【2】ポンザレと冒険者
ポンザレは、山の小道をとぼとぼと歩いていた。
村を出てから二日が立っている。旅立ちの際にもらえた食料はおよそ数日分。
これは一日分をかなり減らした上で、運が良ければ、街までたどり着ける…
そのギリギリの量だった。
山の小道を十日間歩くと街道に出て、街道からは更に数日歩けば街に着く。
数日分を十数日かけて食べれば、つまり一日に食べる量をもともとの
三分の一ほどに抑えれば街に着けるかもしれない。
ポンザレはいきなりお腹いっぱいに食べたりするほど
考えなしではなかったが、育ち盛りの食欲は少量の食料では
全く満足してくれなかった。
結果、二日立った時点で残りの食料はあとニ~三日ほどとなってしまい
詰んでいる状況に変わりはなかった。
ポンザレは数日分でも食料を出してくれた両親に感謝こそすれ、
恨んだりはしていなかった。まだ弟や妹もいる。
むしろ数日分でもよく出してくれたと思う。
(思い切って道をそれて森に入り食べ物を探そうかなぁ?だけどおいら、
狩りもしたことないしなあ。うーん…森に入っても何が食べれるかとか、
何が危ないとかわからないなぁ。遭難は決定?永遠にさようなら…?
…うーん!…死にたくはないなぁ。)
(あれかなぁ、悪い人間になって盗賊になってみようかなぁ?でもなぁ…人に
金を出せ!とか、食料を出せ!なんて言えそうにないなぁ。だって取られた人
はかわいそうだしなー。…というか、そもそも人がいないですー!
二日間歩いて誰ともすれ違っていないー。)
そんなことを考えながらとぼとぼ歩いていると、
自然にポンザレの口はもぐもぐと動く。
お腹が減ったり、不安になった時にこうしていると唾が出て、
それを飲み込むと空腹がまぎれたり、落ち着いたりできるのだ。
子どもの頃からのポンザレの癖で、今ではしょっちゅうもぐもぐしている。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
(とりあえず…食料は…次の村まで後一日だから、そこで必死で
お願いしてみよう…。)
辺境の村はどこも貧しいのは変わらず、どれだけ頼んだところで食料を
くれることはない。それはポンザレも薄々わかっているのだが、
今はそうとでも考えないと挫けてしまいそうになるのだ。
自分の目が地面しか見ていないことに気がついて、
せめても空を見ようとポンザレは顔をあげて前を向いた。
すると細い小道のだいぶ先に四人の人影が見えた。
ポンザレはこの二日ほど人を見ていなかったので、
つい嬉しくなって歩みを早めた。
「おーい、おーい、こんにちはー!」
手を振りながら近づいていくポンザレ。
人影は動かない。
「おーい、おーい、こんにちはー!」
近づくにつれて、はっきり姿が見えてくると
ポンザレは、あれ?もしかしておいら、やっちゃった?と内心焦り始めた。
その人影は腰に剣を帯び、薄汚れた皮の鎧の様なものを着こみ、
背中にザックを背負った、明らかに普通ではない人間達だった。
しかも近づいてくるポンザレに対して荷物を下ろし、
腰を落とした姿勢で明らかに警戒をしている。
「おぉーい…こんにちは…」
上げてしまった声が小さくなっていくが、
突然黙るともっと怪しくなるだろうから黙ることはできない。
同じ理由でポンザレの歩みも遅くはなったが、
止めることはできなかった。
ポンザレは、あぁおいらの人生終わった…と絶望を感じながらも、
なるべく顔には出さないようにがんばった。
ポンザレの思いに関係なく脚は勝手に前へと進んでいく。
止まらない。
「とまれ!」
あと数メートルの距離まできたところで、先頭の男性から低く、
だがするどい声が発せられる。声と一緒に空気も凍るかのような勢いだった。
「は、はひぃ!」
直立不動で急停止するポンザレ。
「おまえは誰だ?」
先頭の男性は、よく見ると左耳が切れていたり、首筋に刃物の傷があったりして恐ろしいことこの上ない。おまけに手は、いつでも腰の剣を抜ける位置に
下がって…いや既に柄に手がかかっていた。
確実にやばい系の人達だ。
頭が真っ白になって、ポンザレはもぐもぐするしかなかった。
もぐもぐ…
「もう一度聞く、おまえは誰だ?」
ギンッと音が聞こえてくるくらい目つきが鋭い。
もぐもぐもぐ…ご、ごくん。
もぐもぐもぐ…
「いつまで、もぐもぐして何を食ってるんだっ!質問にはすばやく答えろっ!」
高速でもぐもぐするポンザレに、男がきつい口調で問う。
もぐも…ごくん。
「ポポポポポポ、ポンザレですぅ!おおおお、おいらっ!ななななな、
なにも食べてませんっ!!!」
「!!?」
明らかに困惑する男達。
恐怖に今にももらさんばかりのポンザレ。
男の後ろには、短弓をつがえた女性二人と棘のついた棍棒を持った背の高い男がいた。そのうち小柄な女性が先頭の男に伝える。
「…ザーグ、伏兵は…感じられない。」
「わかった」
ザーグと呼ばれた男は、剣の柄にかけていた手を離して、わずかに落としていた腰をあげる…つまり戦闘態勢を解くと、うさんくさそうな目でポンザレに問いかけた。
「では、ポンザレ。俺達に何の用だ?」
(用…?何の用…?あれ、用事なんかないよ、おいら。久しぶりに人に会えたから嬉しくって近づいて…あれ、本当に用事がないや…どどどど、どうしよう、なんて答えよう)
「どうした?答えられないのか?」
男の眼光が再び鋭くなり、ポンザレの全身に余すところなく突き刺さる。
「あ…」
「あ…?」
「あ…えっと…おおお、お話、そ、そう!お話したくって!」
「「「「はぁぁ?」」」」
これがポンザレと冒険者ザーグ達との出会いだった。
◇
「で、そのポンザレはここで何をしていたんだ?」
恐怖から解放されたポンザレは、自分のことを説明した。
説明しまくった。恐ろしい思いから解放された反動からか口が良く回った。
意外なことに村を追い出された理由を話すとザーグと呼ばれた
リーダーの男は「あぁ、俺も同じだ。農村の三男坊だ。大変だよな。」
と言って共感してくれた。
また話の合間にザーグは自分達が冒険者であること、
依頼があって辺境の地まで来ていることなども話していた。
初めにポンザレを見たときは、盗賊の罠の可能性があるとして
警戒したとのことだった。
(盗賊も出ない様なド辺境ではあっても、万が一を考えるのが
冒険者の習性だと説明された。)
首筋に傷があり左耳が切れているリーダーの男性はザーグ。
骨格ががっしりとした金髪の美人な女性はマルトー。
体が小さくすばしっこそうな黒髪の可愛い女性はミラ。
棘付き棍棒を持った短髪の大男はビリーム。
ポンザレは、二~三年に一度の頻度で村に来た冒険者を見ることはあった。
だが村の子供は冒険者と接触するのを大人に禁じられていたため、
こんなにしっかりと話をしたのは初めてだった。
「なんだってお前はいつももぐもぐしているんだ?」
「つ、唾が出てお腹がすくのがまぎれるんですー。もうおいらの癖に
なっっちゃっているんですー。」
その答えを聞いたザーグ達は大笑いした。
「なんか、あんた、ハモスみたいだねぇ。もぐもぐキョロキョロして。」
金髪のマルトーが目に涙をにじませ笑いながら言う。
「ハモスってなんですかー?」
「…ハモスは、街でお金持ちの娘が飼う小さいネズミみたいな可愛い動物。」
マルトーに続いて、ミラが答える。
「おいら、見たことないから、わからないですー。そんなに似てますかー?」
「あぁ、似てるよ。」「…そっくり。」
そういって女性二人は、また楽しそうに笑うのだった。
◇
一通り話がし終えた頃には、ザーグ達はポンザレを気に入っていた。
ポンザレからにじみ出る柔らかな雰囲気、愛嬌を好ましいと皆が思っていた。
警戒心がなさすぎる。素直すぎる。人を疑わなさすぎる。
暗い感情も隠し持っている様子もない。
おまけにぽっちゃりして、口をもぐもぐさせて…
これはもうポンザレという生き物なのだ。
ザーグは三人の仲間を順に見て聞いた。
「少しだけおせっかいするがいいか?」
「…もちろん。」
「ザーグがやらなくたって、わたしがそうしてたさ。」
「私も賛成ですね。」
ザーグがそういうのを分かっていたのだろう、三人とも即答だった。
ふぅ…とため息をつくとザーグはポンザレに宣言した。
「ポンザレ、これから少しだけお前のためにおせっかいをしてやる。」