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【27】ポンザレ、領主との食事会



「ふわぁ~…こんな建物初めて見ましたー。これは…お城でしょうかー?」


ポンザレが目の前の屋敷を見上げ、感嘆の声を上げる。


ポンザレ達は、街の中央に建っている三階建ての豪勢な館の門前にいた。


ゲトブリバの街をぐるりと囲う城壁や、市民の家屋のほとんどは

木造だが、この領主の館だけは石造りで、どことなく重く威圧的に

感じたため、ポンザレは自分が本当に足を踏み入れていいのか、

自信がなかった。


「ザーグさん、本当に入っていいんでしょうかー?」


「あん?呼ばれてるからいいんだよ。依頼だしな。美味いもんも食えるぞ。」



領主は、主だった冒険者を定期的に呼び、見聞きしたことを

いろいろと話してもらうという依頼を出す。

領民の困ったことを解決する冒険者達の話は、数字では見えてこない

自分の街の生きた情報であり領主にとって役に立つものだった。


さらに、その後には領主一族との食事会が行われる。

あまり街から外に出ることのない彼らにとって、冒険者の話は

最高に楽しい娯楽でもあった。



ザーグ達五人が領主の執務室に入ると、

書類の積まれた机から白髪の老人が立ち上がるところだった。


「おう、よう来たのザーグ、久しいなビリーム元気かのう?

マルトーにミラも変わらず美人で何よりじゃ。ハッハッハ。」


髪こそ白いが、背が高く背筋もしゃっきりと伸びており、

覇気にあふれた強そうな老人であった。

白い顎ひげを触りながらニコニコと笑うその目は、どこか鋭く、

どこか乾いた重さがあった。


最後に入ってきたポンザレを見て、老人は目を細めながら言った。


「む、お主がポンザレか。ふむふむ…聞いた通りの容姿じゃの。おもしろい。お主には会いたいと思っておったのだ。」


「ポンザレですー。よろしくお願いしますー。」


「うむ、わしがこの街ゲトブリバの領主、ボンゴールだ。」


「あの、どうしておいらのこと知ってるんですかー?」


「ん?わしは冒険者や衛兵長、各ギルド長から各村の村長まで…

いろいろな人から、たくさん話を聞くからのう。お主の噂話も

いろいろと聞いておるぞ。後で話を聞かせてほしいのう。」


どことなく温かい眼差しをポンザレに向けて、

ボンゴールはニコニコと笑う。



冒険者ギルドに所属する冒険者達は、玉石混合で圧倒的に石が多い。

だが、その中から稀に出てくる玉にあたる者は、街の難題・トラブルを

解決する有能な人間で、その強さ、生き抜く力は素直に尊敬に値すると

ボンゴールは考えている。


そして、ゲトブリバの領主ボンゴールは、有能と判断した人間には、

分け隔てなく気さくに接し、使えないと判断した人間には冷たい。


ザーグのパーティに入った少年冒険者の話は、他の冒険者達からも

よく聞かされており、先日は鼻つまみ者のパーティを打ちのめしたという。

人となりや容姿を聞けば、“いつも口をもぐもぐとさせ、ぽっちゃりなのに、

なぜか強い”“語尾が伸びて憎めない、いい奴”だと言う。

一体どんな奴なのだ、会ってみたいとボンゴールは考えていた。


そして目の前のポンザレを見た時に、

その噂が本当だったと、思わず笑みをこぼしたのである。




ソファに座って、香りの高いお茶と甘い匂いの茶菓子を楽しみながら、

ザーグ達はここ最近の依頼の話などをしていった。


「『透明の強盗団』…あれをよく退治してくれた。ザーグよ、皆よ、礼を言うぞ。」


「依頼分で礼は充分にいただいているぜ、ボンゴールさん。」


「ふむ、報酬金は足りたようじゃの。ケチらんで良かったわい。

それに『透明の強盗団』を退治できる凄腕がいる、安心できる街

という呼び込みをしていけば、街に人は増えるからのう。」


「相変わらず…さすが領主さまだな…尊敬するぜ。」


「まぁ、領主じゃからの。」


ワハハと笑いあった後、ボンゴールは再び話し始めた。


「ザーグよ、今日呼んだのはいつもの報告と食事会の他に、

もう一つあるのじゃ。お主、最近パシャラを見たか?」


「パシャラ?そう言えば半年以上は全く見ていないな。」


パシャラの話は、ポンザレも以前に聞いたことがあった。

ザーグ達とこの街の冒険者の一位の座を争うパーティのリーダー…

それがパシャラである。五人組のうち、リーダーのパシャラを含め、

三名が女性という珍しい構成のパーティである。


「実は一年ほど前に、パシャラに出した依頼があったのじゃが、

その依頼を終えることなく行方が分からなくなっておる。」


「冒険者に命の危険はつきものだが…どんな依頼だったか

教えてもらっても…?」


「遺跡の調査じゃ。公にはしておらぬがの。」


「遺跡の調査くらいだったら、パシャラなら問題ないはずだが?

あいつらは少しでもやばくなったら、絶対に踏み込まず、

無理はしないはずだ。」


「それはわしもよう知っとる。だからこそ、おかしいと思うておるのじゃ。

ザーグよ、お主のパーティで同じ依頼を受けてもらえんかの?」


「うーん、即答はできねえ。うちは新人もいるしな。それに…」


「それに…なんじゃ?」


「全部を話してくれないと、判断はできねえぜ。」


「まったく…お主には隠せんな。」


ボンゴールは腰を浮かしてソファに座りなおすと、

ビリームに顔を向けて言った。


「ビリームよ、ブーチョスを覚えておるか?」


「…領主様のお孫さんでしたね。三男のバリールさんの

二番目の息子さんでしたか?」


「昔のように、わしのことは大爺さまと呼んでも良いのじゃぞ。

お前は次男の妾の子ではあるが、わしらの一族に名を連ねる者だろうに。

才覚もあるしのう。」


「いえ…衛兵の訓練教官を辞めてからは、一族を離れ、

今は一介の冒険者ですから…。」


「相変わらず固いのう。まぁ、お主らしいか。うむ、話を戻そう。

そのブーチョスが冒険者の真似事をしておっての。

その遺跡に向かうと言って行方を絶った。わしはパシャラのパーティに、

調査ついでに孫の遺品でもあれば見つけて欲しいと依頼したのじゃよ。

そして、それがパシャラに無理をさせたかもしれんと思っているんじゃ。」


「…ボンゴールさん、単刀直入に聞くぜ。今回俺らがもし依頼を

受けたとして、その孫の遺品ってあたりも含まれるのか?」


「本音を言えばお願いしたいがのう…パシャラが戻らんことで

状況は変わっておるからの。…もう諦めておるよ。」


少し影の差したボンゴールの顔は、急にくたびれた表情が浮かび

弱々しく見えた。


「受けるかどうかは考えさせてくれ。二日以内にギルドの受付に

返事はしておくぜ。」


「うむ、よい返事を待っておるよ。…さぁ、そろそろ食事にしようかの。」





ポンザレ達が通されたのは、高い天井に、よく磨かれた石の床、

大きな暖炉に、小舞台が設置された広い部屋だった。

壁には金色に光る武器なども飾られ、部屋の中央には丁寧な作りの

敷物が敷かれている。

テーブルが幾つか置かれていたが、イスはなかった。


領主であるボンゴール、街の執政役の息子達、その奥方や子供達が

すでに集まっており、ザーグ達を迎える。

総勢で二十名ほどの食事会が行われた。


食事会は立食式で、壁際には色とりどりの料理の大皿が幾つも並べられていた。

好きなものを好きなだけ皿に取って食べて良いと言われたポンザレは、

固まっていた。

こんな食べ方をしていいのか?

他の人の分は残さなくていいのか?

食べきれなくてご飯が余ったらどうするんだろう?

好きなだけ取ったら、後から何か言われるんじゃないか?

ポンザレは空の皿を持ったまま目を白黒させて、ひたすらもぐもぐしている。


「母上、このお兄ちゃん、何も食べてないのに、もぐもぐしてる!」


「おお、もぐもぐした少年、あれが噂の新人冒険者ポンザレか!」


既に領主一族に噂は流れているようで、皆がポンザレの口元を

興味深げに見つめている。

好奇の目にさらされたポンザレは、緊張してもぐもぐが早くなった。


「ほれ、皆そんなに見たらポンザレが可哀そうじゃろう。

お主も緊張せずに、何でも食べるがよい。ほれ、これはどうじゃ、おいしいぞ。

皆も、久しぶりの御馳走じゃ。どんどん取らんとなくなるぞ。」


ボンゴールはそう言ってポンザレの皿に、

オレンジ色のソースがかかったスライス肉を十枚ほどドサッと置いた。


「僕も!」「あたしも~」と、一気に子供達がわいわいと騒ぎながら

料理を取っていき、大人達もそれに続く。

どれから取ろうかと迷って突っ立っていたポンザレの皿には、

ボンゴール一族が面白がって、どんどん料理をのせていく。


ポンザレは山と積まれた料理を片っ端から食べていき、もはやどれが

何の料理かもわからぬまま、ひたすら美味しいですー!を連発して…

気がついた時には、文字通りお腹がはちきれんばかりになっていた。



「まぁ、本当にぽっちゃりとしているのね。それなのに、

強いのですってねぇ。ずいぶん不思議なのね。ウフフフフ。」


デザートをつまみ、それぞれが酒やお茶を飲みながら談笑に入ると、

話の中心は自然とポンザレになった。


「母上!ポンザレ兄ちゃんのお腹が柔らかくて気持ちいい!」


楽しそうに話す領主の奥様方の雰囲気に安心しきったその子供たちは、

代わる代わるポンザレのお腹をぽふぽふと叩いて遊んだ。


「あぁ、どこか見覚えがあると思ったら、あなたあれね。

娘の飼っているハモスに似ているわね。」


「ハモスって何ですかー?」


「あたし、ハモスケ持ってくる!」


そう言って女の子が自室から持ってきた木製の小さいかごには、

薄いピンク色をしたネズミのような生き物が入っており、

その小さな手で何かの木の実を掴んで口をもぐもぐさせていた。


「そっくり~~~っ!!」


子供達が大はしゃぎし、ポンザレは一生懸命「おいらこんなんじゃありません、似てませんー。」と反論したが、全く聞いてもらえなかった。



領主一族から話をせがまれたザーグ達は、

交替しながら最近の魔物討伐や強盗団退治の話をした。

戦いの話になると、大人も子供も目を輝かせながら聞き入った。

合間にホォ~とかフゥーとため息が漏れる。


冒険者としての活動を話すことで、領主一族に楽しんでもらうのも

依頼のうちである。今夜のザーグ達の依頼の出来は上々であった。



冒険の話が一段落して、皆が落ち着くのを待ってボンゴールが声をかけた。


「ポンザレよ…お主は槍の名手だそうじゃの?」


「名手ではないですー。おいら突きと引きだけしかできないですー。」


「そう謙遜するでないぞ。それで、その槍を見せてはくれぬかの?

噂に聞いたのじゃよ。〔魔器〕の槍じゃとな…。」


ポンザレの視線を受けたザーグが、肩をすくめながら言う。


「見せていいんじゃねえか?どうせ皆にばれてるんだ。」



ポンザレは立ち上がって、部屋の隅にまとめて置いた荷物と武器から、

かすみ槍を持ってきた。

本来であれば武器の持ち込みは禁止されているが、

冒険者という用心に用心を重ねる性質を理解し、

ザーグとの長い付き合いの上で、ボンゴールは特例として、

会食の間であるこの大部屋に武器を持ちこむことを認めている。


ちなみに食事の間も、武器の横には交代でビリーム、ミラ、マルトーの

いずれかが立ち、有事に対応できるようにしていた。


ポンザレはかすみ槍のカバーを取ってボンゴールに見せた。

光を反射する銀色の刃が、ゆらゆらと揺れて霞んでいる。

まるでさざ波の水面を切り取ってそのまま穂の形にしたような、

本当にそこにあるのか疑いたくなるような、そんな槍だった。


そこにいた誰もが声を失い、槍の穂に引きつけられた。


「ほぉ~…」


「すごい、きれい…。」


「おぉ、本当に霞んで見える。」


「こまかくゆらゆらキラキラして、なんだか素敵ね。」


「ポンザレよ、持たせてもらってもいいかのう?」


武器を預けることは自分の命を預けるのと同じ…

ザーグの言葉が脳裏をよぎるが、ポンザレは、ボンゴールにだったら

渡してもいいと思えた。


「どうぞー。」


そう言って、一度カバーをかけた上で、かすみ槍を真横にして差し出した。


こういう渡し方であれば、仮に渡した槍で襲われた時でも、

カバーを取って、槍を構えなおし…と動作の工程が増え、

その間にポンザレは対処する時間が取れる。

この一連の動きは、ザーグ達により刷り込まれた、

ポンザレにとっては自然の行為である。


ボンゴールは、「よう仕込んであるのう」とニコニコしながら、

槍を受け取ると、カバーを取ってかすみ槍をしげしげと眺めた。

ゆらゆらと穂が霞むさまに、何度もほう…とため息をつく。


「これは、いいものじゃのう…うーん、これは一体どうしたものじゃ?

巷の噂では、作られたと聞くが…。」


「はい、これはバンゴ親方に作ってもらいましたー。」


「ほう、バンゴのところでか。しかし…何故これは、

こんなにゆらゆらと霞んでおるのじゃ。どうやって作ったのじゃ?」


「バンゴ親方は、空から落ちてきた鉄で作ったのが

原因かもしれないと言っていましたー。でも以前に同じように

空から落ちてきた鉄で作ったものは、こんな風にならなかったって

言っていましたー。」


「うーむ…欲しい…、ふむ…商人ギルドと鍛冶ギルドに

空から落ちてきた鉄があれば全て買い取るとお触れを出しておくか…

うーむむ。」


これはバンゴとポンザレで考えた嘘である。

拙いながらも〔魔器〕を作れる技術があることを知られてはいけない。

そうでないと、バンゴもポンザレも確実に面倒なことになるからだ。

それゆえ、空から落ちてきた鉄を使った、そしてそれがたまたま、

〔魔器〕になるような性質のものであった、ということにしたのだった。


「近々バンゴとも茶会でもしてみるかのう…。ポンザレよ、ありがとの。」


ボンゴールは名残惜しそうに、穂にカバーをかけ、

かすみ槍をポンザレに返した。



「さて、ザーグよ。今日は充分楽しませてもらったぞ。礼を言う。

依頼の件も考えておいてくれ」


「はいよ。了解したぜ。ボンゴールさん。」


「それではの、また二~三か月したら依頼を出すからのう。

子供達や奥方達も楽しみにしておるでのう。」



ザーグ達は領主の館を出ると、夜も更けた石畳みの路地を

それぞれの家へと帰っていくのであった。



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