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【23】ポンザレ、武器を作る



強盗団退治から数日後の朝。

依頼の疲れも消えて、バラバラといつもの食堂に集まってきた

メンバーの足取りは軽かった。食事を終えたザーグが切り出す。


「お前ら、喜べ。今回の強盗退治はかなり儲かったぞ。」


「ここ二~三日、何やらミラと動いていたみたいですね。

どれほどになったのですか?」


「おう、領主からの依頼として冒険者ギルドでの報酬が4万、

犯罪者ギルドからの感謝料で1万だ。」


「へぇ、あわせて5万かい。…まぁまぁだね。」


「だが、まだ続きがあるぜ。」


ニヤリと笑うザーグ。


「今回の強盗団は、街から街へと移動する流しの強盗団だったろ。

さて…貯め込んだお宝はどこへいったんだろうな?」


「もしかして…。」


「おう、そうだ。奴らの隠していたお宝を見つけた。

頭目が管理していた竜車の底に、隠し荷台があった。

中には剣が十数振り、宝石類、硬貨がそこそこあったぞ。

もちろんバカ正直に報告なんてしねえからな。

どうせ衛兵やらギルドが難癖つけて持っていきやがるからな。」


「そうですね、竜車は衛兵に引き取られますからね。そのままだったら、

こちらにはおこぼれも来なかったでしょう。ですが、よく見つけられましたね。」


「それはミラの手柄だな。なぁ、ミラ?」


「…もともと、どこかに隠してるとは思ってた。頭目を尾行している時に

竜車を気にする様子が少しだけあったから、あの後探した。

…街の外に隠していなくてよかった。」



「で?もう回収してあるんだろう?」


「あぁ、現金以外は犯罪者ギルドに売った。手数料はけっこう取られたが、

俺達で売って足がつくのも嫌だからな。」


「それで…そっちは幾らになったんだい?」


「ふふん。…5万だ。」


「おぉ…!…合わせて10万ですか!それは、なんともすごい!」


「俺ら全員で割って、五人だから一人頭、2万シルだな。」


ポンザレは口をもぐもぐさせながら、

両手を指折り数えて必死に計算をし始めた。


日雇い労働ではおよそ8シル稼げる。これは最低限の食事二回分にあたる。

一般的には一日25シルもあれば、そこそこ美味しいものを食べながら、

ゆとりを持って生活できる。2万を25で割ると…、

ナント!……………800日!


こういった計算も、ザーグ達は教育としてポンザレに教え込んでいた。


村にいる頃は、文字の読み書きはできず、計算も簡単な足し算引き算だけ、

暦も大雑把な季節以外は知る必要がないため、教えられることもなかった。

それが当たり前だった。


だがポンザレは、ザーグ、マルトー、ミラ、ビリームという最高の教師に

恵まれ、本来の素直な性格も手伝って、水を得た魚のようにどんどん知識や

技能を吸収していった。「ポンザレの丸い腹には、食べ物だけでなく

いろいろなものが入っていくな」とザーグ達は面白がって、さらに

高度な教育を施していった。

結果、読み書きや計算は、街で商人になれそうなほど身についている。


ポンザレの計算はまだ続く。


おおまかな季節以外は気にしたことのなかった月と日も、

今のポンザレは容易に理解し、計算できる。

…1ヵ月は20日で、全部で16ヵ月が集まって1年だ。

つまり1年は320日。800日を320で割ると……二年とちょっと!

(…正確には二年半である。)


…2万シルあれば、二年半は何もせずとも暮らしていけるのだ!

ポンザレはそんな大金など想像できなかった。


何をすればいいんだろう、何が食べられるのだろう…

未だかつてない状況に、ポンザレの頭は動き続け、口のもぐもぐは止まらない。



ザーグ達はニヤニヤ笑いながら、興奮しているポンザレを眺めていた。

自分達も、そんな時代があったなと懐かしく微笑ましかった。


だがポンザレの妄想が止まらず、

思ったよりも時間がかかっていたので、声をかけて先を続ける。


「おい、ポンザレ。そのくらいにして話を続けるぞ。」


「…は、はい!すみませんー。」


「とりあえず2万シルは昨日、皆のギルドの口座に入れておいた。

一応、各自で確認しておいてくれ。」


冒険者はお金を冒険者ギルドに預けることができる。

大金を隠し持つことも、持ち歩く必要もないため、ほぼ全ての冒険者が

このシステムを利用している。危険と隣り合わせの冒険者には、

遺言を預かり実行してくれる有難いサービスもある。


「…マルトー、また変な置物買って無駄遣いしそう。」


「失礼だね!無駄使いじゃないんだよ!?みんな、カッコよかったり、

可愛かったりするんだよ。目が合っちまうとね、こう…離れたくないって

思っちまうんだよ。ちゃんと必要な理由があるんだよ。」


「…それで、ポンザレがいつも片づける。」


「はい、大変ですー。」


「な、あんた、大変だと思っていたのかいっ!」


「あんまりポンザレに迷惑をかけるなよ、マルトー!」


憮然としたマルトーを見ながら、皆は笑った。

一仕事終えた安心感や達成感、さらに得た報酬の額も相まって、

今日のザーグ達はいつも以上に陽気で明るかった。




街の露店で何を買って食べようか…などと、

再びお金の使い方を考えていたポンザレに、ザーグが聞いた。


「おい、ポンザレ。お前、今回の報酬を加えて、貯金はどれくらいに

なったんだ?」


「えっと…全部で2万と800シルです。」


「よし…ポンザレ、お前は武器を作れ。お前だけのだ。」


ポンザレは、サソリ針と小さなナイフ以外の自分の武器を持っていない。

理由はシンプルで、武器は高いからだ。


冒険者の武器は、鍛冶の工程も通常の鉄製品よりも多く、

時間をかけて丁寧に作られる。使われる素材も全て厳選された物である。

ハードな扱いをしても壊れることのない、冒険者が命を預けるに足る

耐久力のある武器を作るためだが、それゆえどうしても高額になる。


ポンザレのように、自分の武器を持てない冒険者は多い。

では、ポンザレをはじめ、そのような冒険者達は武器をどうしているのか?

その答えは、武器屋の大きな収入源の一つ、武器のレンタルシステムにあった。


武器屋は、冒険者に、必要とする日数武器を貸し出す。

期日までに武器が戻らず、あらかじめ定められた日数を待っても

返却されない場合や武器の消耗度が激しい場合は、通常のレンタル料とは別途、

最初に預けた補償金は取られる。

冒険者が気にいれば、借りた武器をそのまま割り引いて購入もできる。


だが貸し出される武器は、武器屋がきちんと手入れをしていても

やはりどうしてもボロい。誰がどう使ったのかも、わからない。

自然と冒険者は自分の武器を持ちたいと願うようになる。

そして依頼をこなし、お金を貯め、ようやく一人前になったいえる頃、

冒険者は自分の武器を持てるようになる。


ザーグは片手剣、ビリームは棘付き鉄棍棒、マルトーとミラは弓…と

全員、自分専用の武器を持っている。


ポンザレも、いつかは自分も…と願っていた。

そして、今回の依頼の報酬で、ついにその機会を得た。

ザーグに言われるまで、何を食べようか…などと食べ物のことしか、

考えていなかったのがポンザレらしい。



「は、はい!作ります!あぁ、どうしようかな、色とかも考えないとー。」


少年が初めて手に入れる高額の自分だけのもの…興奮しないわけがない。

ポンザレは目をキラキラさせて、ぶつぶつ考え始めていた。



翌日、ポンザレは武器屋にいた。

ポンザレが振り返ると、ザーグとビリームもいる。


「初めての自分の武器っていうんだったら、やっぱり注文から

教えてやらねえとな。」


そういって二人はついてきたのだ。


カウンターでザーグが受付の店員に声をかけると、

店員は大声で奥の工房に声をかける。


「バンゴさん、ザーグさんがいらっしゃってます!」


「おう、ザーグか!」


建物の奥から出てきてカウンターの向かいに立ったのは、

背は低いが胸板はぶ厚く、二の腕はちょっとした丸太程もある、

老年にさしかかった男性である。

露出している肌の部分は全て赤黒く、汗臭さの中に炭と鉄の臭いが感じられる。


「おう、バンゴ爺。久しぶりだな。」


「お久しぶりです。バンゴさん。」


「まったくザーグお前だけだ。俺に爺なんてつけやがるのは。

おう、ビリームも久しぶりだな。…ん、こいつはあれだな、

いつもうちで短槍を借りていく坊やだな。」


「はい、ポンザレですー。」


「おう、そうか、そういえば、坊やはザーグのパーティだったな。

で、今日は何の用だ?」


「は、はい、おいら、自分の武器を作りたいと思いますー。」


バンゴはおそらくは熱でチリチリになったのであろう顎髭をいじりながら、

ギョロリと目をむいてポンザレを上から下まで見ると、目をあわせて言った。


「ふん。まぁ、いいだろう。作るのは短槍か。話を聞いてやろう。

…だが高いぞ?」



カウンターの脇には屈強な護衛が二人控えていたが、

その護衛から「おぉ」と声が漏れた。


店主であり鍛冶職人であるバンゴの武器は非常に出来が良く、

注文があってもバンゴの気が乗らないと作ってもらえない。

周囲の人間はおろか、バンゴ本人でさえ、何を以ってして、

選んでいるのかわからなかったが、この街でバンゴ印の武器を持つことは、

冒険者達には一種のステータスだった。


「はい、お金はありますー。払えますー。だからお願いしますー。」


ポンザレがそう答えると、バンゴがザーグをジロリと見て少し目を細めた。


「そうか。そうだったな、あれだ、『透明の強盗団』。

お前のところでやったんだったな。…隣街じゃ武器屋が

襲われたらしいな。一応礼は言っとく。ありがとよ。」



「は、よせよ。バンゴ爺にお礼なんて言われたら、剣の雨が降るぜ。」


ザーグはふんと小さく息をつくと、バンゴの耳に口を近づけて、

ぼそぼそと何かを告げる。それを聞いたバンゴは、もう一度ポンザレを

ギョロリと見るとニヤリと笑った。


「ほう…それはおもしろい。よし、お前ら全員、裏へ来い。話を詰めようや。」




工房に連れてこられたポンザレは、大きなテーブルの前にいた。

テーブルに、バンゴの弟子が短槍や長槍を十数本並べていく。


「じゃあ、坊主。まずお前の希望を聞こう。まず槍の穂…

刃の部分の形状はどれがいい?」


そこには様々な形の穂があった。

幅の薄く広いもの、肉厚で大きな針状のもの、穂先の広がったもの、

真っ直ぐでシンプルな形なもの。葉っぱのような形のものから、

三つ又のフォークのようなもの。横から小さな刃が伸びているものもあれば、波打った形の長いものもある。


ポンザレは、一瞬ザーグとビリームを見るが、彼らは後ろで腕組みをして

何も言わない。二人の態度は、まずは自分で選んでみろと言わんばかりだった。


そうですよねと…ポンザレは一番シンプルで、真っ直ぐな形のものを

手に取ると、バンゴに言った。


「おいら、刃はこんな形でいいんですけど、長さがもう少しだけ長くて、

厚みももう少しだけある方がいいですー。」


バンゴが目を細めながら聞く。


「なぜ、そう思う?」


「おいら、槍は突いて引くしかできないですー。

刃が薄いと折れたりしそうですし、長持ちするかわからないですー。

刃は厚すぎると重くなりそうなので、ほんの少しだけ厚くするくらいが、

いいです。あ、長さがもう少しあれば、ぐいっと刺さって魔物とかの

体の奥まで届いていく気がしますー。」


「形はどうだ?もっと根元が広がっているのとか、

横や斜めに、刃がもう一つ付いてるやつもあるぞ。」


「うーん…威力は上がるかもですけど、突いて引くだけなら、

逆に邪魔になりそうですー…あと、引っ掛かりそうで、

うまく使える気がしませんー。」


「ぶはははははっ。坊主、自分のことをよくわかった上で、

きちんと言えるじゃねえか。突きと引きしかできないってのも、

わかりやすくていいな。ザーグ、またいいのを拾ってきたな。」


「ふふん。だろ?おもしろいだろ?」


「よし、坊主。しっかりいい得物を作ってやろうじゃねえか。

他にリクエストはあるか?」


「あの、これなんですけど…」


「なんだ、これは?」


「これ、おいらが使っている、サソリ針っていう武器なんですけど、

これを石突きの所に付けて、取り外しができるようにならないかなって…。」


そういってポンザレが腰のベルトから取り出したのは、手首から指の先までの長さがあり、根本が太く針先まで円錐状になっているため、手に持つのにちょうどよく収まる針だった。石突きとは槍の穂の反対側、地面に当たる部分の金具などで覆われた部分のことをいう。



「ふむ…」とバンゴはチリチリの顎髭をいじりながら、サソリ針を受け取った。

手に持って顔に近づけてギョロギョロと見ると、

小さい声で呟くようにポンザレに聞いた。


「坊主…これは〔魔器〕か?いや、効果までは言わんでいい。」


振り返ったポンザレの、複雑な色を浮かべた視線を受けて、

ザーグが会話に入る。


「バンゴ爺だから信用してるぜ。それは〔魔器〕だ。

効果は…サソリ針って名前で察してくれ。」


「ふむ、坊主、人の好さげな顔をして…なかなかえげつないな。

だがそういうのは嫌いじゃないぞ。」


冒険者は、過酷な環境に赴き、互いの命をかけて、魔物や人間と闘う、

ほんの一瞬の気の緩みが死につながる職業だ。

本来であれば、生き抜くために必要なことは何でもするはずの、

その冒険者達も、毒や麻痺を使う人間を卑怯者とそしり、忌避する傾向にある。毒や麻痺が暗殺などによく使われる手段であり、後ろ暗いイメージが、

根強くあるためだ。


だが、それは裏を返せば、相手を殺し、自分が生き抜くのに

有効な手段であることの証明でもある。

人からなんと言われようとも、生き抜く意志を持っている、

そうバンゴは解釈した。


だがポンザレの考えはそうではなかった。

今回の強盗団退治では、ポンザレは覚悟が足りずに、

自らの命を危険にさらした。それをザーグにきつく怒られた。


ポンザレはあの後、ずっと一人で考えていた。

今後同じような状況になった時、相手の命を奪えるだろうか、と。

何度考えても、一歩踏み込めない自分がいたが、ザーグに自分の命を

大切にすると約束した。自分の命を自分で守る…冒険者として一番大切な

ことを、どうすればできるのだろう。


考えぬいた挙句、自分の短槍に細工を施し、サソリ針を取り付けることを

思いついた。サソリ針はかすりさえすれば、相手を少しの時間だが

麻痺させることができる。どうしても相手を殺す覚悟を持てない、

今の自分の弱さを受け入れた上で、それでも闘える力を持つ、

ポンザレはそう決めたのだった。


ポンザレがザーグに向けた複雑な視線には、

単純にサソリ針の取り付けという問題だけでなく、

自分の答えでもいいのだろうかという不安が込められていた。


ザーグからすれば、これは満点の答えではない。

麻痺させた相手が生き延びた場合、他と接触する前に、その口を封じねば、

サソリ針のことがばれる。

ばれると広がる。広がると、サソリ針を奪おうとする輩が現われたり…と、

余計なトラブルが出てくる。相手の息の根を止めておかないと、

結局はポンザレ自身、ひいてはパーティの危険にもなるだろう。


「はぁ…」


…ザーグはため息を一つ吐いた。


以前のザーグなら、危険性がある時点で、

パーティからポンザレを外していただろう。

しかしザーグはポンザレと深く付き合った今、考えが変わっていた。

そういった危険も背負いこんでやろうという気持ちになったのだ。


ポンザレはまだ少年で、自分たちは大人だ。

自分がポンザレの年の頃には、既に殺しも経験していたが、

だからと言って、威張れたことでもない。

そして自分とポンザレが、同じである必要もない。


成長過程にある少年、ポンザレが悩み抜いて出した答え。

今の俺達なら、その答えがどんな結果になるとしても対応できる。

だから、こいつの出したものを受け止めてやろう。

まぁ…この先問題になったら、またその時考えるしかねえな。


「…わかった。ポンザレ、その考えでいいぜ。」


唇の端を持ち上げ、頷きながら答えるザーグに、

ポンザレはパァッと笑顔になって、お礼を何度も言った。


「ふんっ。気にすんな。」


横を見ると、温かい眼差しをポンザレに向けて、ビリームも頷いていた。

ザーグは、ビリームも同じ考えだったと分かると、

少しホッとした様子で頭をボリボリと掻いた。


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