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【25】ポンザレ絡まれる


「お前がポンザレか?」



それは、ポンザレが依頼の相談のため、ギルドのカウンターを

訪れた時のことだった。

突然四人組の冒険者が声をかけてきたのだ。


冒険者達は、二十か三十代の男達で、小綺麗な服装をしており、

それぞれに剣、ナイフ、棍棒、長槍を装備している。


特徴的なのは、四人の顔つきにあった。

目つきやニヤニヤと歪めた口元から、他者を見下し馬鹿にしている、

そういう人間であることがよく伝わってくる。そして本人達も、

それを隠そうともしていない。

全員が整った顔をしているが、そのせいで余計に酷薄に、

そして品がなく見える。


「な、なんですかー?」


「俺達は、パーティ『死神の剣』だ。俺はリーダーのルドンだ。」


「はい…。それで何の用でしょうかー。」


ポンザレは緊張で口をもぐもぐさせる。


「俺達は最近、隣街からここに来た。この街でも冒険者登録をしてやった。

で、ここの街の冒険者どもの話で、よくお前の名前が出てくる。

どういう奴かと思って、挨拶をしてやってるんだ。」


「はい…それはどうもですー。」


『死神の剣』は、二ヶ月ほど前に街に来た冒険者パーティで、

他の冒険者と暴力沙汰のトラブルを頻繁に起こすことで噂になっていた。

冒険者同士のトラブルにギルドは介入しない。

街の人間に対して明らかな犯罪行為でも起こさない限りは、

衛兵も出てくることもない。


その『死神の剣』が、最近街の冒険者達の話によくあがる、

ポンザレに目をつけたのだった。


「最近、お前は武器を作ったそうだな。しかも聞いたところによると、

この街の有名な鍛冶屋の作だと聞いた。その短槍がそうか?

どんなもんか見てやる。ほら、貸してみろ。」


そう言って手を出すルドンに対して、ポンザレはしっかりと拒否した。


「ダメです、武器は見せられませんー。」


ポンザレはぽっちゃり体型で、顔つきもほやんとしている。

年は若く、強そうな気配も覇気もない。

ルドンから見れば、いや知らない人間から見れば、街にいくらでもいる、

弱いガキにしか見えない。


ルドンは、弱い人間は強い人間に最上級の礼節を持って受け答えをし、

強者の言うことを黙って聞くべき、と考えている。

だが、その弱そうなポンザレの態度は、終始「よろしくですー」「どうもですー」

とふにゃふにゃしているわりに、それでいて「ダメですー」などと

拒否してくる。


理不尽なのは承知だが、このガキは俺を馬鹿にしていやがるんだと、

ルドンはむかっ腹を立てた。

素直に言うことを聞けば、ちょっとからかってやるぐらいで済んだのに、

これはどうしても痛い目にあわせないと気が納まらない。

ルドンの瞳が、不気味に輝きを増した。


ポンザレからすれば、これは、とんでもない話だった。

ザーグ達からは常々自分の武器を人に預けるほど馬鹿な話はない、

それは相手に自分の命を渡すのと同じだと厳しく言い聞かせられている。

ましてやようやく出来上がった自分だけの武器であるかすみ槍は、

霞んで見えるだけで、特殊な魔法の効果がある訳ではないが、

〔魔器〕である。


「俺の言う事が聞けないってのか?」


そういってルドンは、左足を半歩下げると剣の柄に手をあてた。

まだ本気ではないが、ポンザレを脅してやろうと思ったのだ。

その様子を見て、慌てて後ろにいた仲間がルドンに声を掛けた。


「ルドン、さすがにここでは。」


見渡してみると、カウンター付近と中庭挟んで向かい側の

酒場にいる冒険者達がこちらの様子を何事かと伺っている。

街のトップクラスの冒険者パーティに所属しているポンザレを、

ここでいきなり斬りつけたりすれば、全員ではないだろうが、

襲ってくるかもしれない。


いつの間にか二歩ほど下がっていたポンザレに、

剣の柄から手を離し、姿勢を戻したルドンは言った。


「よし、ではお前に稽古をつけてやろう。そこの中庭で、

練習用のギルドの武器を使ってだ。俺達みたいな実力者と

手合わせをするいい機会だぞ。」


「それもイヤですー。」


口をもぐもぐさせ、どこかおどおどした態度でありながらも、

ポンザレは再び、その申し出を拒否した。



ポンザレが全く言うことを聞かないことに、

ルドン以外の『死神の剣』のメンバーもイラついていた。

周囲の冒険者達の注目を浴びている以上、もはや引くこともできない。

目の前の小デブの少年にいかにして自分達との稽古を引き受けさせるか。

稽古さえ引き受けさせれば、後はどうとでもできる。木刀とはいえ、

充分に殺傷能力もある。滅多打ちにすればいいのだ。


『死神の剣』は、互いに顔を見合わせて軽く頷き、ポンザレを囃し立て始めた。


「はぁ、お前の親も、お前みたいな腰抜けを生んで大変だな。」


「デブな冒険者ねぇ…見たところお前は、道楽でやってる金持ちの

馬鹿息子なんだろ?」


「お前のパーティも、お前程度が入っているくらいだ、

たいした力もないんだろう?」


最後の言葉にピクッと反応したポンザレが小声でつぶやく。


「…今のは…取り消してください。」


『死神の剣』は、喜色を顔に浮かべ、

水を得た魚のように口々にポンザレのパーティを馬鹿にしはじめた。



「何て言ったか、お前のパーティのリーダー、ザーグだったか。

そいつもお前と同じ腰抜けなんだろ?」


「女が二人もいるんだっけか?あぁ、あれか夜の冒険のお相手もするのか。

今晩にでも会わせてくれよ。ひゃひゃひゃ。」


額に青筋を浮かべてポンザレは、はっきりと言った。


「今の言葉を取り消して、謝ってください…。」


「さぁ、どうするかなぁ。俺達に謝らせたいなら、

お前の実力を見せてもらわないとなぁ?」


ポンザレが、震える手でかすみ槍の穂を覆うカバーに、

手をかけようとしたその時、絶妙なタイミングでマルトーが、

二人の間にするりと割り込んできた。


「ポーンザレ!なんだいあんた、おもしろいことになってるじゃないか!」


そう言ってマルトーはポンザレの左腕に自分の胸を押しつけ、

『死神の剣』をニヤリと笑いながら見る。


二の腕に当たるマルトーの柔らかい感触で冷静さを取り戻したポンザレは、

少し赤くなりながらマルトーをちらりと見ると頭を下げた。


「マルトーさん、すみませんー。」


「いいんだよ、ポンザレ。さぁ、じゃあやろうか?」


「何をですか?」


「あんた、この死神のなんとかと、稽古するんだろう?」


マルトーがなんとも言えない怪しい笑みを浮かべて『死神の剣』を見る。

その強い瞳に、マルトーの美しさに固まっていた『死神の剣』が我に返った。


「お、お前が、この腰抜けのパーティの女か。」


「い、いい女だな。うちのパーティにこいよ?」


「そこの小デブの後で、夜にでも稽古しようぜ。ひゃひゃ。


どこまでも最低な『死神の剣』達の態度にも、

マルトーは笑みを崩さずに答える。


「まぁ、とりあえず、中庭に移るとしようかね。」


中庭を見ると、既に真ん中にザーグがおり、

人をのけてスペースを作っていた。


ポンザレの視線に気づくと、見たことのない満面の笑みで、

こっちだこっちだと手を振っている。

その後ろではビリームが、ギルドの職員から様々な種類の

木の武器を受け取り、いそいそと並べているところだった。


いつの間にかポンザレの右側にはミラもいた。


「…私、あの『死神の剣』ぷぷぷ…死神の剣…に襲われちゃうー。」


笑いをこらえながら言うミラ。


「ミラさん!いつの間にいたんですか?」


「…私は最初からいた。…おもしろそうだから、すぐに皆を呼んだ。」


美女二人を両腕に抱いた(ように見える)小デブのぼやけた顔の少年。

その図は『死神の剣』を最高に煽っていた。

しかも美女二人はこれみよがしに自分達をおちょくっている。

許せない。この小デブは殺す。滅多打ちにして殺して、女達は難癖をつけて

連れて帰り好き放題してやる…黒く淀んだ怒りと殺意を携えて、

『死神の剣』は中庭に移動した。



集まった人間にザーグが、声を張り上げて宣言する。


「お前ら、喜べ!今日は稽古試合が見られるぞ。対戦するのはポンザレと

『死神の剣』だ。…で、お前らただ見てるんじゃつまらねえよなぁ。

これは賭け試合にするぞ!」


「おぉおおおお!」


ザーグは親指でポンザレを指さしながら『死神の剣』に話しかける。


「こいつに稽古をつけてくれるんだろう?胸かしてやってくれ。

あぁ、稽古試合は冒険者の楽しみだ。賭け試合にしたが構わねえよな?」


「あんたは?」


「俺は、こいつと同じパーティのザーグだ。」


「ちっ。しょうがねえ。いいぜ、どうせ俺達が勝つんだ。

ただし勝ったら俺達に賭けられている分の半分をよこせ。」


「おうよ、いいぜ。…野郎ども!一人一口10シルだ!

後ろのビリームに金を渡してくれ。どっちに賭けたか札を渡すぞ。

赤が『死神の剣』、青がポンザレだ!」


いつの間にか用意されていた木札と引き換えに、

ビリームが次々とお金を回収していく。

ザーグ達の手際の良さと周囲の熱狂具合に、

ポンザレはついていけず、一人佇んでいた。


そこへザーグがやってきてポンザレの様子を確認する。


「…怒りで我を失っていたりは…してねえな。それならいい。

好きにやっていいぞ。」


しばらくして、お金を回収し終えたビリームが、ザーグに報告をする。


「野郎ども!集まった掛け金を計算した。ポンザレが勝った場合は4倍!

『死神の剣』が勝った場合は2倍戻しだ!」


盛り上がってはいるものの、ポンザレに賭けた人間は少なかった。

『死神の剣』は頻繁に起こす暴力沙汰のトラブルのおかげで、

その腕前が知れ渡っている。


一方、ポンザレはというと、ザーグ達に訓練を受けていることは

皆も知っているが、どれくらい戦えるのか全くわからない上に、

どうしても強い人間には見えない。


中庭を埋め尽くした冒険者や日雇い労働者の人波。

その真ん中にぽっかりと円形のスペースができ、

ポンザレと『死神の剣』のルドンが立つ。


ルドンは右手に木剣、左腕には小さな盾を装備している。

対するポンザレはかすみ槍と同じくらいの長さの木の短槍を持っていた。


ポンザレはここまで大勢の人に注目されたことがない。

しかも稽古とはいえ、これから、ここで、公衆の面前で戦うのである。

緊張で全身が強張ってきて、ポンザレは下を向いて震えだした。

口は高速でもぐもぐを繰り出す。


マルトーがそんなポンザレの前に立つ。

視界の真ん中にマルトーの足を捉えたポンザレが、

どうしたのかと顔を上げた瞬間、その頬に強烈な平手打ちがヒットした。

「痛…」と抗議の声を上げる間もなく、

ポンザレの顔はマルトーの柔らかい胸にぽふっと包まれた。


「うぉーーーーっ!」


「いいなー!俺にもやってくれーーっ!」


「くそう!俺は『死神の剣』を心から応援するぜぇ!」


周囲に悲鳴と羨望の声が飛び交う中、小声でマルトーがポンザレに言う。


「いつもの通りやればいいんだよ。」


緊張の解けたポンザレは、舞台の中央に進んだ。

その頬には赤い手形がついている。



「稽古試合とはいえ冒険者だ。何をやってもOKだ。

だが勝負がついたところで止めるぞ。よしじゃあ、始めろ。」


ザーグがいたって普通の会話のように試合の開始を告げる。



勝負がついたところというのは、どちらかが戦闘不能の一撃を受けた、

と判断した時だろう。ザーグという試合の判定役がついたことにより、

好き放題に打ち負かすことができなくなったのは残念だが、

最初の一撃で腕か脚を叩き折って…いや、あのもぐもぐしている口、

顎だな。あの顎を最初に叩き割ってやったら、この小デブは涙を流しながら、

のたうち回って苦しむだろう…。


狙う場所を決めると、ルドンは左腕に小盾を、右手に片手剣を構えた。

対するポンザレは、体をわずかに斜めにして短槍を中段に構えている。

短槍と片手剣の間合いに大差はない。互いに既に間合いのうちで、

どちらが先に仕掛けるか、周囲の人間が固唾を飲んで見守った。



この小デブ、ビビッて固まってやがる…そう判断したルドンが、

片手剣を水平にして突きを放とうと動きだした、その瞬間のことだった。


ルドンの腰に、トンッと何かが当たった感触があった。


「おい、今…」


「突いたのか…?速くね?」


「え、俺全然見えなかったぞ…」


周囲がざわめく中、ポンザレはすでに短槍を構えなおし、

先ほどと寸分違わず同じ姿勢になっている。


「続けるか?」


呆れた顔のザーグが確認するが、ルドンは何も言わず体勢を整えなおした。

「この小デブ野郎…」と思った次の瞬間、ルドンはほとんど本能的に、

左手の盾を胸のところまで引き上げていた。


ガシュッと音が鳴って、ポンザレの棒が盾に当たった。

盾で防がなければ、喉に当たっていたはずだ。


この小デブ、突き速くないかっ…!?

ようやく事態に気づいたルドンが、間合いを取りなおそうと

下がる動作にあわせて、右肩と太ももにトンッと衝撃がくる。


「おい、ポンザレ、もっとはっきり突かねえとダメなんじゃねえのか?」


「え、ザーグさん、そうすると槍を引けなくなって、体勢が崩れますー。」


「んじゃあ、ここで終了だな。」



皆、ポカンとして拍子抜けしていた。


通常、中庭で行われる稽古試合は、冒険者達の気合の声や悲鳴、

かき鳴らされる激しい攻防の音に、野次や怒号が加わって、騒がしくなる。


だが、この試合は異様だった。

始まったと思ったら、ポンザレがぬるっと動いた。

気がついたら、試合が終わっていた。


ルドンが呆然としていると、『死神の剣』のうちの一人が

前に出てきて、両手にナイフを一本ずつ持って構えた。

男の手足はひょろりと長く、ゆらゆら揺れる体の動きもあいまって

ただ物ではない雰囲気が滲み出ている。


「あんたは、この小デブと『死神の剣』との稽古試合だと言った。

『死神の剣』は四人のパーティだ。だから俺やあいつらが出るのは

おかしくないよな?」


「あぁ、もちろんだ。何の問題もねえぜ!」


「ザーグさん、戦うのおいらなんですけど…。」


「あ・き・ら・め・ろ。」


嬉しそうに笑うザーグの顔を見て、ポンザレはザーグが、

わざとそういう言い方をしたのだと気づいた。

ザーグは最初から、『死神の剣』の四人全員と戦わせるつもりだったのだ。

ポンザレに拒否権はない。もうやるしかなかった。



「わかりましたー…。」


「よし、はじめ。」


と、ザーグが言ったと同時に、ナイフ使いが間合いをにゅるっと詰めた。

両手のナイフが左右上下と不可測の軌道を描いてポンザレを襲う。

だが、ポンザレは体勢をさらに斜めにして、ナイフ使いに向いている体の面積を

減らすと、短槍の先の方を持ち、素早く小さい突きを繰り返して、

襲い掛かるナイフを見事に捌いていた。


「おい…あいつナイフに槍を当てているぞ…。」


「どうして、両手のナイフをはたき落とせるんだよ…。」


カシュッ カシュッ カシュッ カシュッ カシュッ カシュッ


十数回ほどテンポのよい攻防が行われた後で、

ポンザレはザッと後ろに飛び下がる。

好機とばかりに、その動きにつられて、踏み込んだナイフ使いの胸の真ん中に

ポンザレの突きがトンッと入る。これは、ポンザレの誘い技である。


「それまで。」


ポンザレは、「ふはぁ」と息を吐くと、感触を確かめるかのように、

槍を数回握りなおして前を向いた。


その顔は既に一人前の男だった。

でも口は、ちょっともぐもぐと動いていた。



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