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【24】ポンザレとかすみ槍


「坊主。お前、魔力持ちなんだってな。」


バンゴは、その目を子供のように輝かせながらポンザレに聞いてくる。


「はいー。魔力量は低いみたいですけれどー。」


「よし…。坊主、お前も武器作るのを手伝え。」


「どういうことですかー?」


その時、バンゴの腹がぐぐぐぅ~と盛大に鳴った。


「ちと早いが昼飯にするか、今用意させるからお前らも食っていけ。」



昼食を食べながら、バンゴはかねてからの自分の夢を、ポンザレに語った。


莫大な魔力が込められ、何かしらの特殊な効果を発揮する道具、

それが〔魔器〕である。〔魔器〕は魔力のおかげで錆びたり、

朽ちたりすることがなく、昔から人々の手を渡り歩いてきた。

また、まれに大昔の遺跡などから発見されることもある。


だが〔魔器〕はどうやって作られたのかは定かではなく、

近年誰かが〔魔器〕を作るのに成功したという話もなかった。


魔法使いと呼ばれる大量の魔力を持つ者や、魔力を研究する者、

鍛冶屋、時には街の領主までもが率先して作ろうと試みたが、

皆失敗に終わっている。


数々の試みから見えてきたのは、現在の魔法使いの持つ魔力では、

〔魔器〕になるほどの魔力が込められないこと、そして大きな問題として、

魔力が道具に全く定着しないことにあった。


魔力自体は一時的に込めることはできる。魔力の込められた道具は、

そのもの本来の役割を増幅させる。

剣であれば切れ味が増す、回復薬であれば回復効果が高まる…などだ。

だがその効果は道具の強化以上の効果にはならず、かつ短時間のみである。


大量の魔力をいかに込めるのか、どうすれば定着させられるのか…

それが〔魔器〕を生み出したいと願う人間の命題であった。



「俺はな、鍛冶屋として一度〔魔器〕を作ってみたい。

〔魔器〕は錆びない、朽ちない。自分が精魂込めて作った武器が

朽ちることなく存在し続ける…そう考えるだけで震えがくる。

恐ろしさも感じる。…生半可なもんは作れねえだろう。

だが、俺の人生における最高傑作を、〔魔器〕として

作り上げてみてえ…それが俺の夢だ。」


バンゴの目は異様な熱を帯びてギラギラと光っていた。


「だが魔力持ちは滅多にいねえ。〔魔器〕を作るために、

もっといろんなことを試してみてえんだがなぁ。

まずは実験だから報酬もたいして出せねえ。

ってことはギルドに依頼も出せねえ。…なにより魔力持ちは

薬師ギルドで薬を作っていた方が楽に稼げるからな。」


「確かにそうかもですー。おいらも薬師ギルドにすごい誘われましたー。」


「まぁ、冒険者を選んだ坊主は、阿保ではあるな。あぁ、褒め言葉だぞ。

で、坊主が魔力持ちってことなら、やることは一つしかねえ。

俺が作る横で、坊主、お前が魔力を込める。それで何が起こるか…

〔魔器〕作りの足がかりでも得られれば最高だが、ま、そんなにうまくは

いかねえだろうな。ガハハハ。」


バンゴは不安げなポンザレの顔を見ながら豪快に笑った。


「安心しな、魔力関係なしにいいモンは作るぜ。それはバンゴの名に懸けて、

保証する。そうだ、金を貯めたとはいえ、そう持ってるわけでもねえだろう。

坊主の手伝いの分だけ、少し割り引いてやろう。よし、明日からだな。」


「おいらが手伝うのはもう決まっているんですねー。」


当たり前かのように頷きながらバンゴは答える。


「明日は、朝の鐘が鳴ったら、またここに来い。ザーグとビリームも、

今度武器もってこい。細かく手入れしてやる。」


「おう。じゃあな、バンゴ爺。」


「さようならですー。また明日ですー。」





翌日、一人武器屋を訪れたポンザレは、厳つい顔をニコニコさせたバンゴに、

すぐさま鍛冶場に連れていかれた。


「ここには俺の弟子以外の人間は絶対に入れねえ。お前がここで見たこと、

聞いたことは全て誰にも何にも言うな。わかったな。」


「はい、わかりました…。」


バンゴの鋭い視線にポンザレはビクッとしながら答えた。


「坊主、俺は〔魔器〕を作りたいと思うようになってから、

今まで俺なりにいろいろ試したりはしてみた。が、どれも手掛かりにすら

なってねえ。坊主に手伝ってもらうが、早々〔魔器〕なんざできねえだろう。

だから坊主も、とりあえず俺が言った通りにだけやってみてくれ。」


「わかりましたー。」





バンゴがハンマーで焼けた鉄を真剣な眼差しで叩く。

その額には玉のような汗が幾つも浮かんではボタボタと落ちていった。


火花と金属の高く澄んだ音が工房の壁に反射すると、

ただでさえ熱い室温がさらに跳ね上がっていくかのようだった。


ポンザレもバンゴの傍らで滝のような汗をだらだらと流していた。

手をかざして真っ赤な鉄に魔力を込める作業を、繰り返し繰り返し行う。


カン!カン!カン!


「ハァ~~ッ」


カン!カン!カン!


「ハァ~~ッ」


何とも間の抜けたリズムだが本人たちは大真面目だった。

やがて、槍の穂が形にできあがってくる。


「…坊主、これをどう思う?思った通り言ってみろ。」


「…よくわからないですが、〔魔器〕にはならないと思いますー。」


「…ああ。なんつうか、雰囲気というか…存在感が出そうにねえ。」


店で見たバンゴの作る高品質の武器は、いずれもぞくりとするような、

冷たさを感じる凄みがあった。だがそれは〔魔器〕に宿るものとは異なる。

〔魔器〕には、一見なんの変哲もない物なのに目が離せなくなるような…

そして一度目に入るとついつい見入ってしまうような、

うっすらとした温かい存在感がある。


「坊主、魔力はある程度使うとその日は打ち止めだったな。

今日はもう止めておくか。」


「まだ、大丈夫だとは思うんですけど、自分ではよくわからないですー。

でも、また明日お願いしますー。」





翌朝、鍛冶場にきたポンザレはバンゴに提案する。


「バンゴさん、起きた時思いついたんですけど、聞いてもらっていいですかー?」


「なんだ?言ってみろ。」


「バンゴさんのハンマーに魔力を込めたことはありますかー?」


「ハンマー?いや、道具に試したことはねえな。」


「魔力を込めた道具って、その道具の力が強くなりますー。

ハンマーに込めたら、どうなるのかなーって思ったんですー。」


バンゴは作業机の上に置いてあったハンマーを手に取って少し考えた。


「ふん…そうだな、やってみるか。」



ポンザレがハンマーに手をかざし魔力を込める。

それから二人は、昨日と同じ要領で魔力を込めながら鉄を叩いた。


「…坊主、どう思う?」


「…むずかしいですー。すっごくすっごく少しだけ、〔魔器〕っぽい感じが

あるような、ないようなー…。」


「…うーん、俺も同じ感想だ。」


「…。」


「…んむ?もしかして…」


「なんですかー?」


「…〔魔器〕を作るのには、魔力のこもった道具がいるのか?」


「…どうなんでしょうかー。」


「あぁ、あぁ…そうか、考えてみれば何もおかしなことはねえな。

…魔法の道具を作るのには、魔法の道具が必要ってことだ。

単純すぎて思いつかねえもんだな。あぁ、そうか…

本当にそうだとすると全然足りねえな。

うーむ、砥石だ。金床だ。窯だ、いや石炭もか?

…すると、坊主だけでは足りねえってことになるぞ。

…いや、待て、人なんか集めて作ったらあっという間に、作り方がばれる。

俺の…俺だけの最高傑作を作って〔魔器〕にするんだ。

そこらの三流鍛冶の奴らの作品が〔魔器〕になんかなっちゃいけねえ…

くそ…うぉぉ。」


髭を手でもしゃもしゃと弄りながら、ポンザレがいることも忘れて、

バンゴはうんうんと呻き始めた。


「バンゴさん…バンゴさん!」


「おぉ、なんだ坊主?」


「たぶん…〔魔器〕にするには、魔力の量も全然足りない気がしますー。」


「おぉ、そうか、そりゃそうか。魔力の込められた道具を使っても、

〔魔器〕そのものに込める魔力が相当ないと、確かに魔法の効果は出ないな…。」


「バンゴさんは、どんな〔魔器〕を作りたいんですかー?」


「…?…どんな?…」


「爆発するとか、水が出るとか、遠くのものも斬れるとかですー。」


「…。…それは、あんまり考えたことがなかった……。」


「…。」


「…。」


「ぼ、坊主。二日後にまた来い。そ、それまでに、方針を決めておく!」



「はい、わかりましたー。」




二日後の朝、約束通りポンザレは鍛冶場で一足早くバンゴを待っていた。

遠くからドタドタと床のきしむ音が聞こえ、目の下に隈を作ったバンゴは

部屋に入ってくるなり、開口一番切り出した。


「坊主、〔魔器〕を作れる可能性がでてきたことに、まず礼を言う。

…だが、魔力持ちを集めて〔魔器〕を作るには、リスクもでかい。

まだまだ研究して、試作だってもっと作らないとダメだな。

だから、俺が最高の一作を作れる全ての準備ができる時まで、

人を集めて本格的に作ることはしないことにした。」


「はいー。」


「だが、今回の坊主の槍に関しては、俺と坊主でやれるところまでやる。

今の時点での最高の作品を目指す。一昨日までの鉄は練習用だ、

とっておきの鉄も出すからな。それで…目指す効果だが…。」


「…はい。」


「“見えない槍”でどうだ?」


「“見えない槍”ですか?」


「そうだ、何でも貫けるとか伸びるとか、爆発するとかは、

幾ら何でもまだ無理な気がする。切れ味がいいとかは、

〔魔器〕であれば当たり前だから、今さら、それで作るのもおもしろくねえ。

だが“見えない”だったら、何となくやれそうな気がしないか?」


「よくわからないですけどー…でも、どうやればいいんでしょうか?」


「わからん!…とりあえずは、念じながらでも作ってみるか。」


そう言ってバンゴは、少しヤケクソ気味にガハハと笑った。


「はい、がんばりますー!」



前回と同じく、ポンザレは、金床とハンマーに手をかざす。

そして思いついたように、焼けた鉄を冷やす水、窯や空気を送り込むふいご、

鉄を掴むやっとこなど、鍛鉄に使う道具全てに魔力を込めていった。



「消えろ!消えろ!消えろ!」


カン!カン!カン!


「消えろ~~ハァ~~ッ!」


「消えろ!消えろ!消えろ!」


カン!カン!カン!


「消えろ~~ハァ~~ッ!」


真っ赤に焼けた熱い鉄を打っているとは思えない、

漫才のような掛け合いと、鉄を打つ小気味の良いリズム。

共同作業三日目、二人は阿吽の呼吸で作業を進めていく。


飛び散る火花も、滴り落ちる汗も奇妙な拍子のリズムとなって、

工房にこだまする。そのうち、叩いているのか、声を上げているのか、

周囲の音が遠くなり、何だかよくわからなくなった頃、

ポンザレの耳に夕方の鐘が聞こえてきた。


気がつくと作業台の上には、形になった槍の穂があった。

ぼやけた意識が急激に回復していく。


ポンザレが見た槍の穂は、残念ながら消えていなかった。

だが…その姿は、うっすらと陽炎が立ち上がり、少し霞んでいた。



「…で、できた。」


「…す、すごいですー。」


「坊主、続きは明日だ…。飯出してやるから、今日は裏の工房で寝ていけ。」


「はい、お言葉に甘えますー。」


その晩、二人は泥のように眠った。



翌日、二人は腫れぼったい目をこすりながら、工房に入ると、

槍の穂の形を整え、研いでいく作業に入った。


バンゴが作業をしていく傍らで、ひたすら手をかざして魔力を注ぐポンザレ。

もう何の違和感も感じない合言葉「消えろ!」をひたすら唱えながら、

作業は進む。


その結果、穂の霞み具合はさらに進んだ。

ゆらゆらと陽炎が立ち、穂の輪郭は周囲に溶けているかのように

ぼやけている。


二人は、口を開けしばらく見入ってしまう。


切れ味などを軽く試したバンゴは、ため息をついて言った。


「ふぅ…これは霞んでるだけじゃなく、切れ味も相当だな。

良い作品になったぞ…。」




一週間後、ポンザレは完成した短槍を握っていた。


細めでスラっと一直線に伸びた穂と鋭く尖った穂先。

穂自体は少し肉厚で中央に血抜きの溝が刻んである。

よくある鉄の槍と同じく鈍い銀色をしているが、穂全体がゆらゆらと

霞んで見えるため、その形をはっきりとは視認できない。


爽やかな青緑に塗られた柄は、堅いが適度にしなる木材でできており、

不格好に膨らんだ金属の石突きには穴が開いている。

石突きは半分ほどの所からねじると外れるようになっており、

その穴にサソリ針を通してねじり戻すと、

まるで最初から、そこにあったかのようにピタリと収まっていた。


ポンザレは店の裏庭で出来上がった槍を振った。

振って止め、突いて引き…と動作を何回も繰り返す。

昔から自分が持っていたかのように、ポンザレの体に自然になじみ、

違和感が全くない。石突きにサソリ針をはめて同じ動作を行っても、

驚くほどスムーズに動けた。


無手よりも武器を手にしている方が体が軽い…という不思議な感覚を

ポンザレは味わっていた。


正真正銘、ポンザレの為だけに作られた武器だった。


「バンゴさん!すごいです!すごいですー!」


「はん、坊主も手伝ってくれたからな。」


「ありがとうございました!おいら、これでがんばりますー!」


ポンザレは深々とお辞儀をする。


「あぁ、がんばれよ。そういえば代金だが…」


「はい、お幾らですかー。」


「坊主のは短槍だから、使った鉄の量は確かに少ない…が、

使ったのは空から落ちてきた滅多に手に入らない鉄だ。

石突きは普通の鉄だが、特殊仕上げで手間もかなりかかっている。

柄もかなり良い木材にさらに入念に加工を施した。坊主の希望通り、

緑にも塗ったぞ。…そうだな、坊主の手伝い分を差し引いて、

1万5千シルってところだな。」


一年半は余裕をもって暮らせる金額だったが、

それでもいいと心から思えるほどの出来栄えだった。


ポンザレはギルドから貰ってきた小切手に、

金額とサインを書き込むと、バンゴに渡した。この小切手を持っていくと、

バンゴはポンザレの口座から代金が支払われるようになっている。


「おう、ありがとうよ。この金額をきちんと支払えるってことも、

武器を手に入れるための資格だ。胸はって行きな。」


「はい!」


「坊主、その武器に名前はつけるか?考えているのがあれば…」


「いえ、まだ考えていませんー。」


「よければ、俺の考えた名前をつけてくれねえか?」


「なんという名前ですか?」


「かすみ槍…だ。」


「かすみ槍…」


ポンザレは手にした槍を改めてギュッと握るのだった。

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