々領主に呼ばれたり、
ポンザレはマルトーやミラ達と依頼をこなしたりしながら
せわしない日々を過ごした。
バンゴとザーグ達が再び顔を合わせたのは、
それから十五日も経った後だった。




