【40】ポンザレ、隣の町ニアレイに行く
街全体が、大きな酒場と化した祝賀の日の翌日、
ザーグ達は、疲れも抜けきらぬまま、領主の館で
ボンゴールと会っていた。
片手、片足を骨折したビリームは自宅療養中だ。
「ザーグよ、皆よ、改めて今回の活躍に礼をいうぞ。
お主らのおかげで助かった。」
「いや…戦ったのは防衛隊の全員だがな。できれば、死んだり
怪我した奴らへ見舞金の一つでも出してやってくれ。」
「それはもう手配しておるよ。さて…お主らには充分に休養を
とってもらいたい所なのじゃが…急ぎで依頼があるんじゃ。」
「本当に人使いが荒いな…ボンゴールさん。とりあえず言ってくれ。」
「街道で別れた泥人形3000体は、隣街のニアレイに向かったという報告、
お主も覚えておろう。」
「あぁ、こちらは何とかなったが…ということは、ニアレイの様子を
見に行ってほしいというところか?」
「まさに、その通りじゃ。ニアレイがまだ戦っているようであれば、
援軍を送るかどうかを検討したい。もし…壊滅でもしておるのなら、
その被害状況や、泥人形どもの今後の動きを推し量らねばならんのじゃ。」
「依頼は偵察ってとこだな。」
「念のため、親書を書いて渡しておくぞい。もし、ニアレイの領主に
会えたら渡してくれんかの。足が早くて丈夫な荷竜車も用意させよう。」
ザーグは、ふぅ、とわざとらしくため息をついて答えた。
「わかったよ。断れる依頼でもなさそうだ。だが、危なくなったら
逃げ帰ってくるぜ。うちは今、ビリームもいないしな。」
「わかっておるよ。ザーグよ…頼んだぞ。」
「あぁ、わかった。」
「さて…、わしからの用件は終わりなのじゃが…お主にどうしても
会いたいという人間がおっての。」
「…やっかいごとはごめんだぜ、ボンゴールさん。」
「まぁ、会うだけぐらい構わんじゃろ?ちょっと待っとくれ。」
ボンゴールが隣の部屋に続く扉を開けると、
街のお抱え魔法使いニーサが入ってきた。
泥人形でポンザレに助けられた時に負った額の傷には
軽く包帯が巻かれていた。擦りむいた頬の傷はまだ跡が残っている。
ニーサはザーグの前まで来ると一気に言った。
「ザーグ…さんね。お願いがあるの。私をあなたのパーティに入れなさい。」
「断る。」
即答だった。
あまりの決断の早さに、ザーグ以外のその場にいた全員が固まった。
「な……コホン…り、理由を聞いてもいいかしら?」
「俺がパーティのリーダーで、あんたの加入はないと判断したからだ。」
「そ…そ、そうです…か。」
目の端に少し涙をにじませながら、ニーサは悔しそうに
何故かポンザレを見つめてきた。
「じ、じゃあ…。」
「じゃあ?」
ニーサはわずかに頬を染める。
「その、ポ、ポンザレを、わ、私の弟子にするわ。」
「待て待て待て、ニーサよ。ポンザレが魔力持ちなのは
知っておるが、魔力はほとんど持っておらんという
検査結果のはずじゃったぞ。弟子には無理じゃろう。」
ザーグのパーティに加入したいとう話までは聞いていたであろう
ボンゴールが、話の先行きが見えずに思わず割って入る。
「なら、私の、私専属の執事でいいわ。お給金も、ち、ちゃんと
出すわ!」
面倒くさくなったザーグが、うんざりした顔でポンザレにふった。
「こういう話は本人の意思が大切だからな。ポンザレ、
お前はどうなんだ?」
「さぁ、ポンザレ、答えなさい。」
「え、おいら、弟子とか執事にはならないですー。」
「…ということだ、すまんなニーサさん。じゃあ、ボンゴールさん、
俺達は明日にでも出る、朝に竜車を取りにくるぜ。」
「あ、あぁ、頼んだぞい。」
「ポンザレ、行くぞ。」
ポンザレは、がっくりと肩を落としたニーサに、
「怪我の具合は良いみたいでよかったですー。じゃあ、おいら行きますねー。」
と声をかけ、ザーグに続いて部屋を出ていった。
後ろでは、慌ててニーサを慰めようと、
あたふたするボンゴールの姿があった。
◇
翌朝、ザーグ達はゲトブリバの街を後にした。
ボンゴールが御者もつけてくれたため、ザーグ達は幌の荷台の中にいた。
だがビリームが骨折治療中のため、ニアレイに向かうのは四人だ。
ビリームは普段、口数が多い方ではないが、
その大きな体から、なんとも温かい柔らかい雰囲気を発している。
四人だけの竜車は、いつもよりひんやりと少し肌寒く、
心許ないようにポンザレには感じられた。
口にこそ出さないが、ザーグ達も同じ思いであったようで、
いつもよりも会話がわざとらしくはずむ。
「くふふ…石降りのあの顔見たかい?ポカーンとしてたねぇ。」
「…泥人形の戦いの時、ポンザレは石降りを助けたから。」
「…あぁ、それでなんだね。ドキドキしちゃったんだねぇ。」
「…ドキドキしちゃった。」
「なにがですかー?」
「あんたは、意外に女泣かせだって話だよ。」
「よくわからないですー。」
皆のニヤニヤとした視線に、お尻がむずむずして落ち着かず、
ポンザレは幌を上げて外の景色を見た。
◇
街道を進んで六日が経ち、一行は隣町のニアレイに到着した。
領主の用意してくれた竜車の荷竜は、骨付きも太く、
がっしりとしており、その外観どおりのスタミナの良さで、
通常は八日かかる道のりを、二日も短縮した。
ニアレイは湖のほとりにある小高い丘に立てられた、
石造りの城壁をもつ美しい街だった。
「あれはなんでしょうか…。」
ポンザレは思わず声を上げた。
見渡すと大人数人分ほどの高さがある城壁のあちこちに、
まるで地面から橋をかけたかのように、
城壁の高さまで土が山のように盛られていた。
「なんだあの薄気味悪い土の山は…。」
「なんだか、気味が悪いねぇ。」
「警戒だけは怠るなよ。さぁ、街に入るぞ。」
門番も見当たらず、無造作に開け放たれた城門から、
ザーグ達は竜車ごと中に入った。
重く沈み込んだ雰囲気が町全体をすっぽりと覆い、通りを歩く人も少ない。
すれ違う住人は誰もが憔悴しきった様子で、力なく歩いていた。
街のいたる所に泥人形の残骸が転がり、
生々しい戦いの痕跡が街の壁や石畳に、赤くこびりついていた。
泥人形自体の戦闘力は決して高くはない。
だが、冒険者や衛兵ではない一般の住人が相手をするのは
きつかったのだろう。ザーグは竜車の中で、静かに目を閉じて黙祷をし、
ポンザレ達も無言でそれに倣った。
◇
ザーグ達は、中央通りを歩く住人に気をつけながら、
街の中央にある小城に向かった。
石造りの小城の正門は、殺気立った衛兵によって守られていた。
周囲の様子から鑑みるに、この小城は泥人形に侵入された形跡はなく、
衛兵達が文字通り死守したようだった。
「止まれ!何者だ!」
槍を構えた衛兵達が竜車を止める。
ザーグ達は竜車から降りると、衛兵達に伝えた。
「俺は、隣のゲトブリバの冒険者、ザーグだ。
ゲトブリバの領主からの依頼で、この街の領主に
親書を持ってきている。取り次いでくれ。」
「なに?わ、わかった、すこし待っててくれ。」
ザーグ達はその間、他の衛兵から改めて何があったのかを聞いた。
街道をゲドブリバに向かって移動していた商人の竜車が、
泥人形の軍団を発見し、大急ぎで引き返してきたのが始まりだった。
領主は、ゲトブリバから泥人形の話を聞いてはいたが、
まさか自分達の街が襲われるとは夢にも思っていなかったらしく、
街全体が上へ下への大騒ぎとなった。
ひとまず籠城をして様子を見ようと、ニアレイは城門を固く閉ざした。
だが、空を駆ける男が上空から指示らしきものをしてまわると、
城壁にとりついた泥人形の上に、次々と他の泥人形が被さっていき、
あっという間に山のような高さとなって、城壁を越え、侵入してきた。
冒険者や衛兵が、侵入してきた泥人形を片っ端から潰していったが、
いかんせん数が違いすぎた。
気がついたときには、城壁の何ヵ所も突破され、街の路地まで入り込まれた。
結果、一般の住人に大勢の負傷者、犠牲者が出たという話だった。
そうか、あれは泥人形の山だったのかと、ザーグは遠くの城壁を見遣った。
もしゲトブリバも籠城を選んでいたら、同じ結果になっていたのかもな…と、
ぶるりと体を震わした。
それがおよそ八日前の話で、泥人形が動かなくなったのが三日前、
動きを止めた泥人形を潰して回り、ようやく昨日今日になって、
街が落ち着いてきた…といった経緯だった。
◇
小城の客間に通されたザーグ達を出迎えたのは、
まだ年若い男だった。全体的に柔らかい雰囲気を持っていたが、
さすがにこの状況下では、焦りや疲弊感が全面に押し出され、
眉間にしわが寄り、くるくると巻いたくせ毛を
神経質そうに指でいじっている。
「私がニアレイの領主アンスラーだ。君はザーグだね。
ザーグと呼んでも?」
「あぁ。よろしく頼む。で、アンスラーさん、ボンゴールさんから
親書を預かっている。これだ。」
「あぁ、確かに受け取ったよ。すまないね、こういう時でなければ、
歓待の一席も用意して、ゲトブリバで一番有名な冒険者の
話でも聞きたいところなんだが。」
「いや…気にしないでくれ。」
「あぁ、親書を読む前に聞きたいのだが。」
「なんだ?」
「ゲドブリバの街では、泥人形はどうだったんだい?」
「3000体ほどが襲ってきた。」
「そ、それで…?」
「街道沿いの、街の手前の草原で戦った。こちらは600人だった。」
「か、勝ったのか…!?」
「あぁ、だから、今ここに立っている。」
部屋にいた他の人間からもため息がもれる。
「はぁ~…すごいな、やはり、ボンゴールさんはやり手だな…
さらには君のような実力のある冒険者がいてこそか…うーん、
ゲドブリバがうらやましいよ。」
その率直な物言いに、ザーグは少し好感をもった。
「竜車の中に、必要になるかもということで、
薬類も持ってきている。後で受け取ってくれ。」
「あぁ、もう本当に、何から何まで…助かるよ。
おい、誰か、後で薬を受け取ってくれ。
ザーグ、私は親書の返事を書くから、それまで少し待ってて…
いや街の宿屋を手配するから、そこで今日は泊っていってほしい。
すまないね、この城の開いている部屋は怪我人のために使っているんだ。」
「あぁ、一晩ベッドで休めるだけでも助かる。
まだ日も高い、ここの冒険者ギルドにも顔を出しておこう。」
「あぁ、よろしく頼むよ。じゃあ、また明朝。」
◇
冒険者ギルドは、小城と門をつなぐ中央通りの中ほどにあった。
大きなホール状の建物で、食堂も兼ねているのだろう、テーブルや
椅子が並べられている。
中にいた大勢の人間は壁際にずらりと並んだ受付カウンターに
押し寄せていた。
ほとんどは街の住人で、泥人形によってもたらされた、
様々な問題を解決してもらうべく、ギルドに依頼の申請に来たようだ。
そして、冒険者風の人間は極端に数が少なく、
多くは既に依頼で出払っている様子だった。
ザーグ達の姿を目ざとく見つけたギルドの職員が、
人をかき分け、近づいてくる。
「すみません、ただいまこの状態でして…。冒険者の方々ですよね?」
「あぁ、俺は隣街のゲドブリバのザーグだ。」
「!?ザーグ!…ザーグさんですか!?『透明の強盗団』殺しの!?」
「なんか気持ちいい呼び方じゃねえが…そうだ。
この街に領主の使いでやってきて、明日には帰る。
半日ほど時間があるから、何かできるかと思って来たのだが。」
「あ、あぁ!天は見放していなかった!あ、あるんです!依頼が!
ザーグさんに!お願いしたいんです!」
「まずは内容を聞いてからだ。」
「はい!こちらに!お願いします!」
◇
ギルド職員が案内したのは、衝立で簡単に区切られた
打合せ用のスペースで、説明された内容は以下のようなものだった。
ニアレイの街には、歩いて半日もしないところに
街の水源であるニアレイ湖がある。
その湖の岸辺に水竜がおり、岸に近づく人間を襲うのだという。
なんとかしなければ、と依頼を出し、高位の冒険者を差し向けようと
したところで泥人形が襲ってきたため、後回しになってしまっている。
街の高位冒険者は、今回の泥人形の襲撃で、負傷していたり、
疲弊した状態にあり、すぐには動けそうにない。
街の住人は、いつもその岸辺から生活用水を汲んでいるが、
水竜のおかげで遠回りせねばならず、ただでさえ皆が
疲弊している今、少しでも早く解決したい、といった話だった。
「ふむ…事情はわかった。一度仲間だけで話をさせてくれ。」
「わかりました、衝立の向こう、少し離れた場所にいるので、
終わったら呼んでください。」
そういってギルド職員は席を外す。
「さて…マルトー、水竜ってのはどんなんだ?
あの喉がビローンって伸びるやつだったか?」
「ハハ、ザーグ、それであってるよ。ポンザレは知らないから、
簡単に説明するとだね…下半身は魚みたいで、
上半身は短い腕にカギ爪、指の間には泳ぐための膜があって、
鼻づらが長くて、口がでかい。
下あごの一部から喉にかけて、よく伸びる皮膚になってて、
獲物をそこに入れてから、丸飲みしちまう生き物だね。」
思わずポンザレは生唾を飲んだ。
だがマルトーの教えてくれた情報はきちんとしたもので、
自分を怖がらせようと誇張したり、悪ふざけをしたものではない。
与えられた情報は咀嚼して、疑問に思うことがでたら聞かねばならない。
ポンザレはそう教えられてきた。疑問がわいたら、考える、聞く。
「お、大きさは、どのくらいなんでしょうかー?」
「そうだね、高さは私の胸くらいまでだね。ただ、体が長いから
だいぶ大きいよ。」
「動きは早いんでしょうかー?」
疑問をどんどん口にするポンザレにマルトーは、
わずかに笑みを浮かべながら答える。
「水の中は早いね。人間は絶対に勝てない。陸の上だったら、
素早くはない。ただ、獲物を捕るときの直進方向の瞬発力は侮れない。
あと…暴れるとやばいね。ポンザレ、あんた地面の上でビチビチ
跳ねる魚を見たことあるだろ?」
「はい。」
「あんな感じで暴れるよ。」
「……。」
しばらく黙り込み、口をもぐもぐとさせて考えていた
ポンザレだったが、顔をぐっとあげるとマルトーを見て聞いた。
「その水竜を…倒したことはありますか?」
「…もちろんさ。」
マルトーは大きな胸を少し反らして、嬉しそうに笑った。