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【16】ポンザレと訓練の日々



冒険者になってからというものポンザレは、

ザーグ、ビリーム、マルトー、ミラの誰かと毎日行動を共にし、

一般教養、読み書きや計算、冒険の基礎知識、心得、戦闘訓練

などを教わっていた。





「…よしよし…偉い。ポンザレはちゃんと書けるようになった。」


「はいー。ありがとうございますー。」


ミラに頭をナデナデされ、ポンザレは口をもぐもぐさせて喜んだ。


いつもの食堂で、ポンザレはミラから一般教養や読み書き、計算を学ぶ。

ミラの教え方はうまかった。


まず最低限の基礎を何度も何度も読み、書き、計算する。

次に問題形式でミラから課題が出される。

答えが間違っていると、無言でそこだけを何回も繰り返させる。

何が間違っているか分からないけど、間違っているのは確か…となると、

考えざるを得なくなる。


一つのジャンルに飽きた頃には別のジャンルの授業に移り、

授業自体に飽きた際には、おやつが出される。


ポンザレは一連の授業の中で、考えるくせをつけさせられた。



「ポンザレ、その草は、どこの部分を使うんだっけ?」


「これは、根っこを煎じて飲みますー。」


「ばか!これは根っこが毒で、飲むと腹壊すと教えたろう!」



薬草などの採取系の依頼は、マルトーが一緒だった。



一口に薬草と言っても、傷薬・体力の回復・熱さまし・痛み止め・食あたり…

効果によって、植物の種類はもちろん、茎・葉・根…使う場所や作り方、

保存の仕方も異なる。


街の周囲の森の中や、川べり、草むら、地面の中など、

様々な場所で採取しながら、実際の使い方・加工の仕方も、

マルトーは丁寧に教えてくれた。


時々落ちてくるマルトーのげんこつに、

涙を浮かべながら、ポンザレは少しずつ覚えていった。





「ポンザレ少年!左右ではない、下がって避けるのですっ!トゥッ!」


ボグゥ!


「ぎゃあっ!」


鋭い呼気と共に繰り出された木剣と、続く打撃音、響くポンザレの悲鳴。

ほぼ毎日行われる戦闘訓練はビリームが先生役で、

ポンザレは木剣や棍棒で容赦なく打ち据えられた。


ポンザレの体型はぽっちゃりであるが、動きはなかなか素早い。

その反応の良さにビリームは喜び、訓練はどんどん激しくなっていった。

体中痣だらけになり、全身がギシギシと痛むが、

ポンザレはあまり文句も言わず、訓練についていった。

…実際は怖くて何も文句が言えなかっただけなのだが。




「どうだ、ポンザレ。これが斬られるってことだ!」


ザシュッ!


「い、いったいですぅーーーっ!!」


ザーグの短剣が容赦なくポンザレの腕を切りつける。

傷口を押さえたポンザレは、その手にぬるりとした生温かい血の感触を感じた。


「うぅ、痛いですー…。」


「よし、ポンザレ。じゃあ薬草を探して、その腕を治療してこい。」


「えぇーー…は、はい…」


ザーグの教えは、一番過激できつかった。

冒険者の心得を、体を張って教えてくれた。


実際に斬りつけて、その治療をポンザレ本人にさせることも何度もあった。

ザーグの技量があってこそ成立する教えであり、その教えは痛みと共に、

ポンザレの体に刻み込まれていった。


その中でポンザレの持つ魔力についても、実地で教わった。

ほぼ同じ深さで左右の足を斬られた後、薬草を噛みつぶして作った傷薬の

片方に魔力を込め、片方には込めないで、治療するように言われたのだ。


結果、魔力なしの傷薬が傷をふさぐのに二日かかったのに比べ、

魔力ありの方はなんと半日で治ってしまったのだ。


ポンザレは、ザーグが自分をパーティに加えた理由の一つ、

“魔力持ちであること”を、自らの体験を通じて改めて理解した。



それ以外にも、

食べてはいけない物を食べさせられた。

森の中に放置されて、一人で街まで戻らされた。

あらゆる所に仕掛けられた罠に(自ら)はまっていった。

川の中に落とされた。



ポンザレは時に泣き喚きながら、ザーグの訓練を受けた。

だが、決して「やめる」とは言わなかった。

命の恩人達の教えであったし、日雇い仕事をただ繰り返していくだけの

毎日と比べれば、どれだけ厳しくてもがんばれたのだ。

(加えて、お金がちゃんと入ってきて、ご飯をしっかりと

食べれるようになったのも大きかった。)




ザーグ達は三~四日に一回は全員で集まり、

食事をしながら、ポンザレの教育について話し合う。


ザーグ達の共通認識は、ポンザレはセンスがあって覚えが早い…

訳ではないが、かといって遅くもない、という平凡なものだった。


だがザーグ達は話し合いの中で、いい所を見つけた場合はそこを伸ばすように、

悪い所は注意するように、と意見を交わしていった。

その結果、ポンザレは短期間でどんどん成長していき、

ザーグ達もそれがまたおもしろく、さらに輪をかけて鍛えていくのだった。



そして、今日もまた話し合いが行われている。



「では、私から。ポンザレ少年の戦闘訓練です。今まで幾つもの得物で

試してきましたが、やはり剣などは微妙ですね。刃筋が素直すぎます。

また技を覚えても、選択肢が増えた分、悩んでしまい動けていません。

ひたすら訓練して体に覚え込ませればいいのでしょうが、戦闘に対しての

センスは期待できないので、あまり良い成果は得られないでしょう。」


ビリームが報告を上げる。


「こいつの素直さは美点だが欠点だよなぁ。全ての引っ掛けと罠に

自分からはまっていくしなぁ。」


「うぅ、すみません…。」


うつむいて、下を向くポンザレ。


「…ということで、得物は短槍にしようと思っています。

基本は突きだけに絞って、ポンザレ少年が余計なことを考えなくても

攻撃できるようにします。しばらくは短槍を使って、様々な状況を想定した

戦い方を学んでもらいます。」



短槍はその名の通り、短い柄の槍である。

主な攻撃はショートレンジの鋭い突きがあり、その他に、振り回して敵の足を払ったり、棍棒として相手を打ったりと、多彩な技が特徴の武器である。


ただ、斬ることに向いていない、打撃武器としては弱い、

という理由から、冒険者達が好んで使う武器ではない。


だが剣や長槍よりも扱いやすく、持ち運びしやすい、

屋内でも使用でき、様々な状況に対応しやすいという理由から、

たまに使う冒険者もいる武器だった。


「ふむ、さすがビリームだな。短槍か…それはいいな。突きだけってのが、

うん…いいな。」


最短距離を最速で走らせる突きは、非常にシンプルで合理的な攻撃である。

本来、その突きに特化した武器とされるのは長槍だが、

長い柄は扱いづらくポンザレには全く向かない。

それならば短槍で突きだけを学ぶ方が、素直なポンザレに最も合っている。


そして、その突きだけで様々な状況に対応できるように、

徹底的に教え込んだなら、確かにポンザレは短期間で強くなる。


ザーグは、ビリームの意図を理解してニヤリと笑った。


「ザーグさんの笑顔が怖いですー…。」


ポンザレが泣きそうな顔でつぶやく。


「じゃあ次にあたしからだね。一通りの応急処置に関しては…」



こうして一流の教師陣に英才教育を受け続け、

すでに数十日以上が既に経過した。



毎日必死で自覚はないが、ポンザレの冒険者としての腕前は、

相当なものになりつつあった。



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私はエルノア。


身の内に膨大な魔力を宿す〔魔器〕の指輪。



永劫とも思える時間、人の世を流れてきた私が、

初めて見つけた心地よい魂を持つ少年、ポンザレ。


彼の指にはまった時、私はポンザレと離れたくない一心から、

自らとポンザレを魔力の糸でつなげました。


その糸からもれる少量の魔力により、ポンザレは魔力持ちとなりました。

魔力持ちは人の世では好遇されると知り、私はポンザレの役に立てて、

嬉しいと感じていました。


そして、ポンザレは自らの道を選びました。


「おいら、冒険者になりますー。」


はっきりと、そう言ったのです。




冒険者。



常に危険と隣り合わせで、踏み外した一歩が

そのまま死につながる、人の世で最も危険で過酷な職業。



ポンザレが冒険者になることを決めた時、

心配ではありましたが、困難も多いであろう道に

進むことを決めたその意志を、好ましく思いました。



今、ポンザレは冒険者になるための訓練をしています。

一般的な教養や知識、自然の中で生き延びる術、戦い方や心構え…

多くのことを学んでいます。

少々きつすぎるのではと思いますが、冒険者の仲間達の誰もが、

ポンザレに対して真剣で、親愛の情を持っているのも伝わってきます。



ポンザレは毎日必死です。

ゆえに私も、ポンザレを応援することにしました。



薬を作る時には、魔力の糸を少し太くして、

ポンザレの手から出る魔力が増えるように

手助けをしました。


食事をとる時も、魔力の糸を太くして

こっそりと食事に魔力が伝わるようにしました。

ポンザレの食事はより美味しく、

より活力のあるものに変わったことでしょう。




十日に一度ほど、ポンザレと会って、

「あまり無理をしないように」と声をかけますが、

私と会うこの世界を夢としているポンザレは、

訓練や日々のことは覚えていません。


「なんのことか、よくわからないですー。

でもありがとうございますー。へへ。」


口をもぐもぐさせて、一生懸命答えるその様子に、

私は口元が緩むのを止められませんでした。



まだしばらくはかかるでしょうが、やがてこの訓練も終わるでしょう。



これから先、訪れるであろう危険や困難に、

ポンザレが少しでも立ち向かっていけるよう、

人の世に直接的な力を持たない私ができること…

私はそれを見つけ、既に手は打ちました。



ポンザレが、次にお婆さんの所に行く際には、

実を結ぶでしょう。


今はその時を願うばかりです。




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