【14】ポンザレと選択
ギルドの建物の中に入ったポンザレは、
入り組んだ廊下の奥の小部屋に連れていかれた。
そこには少し寒そうな頭髪の背の高い白衣を着た男性がいた。
「やぁ。僕はニブリーだよ。薬師ギルドに所属していて、
今は冒険者ギルドの担当だからここにいる。」
「ポンザレですー。」
「はい、じゃあ君、ここでもう一回魔力測ってみて。」
振り子のついた魔力測定器で、再び魔力検査を行うが、
結果は変わらず、振り子が少しの幅だけ揺れるのみだった。
「うん、君は魔力があるね。ほんのちょっとだけど。ところで君いくつ?」
「14歳ですー。」
「ふむふむ14歳ね。じゃあ君、これ持って。」
と、二ブリーは何かの種を渡してきた。
「それ持って軽く魔力を込めてみてね。検査器具と同じ要領でいいから。」
ポンザレは、むむむ~と魔力を込めてみるが、種には何の反応もない。
「ふむ、種はなしだね。じゃあ、次はこれ。水に指入れて込めてね。」
水の入ったコップを渡される。これにも反応はない。
「はい、じゃあ次は…」
二ブリーは、次から次へと小物を取り出してはポンザレに渡していく。
火の点いた蝋燭や鏡、土、革、剣、盾、虫、石、宝石、
ネズミのような小動物…多くの物が渡されたが、
どれにも変化は起きなかった。
「うん、まぁ、わかってはいたけど。君は魔法の才能はないね。」
「魔法の才能があるとどうなったんですかー?」
「例えば、火の魔法の才能がある人は、炎を指先に移せたり、
勢いを強めたりできるね。渡したものに何らかの変化が起こるんだよ。
とはいえ、僕もここでその変化を見たのは、三年程前に来た女の子
一人だけだけどね。その子は石を持たせたら、石が空中を飛び回ったよ。
今では領主様の専属魔法使いだね。石降りのニーサって言えば君もわかるだろ?」
「知らないですー。」
「知らないのか。まぁ、いいや。君は14歳だったね。
まぁそう悲観しなくてもいいよ。もしかしたら成長する内に魔力が増えて、魔法の才能が芽生えるかもね。まぁ、そういった前例はないけど。」
さらにニブリーは続ける。
「君、魔力ってそもそも何かわかるかい?」
「わかりませんー。」
「うん。そうだよね。そして、それが正しいんだ。魔力とは何か?
それは誰もはっきりとは分からないんだ。では、そもそも魔力とは、
いつ誰が………」
そこから、ニブリーの長い講義が始まった。
◇
魔力は“物体が持つ性質を強化する”という特徴を持つ不思議な力である。
薬草から作った傷薬に魔力を込めれば傷の治りが早くなる。
剣に込めれば切れ味が良くなり、鎧であれば丈夫になる。
ただ持続はせず、薬は数日、剣であれば二~三回の戦闘で込められた魔力は
消えてしまう。
そんな魔力を持つ人間が数百人に一人の割合でいる。
さらに、その中のごく少数の人間が、何かしらの奇跡の技を使える。
その奇跡の技を使える人間は、魔法使いと呼ばれた。
魔力はどこからくるのか?魔法使いはなぜ生まれるのか?
古来より様々な実験が行われ、研究がされ続けているが、
いまだに何一つとして解明はされていなかった。
ただ一つだけわかっていることがある。
それは、魔法使いになれれば富が約束されていることだ。
攻撃的な魔法…火を出したり、石を降らせたりする魔法使いは
領主のお抱えの用心棒になることがほとんどだ。
治療の技を使える魔法使いは薬師ギルドに高給で雇われる。
実用的な魔法でなくても、金持ちの宴会や食堂をまわって、
芸人として稼ぐ魔法使いもいる。
また魔法使いになれない、魔力を持っているだけの人間も、
安定した高収入が見込める。
薬師ギルドは、領主より医療に関する活動を許された組合である。
その活動の中には薬を作り、売ることも含まれている。
効果の高い薬はより高値で売れる。
しかも魔力の切れる期限がついているため作り置きもできない。
そのため薬師ギルドは、魔力量に関わらず魔力を持っている人材は、
好待遇でギルドに迎え入れる。
ポンザレもニブリーに淡々と、だがしつこく勧誘された。
「繰り返しになるけど。薬師ギルドに入れば良いことずくめだよ。
一つ…君の個室が手に入る。もちろん家賃はかからない。
一つ…三食が食堂で提供される。食べ放題だよ。
一つ…仕事の賃金が高い。君の魔力量なら二日に一回、半日働くだけで大丈夫。
賃金は一回の仕事で50シルってところかな。」
ポンザレは頭がくらくらしていた。
日雇い仕事で二日間みっちり働いて賃金が16シル。
それが、半日手をかざして、むむむ~っと魔力を込めるだけで
50シルまるまるもらえて食事代も部屋代も無料というのだ。
「君、文字の読み書きはできる?むり?あぁ、気にすることはないよ。
できない人の方が多いから。そうだね、君の薬師ギルドへの登録なんかは
こちらでやっておくから、明日にまた来てもらっていいかな?
それまでに君の個室も用意しておこう。」
ポンザレの薬師ギルドへの加入が当たり前のことして、
ニブリーはどんどん話を進めていこうとしていた。
「あ…あの!す…少しだけお返事は待っててもらってもいいですか?」
「え?なんで?意味がわからないよ。うーん、まぁいいか。
頭を整理する時間は必要だしね。いいよ。また明日ここに来て、
登録してくれればいいよ。」
「はい…申し訳ないですー…。」
ニブリーから解放されたのは昼をだいぶ過ぎてからだった。
ポンザレは、ポケットに入っていた最後のお金でパンを買うと、
ギルドの中庭に座って、ちびちびと食べながら夕方を待った。
◇
「おう、ポンザレ、待たせたな。とりあえず食堂に行くぞ。
あぁ、払いは俺だ。おごりだ。気にすんな。遠慮すんな。
とにかく行くぞ。」
夕方の鐘が鳴ると同時にやってきたザーグは一方的に告げると、
昨晩と同じ食堂に向かって歩き出す。
食堂ではマルトー、ビリーム、ミラが待っていた。
ポンザレが席についたのとほぼ同時に、
既に頼んでいたであろう料理が運ばれてくる。
パン・スープ・主菜・副菜がセットになった物で、
主菜は、酸味の効いた赤いソースがたっぷりとかかった骨付き肉だった。
昨晩ほどの豪勢な物ではないが、ボリュームのある食事で
ポンザレは感動に震えながら、料理を堪能した。
食事が終わり一息ついた所で、ミラが食堂のおかみさんにお茶を頼んだ。
摘みたての香草を抽出したお茶は、爽やかな香りとほんのりとした甘みがあり、ポンザレは思わず一気飲みをしてしまい、おかわりがつがれる。
「さて、ポンザレ。朝の話をしよう。」
「はいー。お願いしますー。」
「これは俺達、ミラもマルトーもビリームも全員で話した上での話だ。
…お前、冒険者になって俺達のパーティに入らねえか?」
「…え?…ええ?」
「お前には冒険者の素質がある…って訳じゃねえ。だが俺達がお前を
誘おうと思ったのにはいくつか理由がある。まずそれを聞いてくれ。」
「は、はい…。」
口をもぐもぐさせて、ザーグ達の言葉を待つポンザレ。
ザーグ達はわかりやすく、以下をポンザレに伝えた。
一つに、荷物持ちが欲しいこと。往路は食糧など、復路は戦利品・探索品、
素材・収穫物…など、冒険者は何かと荷物を運ぶ。
依頼によっては、専用の荷運び人を雇うパーティもいるくらいである。
自分達のパーティの専任の荷運び要員になってもらいたい。
戦闘や冒険者としての訓練は受けてもらうが、戦闘要員ではない。
一つに、魔力持ちがパーティにいると、怪我や病気・不調の際に役に立つ。
もちろんそのための薬草や調合などの必要項目は覚えてもらう。
一つに、冒険者の間では“魔力持ちは風を呼ぶ”と言われ、
魔力持ちがパーティにいると何かしらの巡り合わせを引き寄せると、
信じられていること。
一つに、性根が素直であり、人としての大事な部分を持っていること。
一つに、パーティ全員がお前を入れてもいいと承諾していること。
「…と言うわけで、お前を勧誘しているんだが…問題がある。
お前は今日薬師ギルドの勧誘を受け、その条件を聞いたはずだ。
たぶん、部屋つき、食事つき食べ放題、賃金もかなり良いって感じだな。」
「はい、賃金は二日に一回50シルって言ってましたー。」
「単刀直入に言うと、俺達はその金は出せない。というか、お前を
雇う訳じゃないからその金は出さない。ただしばらくは、俺達の誰かが
お前と一緒に行動して依頼を受けるし、その時の稼ぎはもちろん半々だ。
依頼を受けるのは訓練を兼ねてだ。」
ポンザレは口をもぐもぐしながら黙って聞いている。
「先に言っておくが、お前に覚えてもらうことは山ほどあるし、
正直きつく当たりもする。生き死にがかかっているからな。
お前が覚えるまで殴ったりもするかも知れん。ぶっちゃけ…
薬師ギルドに入れば楽に楽しく暮らせるんだ。
だから誘いはするが、お前の意志でやるかどうかを決めてほしい。」
「ザーグさんは…」
「ん?」
「ザーグさんは前に冒険者にはなるなって言ってましたけど、
それはもういいんですか?」
「あぁ、それは前も話した様に、お前が冒険者になったら、
すぐに他の奴にカモにされるからだ。今、冒険者になっても、
お前は俺達と知り合いってことで、滅多に変な奴は絡んでこないと
思うから大丈夫だろう。」
「ザーグさんは、どうしておいらに…そこまでしてくれるんですか?」
「…まぁ、縁を感じたとしか言いようがないな。」
「わかりました。じゃあ、それでお願いします。」
「…はぁっ?…即答かよ?」
「はい、おいら冒険者になりますー。」
「いや、お前よく考えてるのか?冒険者になるってのは、いろんな危険が
常にあるってことだぞ?命のやりとりだって多いし、見たくない物も
たくさん見るだろうし、お前…場合によっちゃ、人を殺すことも
あるかもしれねえんだぞ?」
「…ザーグ、ポンザレをパーティに入れたいの?入れたくないの?」
笑うのを堪えながらミラがつぶやく。
「いや、まぁ…誘ってるんだから入っては欲しいんだがよ。
あまりにも返事が軽いからよ。…いいのか?ポンザレ?」
「はい、お願いしますー!」
ポンザレは元気よく返事をした。
ザーグ達4人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
「さて、じゃあ次はあたしからだね。ポンザレ、あんた今ギルドの中庭に
寝泊まりしてるんだろう?あんたがあたし達の仲間になるってんなら…。」
マルトーが綺麗な金髪をかき上げながら言う。
「じゃあ、あたしの家に来な。部屋も広いし家賃はいらないから、
飯や掃除を手伝いな。」
「お、おい、マルトー、お前、それは…。」
ザーグが慌てて止めに入るが、マルトーは意に介さない。
「いいじゃないか、住む場所くらい特典でつけてあげたって。
弟みたいなもんさね。ということで、ポンザレ、あんたは今晩から来な。
いやだって言ったらどうなるかわかってるんだろうね?」
ニヤリと笑いながら言うマルトーは美しい。
ポンザレは高速で首を上下して「わかりました!」と答えた。
こうしてポンザレは冒険者になることが決まり、
おまけに住む家も決まったのだった。