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【15】ポンザレ、冒険者になる


「冒険者になりますー」と返事をした翌朝、

ポンザレはマルトーと一緒にギルドのカウンターを訪れ、

冒険者登録を行った。


マルトーと一緒だったからか、他の冒険者に絡まれることもなく、

冒険者登録は終わった。少し時間をおいて、受付のお姉さんは

革ひもの通った金属製の小さいプレートをポンザレに渡した。


「ポンちゃん、これは冒険者ギルドの人間ですよっていう証しよ。

首にでもかけてね。このプレートには、街の名前、ポンちゃんの名前、

功績に応じた熟練度が刻まれているの。」


「なんだか、かっこいいですー。」


「もしポンちゃんがこの先どこかで、冒険者で亡くなった人を見つけたら、

このプレートを持っ返ってきてね。ギルドでは冒険者さんのお金を

預かっているけど、プレートを持ち返った人に、そのお金の一部が

支払われるのよ。」


ギルドには冒険者のお金を預かる役割がある。

だがお金を預けたまま、どこかで亡くなってしまう冒険者も多い。

一定期間ギルドに来ない場合は、預けたお金は遺言に従って処理されるか

遺言がない場合はギルドが接収する。


プレートが持ち込まれることは、その冒険者が亡くなっている可能性が

高いことを表わしている。プレートの回収を推奨することにより、

冒険者の生存確認を少しでも早めに行い、接収するお金を増やすのが、

ギルドの狙いである。


だが、この狙いのおかげで、冒険者が街の外で仲間の冒険者を殺害し、

プレートだけ持ち返って金をもらうという事件もたまに発生していた。

もちろん怪しい時はギルドの調査課がきつい取り調べを行い、

黒だった場合は、無残な見せしめの刑が行われるが、

それでも時々こういった犯罪が起きている。


当初、“ポンザレはカモにされる”とザーグが心配していたのは

こういった状況も想定してのことだった。


ポンザレは、革ひもを自分の首にかけた。

金属プレートがヒヤリと素肌に触れる。

その冷たさは、“お前に冒険者の覚悟はあるのか?”と、

ポンザレに問いかけているかのようだった。


「あとギルドでは、住居の割引、専用食堂、各種武器や装備の割引も

やってるわよ。そのプレートをお店の人に見せれば、割り引いて

くれるからね。じゃあ、ポンちゃんがんばってね!」


「はい、がんばりますー。…あ、でも、おいら薬師ギルドの人に

お断りをしないといけないです。」


「んー、わかったポンちゃん。それはお姉さんがうまく

話しておいてあげる。」


基本的にギルドの掛け持ちはできない。

冒険者ギルドとしては、基本的にどんな人材でも他のギルドには

取られたくない。ましてや、魔力持ちという才能がある新人である。

受付のお姉さんも、その辺りは慣れたものである。


「じゃあ、お願いしますー。ありがとうございますー。」



こうして…ポンザレは冒険者になった。



「じゃあ、あたしはちょっと行く所があるから、ポンザレは適当にしてな。

夕方になったら家に帰ってな。」


そういってマルトーは手を振ってポンザレと別れた。

その後ろ姿を見て、ポンザレは昨晩のことを思い出していた。

思い出すと言っても、鼻の下が伸びてしまうような素敵なものではない。

どちらかというと自然とため息がでてしまう類のものだった。



◇◇


昨晩、ポンザレはマルトーに連れられるまま、マルトーの家に向かった。

冒険者ギルドから歩いて数分のマルトーの家は、独特な造りの

集合住宅だった。


一棟の細長い建物が左右に並び、その建物には玄関が幾つも並ぶ。

細い丸太が組まれた木造で、各家の壁は共用になっている。

その集合住宅の角がマルトーの家だった。


集合住宅は燃料代の節約や排泄物を集め肥料にするという目的で、

調理場とトイレが共同になっている合理的な住居である。


夜も更け遅かったため、付近の住民と挨拶することもなく、

マルトーの家に入るポンザレ。


「おじゃましますー。」と、ドアを開けて目に入った風景に、

ポンザレはひどく驚かされた。


流れる金髪に、整った鼻筋、意志の強そうな眉と長いまつ毛…、

大柄な体格ではあるが、誰がどう見ても美人で綺麗なマルトーの部屋は、

声も出ないほど…汚かった。


何に使うのかもわからない怪しげな置物や像が転がり、

冒険に使うであろう様々な道具も床に投げ散らかされている。

空いているわずかな隙間にもゴミが埋められている。

さらに、それらの上から下着や服が放り投げられていた。

目のやり場に困りながら、ポンザレは固まる。


「ちょっと散らかってるけど、まぁ入っておくれ。」


(ちょっと…ちょっと?)


ポンザレは言葉に出すのを咄嗟に飲み込んだが、顔に出てしまう。


「ま、まぁ、あたしは長いあいだ家を空ける事も多いしね。

あぁ、その辺をこう寄せれば、あんたの寝る場所くらいは作れるだろ。

ほらっ。」


何の理由にもなっていない言い訳を言いながら、

マルトーが脚でガラガラと床の物を大雑把に片づける。

ポンザレは、床を逃げていく虫を視界の隅にとらえながら、

絶望的な気持ちになった。


「とりあえず、今日は遅い。あんたもまぁ、休んどくれ。」


ポンザレは埃っぽい床に横たわりながら、逃げていった虫が

戻ってきませんようにと、祈るような気持ちで目を閉じた。


翌朝、マルトーに起こされたポンザレは長屋の調理場に行き、

お湯をもらいがてら長屋の住人を紹介された。

長屋に住むのは多くは家族連れで、独身の男女も少しだけ住んでいた。


ポンザレがマルトーの家に世話になるという話を聞くと、

男はあからさまにポンザレを睨み、女は興味津々でキャーキャーと

黄色い声を上げながら、マルトーとどういう仲なのかを聞いてきた。


近所の子供達が「姉ちゃん、姉ちゃん」とマルトーにまとわりつく。

お母さん達は、朝ご飯や野菜を「ほら、持っていきな」と手渡していく。

マルトーがここの住人達に、いかに親しまれているのかがわかって、

ポンザレはなぜだか嬉しかった。



そして、冒険者登録を終えたポンザレは、目に強い光を浮かべて

今再びマルトーの家の前に立っていた。



預かっている合鍵で部屋に入り、扉も窓も全て開けて換気をする。

近所のおばさんに掃除道具一式を借りると、ポンザレは掃除を始めた。


目の粗い大きな袋に、あきらかにゴミと思う物、どちらかわからない物を

仕分けていき、借りた箒で床を掃いていく。

虫がいそうな家具や、ベッドの隅も徹底的に掃いていく。

埃の積もったテーブルや家具を濡れ雑巾で拭いては洗い、

怪しげな像や置物は部屋の隅にまとめて置いていく。


部屋を片付けた後は、山と積まれた洗濯物を片付ける。

故郷の村では妹の洋服や下着も洗っていた。

洗うべき衣服があるのなら洗うだけ…そう思い洗濯をし始めた

ポンザレだったが、下着を洗う時には、どうにもマルトーの顔が

ちらついて、かなりドキドキした。それでも一心不乱に洗い終えると、

部屋の中にきれいに干していった。



掃除の途中で、ポンザレの奮闘するさまを見た近所のおばちゃんが、

食事を差し入れてくれる。おばちゃんは、ポンザレの肩をバンっと叩いて

「あんた、がんばんなよ!」と言うと、笑いながら去っていった。


こうして半日が過ぎて、ほぼ片づけが終わった頃、マルトーが帰ってきた。

背には大荷物を担いでいる。


マルトーはポンザレを見ると、背中の荷物を降ろして言った。


「ほら、これはあんたのための荷物だ。引っ越し祝いさ、受け取りな。」



小さな箪笥に、毛布と敷布団、服や下着等の衣類、木のカップに器や食器、

マルトーは生活用品一式を買ってきてくれたのだった。


「えぇぇ、こ、こんなに受け取れませんー。」


「いいんだ、あたしはこれでもけっこう稼いでるんだ、受け取りな。

ほらこれなんて、いい感じだろ?」


そういって箪笥の中から怪しげな置物を取り出す。

部屋の汚さ、怪しい置物等のセンス…、

マルトーは少し残念な美人冒険者だった。



箪笥を片手で持ち上げたマルトーは、部屋に入って大声をあげた。


「なななな!なんだい、これは!ポンザレ、あんたかいっ!?」


「はい、少しだけお掃除しましたー。」


ポンザレがフンスッと鼻息も荒く答えると、

ゴッチーンとマルトーの拳骨が頭に飛んできた。


「とりあえず礼は言っとくよ、ありがとよっ!」


「なんで殴るんですかーーっ?」


涙目に訴えるポンザレに、顔を赤くしたマルトーが言った。


「し、下着まで洗うこたぁないんだよっ!恥ずかしいだろっ!」


ポンザレは、そんなマルトーを見て、

ちょっと可愛いなと思ってしまうのであった。


こうして、ポンザレの冒険者としての新しい日々が始まった。


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