【32】ポンザレと黄金爆裂剣
パシャラの追悼会から数日後。
いつもの食堂でザーグ達は、酒杯をあおりながら話をしていた。
「ポンザレ、どうだ調子は?」
「はい、もうすっかり骨もつながって痛みもなくなって、完璧に治りましたー!」
ポンザレは包帯のとれた右手を握ったり開いたりした後、
腕をぐるぐるとまわす。
「…しかし魔力をこめた薬草湿布で手当てしているとはいえ、
骨折が十日で治るか…相変わらずお前の魔力は何か…すごいな…。」
「まぁ、私の看病もよかったんだろうね、なぁ、ポンザレ。」
「…はい。ありがとうございますー。」
「街も、少し落ち着いてきましたね。」
「そうだねぇ。あぁ、炊き出しは、あと数日くらいだろうってさ。」
冒険者パシャラの遺言であった、スラムの子供達への炊き出しは、
今もまだ行われている。パシャラの遺産の続く限りという条件のもと、
ギルドはこれらを依頼として冒険者に発注し実行していた。
「これで、本当に区切りがつくな。」
そう呟くザーグの横顔は、どこか寂しそうに見えた。
「そういえば、ザーグさん。」
ポンザレが話題を変えるかのように、声を上げる。
「ん、なんだ?」
「あの時の、金の腕輪なんですけど、あれってまだありますか?」
「あぁ、売るわけにもいかねえからな。売った先で誰かが腕にはめて、
また鉄腕猿でも出てきた日にゃ、目もあてられねえ。」
「またふと思いついたんですが、あれを溶かして誰かの武器とか
作れないでしょうかー?」
「ふむ?うーむ、武器なぁ…あまり重さもねえから、
あまり大きい武器にはできねえだろうなぁ。何より、金の武器なんざ、
強度もねえから、たいして使えるものにならねぇ。」
「武器を作る時に、おいらが魔力を込めたら、また何か作れる気が
したんですー。既に〔魔器〕なので、かすみ槍よりも何かすごい物が
できそうな気がするんですー。」
「ほう…それは面白そうだな。よし明日、バンゴ爺にでも相談しにいくか。」
◇
「おう、ザーグ。ちょうどお前の剣の手入れが終わった所だ。
いや、本当に欠けや錆び、汚れが酷かったぞ。鉄腕猿だったな。
そんだけ大変な闘いだったんだな。後で剣に礼を言っておけよ。」
武器屋に着いたザーグとポンザレを出迎えるなり
バンゴ親方が出てきて、ザーグの肩をバンバンと叩いた。
「あぁ、俺にもちゃんと礼を言うんだぞ。」
「自分で言うかよ…。まぁ、そうだな。ありがとよ。」
「わはは、素直で結構だ!」
「あの、バンゴさんー?」
「お、坊主も来たのか?かすみ槍の様子はどうだ?
〔魔器〕ってのは切れ味も落ちねえし、滅多に欠けることもねえ。
ほとんど手入れいらずってのは職人としては寂しいな。
ふむ…後で一応見せてくれ。時々様子を見てえんだ。」
「わかりましたー。それでバンゴ親方、今日は相談があって来たんですー。」
「ん、なんだ?他ならぬ坊主の相談だ。奥でじっくり聞いてやろう。」
工房に案内され、事情を話したポンザレとザーグに、
バンゴはもしゃもしゃに生えた髭をいじりながら、
なんだそんなことかと言うような表情で、あっさりと答えた。
「なら、ザーグ、お前のこの剣にでも、その金でメッキしたらどうだ?」
「…メッキってなんですか?」
「んーざっくり言うとだな、金を溶かして何かの表面を覆うことだ。
坊主は領主の館で金色の剣とか壁に掛かっているのを見たか?要はあれだ。」
「あの金色のピカピカしてるやつですかー。それかっこいいかもですー。」
「んー…だがなぁ…金色の剣とか俺の趣味じゃあねえんだよなぁ…。
それに目立つしなぁ…。」
渋い顔を見せるザーグに、バンゴは被せ気味に発言する。
その目の色は怪しい輝きを放っていた。
「俺のとこに相談しに来た時点でお前に拒否権はねぇぞ。あきらめろ。」
ザーグはそれでもまだ渋い顔をしている。
「ん?なんだ、一抹の不安ってやつか?わかったよ、なんかあったら、
新しいの一振り、格安で作ってやるからよ、どうだ。」
ザーグは目線を外し、ふぅーっと大きな息を吐くと諦めた。
「…全くかなわねえな、いい歳して目の色変えやがってよ。
じゃあ、二人にまかせるぞ。」
そう言って立ちあがったザーグの腕を、バンゴはガシッと掴む。
「おいおい、ザーグ、なに勝手に出ていこうとしてやがんだ。」
「いや、作るのに俺は必要ねえだろ?」
「いや、必要だ。そもそもお前は、どんな効果の〔魔器〕にしたいんだ?
なぁ、坊主?」
「そうですね、ザーグさんの武器ですから、いないとだめですー。」
◇
「「「爆裂ぅ!爆裂ぅ!」」」
バンゴ、ザーグ、ポンザレは容器の中の白金色のどろりとした
液体のような金属に手をかざしながら、繰り返し叫んでいた。
魔力を込めているのはポンザレだけだが、
前回のかすみ槍を作った時は、バンゴもポンザレも、
消えろ消えろと想いを込めながら作った結果…成功した。
今回、手を加えるのはザーグの剣であるため、本人も付き合わされている。
最初は恥ずかしいと本気で拒否したザーグだが、
バンゴの異様な気迫に押され、今は真剣そのものと言った形相で、
手をかざしている。
三人が手をかざす容器には、初めに〔魔器〕の金の腕輪が入れられ、
次に水銀が入れられた。水銀は金の腕輪に触れた瞬間に、
まるで自らに取り込むかのように腕輪を溶かし始めた。
〔魔器〕は、元々の道具としての形が崩れたり、壊れたりすると、
その意味を失い、宿していた魔力も効果もなくなる。
通常であれば、水銀に溶かされた時点で〔魔器〕ではなくなるが、
水銀にポンザレの魔力を込めることで、腕輪の魔力は失われないまま、
リセットされた状態になっていた。
「「「爆裂ぅ!爆裂ぅ!」」」
そのニュートラルな状態の〔魔器〕に、三人の想いが乗せられる。
ぬるぬると水銀に飲み込まれていく金を血走った眼で見つめる六つの瞳。
「「「爆裂ぅ!爆裂ぅ!」」」
ポンザレが魔力を込めた布で水銀が少し絞られ、硬さが調整される。
それをバンゴがザーグの剣に均しながら塗っていく。
その横でザーグとポンザレは変わらず手をかざしている。
「「「爆裂ぅ!爆裂ぅ!」」」
窯に剣を入れて水銀を蒸発させると、鈍い銀色の表面がさぁっと金色に
変化し、ザーグとポンザレは「おぉ。」と声を上げた。
バンゴはヘラのようなもので、さらに表面の凸凹を丁寧にならしていく。
「「「爆裂ぅ!爆裂ぅ!」」」
工房に響く男三人の野太い声も、ようやく終わりを迎えようとしていた。
◇
ザーグは鉄腕猿との戦い以来、
心のどこかにモヤっとしたしこりがあるのに気がついていた。
自分の剣は、鉄腕猿の剛毛と筋肉の前では役に立たず、
ポンザレにパーティは救われた形となった。
かすみ槍の威力を目の当たりにし、
〔魔器〕を持っていないことに対するリスクを、
まさに身を以って体験することとなった。
リーダーとしても、一人の冒険者としても、ポンザレに対する思いは、
感謝だけにとどまらないのが実際の正直な気持ちだった。
だから、自分の剣が〔魔器〕になるのは、これ以上ないほど、
有難く喜ばしい話だった。
まず切れ味が増し、強度が跳ね上がる。
鉄腕猿のような強靭な肉体も貫くことができるようになるだろう。
さらには〔魔器〕として、個別の効果を持たせられる可能性があり、
しかも自分が決めていいという。
ザーグは、瞬時に自分の頭にいくつものパターンを走らせた。
麻痺や毒、着火、氷結、斬りつけた場所を石に変える…
一撃で勝負を決める。
より深く、より早く、相手に致命傷を負わせる。
斬り込んだ所を出発点として、その破壊のエネルギーが
奥深い場所まで切り裂いていくイメージ。
こうして、「爆裂ぅ!」が生まれた。
◇
翌日、人気のない郊外の森の中にザーグ達はいた。
その手には、陽光を反射して金色に光る、生まれ変わった愛用の剣があった。
完成直後に、工房の庭で試し切りをするのは控えた。
自分の愛剣が〔魔器〕として生まれ変わったのは、なんとなくわかった。
だが、そこに込めた効果が本当に発揮するのか?
発揮された場合、どんなことが起こり、どれだけの音が響くか…
など全てにおいて未知数だったためである。
バンゴといつものメンバーが遠巻きに見守る中、ザーグは剣を構えた。
剣から感じる頼もしさが、今までと全く異なっていた。
目の前には、自分の胴よりも太い木がある。
ザーグは一振り目を、そのまま幹に斬り込んだ。
ゾグゥッ
斬り込まれた剣が、木の幹の三分の一ほどまで埋まったのを見て、
ザーグは驚いた。力をそこまで込めたわけではない。
だが、凄まじい切れ味だった。
「フンッ!」
そのままザーグは、柄を握る手に力を込めて、剣を振り切ろうとした。
剣の生かし方は、使う前から体で理解できていた。
ズバババァバァァァン!
振り切ろうとする力の方向に、爆発的にエネルギーが流れると
落雷のような音と一緒に、木が爆発したように裂けていた。
木はそのまま、ズドォンと音をたて倒れ、周囲の空気が揺らす。
「これは…想像以上だな。」
「俺は、すげえもんを作っちまったかもしれねえ…。」
「す!す!す、すごいですー!」
マルトーやミラ、ビリームは目を大きく見開き驚いていた。
興奮した面持ちでザーグのもとに集まり、次々と質問をしていく。
仲間の武器の性能を把握することは戦略や方針を練るのに必要だからだ。
ちなみにポンザレが、かすみ槍やサソリ針を手に入れた時にも、
行われている。
一通りの検証が終わると、ザーグは剣の柄をポンポンと叩きながら言った。
「これからよろしく頼むぜ、ザーグズバーン。」
「…それは何?」
「いや、剣の名前だが?」
「…だっさ。」
「ひどいネーミングだねぇ。」
「ザーグよぉ、それじゃあ剣がかわいそうだろう!」
「…聞くに堪えません。」
「付けなおしてあげてくださいー。」
「くっそぉ、全員一致かよ!いい名前だろ?、
ザーグの剣でズバーンって
爆裂してよ!黄金爆裂剣、ザーグズバーンだ!」
「…後半いらない。黄金爆裂剣だけでいい。」
ミラがそう言うと、全員が頷いた。
こうしてザーグは〔魔器〕黄金爆裂剣を手に入れた。