【28】ポンザレ、遺跡へと出発する
領主一族との食事会から一夜明けて、
ザーグ達はいつもの食堂で依頼について話し合っていた。
ザーグ達には、話し合いを行う際の鉄則があった。
他のメンバーの意見はきちんと聞く。
遠慮も、萎縮も一切せず、どんなものであっても自分の意見は言う。
自分の言葉に責任を持つ。
全員が必ず意見を出し、時にぶつけあい、その上でリーダーが決める。
リーダーが決めたら従う。
これらを守り、積み重ねていくことで、
いざという時にも皆で力を出し合えるパーティになる。
手練れの冒険者であるパシャラが、
十中八九は亡くなっているであろうことから、
ザーグ達はその危険性についても意見を出し合う。
盗賊、遺跡の崩落、熱病、致死性のガス、凶悪な魔物、魔物の群れ、
同業者の騙し討ち、パーティ内の裏切り…、
考えうる限りのリスクを洗いざらい検討した上で、
依頼についての賛否を取る。
結果、賛成したのはザーグ、マルトー、ポンザレ、
反対だったのはビリームとミラだった。
ザーグは顎に手を当てて、無精ひげをジョリジョリといじると、
少し考えてから言った。
「よし、依頼は受けるぜ。ただし、いつもより警戒度は上げていく。
危険と感じたら、依頼放棄して即帰るぜ。」
◇
ザーグ達は、携行品リストの点検を手始めに、必需品の買い出しや、
武具の手入れなど、出発の準備に丸二日をかけた後、
隣町に向かう乗合い竜車に乗り込んだ。
竜車で二日ほど街道を進んだところで、全員が竜車を降りて、
そのまま道のない平原へと足を踏み入れた。
歩き始めてすぐに、ミラは歩幅を緩めることもなく、
後ろを歩くメンバーにギリギリ聞こえるぐらいの小さい声で言った。
「…マルトー。正面の少し小高い丘の上にある岩の左脇に一人。
その岩から五人分の幅を右、草むらの中。二人とも中腰で短弓かな?
を構えている。」
街道を見張っていたのであろう、平原に入ってすぐの場所で、
盗賊はいまかいまかと、ザーグ達を待ち伏せしていた。
背の高い草が生い茂り、所々に点在する岩々・・姿を忍ばせやすい、
その地形からおおかた盗賊がいるだろうと踏んでいたミラは、
感覚を研ぎ澄ましていた。
さらに〔魔器〕の眼帯の力を使い、その位置までも正確に捉えていた。
「…ん~。よしわかったよ。そらよっ!」
シュゴッ!
「う!」「げぁ!」
マルトーは、素早く弓を構えると、無造作に二回射った。
弓を持った盗賊二人は、避ける間もなく、その胸に矢を差し込まれた。
最初に弓を射かけ、戦闘力を削いでから接近戦に持ち込み、
皆殺しにしてから、金品を奪うのが盗賊の常套手段だ。
だが待ち伏せも正確な位置までも把握され、
弓を持った仲間も瞬く間に射殺され、
残った盗賊達は慌てて逃げるしかなかった。
当然、ザーグ達もそれ以上追いかけることはしない。
盗賊に襲われる前に対処する、これが一流の冒険者達の証だった。
◇
さらに半日ほど平原を歩き、小高い丘を下ると、突如、目の前に森が現れた。
右を見ても左を見ても見渡す限り、鬱蒼とした森が続いており、
平原との境界線はまるで黒い壁がそびえ立っているかのようだった。
これからここに入っていくのだと思うとポンザレは思わず身震いをした。
傾き始めた太陽を見てザーグは森に入らず、野営の準備を皆に告げた。
ポンザレとザーグが森の近くで薪を集め、火の準備をしていると、
狩りに行ったマルトーとビリームが、大ネズミを三匹ぶら下げて帰ってきた。
解体した大ネズミの骨付きもも肉に塩と乾燥させた香草を振りかけ、
焚き火の傍で炙って焼く。少し臭みのある肉に噛り付くと、肉汁、
脂と香草、塩味が一緒になった旨みが奔流のように口内を駆け巡る。
街の食堂にも勝るとも劣らない、最高の食事だった。
…ポンザレは気がつくと涙を流して食べていた。
「ポンザレ少年、そ、そんなに涙流すほど美味しいのですか?」
満面の笑顔に涙を流したぐちゃぐちゃな顔のポンザレを、
焚き火越しに見たビリームが引きつり気味に声をかけた。
「あたしが獲ったやつだから美味いのは当たり前だけど、
あんた変な顔してるねえ。アッハッハ」
と、マルトーが笑いながらポンザレを見る。
そのビリーム達の言葉にポンザレの涙は、
ますます勢いよくあふれ出てきた。
ポンザレは肉がただ美味しくて嬉し泣きをしたのではない。
美味しいものが食べられ、自分のできる仕事と役割があり、
信頼できる人達がいる…ザーグ達と会うまでの人生には、
その内の一つたりともなかった。
ポンザレは、自分という人間が存在し生きていることを、
唐突に、強烈に、実感したのだった。
ザーグ達への限りない感謝と生きている喜びが、
ポンザレの胸と腹の内を満たして、なお止まずに、
あふれ出して涙となっていた。
「ありがとうございます…本当にありがとうございます…」
泣きながら、はふはふと口を動かし食べるポンザレを見て、
皆が笑っていた。
いつの間にか、日もとっぷりと暮れて辺りは真っ暗となっていた。
夜の深い闇の中で、焚火の灯りだけが周囲を温かく照らしていた。
お腹も膨れ、満足したポンザレが焚き火から目線を上にあげると、
そこには満天の星空が広がっていた。
この晩ポンザレは、生まれて初めて、心から星空を綺麗だと思えた。
◇
あっという間に夜が明け、準備を終えたパーティは
そのまま森へと進み入った。
「ふぅ…ふぅ…」
高く生い茂った木々に遮られ、森の中のポンザレ達に陽光は半分も届かない。
湿った土と植物の濃い匂いに満ちた森の中は、風が通らず、
荷物を背負って歩くポンザレには蒸し暑かった。玉のような汗が、
ポタポタと落ちては、衣服や皮の鎧に沁み込んでいく。
「ポンザレ、初めに言った通り、お前のパーティでの役割は荷物持ちだ。
だが、それは無理をしろということじゃねえ。
しんどい時にきちんとそれを俺らに伝えないとダメだ。わかるな?」
「はぁ、ふぅ。わかりますー。で、でもまだ大丈夫ですぅーふぅ。」
ザーグはポンザレを少し見つめたが、
「わかった。」とつぶやくと、それ以上は何も言わなかった。
ザーグのだいぶ先をミラが進み、手で“待て”“進め”のサインを出しながら、
パーティは一列になって慎重に進んでいく。
森を一日かけて進み、夕方の赤い太陽が空を紅色に染める頃、
唐突に切り拓かれた小高い丘が現われ、その中央には朽ちかけた砦が
建っていた。何かの監視をしていたのか、崩れた塔らしき物も見える。
紅い光と濃く黒い影に彩られたその砦は、不気味な雰囲気を醸し出しており、
ポンザレには悪魔の住む砦にしか見えなかった。
ザーグ達は不用意に近づくことはせず、一旦森の中へと戻ると、
交代で寝ずの晩をしながら翌朝を待つことにした。
森の中、砦の近くとあって火は使えない。
ポンザレは大きな背負い袋から携帯食を取り出して皆に配った。
一流の冒険者は、自分たちでオリジナルの携帯食料を作る。
植物の甘い汁を煮込んで作った蜜と、炒った穀物、乾燥させた果物を
練り込んで焼き上げたザーグ印の携帯食は、栄養面で優れているだけでなく、
その強烈な甘みで疲労回復にもなる。
欠点は甘すぎて水を飲まないといられないことだ。
その甘い携帯食をもちゃもちゃと頬張りながら、
ポンザレはビリームが教えてくれた今回の遺跡の話を思い返していた。
◇
この大地では、かつて幾つかの国が興り、そして滅びた。
現在は大きな国はなく、街道沿いの街とその周辺を
それぞれの領主が治めている。ごく稀に領主同士の小競り合いはあっても、
大きな戦争もなく、比較的平和である。
そんなかつて栄えた国の遺跡が、たまに発見されることがある。
運がいいと財宝や〔魔器〕を入手できることもあり、一獲千金を求めて
遺跡に挑戦する冒険者が後を絶たないが、魔物の巣になっていたり、
盗賊がアジトにすることもあり(その場合は当然お宝も回収されている)、
総じて危険度は高い…中堅以上の冒険者でもないと返り討ちにあうことも多い。
ボンゴールの説明では、ザーグ達が訪れたこの砦の遺跡は、
いつ建てられたのか不明で、冒険者にも知られていないということだった。
遺跡を発見した場合、その情報は高く売れる。
狩人によって発見されたこの砦の情報は、まず領主に売られた。
だが、最初の調査の依頼がギルドに行く前に、
冒険者の真似事をしていた領主の孫が、その話を止めて、
自分が行くことにしたのだと言う。
◇
目を開けても閉じても、闇以外は見えない真っ暗な森の中は、
フクロウの鳴き声や何かがカサカサ動く音、遠くから響く獣の遠吠え…など、
意外に音に溢れていた。だがポンザレは一人ではない。
周囲に頼もしい仲間がいる。
ポンザレは静かにマントの中に身体を沈ませると、
夜の森の音を子守唄に、木の幹にもたれて休んだ。