【26】ポンザレの実力
『死神の剣』から出てきた三人目の男は、
体格の良い大男で力があり、槍の名手だった。
「はじめ。」
ザーグの掛け声と同時に、脚を広めにとった中段に構えると、
そこから流れ星の様に、ポンザレの体のあらゆる場所に高速の突きが
飛んでくる。
目、喉、肩口、鳩尾、股間、太腿…どこに来るかもわからない突きを、
ポンザレは、自らも槍を突き出して懸命に逸らしている。
正確には、ポンザレは真っ直ぐに飛んでくる相手の突きに対して、
短槍を斜めに突き出し、槍の柄同士を擦らせることで、その軌道を
変えていた。
自分も槍を使い、突きで戦うからこそ、相手の槍の精妙さと早さがわかる。
ポンザレはその苛烈な攻撃に恐怖を覚え、全身に冷たい汗をかいていた。
周囲の人間達は口をポカンと開けて、
一言も発せずただ見守るだけだった。
カッ カカッ カッ カッ カカカッ…
音のなくなった空間に、槍の擦れる音だけが不規則に響く。
かたや、『死神の剣』の槍使いは、突きを繰り出しながらも、
今までことごとく魔物や人間を屠ってきた自分の突きが、
全て短槍で防がれている事実を、まだどこか信じ切れずにいた。
何をやっても突きが入らない…その焦りが、わずかに引きを鈍らせた。
ポンザレは、その長槍の引きにあわせて、短槍を密着させたまま、
ザザッと踏み込むと、長槍使いのつま先、ひざをトトンと突いた。
「それまで。」
固唾を飲んで試合の行く末を見守っていた周囲の人間からも、
ほぉぉ~~と息を吐く音が聞こえてくる。
四人目の『死神の剣』が棍棒を持って出てくる。
名乗りも挨拶もなく、その目に余裕は全くなかった。
「おいおいおい、お前ら、静まりかえってんじゃねえぞ!
もっと盛り上げていこうぜ!」
ザーグが皆に声をかける。
「あぁ…お、おいポンザレがんばれ、あと一人だー!」
「『死神の剣』!一人くらいは男を見せろー!」
「俺の今日の飯がかかってるんだ、ポンザレやれー!」
俄然、周囲が騒がしくなる中、ザーグがポンザレに言った。
「おい、ポンザレ!一番初めの俺との訓練で俺がやったやつ。お前、あれやってみろ。」
「……え?…?…?……あ!…あれですか?」
「いいな、やれよ。」
ザーグが二人から離れ、手をあげる。
「ようし、最後の試合だ。はじめ。」
二人が構えたその時、左手を上げてポンザレが言った。
「すみません…ちょっと待ってください!」
「あん?」と言って、相手の棍棒使いが、
ほんのわずかだけ棍棒を持つ手を緩めたその時、一歩踏み込んだポンザレは、
右手のみで短槍を繰り出し、棍棒使いの顎にトンッと当てた。
「それまで!」
一瞬の間があった後に、皆が盛り上がる。
「ぶはははは、気抜いちゃだめだろ~~っ!」
「きったねぇー。」
「バカ、冒険者だから、あんな手に引っかかる方がダメなんだ。」
「結局あいつ、四人抜いたぞっ!」
「あいつ強かったんだな…」
ポンザレの強さは、ザーグ達の考えたポンザレ専用訓練、
《突きと引きだけ!だが気がついたらすごいことになってるぜ!》
が実った結果だった。
『ポンザレ少年にはこの武器が一番あっています。難しく考える必要は
ありません。突きと引きだけをやれば強くなりますよ。絶対です。』
最初に短槍を持たされた時、ポンザレがビリームから言われた言葉である。
素直なポンザレはそれを信じた。どこまでも信じた。徹底的に信じた。
本来、短槍は最短距離を通るショートレンジの素早い突きと、
ほどよい長さで取り回しの良い柄が、叩きや払いを行う、
多彩な技を持つ武器である。
だが、素人のポンザレに最初から幾つかの技を教えても、
混乱するだけでものにならないと考えたビリームは、
ひたすら突きと引きだけを練習させた。
ビリームはあらゆる武器に通じている。
自らがあらゆる種類の武器を使ってポンザレと稽古をし、
その全てに突きと引きだけで対応させた。
ポンザレが対応できない時は、「なぜ対応できないのか?考えなさい。」
と言って容赦なく打ち据えた。
打ち据えられるたびに、ポンザレは考え得ることを次々と試していった。
自分の体勢を入れ替える、斜めに突きを出す、柄を持つ場所を変える、
足運びを考える、両方の手で同じように突けるように動いてみる、
相手の武器を突く、突きと引きのタイミングをわざとずらす、
…幾多の試みを積み上げた。
戦闘の心得を実戦形式で徹底的に教えこんだのはザーグだ。
ザーグの戦い方は、とにかく型破りだ。その場の環境や心理的な駆け引き、
罠なども利用する。生きるための貪欲な戦い方で、
武器だけを使ったビリームとは全く違った。
稽古中に、隠れていたミラに矢尻のない矢で射られたこともある。
渡された飲み物に下剤が入っていたり、寝込みを襲われたこともある。
稽古の終わりが告げられて、気の抜けた瞬間にボカリと殴られたこともある。
ポンザレは全てに引っ掛かり、文字通り、痛い目にあって学んだ。
これらの訓練と、真面目でどこまでも信用してしまう、
素直すぎる性格が合わさった結果が今のポンザレだった。
生半可な冒険者では通用しないほどの強さである。
ポンザレの短槍は、叩きや払いこそいまだないものの、
突きと引きだけという次元をとうに越えていた。
だがポンザレ本人は、自分ができるのは突きと引きだけだと、
いまだに信じていた。
◇
稽古試合に勝ったポンザレはあまり喜んではなかった。
喜ぼうにも現実感がなかった。
だが勝ったのならば、しなければならない要求があった。
周りが沸き立つ中、ポンザレは『死神の剣』に向かって静かに言った。
「さっきのおいらのパーティに対する発言を謝ってくださいー。」
自分達に非があっても力でねじ伏せてきた『死神の剣』に、
素直に負けを認め、自らの糧とするような度量はない。
自らが今までさんざ行ってきたことを、大勢の観客の前で、
傷の一つも負わせられることなく鮮やかに仕返しされた。
さらには謝罪を要求される。
狭量な『死神の剣』は逆ギレした。
ルドンは木剣を投げ捨てると、近くの床にまとめて置いてあった
荷物から自分の剣を手にしてポンザレにむけた。
残りの『死神の剣』もそれぞれ自分の武器を手に取っている。
「うるせえよ、くそデブ。俺達をバカにしやがって…。」
ポンザレも、ビリームに預けていた自分の武器かすみ槍に
自然に手を伸ばし受取った。
ポンザレの顔は幾分青ざめてはいるが、それでもルドンを
しっかりと見据えていた。
穂のカバーに手をかけたポンザレを、
サーグは一瞬止めようとしたが口を出すのを止めた。
カバーから出てきた槍の穂は、陽光を反射して光っていた。
穂全体がゆらゆらと像を結びきらずにゆれて霞んでいるため、
光の水面を穂の形にしたかのように見える。
「なんだ!?あの槍…あんなん見たことねえぞ。」
「…なんだあれ?霞んでんのか?あれ、使えるのか?」
カバーをとったかすみ槍に周囲がざわめく。
「ポンザレ、お前ならもう冷静にできるな。脚か手を狙え。
大きい血管は外しておけ。」
ザーグのセリフが終わるやいなや、ゆらゆらと霞んでいた槍の穂が、
揺らめきを残したまま真っ直ぐに動き…ルドンの右肩に音もなく埋まる。
かすみ槍を手元に戻し、ポンザレが構えなおした時、
一拍遅れてルドンの右肩から血が噴き出し、剣を取り落とす音がガシャリと響いた。
「うがぁぁぁぁ~~っっ!」
ルドンの悲鳴が上がるのとほぼ同時に、後ろにいた『死神の剣』のうち
二人が、股間を抑えて倒れた。股間には短い矢が突き刺さっている。
「あいにく怒っているのは、ポンザレだけじゃないのさ。
さっきはあたしらにも下世話なことを言ってくれたじゃないか。
これはそのお礼さ。」
マルトーは短弓を構え、最後の一人に狙いをつけながら言った。
『死神の剣』は、自分達が遊び半分でからかった相手がどういう人間かを、
その身をもって思い知ることとなった。
静まり返る周囲の人々の中には、青ざめた顔で思わず股間を抑える者もいた。
おそらく以前、マルトーに下品な声をかけたことのある人間だろう。
ザーグが唯一無事に残った男に声をかけた。
「よし、残ったお前。薬師のところまで運んで手当をしてもらえ。
金はきちんと払えよ。ケチケチすると刺されるぞ。…誰か、小遣い稼ぎだ、
ケガ人を運んでやれ。」
「よし、俺が運ぼう。賭けには負けたから、少しでも回収するんだ。」
そういって数人が『死神の剣』達を運んでいく。
去っていく背中にザーグが声を投げた。
「治療したら早々に街から出たほうがいいぞー。」
◇
「よっし!掛け金の払い戻しをするぞ!ポンザレの勝ちだ。
青札持ってるやつは4倍戻しだ。札は持って帰るなよ。
回収してギルドに返すからな。」
混雑のピークも過ぎたところで、ザーグが再び大声を張り上げた。
「野郎ども!おかげで今日は儲かった!まだ昼だが、一杯おごるぜ!
ここにいる全員にだ!日雇いも冒険者も関係ねえ、仕事がない奴は
飲んでいけ!」
「うぉおおおお!!!!」
それからは、お祭り騒ぎだった。
『死神の剣』にひどい目に合わされた冒険者も多い。
中には冒険者を引退せざるを得ないほどの怪我を負わされた人もいる。
余所から来た流れの冒険者パーティに好きなようにされ、けれども、
それを諫めるほどの武力もなく…皆不満を貯めていたのだ。
そこに現れたのが『死神の剣』をやっつけた新人冒険者ポンザレだ。
ぽっちゃりして柔和で愛嬌もあり冒険者達の受けもいい。
ほとんどの人間が懐疑的だったポンザレの強さが、
本物であることも証明された。
誰もがポンザレに乾杯を求め、ポンザレを褒めたたえた。
ポンザレは他人から褒められたことがあまりない。
どう反応をしていいかがわからずに、下を向いて口をもぐもぐさせる。
たまに口を開けば「たまたまですー」「ザーグさん達のおかげですー」
などと言うだけだった。
その初心な様子が、さらに皆を笑顔にし、場は益々盛り上がった。
ポンザレは酒を飲まないが、代わりにハーブ茶を飲まされ、
料理を食べさせられ、早々にダウンした。
人酔いしたのもあり、一足先に帰された。
本人がいなくなった後も、宴はいつ果てるともなく続いた。
◇
ザーグは杯をあおりながら、自分の試みが成功したことを秘かに喜んでいた。
今日の『死神の剣』との戦いはいい訓練になった。
自分たちが精魂込めて育てているポンザレの実力は、相当に高い。
『死神の剣』も多少は強いと聞いていたが、それよりも上であると踏んだ。
前回の強盗の頭目の時は、相手が人間だから、ポンザレは躊躇して
全く踏み込めていなかった。だが、これで人と戦うことの苦手意識も少しは
消えただろう。大勢の前で戦い、勝ったんだ、多少の度胸も生まれて
少しは自信もつくだろう。
『死神の剣』…いけ好かない奴らだが、感謝しなくちゃな。
「ハハッ。やっぱり、あいつはいいな。」
ザーグは短く笑うと、再び杯をあおった。
◇
酒場の冒険者達は、酔いながらポンザレの武器についても口にした。
「あの槍はやばい。かっこよすぎる。」
「バンゴさんのとこで作られたって?俺も注文できないだろうか?」
「ポンザレは売ってくれないだろうか?」
「あの槍で、あの速さで突かれたら対応なんかできっこねえ。」
「あの槍、音もなく刺さったもんなぁ。あの切れ味はヤバい。」
ポンザレは、《もぐポン》(もぐもぐするポンザレ)、《素早い小デブ》
などのあだ名がついていたが、この日、もう一つのあだ名が加わった。
かすみ槍のポッチャリしたポンザレ…を略して《霞みのポン》。
後日これを聞いたポンザレは、
「おいら、せめてもうちょっと格好いいあだ名がよかったですー。」
と、口をもぐもぐさせながらぼやくことになった。