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【18】ポンザレとサソリ針


とある日、ポンザレは久しぶりに、お婆ちゃんの話し相手をする

指名依頼を受けて、道を歩いていた。この依頼はポンザレの一番好きなもので

元冒険者だった(という作り話)お婆ちゃんの話はいつ聞いても楽しく、

たまにもらえるお茶菓子も美味しかった。



口をもぐもぐさせながら上機嫌で歩くポンザレ。

すれ違う冒険者たちにも顔見知りが増え、皆がポンザレに声をかけてくる。


「よぉ、もぐポン!今度、いい儲け話でも教えろよ!」


「ポンザレ、マルトー姉さんってつきあってる人いるの?」


「おう、ポンザレ、ザーグのとこに飽きたらうちのパーティ来いよ。」


「ポンちゃ~ん、今度俺とデートしようぜ?」


ポンザレはそれぞれの声に、「おいら儲かっていません~」「マルトーさんは

フリーみたいです~」「おいら、よそのパーティにはいきません~」

「男の人とは、デ、デートはしませんー」などと、馬鹿正直に答えていく。



初めのころ、ポンザレは、ザーグのパーティに入った新人ということで、

周囲の冒険者達から注目をあびていた。

ところが、言動の全てが素人丸出しで、強さの欠片も感じられない

ポンザレを見て、誰もが首をひねり、「なぜザーグはあんな素人を入れたんだ?」と口にした。


数か月経ち、傷を絶やすことなく訓練を続けるポンザレの姿が、

当たり前になると、そのころには誰もがポンザレを認めていた。

皆が口にするセリフは「なんか知らんが、あの小僧はよくやっている」

に変わった。


ポンザレは人がよく、素直な性格だ。

自然と声をかけてくる冒険者達も増えた。

ザーグのお墨付きなため、絡んでくる無謀な者もいない。


こういった人々との関わりが増えてきたことは、

ポンザレにとって少し照れくさく、嬉しいことだった。


ザーグ達の訓練は本当にきつく大変なことも多いが、

それでも日々が充実して楽しいと、ポンザレは心から思えた。


ゆえにポンザレの足取りは軽かった。



お婆ちゃんの家に着くと、お婆ちゃんの家族は温かくポンザレを迎えた。

この依頼自体は既に十回以上行っており、ポンザレの人柄はここでも

認められていた。すぐにポンザレはお婆ちゃんの部屋へと通される。


「お婆ちゃんー、来ましたー!」


ポンザレがノックをして部屋に入ると、揺り椅子に座ったお婆ちゃんが、

顔を上げて、にこにこと微笑む。着ている服も、腰かけている揺り椅子も、

それ以外の部屋にある調度品も、全てが一目でわかるほど高級な良い物で、

ポンザレは最初のころは緊張したものだった。


「おや、誰か来たのかと思ったら…あんただったのかい。ポンザレ」


その返事にポンザレは驚いた。

今までポンザレは、何度名乗っても名前を覚えてもらえなかった。

斧使いのボズや孫のモオル、息子の友達のビルムなど…毎回訪れるたびに、

違う人の名前を呼ばれていたのだ。


「おいら、ポンザレだけど、お婆ちゃん、おいらの事わかるの?」


「あたしは紅サソリだよ。ちゃんと覚えているさ。時々お茶飲みに

来てくれているだろう?」


紅サソリは、お婆ちゃんの冒険者時代のあだ名である。

ちなみに斧使いのボズは、その冒険者自体の知り合いの名前だ。


…最もその冒険者であったという話自体を、

お婆ちゃんの家族は作り話だと言っている。

お婆ちゃんは少し呆けてしまっているので、本当か嘘なのかは、

ポンザレには分からない。


「紅サソリお婆ちゃん、じゃあ今日もお話をしようね。」


「ポンザレ、その前に今日はあんたに話があるの。」


「なんですか?」


「あんたにね、これを受け取ってもらいたいの。」


お婆ちゃんは、棚の小箱から取り出したものをポンザレに手渡した。


それは手首から指の先までの長さの大きな針だった。

材質は金属のようだが、全体に白っぽい光沢があり、

鋭く尖った針先は、薄い赤色の膜がかかったような色合いをしている。

根元は適度に膨らんで、ちょうど球根のような形状をしており、

握り込むのにちょうどよいサイズだった。


ポンザレは、なぜかその針から目を離せなかった。


想像していたよりも少し重く、

握り込んでみると、驚くほど手になじみ違和感が全くない。



「こ、これはなんですか?」


もぐもぐ…ごくん。

緊張して唾を飲む。


「これはね、サソリ針だよ。」


「こ、こんなでっかい針だと、すごい大きいサソリなんですね。」


「違うよ、ポンザレ。冒険者だったあたし、紅サソリの使っていた武器、

それがこのサソリ針だよ。」


「これを、どうしておいらに、くれるんですか?」


「ここ最近、あんたが来た日にね、このサソリ針がカタカタと動くの。

あんたが帰った後にね。あたしが冒険に出ていたのはもう数十年も昔の、

それも数年の間だけで、このサソリ針はそれ以来冒険に出ていないの。」


「はいー。」


「サソリ針は、もう一度冒険に出たい、連れて行ってくれって言ってるの。

あんたは冒険者だろう。だから、このサソリ針を冒険に連れて行って

あげておくれ。あんたの持ち物として。」


「う~~ん…。」


ポンザレは、お婆ちゃんが本当の冒険者だったことに改めて驚きつつ、

果たして自分が本当にサソリの針を受け取っていいものか、悩んでしまう。

だが後押しをするように、お婆ちゃんが話を続ける。


「ポンザレ、このサソリ針は役に立つよ。これは…〔魔器〕だよ。」


「え…?」


「このサソリ針は痺れ針だよ。この針に刺された相手は、ほんの少しの間、

動きが止まるんだ。その隙にとどめがさせるよ。」


お婆ちゃんはにこにこと、微笑みながら言う。

とどめと言った瞬間のお婆ちゃんの目はギラリと光って、

ポンザレは、思わずぶるっと震えた。


「このサソリ針は、一度使った相手には使えないよ。そしてこの針で、

相手の命を奪ってしまったら、使った本人に呪いが降りかかり、苦しんで死ぬ。

あたしの前の持ち主はそれで死んだ。死んだからあたしの物になった。

だから…使う時は気をつけるんだよ。」


「…やっぱり、こんなすごいの受け取れません。」


ポンザレが返そうとすると、

お婆ちゃんはしわくちゃの小さな手を、ポンザレの手に被せて言った。


「もう、あんたに、針の秘密を喋ってしまった。だからあんたは、

これを受け取るしかないんだ。どのみち、あたしの家族に冒険者はいないし、冒険者でも渡していいと思えるのは、ポンザレだけなんだから。」


少しの間があって、ポンザレはお婆ちゃんの目を見て答えた。


「はい…わかりました。受け取ります。」



ポンザレは〔魔器〕であることには触れずに、サソリ針をもらったことを、

お婆ちゃんの家族にも伝えたが、お婆ちゃんがその時は呆けておらず、

ポンザレの名前を呼んだ上で渡された物であることを聞くと、

驚きつつも、ぜひ貰ってあげてほしいと言ってくれた。



ポンザレは、手にしたサソリ針を見て「ふ~っ」と息を吐くと、

布で丁寧にくるみ、懐に大切に抱えて家路を急いだ。



ポンザレは、〔魔器〕サソリ針を手に入れた。



その晩、ポンザレは夢を見た。

起きた時には全く覚えていないがいつも見る夢…白い空間で、

指輪の化身であるエルノアと話をする夢だ。


「こんばんは、ポンザレ。」


「こんばんはー、エルノアさん!」


ポンザレは頬を赤く染めてニコニコし、

エルノアはそんな様子のポンザレを見て微笑んでいる。


「ポンザレ、いつもあなたはがんばっていますね。」


「えへへ、ありがとうございますー。」


何のことかわかっていないポンザレは、

照れながら礼を言うと、口をもぐもぐさせた。



「ポンザレ、今日はあなたに紹介したい人がいます。」


「え?だ、誰をですか?」


「お入りなさい。」


エルノアが何処にともなく声をかけると、ポンザレの目の前に

ほんのりと赤い光の粒子が集まって人の形になった。

光がひと際明るく輝くと、そこには一人の女の子が立っていた。


まだ幼く年齢も十にもならないくらいだろう。

燃えるような長く赤い髪に、黒いワンピースを着ている。

すらりと伸びた手足の先は肌色から薄赤へと変化しており、

人間というよりは、妖精と言われた方がぴったりと来る姿である。


全体は幼く見えるのに、生意気そうなつり目と、その中心にある

大きな紫の瞳が、年を重ねた人間が時折見せるような深い色をしており、

どこかアンバランスな印象のする女の子だった。


女の子は、紫の瞳でジロジロとポンザレを見つめる。


「は、はじめましてー。」


「あんたが新しい持ち主なのね。ま、知ってたけど。頼りなさそうねー。」


女の子はニマリと笑い、続けて言った。


「いいわ、あたしが助けてあげるわ。」


「えっと、どちらさまですかー?おいら、君を知らないですー。」


「…うーん、やっぱり人間って、私達のことがわからないのねっ!」


そう言って、赤い髪の女の子は、エルノアを振り返る。


「そうですね。わかっていませんね。…でも、もしかしたら、

それでいいのかもしれません。私達が意思を持つことを知った結果、

例えば、飾るだけの存在にされてしまったりすれば…それこそ、

私たちが一番望まない結果となります。」


「そうですね…使われないのは、いやです!」


額に手をあて、はっあ~~っと、大きなため息をついた少女は、

ポンザレをジロッと見る。


「…あんたが名前つけなさいよ。」


「え、お、おいらがですか?」


「そうよ!はやく!」



そこからポンザレのもぐもぐ、ぶつぶつタイムが始まった。


「ア…キ…セ…ト…ナ…う~~~ん…」


「ねぇ、まだ?」


「ム…ラ…ウ…ネ…う~~ん…う~~~ん……」


「ねぇーーまだーー?!」


女の子はずいぶん短気な様子だ。

見かねてエルノアが救いの手を出す。


「少し待ちましょう。私も待ちました。けれど、そのかいあって

エルノアという素敵な名前をもらえたのです。」


救いの手ではなくプレッシャーが増した。


その後、わりと長い間の沈黙があり、俯いていたポンザレが顔を上げると

目をキラキラと輝かせた女の子がすぐ目の前にいた。


「はい!あたしの名は!?」


「ニルト…っていう名前はどうですかー?」


「ニルト…ニルト…」


「あ、もし別の名前がよか…」


「うん!いいね!あたしはニルトね!気に入ったわ!」


「じゃあ、ポンザレ、これからよろしくね!」


ポンザレが一仕事終わって、満ち足りた気持ちになったところで、

白い空間が薄れていき、猛烈な眠気がポンザレを襲う。


「では、ポンザレ、また会いましょう」


「ポンザレ!またね!えへへ…ニルト…ニルト…いい響きだねー」



ルトの嬉しそうな声は白い空間とともに淡く消えていき、

ポンザレは深い眠りに引き込まれていった。



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