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【21】ポンザレと強盗団(3)



強盗団を追いはじめて三日目の朝、ザーグ達はいつもの食堂にいた。


ミラは、昨日とは異なる町娘の姿に変装していたが、

その顔には疲れが色濃く浮き出ている。

気の抜けない尾行を、一人で朝から晩まで行っているのだ。

消耗度は激しい。その顔を見てザーグが言った。


「ミラ、尾行は明日はやらねえ。明日は全員が休む。

もし明日に何かがあっても、それはしょうがねえ。

恨むことがあったら俺を恨め。皆もわかったな。」


仮に明日事件が起きても、それは指示を出したザーグの責任であり、

それを明確に宣言するのが、ザーグのリーダーとしての役割だ。


最もこういった時に、長年の経験からもたらされるザーグのカンは、

ほとんど外れたことがない。


それは、誰もがよく分かっており、疑う者はいなかった。

当然、異論などあるはずもなく、今日の課せられた割り当てを

こなすべく、静かに席を立ち食堂を後にした。




午後も半ばを過ぎた頃、マルトーは弓を持って城壁の上にいた。

街をぐるりと囲んでいる城壁は、太い丸太と固めた盛り土で作られている。


城壁の上は、二人がかろうじてすれ違えるほどの幅の通路になっており、

そこに街の外を見張るためのやぐらが一定間隔に建っている。


一般人は立入禁止となっているが、マルトーは衛兵にいくばくかの金を渡し、

秘密の依頼の一部だと説明することで、特別に入れてもらっていた。

実力者で有名であるマルトーだからこそ許された技である。


街の建物は、中央にある領主の館以外は全て平屋で、

二階建ての建物をゆうに超える高さの城壁からは、街の様子がよく見えた。


マルトーは目を細めて、城壁から離れた場所にある、商店の並ぶ通りを見ていた。

瞳には、小指の爪よりも小さな姿の変装したミラが映っている。

その辺りにいる町娘にしか見えない恰好のミラは、

街の風景に自然に溶け込みながら尾行を続けていた。




夕方近くになって、表通りから裏通りに入る手前の角で、

壁際にもたれるように立っていたミラの手元がキラリと光った。

よく磨かれた銀の手鏡を使い、ミラがマルトーを一瞬照らしたのだった。


あらかじめ決めてあった光の合図を受け取ったマルトーは、

急いで腰帯に挟んでいた赤い布を振って、他のメンバーに合図を出した。

ミラの後方で人込みに紛れていたザーグ達は、

素早くミラのもとへと集まり、すぐさま裏通りへと歩き出す。



裏通りへと続く道の真ん中には、わざとらしく酒瓶を脇に置いた冒険者風の男が、

座っていた。かかとを地面につけたまま、尻をつけないようにしゃがみこんだ姿勢、

所謂かえる座りをしながら、周囲をギロギロと睨みつけていた。


どうやら冒険者を装った強盗団の一味らしく、ここで見張りをし、

あからさまに人を通さないようにしている。


その男の顔を確認したミラは、両腕を頭上で交差させた。

それを見たマルトーは即座に弓を構え、山なりに矢を放つ。


シュルシュルシュル…


「あんだおめーら?この先に行きてえのか?それなら通行料…ぐぼぁ」


ズゴムッ!


賢さを微塵も感じさせないセリフを最後まで言い切ることができなかった

見張りの男は、かえる座りの姿勢のまま地面に縫い付けられていた。


ザーグはすぅと息を吸うと、あたりに大声を響かせ、走り出した。


「俺はザーグだッ!!護衛は手伝えッ!」


裏通りに駆け込むと、短弓や短剣を手にした強盗団が、

駆け込んできたザーグ達を振り返った。


強盗達は、今まさに、商人とその護衛達に襲いかかろうとしていたところを、

ザーグの大声で間をはずされて、反応ができていない。


ザーグは地を這うほどの低い姿勢のまま、駆け抜けざまに、

短弓を持った強盗の脚を斬りとばし、一回転して立ち上がりながら、

短剣を構えた強盗の腕めがけて、剣を斬りあげる。

瞬き二回もしないうちに手脚が一本ずつ宙を舞い、遅れて悲鳴が上がった。


同時に飛び込んだビリームも、棘のついた鉄棍棒を振りかぶり、

そばにいた強盗の肩を革鎧ごと強く撃ちつける。骨を砕く音が鈍く響く。

無事な方の腕で肩を押さえた強盗は、叫び声をあげて地面を転がった。


瞬く間に三人、いや見張りを入れると四人もの強盗が

無力化され、そのあまりの展開の早さに、呆然と立ち尽くしていた商人の護衛達も、

ハッと我に返り、戦いに加わる。


一拍遅れて裏通りに入りかけたポンザレは、

強盗団の頭目が、仲間の背中を蹴りとばしてザーグ達に突っ込ませた後、

くるりと背を向け、逃げ出すのを見た。


横道に駆け込んでいく頭目を、ポンザレは考える間もなく追った。




強盗団の頭目は、走りながら泣きそうな気持になっていた。


計画は失敗した。襲う直前まで獲物となる商人と護衛以外の

人間はいなかったはずだ。突然、大声が響いて襲う機先をそがれた。

あっという間に、目の前で三人の仲間がやられた。

通りの入口に立たせた見張りもやられているだろう。


仲間を盾にして逃げることができたと思ったら、後ろから変なデブが追ってきた。

デブのくせに動きが素早く、どこまでも自分についてくる。

しかもどれだけ鍛えているのか、もうずいぶん走った気がするが、

全く振り切れない。


「待って~、待ってください~っ!!」


おまけにあれだ、走りながらも気持ち悪い口調で声をかけてくる。

待つわけねえだろうが、捕まったら死刑だ。


何本目かの路地を曲がった所で、頭目は止まらざるを得なかった。

目の前に壁がある。行き止まりだったのだ。




薄汚れた白い眼帯をポケットに突っ込み、両目を見開いて逃げる頭目を、

ポンザレはひたすら追いかけた。何度目かの曲がり角を曲がり、

頭目が急に立ち止まり、ポンザレも足を止める。


しばし二人は、一定の距離を保ったまま、ぜえぜえと荒い息を整えた。


壁を背にして逃げられないと悟った頭目は、大ぶりな短剣をギラリと抜き、

腰を落として戦闘態勢をとった。

頭目の目からスッと光が消える。


同時に、ポンザレは、冒険者ギルドでたまに見る、人を殺した者だけが持つ

薄暗い雰囲気、それを濃縮したような気配を頭目から感じていた。



そして、ここにきてようやくポンザレは、自分が人と本気で闘うことが、

初めてであると気づいた。ポンザレは背中の短槍を手に取ると、

穂鞘ほざやを外して構えた。だが、どうしても頭目を殺せそうになかった。

自分が人を殺すことの想像が全くできないのだ。


ポンザレは何度も練習で繰り返した動き…槍を突き出す、すぐ引くを

繰り返して攻撃するが、覚悟のない精彩を欠いた動きではお話にならなかった。

それなりの修羅場をくぐってきたであろう頭目には、

どれだけ突いても、避けられ、はじかれ、いなされて…と全く当たらない。


腰の引けた攻撃から、ポンザレの覚悟のなさを理解した頭目は、

勝利を感じてニタリと笑うと、槍を引く動作に合わせて、強烈な前蹴りを放った。

ポンザレはすさまじい勢いで壁に叩きつけられる。

壁にもたれかかるようになった姿勢のポンザレを、頭目はさらに何度も蹴りつける。

重い衝撃と強烈な痛みが何度も襲い、ポンザレは呼吸もろくにできなかった。

両腕で頭を守るのが精一杯だった。


ふいに衝撃が止んだ。


ポンザレが両腕の隙間から見上げると、ナイフを突き刺してこようとする

頭目が見えた。


「ポンザレッ!」


視界の隅に、町娘が見えた。

ポンザレは、なぜあの娘は自分を知っているのだろうと考えかけ、

それが町娘に変装したミラであることに気がついた。


頭目は動かないポンザレを一瞥すると、手にしたナイフを振りかぶって

ミラに投げようとした。


その刹那…


気がつくとポンザレは腰のベルトからサソリ針をぬいて、

頭目の足に突き立てていた。


ミラが危ない…などと考えての行動ではなかった。

考えてる暇などなかった。

ポンザレの必死の…無意識の行動だった。


突然の痺れで動きの止まった頭目の喉を、駆け込んできたミラが、

手にしたナイフでかき切る。

頭目はナイフを振りかぶった姿勢のまま、地面にどうっと倒れる。

大量の血が地面に流れ、ピクリとも動かないまま頭目は死んだ。



夕焼けの紅い空が、まるで血の色に見えて、ポンザレはぶるっと震えた。

と同時に、ねぐらに帰る鳥の鳴き声と騒がしい夕方の街の音が、

鮮烈に聞こえ始め、ポンザレは我に返った。


ポンザレは体を起こして、改めてミラに礼を言う。


「いたたた…ミ、ミラさん、た、助かりましたー、ありがとうございますー。」


「…私も助かった。ありがとうポンザレ。」


「ちょっと怖かったですぅーー。」


「…私も。」


「…さぁ、戻ろう。」


ミラが声をかけると、ポンザレは横たわる頭目をじっと見つめていた。


「…ポンザレ?」


「ミラさん、頭目の持ち物ってどうなるんですかー?」


「…特別なものでない限り、捕まえた人間が望めば下げ渡される。

…何も言わなければ適当に処理される。」



ポンザレは頭目のポケットから、薄汚れた白い革の眼帯を取り出して言った。


「これ、今持っていっちゃまずいでしょうかー。」


なんで、そんなものを…と言いかけたところでミラは気づいた。

白い眼帯をしていたはずの頭目は、いつのまにか眼帯を取って逃げ、

そして闘っていた。


「…どうしても気になるんですー。これ。」


「…誰にも言わなければいい。…言わなければ、ばれない。」


「じゃあ、これはミラさんに…ですー。そんな気がするんですー。」


普通だったら盗賊の頭目がつけていた、汗臭さが立ちのぼってきそうな、

薄汚れた眼帯など受け取らないが、ミラはなぜか自然に受け取った。

服の袖で数回ごしごしと拭ってから顔に着けたミラは、思わず唸り声をあげた。


「…うぅ!」


ポンザレはその様子を不思議な面持ちで見ていた。

ミラは眼帯を着けたまま、眼帯をしていない方の目だけをそっと閉じ、

きょろきょろと辺りを見回す。


「…これは…」


ミラの目に見えてきたのは、黒い空間に浮かぶ、幾つものゆらゆらとした陽炎だった。

瞬きも忘れて見続けていると、それは人型に像を結んだ。

初めは城壁の高さくらいからぼんやりと見えているだけだったが、

徐々に見慣れた街の家々や大きな広場にある冒険者ギルドの建物など、

自分がどこを見ているのかも理解できるようになった。

陽炎の背格好や動作から男女の見分けもつき、家や壁の向こう側で、

母親がご飯を作っている様子や、通りの向こうを人が走っている様子なども

透けて見える。



これで謎が解けた。

内通者がいなくても、強盗団が正確な情報を把握していた理由。


この眼帯を通して、襲撃する対象を探していたのだ。

金の詰まった箱を店員が運ぼうとする様子、護衛はどこに何人配置されているか。

それらを離れた場所から、ほくそ笑んで見ていたのだ。


と同時に、ミラは今回の自分の尾行が、

紙一重で危なかったことに気がつき、ぞっとした。


もし頭目がもう少し用心深かったら、

もし頭目が斥候としてのノウハウやスキルを持っていたら、

尾行していた自分になど、すぐに気がついただろう。


ミラはため息をついて眼帯を外すと、スカートのポケットに押し込んで、

ポンザレと一緒に表通りへと向かった。

疲れた顔のままポンザレに言う。


「…ポンザレ、お腹が空いた。…今日はいいもの食べよう。」


「お腹空きましたー!いててっ…はい、帰りましょうー。」


ポンザレの返事に、ようやく微笑みを浮かべたミラの瞳には、

表通りを走ってくるザーグ達が映っていた。





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