表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/104

【37】ポンザレと開戦



合同訓練の翌日、沼のほとりの村に残した監視役から、

ボンゴールのもとに一報が届いた。

泥人形が沼から次々と上がってきており、

確認できたのは1000体ほどだったが、

最終的な数は不明であるという報告だった。


さらに日をまたぎ、街道沿いの監視役から、

泥人形の数が6000体ほどに増え、そのうち半数は

ゲトブリバの隣の街へ向かったという報告が上がってきた。


泥人形は眠ることも疲れることもない。

昼夜関係なく行軍を続けているようで、

想定よりも進軍が早そうだとの報告もあった。


最初の報告を受けた翌日、ザーグ達はすぐに準備をし、

草原に部隊を集めた。事が落ち着くまでは、街へは帰らない覚悟である。



そして、初めの報告から三日目の朝、

ついに草原をはさんで両軍は対峙していた。



片側には3000体にも及ぶ泥人形が、物音一つたてることなく待機し、

その中央、一歩前に出た位置に、白銀に煌めく全身鎧を着こんだ

大柄の男がいた。体格から、あの空を踏めるブーツの

シュラザッハではないことがわかる。

少なくとも味方でないことだけは間違いがなかった。



対するゲトブリバ防衛隊は、中央に衛兵200名、

右にマルトー率いる190名の冒険者、左にビリーム率いる

同じく190名の冒険者、という三軍体勢で迎え討とうとしていた。


指揮台の上にはザーグと衛兵大隊長コルコーネが立ち、

台のすぐ前には石降りのニーサとミラが、

近くにはポンザレも加わっている救護隊30名が控えていた。


口上や開戦の太鼓などは一切なかった。

鎧の大男が、スッと手をかざすと、泥人形は陣形を作るでもなく、

草原をゆっくりと進みだした。





指揮台の上で、コルコーネは、ザーグを前に押し出しながら言った。


「ザーグさん、ここは、あなたから発破をかけてほしいであります。」


冒険者や衛兵の顔は、泥人形を目の当たりにし、

さすがに強張り青ざめている。ふぅ、とため息をつくと、

ザーグは大声で冒険者に話しかけた。



「冒険者のお前らっ!よぉく聞けっ!…いいか?お前らは…馬鹿だっ!

人の言うことなんか聞けねえっ!だから冒険者やってんだろっ?」


「「「そうだっ!その通りだっー!」」」


「心配すんなっ…俺も馬鹿だっ!!」


どっと笑い声が起こる。


「だから冒険者には命令は出さねえっ!だが冒険者の

一番大事なことは何だっ?……死なねえことだ!そうだなっ!?」


「「「「「おぉおお!!そうだーっ!!」」」」」


「まずは!その一番大事なことを守ってくれ!その上で…街からの、

そして俺からの頼みがあるっ!…これは依頼だと思ってくれっ!

そして冒険者じゃねえが衛兵達も、この依頼を受けてくれっ!」


皆が息を飲んで、静かにザーグの言葉を待つ。


「街を守ってくれっ!」


「「「「「「「おぉおおおお!!まかしとけーーーっ!!」」」」」」」


ガン!!ガン!!ダン!!ダン!!


総勢600名を越える防衛隊が一斉に気勢をあげ、

武器を打ち鳴らし、足を踏みしだく。


命令では動かない。だが誰かの頼み、依頼であれば話は別だ。

依頼を受けて動かないのは冒険者ではない。

自分たちの存在を深く理解し、心を震わせてくれるザーグの言葉だった。


衛兵達の身にも震えが走った。

冒険者ではないが、自分達は街を守る者だ。

有名人で鬼神のような強さを持つあのザーグが、自分達に頼んでいる。

街を守ってくれと。これで街を守らないのなら、

衛兵である意味がない…そう、奮い立った。


「冒険者達は、それぞれビリームとマルトーに続けっ!」


「衛兵達よ!銅鑼の音を聞きながら、小隊長に従えっ!」


ザーグとコルコーネがそれぞれ指示を大声で伝える。


銅鑼が鳴り、泥人形対人間の戦争が始まった。





冒険者は銅鑼の音を聞いても、どうしても規律ある兵士のようには動けない。

統率された動きをしたことがなく、そもそも行う意味がわからない。

だが冒険者は、パーティを組んだ時に、お互いを補い合うように動くことができる。


ザーグは根本的に考え方を変え、それぞれを最大限に活かす方法を考えた。


まず全軍を三つに分け、右に冒険者率いるマルトー、

左に同じく冒険者率いるビリーム、中央に銅鑼の指示で動く衛兵を置く。


そのうえで冒険者は五人一組でパーティを組ませ、

前衛二人が攻撃を行い、左右を囲まれないようにサポート役を置く。

後列中央においたリーダーは、戦闘には参加せず、

疲労度に応じて前衛とサポートを交代させたり、進退を判断・指示させる。


また、リーダー達には、各々が属する部隊の長であるビリームやマルトーの動きを

よく注視して動くようにさせた。


あとはビリームとマルトーに部隊の運用を全面的に任せた。


実際に敵と戦う人数は減るが、こちらの方が冒険者の性にあった戦い方ができ、

効率が上がるとザーグは踏んだ。このやり方は、大正解だった。





ザーグは、街で一番の冒険者であり、

当然メンバー達も皆によく知られている。

美人で凄腕の弓使いマルトーは、男女共に人気が高く、

皆から恐れられつつも慕われている。


弓使いは、高い所から射る方が有利である。

敵と入り乱れる戦場であれば尚更だ。

さらには部隊を任された以上、指揮も取らねばならない。


思索を重ねたマルトーは、自分専用のお立ち台を用意した。


お立ち台は、板に棒を取り付けただけの簡素な御輿で、

冒険者の中でも屈強でスタミナのある…マルトーに選ばれた男、

四人が担いでいる。


御輿には、幾つもの矢筒が固定され、大量の替えの矢が用意されていた。

四人の男たちも、幾つもの矢筒を腰や背中につけている。

ちなみに四人の中には、以前にマルトーの尻をなでて、

こっぴどい目にあわされた男も入っているが、その顔は実に嬉しそうだ。


「ほら!あんたらいくよっ!あたしを落としたら承知しないからねっ!」


「「「「はい!姐さん!」」」」


御輿に乗ったマルトーを守るように円陣を組んだ部隊は、

隊形を維持したまま、泥人形の群れに突っ込んでいった。


マルトーが示した部隊方針は二つだけだ。

御輿に乗った自分が一番戦況を把握できるから、私の指示に従え。

皆で一斉に突っ込んだら疲れちまうから、半分ずつあたるようにする。


この方針のもと、マルトーの部隊は開戦前に何回か訓練を行い、

結果、円陣の正面、半分のみで戦闘を行う陣形となった。


矢じりをつけず、先をつぶした矢は、

安定性に欠けるが、貫通せず破砕力が増す。

ボヒョンッと奇妙な音と共に、マルトーの放った矢は、

一矢たりとも外れることなく、人形の頭部を、腕を次々に砕いていった。


「ほらほら!あんたら、円陣をちゃんと右に回しなっ!

いつまでも同じ奴が、戦ってたら疲れちまうだろうがっ!」


「はい、姐さん!」



円陣の一部が、少し飛び出したのに気づいたマルトーは、

そのパーティのリーダーの背中にドスッと矢を当てる。

もちろん威力は調整してケガはさせない。


「そこ!飛び出すな!次は本気であてるよ!」


「すみません、姐御!」



円陣の半分以上が敵に突っ込みかけているのを見たマルトーは

音を出すために作られた鏑矢かぶらやを取り出すと、

続けざまに二本射った。


ビィィィィーーーーーッ!!

ビィィィィーーーーーッ!!


陣形が前に出すぎているという合図だ。


その音を聞き、御輿の場所を確認した各パーティリーダーは、

すぐさまメンバーに少し下がるように指示を出し、

パーティの位置を調整した。



「ケガして戦えない奴が出たら、リーダーは手を上げなっ!

そのチームごと輪の内側に入って手当しな。動けるメンバーで

チームを再編して、陣に戻るんだよ!いいねっ!」



「「「「「わかりましたっ!」」」」」



「姐さん!これ終わったら、飯奢らせてくださいっ!」


「お、おれも!お願いします!奢らせてください!」


「おれも!」「私もっ!」


「バカ言ってんじゃないよ!あたしは、どんだけ食べればいいんだいっ!

まぁ、でも、終わったらバカ騒ぎするよっ!」


「「「「おおーーっ!!!」」」」


マルトーはいつの間にか「姐御」「姐さん」と、呼ばれていた。

部隊の士気は、異様なほど高い。





ビリームの部隊は、マルトーとは全く異なる動きをしていた。


もともと衛兵たちの戦闘教官に就き、

様々な武器に精通しているビリームの名前は、街でも知られていた。


そして、ポンザレが、暴力沙汰ばかりを起こしていた冒険者パーティ、

『死神の剣』を見事に撃退したことが知れ渡ると、

ビリームのもとには戦闘教練の依頼が多く舞い込むようになった。

素人のポンザレを短期間で手練れへと育て上げた、

その知識と腕を自分達にも!と皆が考えたのだ。


ビリームは「誰であれ、少しでも強くなっておくに越したことはないのです」

と言って、教練の依頼を度々受けては、多くの冒険者達を指導していた。


ポンザレほどではないにせよ、教練を受けた冒険者は、目に見えて強くなった。

ほとんどの冒険者は、武器の扱い方を我流で学んでいる。

仮に教わることがあっても、教える先輩や師匠もまた我流のため、

どうしても癖や弱点をそれぞれに持っていた。

ビリームはそういった部分を指摘し、長所を見つけて伸ばした。


そうこうしているうちに、教練を受けた人間が増え、

いつしかビリームは冒険者達の先生役となっていた。



そんなビリームは、今回の得物として太い鎖を持っていた。

先端に鉄球もついていない、単なる鎖を、ぶぅんぶぅんと振り回して

誰よりも最初に泥人形の群れの中に突っ込んでいった。


「ぬぅうりゃああああああっ!」


鎖を一回振り回せば、数体の泥人形の手足や首が舞った。

わずか数呼吸の間に、数十体の泥人形の残骸が山と積まれていく。

まさに鬼神のごとき戦い方だった。


「ビリーム先生を囲ませるな!」


そのビリームの後を、冒険者達が追いながらフォローをする。

自然と部隊は凸型の陣形となって敵を割っていく。

部隊の通った後には、ぴくぴくと動く泥の塊が散らばっていた。


ビリームは、先頭に立ちつつも、絶えず周囲に目を配り、

戦況や部隊の疲労度を把握するように努めていた。

ひとしきり泥人形の海を蹂躙すると、大きくUターンして、

部隊を引きつれて戻り、わずかではあるが休憩を取った。


「ふぅ。皆さん、武器は大丈夫ですか?今、ここで確認をしてください。

特に剣を使っている人。少しの刃こぼれなら問題ありませんが、

緩みやヒビがあるなら交換です。冒険者は、自らの武器の状態を、

常に把握しておくものです。」


「「「はい!わかりました!」」」


「大丈夫ですね。では、もう一度突っ込んで、また戻ってきましょう。」


ヂャビシャァンッ!


ビリームが鎖を地面に叩きつけ、活を入れる。


「では、いきますよっ!」


「「「おおおおおぉぉぉ!!」」」



ビリームの部隊もまた士気が高い。





一方、中央の衛兵達の部隊は苦戦を強いられていた。

通常、魔物と戦うことはほとんどない。

多少統率された動きがとれても、

実戦経験の乏しい衛兵達の攻撃は、精彩に欠けていた。


「私、行ってきますわ。余計な手出しをさせないでください。邪魔だから。」


いつの間にか台上に上がっていた、

石振りのニーサがその様子を見て、台からひらりと降りた。


衛兵達の怒号や悲鳴が飛び交い、巻きあげられた土埃と、

踏みしめられた草の青い匂い、むせ返るような汗と血の臭いの中、

フードを外したニーサが歩いていく。

後頭部でまとめられた長い茶髪が、何か生き物のように揺れていた。


「私はニーサよ。どきなさい。」


ニーサの周りには拳ほどの大きさの石が十個、

ふわふわと浮かんでいる。前方に浮かんだ四個の石が、

ニーサの歩く先にいる邪魔な衛兵をぐいぐいと押しやり、

道を開けていく。


やがて、泥人形と衛兵達が争う最前線にたどり着くと、

ニーサは声をあげた。


「さぁ、私の魔法を見せてあげるわ。」


ニーサは、右手を顔の高さまでスッと上げると、

右から左にザッと手を斜めに振り下ろした。

その動きに連動した数個の石が、獲物を襲う鷹の如き速さで、

泥人形を襲い、その頭や手足に穴を開け、砕いていった。

鏡で映したように左手で同じ動きをし、さらなる数の泥人形を

土くれに変えていく。


左右の手を交互に、時にあわせて振るニーサの前方で、

泥人形の海が割れていく。


「あははははっ!もろいのね!」


その魔法のあまりの破壊力に、台上のザーグは驚いていた。

数万人に一人の異能の持ち主。

領主が高い金を払ってでも、抱えておこうとする理由。

それがよく理解できた。


「おっかねえな、なんだあれは…」


そう呟いたザーグに、コルコーネが返す。


「自分も初めて見た時には、心底驚かされたであります。

一年ほど前ですか、街の近くで小鬼が大量に発生した時がありまして、

その時にも、ニーサ殿お一人で今のような形で撃破されたであります。」


この会話の間にも、数百の泥人形がニーサによって

単なる土くれに姿を変えていた。





ポンザレは、30名ほどの救護隊にいた。

部隊の後方につき、怪我人が出ると肩を貸したり、

時には布にくるんで数人がかりで、

指揮台横の救護エリアに連れ帰って治療を行った。


泥人形一体で見れば、動きも遅く脅威ではないが、

複数体に囲まれて攻撃されると、どうしても怪我人は出てしまう。

特に経験の浅い衛兵部隊の被害は大きく、ポンザレは主にその後方を

行ったり来たりと忙しく動き回っていた。


ポンザレが怪我人を救護エリアに運び終え、再び戦場に戻った時、

ちょうどニーサが少し先を歩きながら、泥人形を粉砕しているところだった。


「ふわぁ…魔法使いってすごいですー。」


ポンザレは、しばらくその様子に見入っていたが、

深呼吸をして、怪我人の救出作業に戻ろうとした。


ピーヨ!ピーヨ!ピーヨ!


その時、腰のベルトからさげた、青い小鳥の鈴が鳴き始めた。



何事かと顔を上げたポンザレの視界に入ってきたのは、

回転しながら空を飛んでくる大木だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ