【20】ポンザレと強盗団(2)
夕方の鐘が鳴ってしばらくして、
いつもの食堂にザーグ達がバラバラと戻ってくると、
ポンザレがいつもの席に腰かけ、飲み物も注文せずに皆を待っていた。
「おう、待たせたな。ポンザレ、ミラは?」
「尾行にいきましたー。」
「ふむ、そうか。まぁ無理はしないだろうから、大丈夫か。」
ザーグ達のミラへの信頼は厚い。特にミラは斥候の役割である
“絶対に無理はせずパーティに情報を持ち帰ること”を徹底している。
心配などすることもなかった。ザーグはミラを抜いた四人分の定食の
注文を頼んで、会話を続けた。
「よし、じゃあ今日の報告だ。まず俺からだ。犯罪者ギルドでは、
特に目立った情報はなかった。ただ、流れの強盗団に好き勝手されるのは、
とにかくまずいと、焦っている様子だったな。自分達の面子もつぶれる上に、
取り締まりが厳しくなるから、あいつらにとっては良くない流れだからな。
犯罪者ギルドとしては、強盗団を片付けてくれたら、俺にだったら、
幾らかの報酬を出すと言ってきている。」
「ずいぶん気前がいい話だね…ザーグ、穏やかな話し合いだったんだろうね?」
「当たり前だろ、喧嘩しにいったわけじゃねえんだ。で、マルトーお前は?」
「あたしは、商人ギルドと冒険者ギルトに行ってきたよ。でも、こっちも
たいした情報はないね。各商店の売上げを、ギルドに移す日や時間なんて、
表に出せる情報じゃしねぇ。次にどの店が襲われる可能性が高そうか…
こればっかりは予測がつけられそうにないね。あと、両ギルド内の
内通者の可能性も探ってみたけど、この線も薄そうだね。」
街の商店は、商人ギルドに必ず所属している。
商人ギルドは一定の管理費は徴収するが、店の売上げを預かってくれ、
さらに小切手の発行も行ってくれる。大金を持ち歩かずに取引ができ、
預けたお金もギルドの金庫に厳重に保管されるとなれば、
商人からすれば安心できる最高のシステムだ。
各商店は、売上げを定期的に商人ギルドへと運ぶが、
その際には冒険者が護衛として雇われる。
大店になり運ぶ額が大きくなるほど、腕の立つ冒険者が雇われるように
なるため、実際に強盗が襲うことなど、ありえない話だった。
それ故、今回の生地商が襲われた事件は衝撃的だった。
襲撃も短時間で行われたらしく、目撃者もほとんどいない。
事前に、どれくらいの人数が、どこに配置されているのかを、
正確に把握した上で襲った、そう思わざるを得ない程の手際の良さである。
商人、冒険者のどちらかのギルドの中に、現金輸送の情報を漏らした
内通者がいたのではないか…そうマルトーは考えたのだ。
「うーむ、流れの強盗団が、街のギルドに内通者を作るのは難しいな。
それこそ、その街の犯罪者ギルドを通さないと無理だからな。
内通者の線は確かにないな。ご苦労だったなマルトー。ビリームは?」
「はい、私は宿屋を何件かまわってきましたが、目立った成果はありません。
怪しい…という理由だけでは、あまりにも対象が多すぎるので、
前の街で奪った剣を何振りか持っている可能性を考え、
そういった集団や個人を探してみましたが、今のところ成果はありません。」
「さすがに、前の街で襲った武器屋の剣を次の街で売りに来るほど、
馬鹿じゃあねえか。」
「ポンザレは?ミラはどんなのを追っていったんだ?」
「はい、ミラさんは、なんか白い眼帯をつけた冒険者みたいな男を、
尾行していきましたー。」
「白い眼帯の冒険者?それだけか?」
「はい、それだけですー。」
ここで食事が運ばれてきたため、ザーグ達は話を中断し、
黙々と食べ始めた。
そこに、五~六歳の子供がやってくる。
「おじさん達は、ザーグさん?」
「お、おじ…そうだ、俺がザーグだ。」
「お駄賃もらえるって言われたから、黒い髪のお姉ちゃんから
伝言持ってきたよ。『当たりをひいた。詳しくは明日の朝。』だって!」
「ほう…坊主ありがとな。ほら、これはお駄賃だ。あと、食堂のおかみさんに、
『ザーグの“兄ちゃん”がおやつをくれる』と言えば、おやつがもらえるぞ。
それもお駄賃だ。」
そういってザーグは革袋から数シルのお金を取り出すと、子供に渡した。
子供は満面の笑みでお金を受けとると、食堂のおかみさんのもとへと、
走っていった。
「聞いたか?お前ら。もうちょっとかかりそうかと思っていたが、
ツキが回ってきてるのかもしれねえぞ。じゃあ、今日はこれ食ったら、
とっとと帰って、明日の朝またここに集合だな。」
食後はいつもそのまま日々の報告や雑談が始まるが、
明日に備えて早々に切り上げ、各自が帰路についた。
◇
翌朝、ザーグ達は再び食堂のいつもの席に着いてミラを待っていた。
そこに、栗色の長い髪、青灰色の長いワンピースに、腰ひもをきゅっと結んだ、
どこにでもいるような町娘がやってきて、さも当然の様に席についた。
慌てて注意をしようと顔を見たら、かつらをつけて変装をしたミラだったので、
ポンザレはびっくりしてしまった。
「…おはよう。」
ニコリと微笑むミラの顔は少し疲れが残っているように見えた。
ミラは蜂蜜入りの温かいお茶を頼み、少し飲んでから
昨日の尾行の成果を皆に説明し始めた。
「…眼帯の男は強盗団の頭目。…夜に酒場で待ち合わせていたのは
全部で八人。話の様子からすると街に内通者はいない…。」
「そうすると、奴らはどうやって襲うタイミングを決めてるんだ?」
「…それがわからない。…ただ頭目だけが護衛の人数や場所を
把握できるらしい。」
「それは…やっかいだな。ミラ、そんな頭目相手の尾行は大丈夫だったのか?」
「…たぶん大丈夫。…でもよくないカンが働く。…あまり近づけない。
酒場の話は、遠耳を持ったスラムの子供を使った。」
遠耳は、遠くの音などを聞き取ることができる技能で、
生まれついての能力者も多いが、ある程度の訓練でも取得できる。
スラムで技能を持った子供は、小遣いを稼ぐために、冒険者や衛兵に
指示を受けて働くことも多い。子供はいろいろな所にもぐりこみやすく、
また大人も気を許しやすい。仮に何かあったとしても、街の地理に詳しく、
うまく逃げられる。子供とは思えないほどタフで役に立つのだ。
斥候であるミラは、もちろん遠耳を取得しているが、
街のきな臭い依頼を受けた時や、今回のように少しでも危険を感じたときは、
スラムの子供を使っていた。
「…頭目の視界に入るようなことはしてないつもり。
…でも念のため、今日は変装した。」
ザーグは腕を組み、右手であごの無精ひげをぞりぞりと触って、
しばらく考えていた。
「よし…わかった。奴らが動き出すまで何日か待つしかねえな。
ミラは頭目の尾行を続けるが…ヤマをはる。おそらくだが、
やつらは午前中から昼過ぎまでは動かねえ。街に人が多い。
人の目が薄くなるのは夕方だな。晩飯の準備や仕事の帰りで、
関心が他に向きにくい時間帯だ。」
「ミラさんが、尾行している間はどうすればいいですか?」
「昼過ぎまでは、俺達はここで待機だ。」
「昼以降はどうするんだい?」
「そうだな、昼半ばくらいになったら、マルトーは弓を持って、
城壁の上で待機だ。動きがあったら、ミラが合図する。」
「わかったよ。」
「俺とビリームとポンザレは店の表通りでバラバラに待機。
ミラの位置は、常に全員が把握しておく。だが、近くにいすぎるな。
近すぎると怪しまれる。動き出しは城壁のマルトーを確認して動く。」
「「了解。」」
◇
ミラが尾行に向かった後、
ポンザレはかねてからの疑問をザーグ達にぶつけていた。
「どうしたら怪しい人を見つけたり、危険を察知したりできるように
なれるんでしょうかー?」
「一言でいうなら違和感だな。ほんの少しだけ引っかかるような、
だがすぐ流してしまうような、そんな一瞬の違和感を感じて、
それを追うんだ。すると、だいたいそこには違和感の理由がある。」
「違和感ですかー…。」
「例えば、何かを探している人間がいる。だがその人間は、自分が
探していることを人に知られたくない。すると探していることを隠すための
動きをする。具体的には目線を不自然に固定して周りを見ないようにしたり、必要以上に話に夢中になっているふりをしたり…とかだな。」
ビリームも会話に入ってくる。
「ミラさんは、その違和感を一瞬で拾いますね。後はなんというのでしょうか、
人の雰囲気と言うか気配というか、そういうのも即座に読みとります。」
「雰囲気…ですか?」
「例えばな。人を殺した人間ってのは、どこかこう後ろ暗い雰囲気と言うか、暗いオーラっていうか、いや実際に暗いわけじゃねえんだが。
そういうのが貼りついているもんだ。強奪のためだけの殺しだったり、
弱い相手への一方的な殺しや、感情に揺さぶられただけの自己満足のための
殺しだったりすれば、なおさらだ。まぁ、うまく隠している奴も中には
いるがな。冒険者でもなんとなくそういう雰囲気のやついねえか?」
「あぁ~なんとなくですがわかる気がしますー。」
冒険者は、護衛や取り立て、盗賊退治など、人の生死に関わる依頼を
行うことが多い。さらには、冒険者同士での騙し討ちも多い。
確かにポンザレが見てきた中で、何か言葉にできない、
触れてはいけないような薄暗い雰囲気を、のっぺりと貼り付けたような
人間がいた。
「だから、今回ミラが尾行している頭目も、
何かしらミラの鋭い感覚にふれるものがあったんだろうな。」
「ミラさんは本当にすごいですー。」
「あぁ、本当だな。」
そうして話をしているうちに時間は過ぎていく。
午後は各自定められた通りに待機をしたが、結局この日は動きがなかった。
動きがあったのは翌日のことだった。