【39】ポンザレとみなぎる力の鎧
「なぁ、今更だけどよ、二対一だ。問題は…ないよな?」
「おう、構わんよ。だが、お前さんら、わしを倒しきれんのじゃないか?」
「ま、心配するな、奥の手もあるんだ。」
「ふむ、お前はまだ、腰の剣を抜いていないな。それのことかな?」
「さぁなっ!」
ザーグは拳に握り込んだ土を、ギガンの顔に向けて投げた。
「フンッ!」
ギガンは息を吐きながら、頭を逸らして目を守った。
ギガンの反射神経に隙はない。
だがギガンの意識が一瞬、ビリームからそれた。
そのわずかな間を逃さず、風を切ってビリームの渾身の一撃が
ギガンの兜に当たる。
兜を強打すれば失神させたり、運が良ければ鼓膜を破ることができ、
行動の自由を奪うことができる。二人の連携によって、
それは成功したかに見えた。
だがギガンは、ふらつくこともなく、即座に後方にジャンプし、
大きく距離をとる。追い打ちをかけるには離れすぎていた。
「うぅ~む」と呻きながら、頭を振り、兜の上から
コンコンと頭を軽く叩くギガン。
「今のは危なかった!んむ!!いいぞ!お前ら!いい連携だ!
ウハハッ!楽しくてたまらん!」
「…隙ができねえな。相当場慣れしてやがる。」
「ようし、がんばるお前らに一つ、種明かしをしよう。
わしの来ているこの鎧な、名前を、みなぎる力の鎧と言うのだ。」
「みなぎる力の鎧…?…それは、バウキルワの神話に出てくる…?」
「おう、それだ。嬉しいだろう、その神話に出てくる〔魔器〕で、
お前らは最後を迎えられるのだ!さぁ、いくぞ!」
「なんてこった…嫌な予感が当たりやがった…。」
ギガンは、頭上で大剣をぶんぶんと振り回し、楽しそうに一歩を踏み出す。
その踏み出した右足に、ヂャリッとビリームの鎖が絡んだ。
対ギガン戦において、ビリームは真正面からの攻撃や、
鎖をギガンの体に巻き付けることを避けてきた。
ギガンの強大な力で鎖を掴まれて、投げ飛ばされたり、
引き寄せられたりすれば終わりだからである。
だが、ビリームは賭けに出た。
「うぉおおーっ!」
ギガンの足に鎖を絡めたまま、ビリームは雄叫びを上げて突進する。
その身体を一刀両断するべく、中段の高さを滑るように巨大な剣が走った。
つんのめるかのような姿勢で、地面に転がり込んだビリームの頭上を
大剣が抜けていく。吹き出す冷たい汗をうなじに感じながら、
ビリームは素早く二回、転がりながらギガンの横を抜けて立ち上がった。
「あと三歩…!」
ここから走れれば、鎖はギガンの足から上半身までを固定できる。
いかに怪力のギガンでも、鎖を千切るまでには少しは動きが鈍るだろう。
その隙にザーグが決める…瞬時に頭にイメージを作り、
ビリームの足は力強く地面を蹴った。
だが、ギガンはビリームの意図を見抜き、その動きを封じた。
振り切った大剣を躊躇うことなく地面に放り、体に巻き付きかけた鎖を、
右手でしっかりと掴んだ。
ザーグは動こうにも、ギガンの見えざる警戒網が自分を縛っているのを感じ、
動けなかった。
ジャリリと鎖が鳴り、ビリームとギガンをつなぐ鎖が一直線になる。
そして、ギガンは鎖を思いきり引っ張った。
「ほうら、終わりだ!とべぇい!」
すさまじい勢いで引き寄せられたビリームに、
ギガンの強烈なアッパーが炸裂する。
「ぐぅおおおっっっ!!!」
鎖は砕け散り、ビリームは天高く飛ばされた。
そして、その姿勢のままギガンの動きは止まった。
◇
砕け散った鎖が、バラバラと地面に落ちる。
彫像のように拳を振り上げたまま固まったギガンの腰には、
すがりつくようにザーグが抱き着いていた。
ザーグの手には、ポンザレから借りた〔魔器〕サソリ針が握られ、
その鋭い針先は、ギガンの鎧の隙間に刺しこまれていた。
「ふぅっっ、はぁっーーー!」
大きく息を吐きだしたザーグは、腰に下げていた剣を抜いた。
太陽の光を受けてギラリと光る黄金の剣は、戦いの場には、
場違いのようにも思える、明るく陽気な雰囲気さえ出ている。
その剣を映すギガンの瞳には、唐突に現れた死への驚きとともに、
安堵とも思える表情が浮かんでいた。
ザーグは密着した姿勢のまま、鎧の腰の隙間から、
黄金爆裂剣をずぶずぶと刺しこんでいく。
剣が体に刺し込まれるおぞましさ、焼けつくような熱さ、
鈍く広がっていく痛みを感じながらも、ギガンは動けない。
だが驚いたことにギガンは、血泡を吹きだしながら呟いた。
「ごぶぅ、ぶほっ…フゥ…わしにも、ついにこの時がきたか。
ゴブッ。見事な戦いだった…。礼代わりに、この鎧を、グブッ
…受け取るがいい。」
ザーグは手を緩めると呟いた。
「あんた強かったぜ。だが…こんな危ねえ鎧はいらねえよ。
そもそも全身鎧なんざ、俺達、冒険者には必要ねえ。」
「グハッハッ…そうか、冒険者か。グハ、ハ、、この鎧も自分達が
使えるかどうかしか考えておらんのか…おもしろいな…。」
徐々にギガンの声が小さくなる。
「お前の名前は…お…教えてくれんのか…?」
ザーグは、体を起こして兜の奥のギガンの目を見つめて言った。
「俺は…ザーグだ。…じゃあな。」
ザーグは剣に気を込めて、黄金爆裂剣の力を開放した。
派手な爆発音と、ギキィィンと金属の裂ける不快な音が同時に響く。
噴き出す血の音が続き、それもすぐに止むと、ギガンは後ろに倒れた。
みなぎる力の鎧は、腹と胸の部分から大きく爆ぜ裂けていた。
一方、大将が死んだからか泥人形は棒立ちのまま動きをとめ、
防衛隊もそれに釣られて、武器を握った手をだらんと下げていた。
ざわざわと騒ぎ出した周囲を見回しながら、
ザーグが大声で問いかける。
「ビリームはっ!」
「こっちだよーっ!」
声が上がったその先を見ると、
屈強な冒険者に肩車されたマルトーが手を振っている。
「ビリームは、あたしの乗ってた御輿で受け止めたよ!安心しな!
手足が一本ずつ折れただけですんだよっ!」
マルトーの横には、完全に壊れた御輿と、
呻いているビリームを手当てする屈強な冒険者達がいた。
「そうか…よかった…。」
ザーグは、ほっと小さくため息をつくと、改めて辺りを見回し、
指揮台の上でこちらを見つめるミラに気がつくと、小さく手を上げた。
◇
泥人形が再び動き出す様子はなかった。
どのくらいの数が残っているのかは把握できなかったが、
ここまで来たら終わりは見えたも同然だった。
「お前ら!怪我人は後ろに下がらせて素早く手当てを!
動けるものは、泥人形をぶっ叩け!」
「「「「「「おぉ…おおおっーーーっ!!!」」」」」」
防衛隊は武器を手に取りなおし、泥人形を破壊していく。
ニーサの応急処置を終えてたポンザレも、かすみ槍を手に取り加わっている。
さらに領主の指示で、街に残っていた人員も合流した。
泥人形の残骸はまとめられ、
草原の何ヵ所かに、高い土の山ができていた。
土山は、まるで最初からそこにあったかのように
風景に馴染んでいたが、あちこちから飛び出る白い骨が、
見る者に寒気を感じさせた。
「さぁ…逝っちまった仲間を焼いてやらねえとな。
知っているやつがいたら遺髪と遺品、冒険者ならプレートを
持ってやってくれ。」
防衛隊580名のうち、戦死したのは110名ほどで、
その犠牲の多くは、ギガンが投げた何本もの大木によるものだった。
途中で動きを止めたとはいえ、600名弱で3000体もの敵を
打ち破ったのである。犠牲者の数は格段に少なかった。
草原の一画に大きな穴が掘られ、
亡くなった防衛隊の遺体が置かれていく。
上から薪が幾重にも積まれ、最期に油が撒かれて火がつけられた。
勢いを増した火は、独特の臭いと共に、青い空へ巻き上がっていく。
真っ直ぐに伸びた煙は、黒い柱のようだった。
その柱の前で、ザーグや防衛隊は、長い時間黙礼をして、
戦死者を悼んだ。
◇
防衛隊が街に戻ったのは、日が沈みかけた夕刻だった。
皆一様に疲労が色濃く浮き出ており、
中でもザーグは顔色も煤がついたように黒ずみ、頬はこけ、
酷い様子だった。
街の入り口では、ボンゴールと大勢の住民が防衛隊を出迎えた。
「ようやってくれた!お主等!よう街を守ってくれた!わしは、この日を、
一生忘れんぞ!さぁ、街の者に声を聞かせてやってくれ!」
「ザーグさん、ここは私が。」
ザーグを気遣い、衛兵大隊長のコルコーネが声を張り上げた。
「さぁ、防衛隊の者共よ!我らが戻ったことを!
街の皆に声をあげて知らせようぞっ!声を張れっ!
我らは勝利したーっ!」
「「「「「「「「「「我らは勝利したーー!」」」」」」」」」」
「「「おかえりーーーっ!」」」
「「「ありがとーーーー!」」」
「「「ゲトブリバ、ばんざーいーーっ!!」」」
街全体が震えるような声があがり、皆が口々に喜びを語りあった。
「聞けぃーーーっ!これより領主さまより話があるーーっ!」
住民たちの興奮が少し収まったところで、
コルコーネが大声を張り上げて、周囲を静かにさせる。
それを受けて、ボンゴールはよく通る声で言った。
「皆のもの!防衛隊は、今日はすでに疲れておる。また皆も、
防衛隊の安否を憂い、祈り疲れておろう。今日はこのまま、
家に帰るんじゃ!明日じゃ、明日の昼過ぎから、明後日いっぱいまで、
祝いと…亡くなった者達の送り出しを行うことにするぞ!よいなっ!」
こうして防衛隊はその場にて解散となった。
誰もが口数少なく、疲れ切った様子で帰路についた。
ザーグやポンザレも、食堂にも寄らず、そのまま家に帰ると、
夢を見ることもなく泥のように眠った。
◇
明けて翌日、街は底が抜けたような大騒ぎになった。
領主から、籠城戦を想定して備蓄されていた食料の一部が、
冒険者酒場を初め、街のほとんどの食堂に配られた。
肉や穀物、野菜にいたるまで山と積まれた食材を
どの食堂も、息つく暇もなく調理をしては、
立ち寄る人間にどんどん振舞った。
酒樽も街の角に幾つも置かれ、木のカップを持った人間が、
好きに酒を注いで飲み歩いた。
冒険者も、衛兵も、住人も誰もが、杯を打ち鳴らし、
肩を組みあって、街が守られたことを喜びあった。
また亡くなった者を称え、その思い出を語り合った。
夕方を過ぎると、大通りにはかがり火が焚かれ、
深夜になっても、町が静かになることはなかった。