【11】ポンザレ、冒険者ザーグと再会する
日も傾いて薄暗くなり始めたある日の夕方、
仕事を終えたポンザレは、いつものようにギルドの中庭に座っていた。
この中庭は、ギルドが宿や住居を持たない人達に向けて
開放しているフリースペースだが、天井はなく、
おまけに冒険者の酒場が併設されており、
ゆっくりと休めるような場所ではない。
(屋根のある所でゆっくり休みたいなぁ。雨の日はここきついもんなぁ…。)
ぐぐぐぅ~~っとポンザレのお腹が盛大に鳴る。
(あぁ、酒場から良い匂いがするなぁ。いつになったら、
お腹いっぱい食べられるんだろうなぁ…。お肉とかバクーッって…。
お肉ってどんな味するんだっけ。)
街に来てから数十日が経つが、ポンザレはずっとこの中庭で
寝泊まりしている。普段はあまり考えないようにしているが、
堅い地面と常に足りない食事は、時々ポンザレの心を落ち込ませた。
(はぁ。いっそ冒険者になろうかなぁ。そうすれば賃金も
五割増しになるもんなぁ。お金も少しは貯められて、
ご飯もいっぱい食べられるもんなぁ。ギルドにお願いすれば
格安の部屋も借りられるって言ってたしなぁ。でもなぁ…、
ザーグさんは絶対冒険者になるなって、言ってたもんなぁ。)
下を向いて、いつもの癖で口をもぐもぐとさせている。
(…考えすぎてもお腹減るし、良くないよね。今日はもう寝よう。)
背負い袋を枕にして、マントを肩にかぶって横になった所で、
ポンザレは目の前に誰かが立っているのに気がついた。
ブーツの脚が四人分。
ポンザレが半身を起こして目線を上げた所で、声が降ってきた。
「ポンザレ…だったな。生きてたな。」
先頭の左耳の切れたワイルドな冒険者がニヤリと笑った。
◇
現在ポンザレは、全力で泣いている。
「ザーグさんっ、えぐっえぐっ…あ、会えて、本当に…うわぁぁん…」
「おい、わかったからポンザレ、そろそろ泣き止め。」
「だっで、ほんどうに…うれ、嬉しいんでずよぉ…。」
ポンザレは、生まれ故郷の村を三男だから、という理由で追い出された。
街までは魔物や盗賊が出る危険な道を、十数日も歩かねばならない。
だが持たされた食料は数日分で、食べ物を得る術も、
危険を回避する術も持っていなかったポンザレは、
野垂れ死ぬことが確定していた。
だがそんなポンザレの運命は、冒険者ザーグ達と出会うことで
変わったのだった。
ザーグ達の生き残るための幾つかのアドバイスがなければ、
ポンザレは確実に死んでいた。おまけにザーグ達が持っていた、
大切な塩漬け肉を分けてくれたことも大きい。
泣きじゃくって気持ちを伝えてくるポンザレの様子に、
ザーグ達は少し照れつつ、ポンザレを立たせた。
「ま、ここじゃうるせえから、場所変えるぜ。
飯もおごってやる。行くぞ。」
ポンザレは止まらぬ涙をぬぐいながら、ひっくひっくと
ザーグ達の後をついていく。一行は併設の冒険者専用酒場ではなく、
ギルドを出て街のメイン通りに向いた食堂に入った。
「よし、ポンザレ、落ち着いたか?」
「は、はい。ザーグさん、あの、本当にありがとうございました。」
「はっ、もうそれ以上言わなくていいぜ。アドバイスはしたが、
生き延びたのは確かにお前自身だからな。」
ザーグ達のパーティは全部で4人、ザーグをリーダーに、
骨格のがっしりとした金髪の美女マルトー、体が小さくすばしっこそうな
黒髪の可愛い女性ミラ、棘付き棍棒を持った短髪の大男ビリームである。
「ともあれ、まずは乾杯だ。俺達は無事依頼が終わって帰ってきた、
ポンザレは生き延びた。乾杯!」
「「「「乾杯!!」」」」
ポンザレはこの日、生まれて初めての酒を飲んだ。
木のジョッキに入った常温の酒は、穀物を発酵させた後、
薬草とはちみつを加えた苦甘い味わいだ。
喉元をキュウッと過ぎると、食道から胃から芯から熱くなっていく。
たまらなく美味しかった。
そして、ポンザレの前に幾つものボリュームのある料理が並んでいく。
その中には、ポンザレが夢にまで見た骨付きの肉もあった。
肉竜(食用肉になる竜)の一種で、体の小さい鳥竜種のもも肉を、
ハーブと塩を惜しみなくまぶし焼き上げた店自慢の逸品だと
説明が入る。当然、値段もそれなりにするはずである。
「お、おいらはいいですー。さっきご飯食べましたー。」
そう答えるポンザレだったが、目の前にドンと置かれたもも肉に
目が釘付けになっている。目まいがするような香ばしい匂いが
鼻を暴力的にノックし、ポンザレの口は無意識のうちに、
高速でもぐもぐしていた。
しょうがないので、ザーグは言った。
「ポンザレ、見ての通りここには既に5本分のもも肉が来てるんだ。
お前が食べなければ、他の誰も食べない。さらにはだ、
俺達は依頼を無事に終えることができて、とても気分がいい。
この気分の良さを分かち合いたいって思っているのに、
それを食べないとなると…、ちょっと気分が悪くなってしまうなぁ…。」
「…はい、いただきます!」
ここからポンザレは、少しの間…記憶が飛んだ。
甘い…とびでる…辛い…瑞々しい…コク…はじける…熱い…香ばしい…
刺激的…しょっぱい…踊る…ほどける…まろやか…、
今までに経験したことのない情報が多層的に、
圧倒的なボリュームで、口の中を駆け回っていく。
ポンザレの口の中は、味と旨みの風が吹き荒れ、ポンザレ自身も
料理を食べまくる一個の台風となっていた。
ポンザレはいつの間にか食べながら泣いていたが、
そんな自分の状態に気が付いてすらいなかった。
ポンザレ以外のメンバーは、思いつくままに次々と注文をし、
さらに様々な料理が机に並んでは消えていく。
◇
食卓の嵐は過ぎ去り、皆がお腹をさすっていた。
「俺達はな、依頼が終わって街に帰ってきて、次の日になって
落ち着いたら、こうやってバカ食いをするんだ。
依頼の報告も終わって、身も綺麗にして終わらせてから…、
食べる!…だから、余計に美味い!
生きていることの感謝の気持ちも、こう、すごい湧き上がってくるんだ。
そう感じないか?ポンザレ。」
「はぁ…なんかもうおいら、何が起こったかわからない感じですー。」
噛みあってない会話に、マルトー、ミラ、ビリームが微笑む。
「…ザーグは、ポンザレに対しては説教臭い。」
ミラがニヤニヤしながらボソッと小声で指摘すると、
ザーグはポンザレを親指で指しながら答える。
「しょうがないだろ、こいつは放っておけない感じがするんだ。」
「…でも、今日誘ってもらえたのが、ここでよかったですー。
おいら、冒険者用の酒場だったら、やっぱり断ろうと思ってたんです。」
「ふむ。それは何故ですか?ポンザレ少年。」
真っ赤な顔のポンザレの言葉をビリームが受ける。
「いえ、なんかおいら、冒険者酒場だと、緊張するというか、
申し訳ないというか…なんだか悪い気がして食べるの気が引けます。
いつかはあそこで食べたいと思ってたんですけど、やっぱり横で
お腹空かして寝ている人がいるのは、嫌なんです。」
一瞬の間があってから、ザーグ達が顔を見合わせる。
「な、こいつ、おせっかいして正解だっただろ?」
「ええ、本当ですね。」
「私達と同じ。」
ザーグの問いにミラとビリームが答える。
「ポンザレ、あんた…大事な部分ちゃんと持ってるね。
普通は、街に来たら早々に冒険者になっちまうもんさ。
賃金が上がるからね。
で、すぐに冒険者酒場で飲み食いをするのさ。
実際、冒険者酒場は他の所より安いしね。
そして、隣でひもじくて寝ている人がいることも、
少し前の自分もそうだったことも皆…忘れちゃうのさ。」
マルトーが金髪をかきあげながら寂しそうに言う。
「その気持ちを忘れずにいれる奴ぁ、実は伸びるんだ。
チームを組んだら仲間が何を考えているか、
敵がいる時は、その敵が何を考えているのかを考える、思うことが
できるからな。ただでさえ冒険者は恨みを買いやすい、
だがそういう気持ちを持っていれば、余計な恨みを買わないように動ける。」
「…実力のある冒険者で、あそこで飲み食いしている人はいない。」
ポンザレはなんだか嬉しくなった。
特に何ができるという訳でもない自分だが
一流の冒険者と通ずる気持ちをもっていると言われたのだ。
夢にまで見たご馳走、体のポカポカするお酒、命の恩人で尊敬する人達…
ポンザレの幸せな気分はまだまだ続く。