【37】ポンザレと開戦
合同訓練の翌日、沼のほとりの村に残した監視役から、
ボンゴールのもとに一報が届いた。
泥人形が沼から次々と上がってきており、
確認できたのは1000体ほどだったが、
最終的な数は不明であるという報告だった。
さらに日をまたぎ、街道沿いの監視役から、
泥人形の数が6000体ほどに増え、そのうち半数は
ゲトブリバの隣の街へ向かったという報告が上がってきた。
泥人形は眠ることも疲れることもない。
昼夜関係なく行軍を続けているようで、
想定よりも進軍が早そうだとの報告もあった。
最初の報告を受けた翌日、ザーグ達はすぐに準備をし、
草原に部隊を集めた。事が落ち着くまでは、街へは帰らない覚悟である。
そして、初めの報告から三日目の朝、
ついに草原をはさんで両軍は対峙していた。
片側には3000体にも及ぶ泥人形が、物音一つたてることなく待機し、
その中央、一歩前に出た位置に、白銀に煌めく全身鎧を着こんだ
大柄の男がいた。体格から、あの空を踏めるブーツの
シュラザッハではないことがわかる。
少なくとも味方でないことだけは間違いがなかった。
対するゲトブリバ防衛隊は、中央に衛兵200名、
右にマルトー率いる190名の冒険者、左にビリーム率いる
同じく190名の冒険者、という三軍体勢で迎え討とうとしていた。
指揮台の上にはザーグと衛兵大隊長コルコーネが立ち、
台のすぐ前には石降りのニーサとミラが、
近くにはポンザレも加わっている救護隊30名が控えていた。
口上や開戦の太鼓などは一切なかった。
鎧の大男が、スッと手をかざすと、泥人形は陣形を作るでもなく、
草原をゆっくりと進みだした。
◇
指揮台の上で、コルコーネは、ザーグを前に押し出しながら言った。
「ザーグさん、ここは、あなたから発破をかけてほしいであります。」
冒険者や衛兵の顔は、泥人形を目の当たりにし、
さすがに強張り青ざめている。ふぅ、とため息をつくと、
ザーグは大声で冒険者に話しかけた。
「冒険者のお前らっ!よぉく聞けっ!…いいか?お前らは…馬鹿だっ!
人の言うことなんか聞けねえっ!だから冒険者やってんだろっ?」
「「「そうだっ!その通りだっー!」」」
「心配すんなっ…俺も馬鹿だっ!!」
どっと笑い声が起こる。
「だから冒険者には命令は出さねえっ!だが冒険者の
一番大事なことは何だっ?……死なねえことだ!そうだなっ!?」
「「「「「おぉおお!!そうだーっ!!」」」」」
「まずは!その一番大事なことを守ってくれ!その上で…街からの、
そして俺からの頼みがあるっ!…これは依頼だと思ってくれっ!
そして冒険者じゃねえが衛兵達も、この依頼を受けてくれっ!」
皆が息を飲んで、静かにザーグの言葉を待つ。
「街を守ってくれっ!」
「「「「「「「おぉおおおお!!まかしとけーーーっ!!」」」」」」」
ガン!!ガン!!ダン!!ダン!!
総勢600名を越える防衛隊が一斉に気勢をあげ、
武器を打ち鳴らし、足を踏みしだく。
命令では動かない。だが誰かの頼み、依頼であれば話は別だ。
依頼を受けて動かないのは冒険者ではない。
自分たちの存在を深く理解し、心を震わせてくれるザーグの言葉だった。
衛兵達の身にも震えが走った。
冒険者ではないが、自分達は街を守る者だ。
有名人で鬼神のような強さを持つあのザーグが、自分達に頼んでいる。
街を守ってくれと。これで街を守らないのなら、
衛兵である意味がない…そう、奮い立った。
「冒険者達は、それぞれビリームとマルトーに続けっ!」
「衛兵達よ!銅鑼の音を聞きながら、小隊長に従えっ!」
ザーグとコルコーネがそれぞれ指示を大声で伝える。
銅鑼が鳴り、泥人形対人間の戦争が始まった。
◇
冒険者は銅鑼の音を聞いても、どうしても規律ある兵士のようには動けない。
統率された動きをしたことがなく、そもそも行う意味がわからない。
だが冒険者は、パーティを組んだ時に、お互いを補い合うように動くことができる。
ザーグは根本的に考え方を変え、それぞれを最大限に活かす方法を考えた。
まず全軍を三つに分け、右に冒険者率いるマルトー、
左に同じく冒険者率いるビリーム、中央に銅鑼の指示で動く衛兵を置く。
そのうえで冒険者は五人一組でパーティを組ませ、
前衛二人が攻撃を行い、左右を囲まれないようにサポート役を置く。
後列中央においたリーダーは、戦闘には参加せず、
疲労度に応じて前衛とサポートを交代させたり、進退を判断・指示させる。
また、リーダー達には、各々が属する部隊の長であるビリームやマルトーの動きを
よく注視して動くようにさせた。
あとはビリームとマルトーに部隊の運用を全面的に任せた。
実際に敵と戦う人数は減るが、こちらの方が冒険者の性にあった戦い方ができ、
効率が上がるとザーグは踏んだ。このやり方は、大正解だった。
◇
ザーグは、街で一番の冒険者であり、
当然メンバー達も皆によく知られている。
美人で凄腕の弓使いマルトーは、男女共に人気が高く、
皆から恐れられつつも慕われている。
弓使いは、高い所から射る方が有利である。
敵と入り乱れる戦場であれば尚更だ。
さらには部隊を任された以上、指揮も取らねばならない。
思索を重ねたマルトーは、自分専用のお立ち台を用意した。
お立ち台は、板に棒を取り付けただけの簡素な御輿で、
冒険者の中でも屈強でスタミナのある…マルトーに選ばれた男、
四人が担いでいる。
御輿には、幾つもの矢筒が固定され、大量の替えの矢が用意されていた。
四人の男たちも、幾つもの矢筒を腰や背中につけている。
ちなみに四人の中には、以前にマルトーの尻をなでて、
こっぴどい目にあわされた男も入っているが、その顔は実に嬉しそうだ。
「ほら!あんたらいくよっ!あたしを落としたら承知しないからねっ!」
「「「「はい!姐さん!」」」」
御輿に乗ったマルトーを守るように円陣を組んだ部隊は、
隊形を維持したまま、泥人形の群れに突っ込んでいった。
マルトーが示した部隊方針は二つだけだ。
御輿に乗った自分が一番戦況を把握できるから、私の指示に従え。
皆で一斉に突っ込んだら疲れちまうから、半分ずつあたるようにする。
この方針のもと、マルトーの部隊は開戦前に何回か訓練を行い、
結果、円陣の正面、半分のみで戦闘を行う陣形となった。
矢じりをつけず、先をつぶした矢は、
安定性に欠けるが、貫通せず破砕力が増す。
ボヒョンッと奇妙な音と共に、マルトーの放った矢は、
一矢たりとも外れることなく、人形の頭部を、腕を次々に砕いていった。
「ほらほら!あんたら、円陣をちゃんと右に回しなっ!
いつまでも同じ奴が、戦ってたら疲れちまうだろうがっ!」
「はい、姐さん!」
円陣の一部が、少し飛び出したのに気づいたマルトーは、
そのパーティのリーダーの背中にドスッと矢を当てる。
もちろん威力は調整してケガはさせない。
「そこ!飛び出すな!次は本気であてるよ!」
「すみません、姐御!」
円陣の半分以上が敵に突っ込みかけているのを見たマルトーは
音を出すために作られた鏑矢を取り出すと、
続けざまに二本射った。
ビィィィィーーーーーッ!!
ビィィィィーーーーーッ!!
陣形が前に出すぎているという合図だ。
その音を聞き、御輿の場所を確認した各パーティリーダーは、
すぐさまメンバーに少し下がるように指示を出し、
パーティの位置を調整した。
「ケガして戦えない奴が出たら、リーダーは手を上げなっ!
そのチームごと輪の内側に入って手当しな。動けるメンバーで
チームを再編して、陣に戻るんだよ!いいねっ!」
「「「「「わかりましたっ!」」」」」
「姐さん!これ終わったら、飯奢らせてくださいっ!」
「お、おれも!お願いします!奢らせてください!」
「おれも!」「私もっ!」
「バカ言ってんじゃないよ!あたしは、どんだけ食べればいいんだいっ!
まぁ、でも、終わったらバカ騒ぎするよっ!」
「「「「おおーーっ!!!」」」」
マルトーはいつの間にか「姐御」「姐さん」と、呼ばれていた。
部隊の士気は、異様なほど高い。
◇
ビリームの部隊は、マルトーとは全く異なる動きをしていた。
もともと衛兵たちの戦闘教官に就き、
様々な武器に精通しているビリームの名前は、街でも知られていた。
そして、ポンザレが、暴力沙汰ばかりを起こしていた冒険者パーティ、
『死神の剣』を見事に撃退したことが知れ渡ると、
ビリームのもとには戦闘教練の依頼が多く舞い込むようになった。
素人のポンザレを短期間で手練れへと育て上げた、
その知識と腕を自分達にも!と皆が考えたのだ。
ビリームは「誰であれ、少しでも強くなっておくに越したことはないのです」
と言って、教練の依頼を度々受けては、多くの冒険者達を指導していた。
ポンザレほどではないにせよ、教練を受けた冒険者は、目に見えて強くなった。
ほとんどの冒険者は、武器の扱い方を我流で学んでいる。
仮に教わることがあっても、教える先輩や師匠もまた我流のため、
どうしても癖や弱点をそれぞれに持っていた。
ビリームはそういった部分を指摘し、長所を見つけて伸ばした。
そうこうしているうちに、教練を受けた人間が増え、
いつしかビリームは冒険者達の先生役となっていた。
そんなビリームは、今回の得物として太い鎖を持っていた。
先端に鉄球もついていない、単なる鎖を、ぶぅんぶぅんと振り回して
誰よりも最初に泥人形の群れの中に突っ込んでいった。
「ぬぅうりゃああああああっ!」
鎖を一回振り回せば、数体の泥人形の手足や首が舞った。
わずか数呼吸の間に、数十体の泥人形の残骸が山と積まれていく。
まさに鬼神のごとき戦い方だった。
「ビリーム先生を囲ませるな!」
そのビリームの後を、冒険者達が追いながらフォローをする。
自然と部隊は凸型の陣形となって敵を割っていく。
部隊の通った後には、ぴくぴくと動く泥の塊が散らばっていた。
ビリームは、先頭に立ちつつも、絶えず周囲に目を配り、
戦況や部隊の疲労度を把握するように努めていた。
ひとしきり泥人形の海を蹂躙すると、大きくUターンして、
部隊を引きつれて戻り、わずかではあるが休憩を取った。
「ふぅ。皆さん、武器は大丈夫ですか?今、ここで確認をしてください。
特に剣を使っている人。少しの刃こぼれなら問題ありませんが、
緩みやヒビがあるなら交換です。冒険者は、自らの武器の状態を、
常に把握しておくものです。」
「「「はい!わかりました!」」」
「大丈夫ですね。では、もう一度突っ込んで、また戻ってきましょう。」
ヂャビシャァンッ!
ビリームが鎖を地面に叩きつけ、活を入れる。
「では、いきますよっ!」
「「「おおおおおぉぉぉ!!」」」
ビリームの部隊もまた士気が高い。
◇
一方、中央の衛兵達の部隊は苦戦を強いられていた。
通常、魔物と戦うことはほとんどない。
多少統率された動きがとれても、
実戦経験の乏しい衛兵達の攻撃は、精彩に欠けていた。
「私、行ってきますわ。余計な手出しをさせないでください。邪魔だから。」
いつの間にか台上に上がっていた、
石振りのニーサがその様子を見て、台からひらりと降りた。
衛兵達の怒号や悲鳴が飛び交い、巻きあげられた土埃と、
踏みしめられた草の青い匂い、むせ返るような汗と血の臭いの中、
フードを外したニーサが歩いていく。
後頭部でまとめられた長い茶髪が、何か生き物のように揺れていた。
「私はニーサよ。どきなさい。」
ニーサの周りには拳ほどの大きさの石が十個、
ふわふわと浮かんでいる。前方に浮かんだ四個の石が、
ニーサの歩く先にいる邪魔な衛兵をぐいぐいと押しやり、
道を開けていく。
やがて、泥人形と衛兵達が争う最前線にたどり着くと、
ニーサは声をあげた。
「さぁ、私の魔法を見せてあげるわ。」
ニーサは、右手を顔の高さまでスッと上げると、
右から左にザッと手を斜めに振り下ろした。
その動きに連動した数個の石が、獲物を襲う鷹の如き速さで、
泥人形を襲い、その頭や手足に穴を開け、砕いていった。
鏡で映したように左手で同じ動きをし、さらなる数の泥人形を
土くれに変えていく。
左右の手を交互に、時にあわせて振るニーサの前方で、
泥人形の海が割れていく。
「あははははっ!もろいのね!」
その魔法のあまりの破壊力に、台上のザーグは驚いていた。
数万人に一人の異能の持ち主。
領主が高い金を払ってでも、抱えておこうとする理由。
それがよく理解できた。
「おっかねえな、なんだあれは…」
そう呟いたザーグに、コルコーネが返す。
「自分も初めて見た時には、心底驚かされたであります。
一年ほど前ですか、街の近くで小鬼が大量に発生した時がありまして、
その時にも、ニーサ殿お一人で今のような形で撃破されたであります。」
この会話の間にも、数百の泥人形がニーサによって
単なる土くれに姿を変えていた。
◇
ポンザレは、30名ほどの救護隊にいた。
部隊の後方につき、怪我人が出ると肩を貸したり、
時には布にくるんで数人がかりで、
指揮台横の救護エリアに連れ帰って治療を行った。
泥人形一体で見れば、動きも遅く脅威ではないが、
複数体に囲まれて攻撃されると、どうしても怪我人は出てしまう。
特に経験の浅い衛兵部隊の被害は大きく、ポンザレは主にその後方を
行ったり来たりと忙しく動き回っていた。
ポンザレが怪我人を救護エリアに運び終え、再び戦場に戻った時、
ちょうどニーサが少し先を歩きながら、泥人形を粉砕しているところだった。
「ふわぁ…魔法使いってすごいですー。」
ポンザレは、しばらくその様子に見入っていたが、
深呼吸をして、怪我人の救出作業に戻ろうとした。
ピーヨ!ピーヨ!ピーヨ!
その時、腰のベルトからさげた、青い小鳥の鈴が鳴き始めた。
何事かと顔を上げたポンザレの視界に入ってきたのは、
回転しながら空を飛んでくる大木だった。