【4】ポンザレ、街道を行く
ポンザレは、冒険者ザーグのパーティと別れた後、
森の中の小川に沿ってひたすら降って行った。
滝の横を命綱なしで降り(滑って転げ落ちたが無事だった)、
川の中を転びながら歩き…と厳しい道だった。
夜の森は真っ暗で本当に恐ろしかった。
火を焚いても、かえって暗さを強調するばかりで
全く明るくならず、ポンザレは何回も不安ですすり泣いた。
元気を出そうと無理やり歌を唄ったら、どこからかふわふわと
薄青く光る玉が飛んできたこともあった。
ごめんなさい、もう唄いませんと涙・鼻水をたらしながら
土下座しまくったら光の玉はどこかに消えた。
途中で食べられる赤い実を見つけた時は、小躍りして喜んで収穫した。
ザーグにもらった塩漬け肉を切って煮た即席の薄いスープは
何よりも疲れた体と心を癒してくれた。
ザーグ達の与えてくれた数々のアドバイスに従い、
ついにポンザレは六日目にして街道へと辿り着いたのだった。
◇
ポンザレは、街道で二台以上の竜車からなる竜車隊を待っていた。
街道と小道の合流路で草むらに座って、ぼんやりと空を眺めながら
いつもの癖で口をもぐもぐと動かしている。
暖かな日差しがふりそそぎ、近くの森では小鳥がピヨピヨと
楽しげに歌って、のどかだった。
しばらくすると、荷竜のドスドスとした足音が遠くから響いてきた。
少し待っていると、豪勢な作りをした箱形の竜車と、
幌のついた竜車からなる二台組の竜車隊が街道を来るのが見えた。
荷竜の粗い鼻息の音もぶふぉー、ぶふぉーと聞こえてくる。
その荷竜は、よく見ると専用の外套なのだろうか高そうな布を
被せられていた。
この竜車は、普通の人間であれば絶対に声をかける事のない
金持ちの竜車だったが、ポンザレはそんなことは分からない。
ポンザレは立ち上がって、満面の笑みで両手を振りながら声を上げた。
「すみませーん、すみませーん、街まで乗せてくれませんかー!」
先頭の竜車の気取ったような御者は、「ほう!」と叫んで、荷竜のスピードを
少し落としたが、ポンザレの姿を確認すると思いきり舌打ちをして、
そのまま通り過ぎた。
「あのーっ!すみま…」
露骨に顔をしかめたまま、御者はすれ違いざまに、
竜用の長いムチをポンザレにびゅうっと振ってくる。
ムチを避けたポンザレは大きくよろけて尻もちをついた。
その横を通り過ぎた二台目の幌のついた竜車の中から、
屈強な冒険者風の三人の男がポンザレに罵声を浴びせる。
「ぶはは、馬鹿か、お前!」
「薄汚れた田舎者なんかは、そうそう乗せやしねえよ!」
「この竜車には偉い人が乗ってるんだ。邪魔して殺されなかっただけ
ありがたく思え!」
荷竜のドスドスとした振動が去り、上がった土煙も消えてくると
止んでいた鳥の歌声も戻ってくる。スボンの土ぼこりを払いながら
ポンザレはのっそりと立ち上がる。
「はぁ…しょうがないですー。」
ポンザレは一回空を向いて小さくつぶやくと、
再び街道沿いの草むらに座り込んで、口をもぐもぐさせ始めた。
◇
旅の移動は竜車が基本である。徒歩で旅をする人間は滅多にいない。
盗賊や魔物に襲ってくださいと言っているようなものだからだ。
徒歩で旅するものは大馬鹿者の世間知らずか、
相当腕に自信があるものに限られる。
だが竜車で移動していても盗賊や魔物は襲ってくることもある。
そして街道上の怪しい物や人は盗賊の罠の可能性もあるため、
今回のポンザレのように警戒されてしまうのも当然である。
結局のところ、乗せてくれるかどうかは運としか言いようがない。
金持ちや偉い人、街を往復する定期便の竜車は乗せてくれることはほぼなく、
逆にどこかの村やあまり裕福でない駆け出し商人が寄り合って乗っている
竜車の方が乗せてくれる可能性は高い。
半日も経った頃にやってきた次の竜車がまさにそうだった。
三台からなる竜車隊は幌も薄汚れて穴が開き、車輪や本体は近いうちに
壊れるだろうとしか思えないようなボロボロのものだった。
ポンザレは再び街道に出て、両手を振りながら声を上げた。
「すみませーん、おいらをー街までー乗せてくれませんかー!」
先頭の竜車の御者が、「ホウ!ホウ!」と叫んで
後続の竜車に合図を送ると竜車のスピードが大きく落ちた。
ポンザレは少し安心して、隣を軽く走りしながら話しかける。
「街までいきたいんですけど、徒歩は危ないから乗せてもらえませんかー?」
農夫の様な格好をした御者はポンザレをジロジロと遠慮なくながめた後
はぁ…とため息をついた。
「おめえ、金は持ってるべか?…ない?うーん…しょうがねえか。
まぁ、確かに危険ではあるっぺな。んじゃ、おめえ食いもんはもってるだか?
食わせるものなんて誰も持ってねえぞ。自分で自分の分は用意するだよ?」
「はい、おいらが自分で食べるはあります!」
「何かあったら、皆で協力するだか?」
「もちろんですー!」
「んだら、しょうがね。竜車は止めねぇから、このまま乗れ。」
「ありがとうございます!」
ポンザレは、走る速度をあわせると、竜車へひらりと飛び乗った。
竜車の中にいた人達がポンザレの体型をみて驚く。
ポンザレはぽっちゃりだが、わりと素早く動けるのだ。
◇
竜車の中には、タルや粗布でくるんだ荷物と一緒に、
薄汚れた格好をした男が三人いた。村人風の二人、行商人風が一人。
汗と垢の臭いでとても臭かったが、それはポンザレも同じだ。
男達は、初めはポンザレを警戒していたが、
ポツリポツリと話をするうちに、すぐに打ち解けた。
いずれも素朴でいい人達で、三男という理由で
村を追い出されたことを話すと、ポンザレに同情してくれた。
御者も加えてお互いの話を色々としているうちに、あっという間に
夕方になり竜車は街道横の草むらで野営をすることになった。
他の竜車からもバラバラと人が降り、竜車隊の総勢は十一名にもなった。
うち3名は明らかに雰囲気も違う冒険者で、怖そうな雰囲気もあって
ポンザレも周りの人達も話しかけたりはしていなかった。
御者に言われ、ポンザレを含む数人の人間が街道沿いの森のふちで
手早く木切れを拾って集めてくると、御者が火をおこす。
焚火を囲むように皆が腰を下ろし、それぞれが食事をとる。
旅をする人間は、自分用の小さな鍋を持つのが一般的で、
その鍋を使って簡単なスープなどを作って食べる。
ポンザレは水を入れた鍋に、細く切った塩漬け肉を入れて、そこに
森で収穫した赤い実を切って入れ、鍋を持ったまま火にかけて
甘じょっぱいスープを作って飲んだ。
穀物などの腹にたまるものは、四日ほど前からは食べていない。
温かい食事と水分でお腹は多少ごまかせるが、そろそろもう少しだけ
何かしっかりとしたものを食べたい気分だった。
残りの食料を確認すると、赤い実が十個、数個の木の実、
親指ほどの大きさ程の塩漬け肉の欠片が残るのみだった。
ポンザレは、竜車に乗せてもらったことの恩返しにせめてもと、
赤色の実を御者に渡した。
「よかったら、これ、どうぞですー。」
「お、坊主、もらっていいんだべか?坊主の鍋から甘い香りがしてたから、少しいいなと思ってたんだべ。ありがとな。」
「いえいえー、乗せてもらってありがとうございますー。」
ふと気がつくと十名ほどの他の人間が、ポンザレと御者のやりとりを
何も言わずに見ていた。
ポンザレは、その視線を受けて、あぁ皆にも上げないといけないかしら…と
少しの間悩んだ後、赤い実を結局皆に配ることにした。
明日からの自分の食べる分がなくなってしまうが、
村にいた頃は自分より下の兄妹によく食べ物を分けていたため、
ポンザレとしては、まぁしょうがないかと思ったのである。
1個ずつ赤い実を配って渡す。
皆口々にお礼を言いつつも、お返しに何かをくれるものはいない。
もともとボロボロの竜車隊で移動する人間達だ。皆も余裕がないのである。
ポンザレもお礼を期待して配ったわけではないので、
何も気にしていなかった。
冒険者の男に赤い実を渡すと、男が礼を言いながら受け取る。
「すまねえな、坊主、ありがたくいただくぜ。しかも、これは
リンベリーの実じゃねえか。シャクシャクして少しだけ甘酸っぱい…
この感じがうまいんだよな。こんな森の奥深くでしか採れないもの、
よく採ってこれたな。」
冒険者の男が感心しながら言う。
「その実って、リンベリーって言うんですか?」
「は、坊主、そんなのも知らなかったのか?」
ポンザレが冒険者ザーグに偶然出会い、アドバイスを受けて
ここまで来れたこと、その途中でリンベリーの実を採ったことを
説明すると、冒険者達は唸ってこう言った。
「うーん、おまえは、随分と運がいいやつだな。ザーグのパーティは
実力も高く、堅実に依頼をこなすことで有名だ。街じゃ一番か二番か、
そのくらいの実力派だ。…そんなパーティから生き残るアドバイスを
貰えるなんてことは、そうあることじゃねえ。おまえは本当に
運がいいやつだ。」
ポンザレは改めて心の中でザーグ達に感謝をした。
自分が生き残れてここにいるのは彼らのおかげである。
ザーグ達のエネルギーに満ちた熱い眼差しを思い出すと、
ポンザレの胸はジンと温かくなる。
また会いたいなと思いながら、ポンザレは口をもぐもぐさせて上を向いた。
下を向いていると涙が落ちそうだった。
夜も更け始め、人々は体を横たえ休みだす。
晩の見張りは冒険者達が行ってくれるという話がありがたかった。
近くに人がいることでポンザレは安心し、固い地面の上ではあったが
久しぶりに気をはらずに休むことができた。
近くに人がいても、善人とは限らないので気を抜いてはいけないのだが、
疑うことを知らないポンザレは全く気になどしていなかった。
焚火からパチッという音が響き、夜空に火の粉が舞い上がっていく。
今日の夜闇はポンザレに少し優しかった。