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【36】ポンザレと石降りのニーサ



「なるほどのう、にわかには信じがたいが…お主の持ってきた

骨入りの泥人形の残骸を見ればのう…頭の痛いことじゃ…。」


眉間をもみほぐしながら、ゲトブリバの街の領主ボンゴールが、

ため息をつく。


ザーグ達は、泥人形との戦いの後、沼の調査任務を切り上げると、

すぐに街へと戻り、その足で領主に報告をしに来ていた。


「…で、そのシュラザッハとやらは、一ヵ月したら、

泥人形どもを引き連れて、この街を襲ってくるとな。」


「あぁ、その話自体が本当かどうかはわからないが…

たぶん本当のことだろうな。」


「仮に、嘘で言うたにせよ、備えだけは、せねばならんじゃろうな。」


「一カ月…二十日しかないのは短すぎる。」


「うむ、幾つもやらんといけんのう。まず監視と伝達体制の強化じゃのう。

沼のほとりの村と、街道沿いに三、四ヵ所ほど、騎竜をおいて、

早くこちらに情報が届くようにせんとのう。」


騎竜は、鞍を取り付けて乗る竜である。

荷竜に比べ、体が小さくスタミナも少ないため、荷物を持ったり、

長距離を走ったりはできないが、発達した後脚を持つため、とにかく速い。

本来は金持ちのペットとして飼われていたり、たまに行われる

騎竜レースなどで使われる。


その騎竜を街道沿いに待機させておき、汚泥の沼から

泥人形が上がってきたら、すぐに街に知らせが届く仕組みを

作らねばならない。


「泥人形が出てきたら、沼のほとりの村が最初に襲われるだろうから、

監視要員だけにして、村人は引き上げさせたほうが、いいかもな。」


「うむ、確かにじゃ。しかし、どのくらいの数が来るのかもわからんのでは、

防衛をどうするか…組み立てようがないのう。」


「あぁ、難しいな…。ボンゴールさん、衛兵は今どのくらいいるんだ?」


「300人くらいじゃのう。」


「冒険者は登録だけで2000人くらいだったと思うが…」


「ふむ、そのくらいだったはずじゃ。」


「泥人形相手に、まともに動けるような奴は、400もいればいい方か…

衛兵は全部は投入できねえから、防衛で使えるとしても、

合わせて600はいかねえか。」


「うむ、そんなところじゃろう。もっとも冒険者達は、

直接戦いに参加せずとも、たくさん働いてもらうぞい。

冒険者が他のギルドよりも特典が多いのは、こういう時に

動いてもらうためじゃからな。」


ギルドに登録した冒険者には、住居、食事、武器の割引など

数々の恩恵が与えられる。街に有能な人間を居つかせるためであるが、

真の目的は、有事の際の人材を確保することである。


「そうじゃ、ザーグ、お主は…戦争の経験があると言うてたの?」


「ある…と言っても、まだ俺がガキの頃に、二回駆り出されただけだ。

北の街の、領主の小競り合いで、俺はギルドから派遣された

傭兵という扱いだった。戦場に放り込まれて、右も左もわからないまま、

戦っただけだ。」


「ふむ。結果はどうだったんじゃ?」


「一回は負けて、一回は勝った。」


「この平和で戦争もほとんど起きん時代に、その経験を持っているだけでも、

値千金と言えるわい。ということで、ザーグよ、依頼を出すから、

お主、防衛隊の指揮をとらんか?」


「いや、待ってくれ、ボンゴールさん、俺は一傭兵として戦っただけだぜ。

それに衛兵がいるだろう。街を守っているのは奴らだ。

俺が出ても面倒くさいことになるだけだ。何より俺を買いかぶりすぎだ。」


「ふぅむ…では、お主は冒険者ギルド側の取りまとめと、

防衛の補佐役ということで頼まれてくれ。」


「わかったよ。補佐役くらいなら構わねえよ。」


「言うたな。言質はとったぞ。…頼んだからの。」


にんまりと笑うボンゴールの顔を見て、ザーグに不安がよぎった。





そこからザーグ達は、休む間もなく、

対応すべき事項のリストアップを始めた。


防衛費の捻出のため、一部資産の洗い出しと折衝を行う。


街道沿いの監視体制の強化と伝達方法の構築、確認を行う。

街の城壁の見直しと補修を行う。

街の外の畑や飼育場などの施設の防備を考え、指示する。


冒険者ギルドと連携して、一定以上の戦闘力をもった冒険者のリスト化をする。

薬師ギルドに薬の増産体制の強化を依頼・折衝する。

鍛冶ギルドに武器や防具の手入れや増産、買い上げの手配を行う。

食肉、農産、商人ギルドに備蓄食料の買い付けや配給の手配を依頼する。

犯罪者ギルドに、泥人形が襲ってきた時に、犯罪を行わないように折衝を行う。


街道沿いの隣街に、泥人形の残骸の一部と書状を送って、

あくまで防衛のための軍隊行動をしていることを伝え、

かつ泥人形に警戒をするように伝える。


今回ザーグに与えられた”防衛の補佐役”は、

元々領主が行う政務の補佐も含まれていたようで、

ボンゴールはこの機会を逃さまいと

嬉々としてザーグに様々な相談と指示を行った。


やらなければならないことは山積みで、ザーグ達は役割を分担し、

皆寝る間も惜しむほど、奔走する日々が続いた。




ポンザレも、伝言役として各所に遣わされた。

持ち込む要求によっては、当然反対の声が上がるが、

「すみませんー。でも…なんだか大変なんですー。」

「おいらも困ってるんですー。」と言いながら、決して引き下がらず、

要求を通してくるポンザレは、重宝された。





そして迎えた冒険者と衛兵の合同訓練の日。

すでにこの時点で、ザーグ達が泥人形を倒してから十五日が経過していた。


「今回、冒険者ギルドの取りまとめ役をしている、ザーグだ。

後ろの四人は俺のパーティメンバーだ。よろしく頼む。」


「衛兵隊、大隊長のコルコーネであります。ザーグさん達の噂は、

いつも耳にしております。今回の話、正直まだ信じきれていないのですが、

こうして機会があるのなら、訓練するだけでも得るものはありましょう。

よろしくお願いします。」


ザーグは頭をガリガリと掻きながら答える。


「なんだ、こう…もっと、反発してくるもんだと思っていたんだが、違うんだな。」


「そういう声がなかった訳ではありませんが、

仕切りがザーグさんだと知れると、文句を言う者もいなくなりましたな。

強盗団に鉄腕猿、あなたの強さは充分に証明されております。

衛兵の中では、この街では、あなたは有名人ですよ。」


「なりたくて有名になったわけではないんだがな。」


「それは諦めるしかないでありますな。さて…泥人形どもは、

本当に襲ってくるでありましょうか?」


「十中八九、来るだろうな。シュラザッハと名乗ったあの銀髪、

口がペラペラとよくまわる奴だったが、あの目は本気だったな。」


「報告にあった、空中を踏んで空に浮ける賊でしたな。

いやぁ、空に浮けるブーツと聞けば、まるでバウキルワの神話に

登場する、『空を踏めるブーツ』そのものでありますなぁ。」


バウキルワの神話とは、誰もが子供の頃から聞かされるおとぎ話だ。

全ての火をはじくマント、みなぎる力の鎧、斬れないものはない流線剣、

空を踏めるブーツ、水晶の檻のネックレス…数々の〔魔器〕を手にした

バウキルワは、七日間にわたる死闘の末、悪獣ヤクゥを打ち倒したとされる。


「言われてみれば、確かにそうだな。神話に出てくる〔魔器〕か。

改めて聞くと・・・なんだか嫌な予感がしてくるな。」


「ザーグさんのことですから、対応策は考えておられるのでありましょう。

ともあれ、賊の好きにさせないための防衛と合同訓練でありましょう。

そろそろ始めるといたしましょうか。」


「あー、ちょっと待ってくれんかのう。」


そこにボンゴールが、女性を伴ってやってきた。

長い茶色の髪を後頭部できゅっと結び、灰色のマントを羽織った女だった。

通った鼻筋に、唇には赤い口紅が塗られ、金色のリングのイヤリングが

耳元で揺れている。長いまつ毛と切れ長の目は、小さな顔の中でもとりわけ目立ち、

茶色の瞳は、一度見ると目を逸らしにくいほどの、

強いエネルギーを放っていた。


美人だが、親しみを感じさせず、近寄りがたい。

かといって冷たく見えるわけではなく、

何となく面倒くさそうだから距離を置きたい…そんな印象の女性だった。


「こちらが、わが街の魔法使い、石降りのニーサじゃ。

ニーサよ、こちらはザーグじゃ。名前は聞いたことがあろう。」


ニーサは、ザーグを見るとズパッと言い切る。


「初めまして、私はニーサよ。私は、私のやりたいようにやるから、

邪魔だけはしないでちょうだい。」



三年程前に魔力適正検査で発見された高い魔力を持つ魔法使い、

それがニーサだ。その魔法は、石を自在に操るというものだった。

高速で飛ばす拳大の石は、当たれば手足をちぎり、胴には穴が開いた。

大量の石を天高く放り上げ、雨のように降らせることもできた。


ゲトブリバの街の唯一のお抱え魔法使いであり、

有事の際に街の戦力になることを条件として、

衣食住と高い給金を与えられている。


「ボンゴールさん、話があるんだが…」


そう言ってザーグは、少し離れた場所にボンゴールを連れ出した。


「ボンゴールさん、石降りの話は俺も聞いたことがあるが…

あの娘は、使えるのか?」


「魔物退治をたまに任しておるが、魔物を粉みじんにするぞい。」


「うーむ、連携を取ってやれるようにはとても見えないぜ。」


「だが戦力になるんじゃ。今は、そういう時じゃろ。まぁ、遊撃隊として

考えておいてくれんかの。」





ザーグとボンゴールが少し離れたところで話している間、

つまらなそうに周りを見回していたニーサは、

ポンザレと、そのポヨンとしたお腹に目をつけた。


「あんたも冒険者なの?」


「え、おいらですかー?」


「私が指さしてるのあんたなんだから、わかるでしょ?」


「は、はいー。おいら。冒険者ですー。」


口をもぐもぐとさせるポンザレ。


「クフッ…その体型で、大丈夫なの?」


ポンザレの様子がおかしかったらしく、ニーサは吹き出しながら聞いてくる。


「だ、だいじょうぶですー。お、おいら、けっこう早く動けますー。」


抗議の意が加わってか、ポンザレはもぐもぐを加速させる。


「動けますー…って、しかも、あなたなんで口をもぐもぐさせてるの、

アハハハッ。」


ポンザレは、憮然と黙り込む。

マルトーやミラ達も、ニーサをどう扱っていいかわからずに、

互いに顔を見合わせた。


「ハァ、なんか、久しぶりに笑った気がするわ。ま、安心なさい、あなた達も、

街も私が守ってあげるわ。」


そういって、ニーサはマントを翻し、去っていった。





ゲトブリバは、街の北に流れる川から水を引き込み、

生活用水や城壁の濠として利用していた。

その水は、そのまま南東の農業地区へと流れている。


街の東は、増え始めた住人のための簡素な家が建ち並んでおり、

西は以前にザーグが小鬼退治を行った肉竜の飼育場と鬱蒼とした森が広がっている。


街道は北東から南西へと続き、

汚泥の沼は街道を南西に四日ほど下った、分岐した道の先にある。


街の北の川を泥人形が渡ってくるとは思えないため、

ザーグ達は南東に広がる街道沿いの草原が、防衛戦の場所になると踏んでいた。

街に籠って取り囲まれたりすれば、備蓄食料の問題はもちろんのこと、

街の外の住人や施設、畑がどうなるかわからないからだ。


その草原に、木製の大きな指揮台が建てられていた。

台上には大きな銅鑼ドラが置かれ、ザーグとボンゴール、

コルコーネが立っている。


指揮台の前には、冒険者380名、衛兵200名の計580人余が並んでいるが、

どの顔にも緊張感はなく、締まりがない。あくびをしている人間すらいた。

その様子に台上の三人は不安を隠せない。


「こんなんで大丈夫かのう。コルコーネ、ザーグよ、本当に何とかなるのか?」


「どうなんだろうな。正直不安しかねえ。指揮はコルコーネさん、あんたに

お願いできるんだろう?」


「…一回やってみるであります。」



そう言って、ずいと一歩前に出たコルコーネは、

指揮台が震えるほどの大声量で皆に告げる。


「私は、衛兵大隊長のコルコーネであるっ!

聞けいっ!ゲトブリバの街を守るために集いし者達よっ!

皆も知っての通り、今我らの街が狙われておるっ!敵は泥人形の

軍隊であるっ!本日これよりっ!皆はゲトブリバ防衛隊として、

泥人形共を撃滅し街を守るっ!わかったら、声をあげよっ!」


「「「おぉ…おおおぉ!!!」」」


「今日は、その演習であるっ!指揮は全て、この銅鑼で行う!1回鳴ったら進むっ!

2回鳴ったら止まる。鳴らし続けたら撤退して、この指揮台の前に

戻ってくるっ!わかったかっ!」


「「「「「おぉおおおおおおー!!!」」」」」


「絶対に銅鑼を聞き逃さず、指示の通りに動くっ!わかったかっ!」


「「「「「「「「「おぉおおおおおおーーーっ!!!」」」」」」」」」


「さすが、衛兵隊の大隊長じゃのう。あっという間に、

皆の意識を一つにまとめてしまいよったな。」


ボンゴールが感嘆をもらし、

ザーグも「違いない。」と心の中で唸った。


「では、始めいっ!」


振りかぶって銅鑼を叩くと、

ドジャァーーーンと濁った雷のような音が鳴り響いた。





訓練の結果は、惨憺さんたんたるものだった。

命令に則って、団体で動くということに不慣れな冒険者は、

歩幅、速度、理解度、全てがバラバラで、足並みが揃っているとは、

百歩譲ってもいえない状況だった。


ドジャーン!ドジャーン!、止まれの合図でも止まらない。

撤退の指示を出しても、小走りにパラパラと戻ってくる。


衛兵は多少なりとも統率が取れた動きを見せたが、

それでも及第点とは言いがたかった。


「冒険者達が命令に従うのが苦手なのはわかっていたが…

ここまでとはな。」


ザーグはあきれ返ったように、ため息をつく。


「戦争どころか小競り合いすらもない、平和な時代じゃ、

しかたない…しかたないが…これはどうすればいいんじゃ…。」


ボンゴールが頭を抱える。


「衛兵たちも、そうたいして変わらない状況でありましょう。」


「はぁ、しょうがねえ、やり方を変えてみるか。」


そう言って、顎に手を当ててザーグは考え込んだ。




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