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【99】ポンザレ達は〔魔器〕と共に戦う



《邪魔された》《許さない》《大きいからだ》《消された》《にんげん》

《吸わなきゃ》《ひと》《笑顔に》《じゃました》《敵》《憎い》《吸いたい》

《吸わせて》《消す》《許さない》《敵だ》《強い力》《吸うのに》《邪魔》

《けす》《じゃま》《敵》《どれ》《魔力》《強いの》《先に》…



薄れてきた光の霧の中、破れた石畳のあちらこちらから、

黒い泥が染み出していた。ごぼごぼと耳障りな音を立てて、

溢れ出した泥は、やがて一つに集まり大きな獣となった。


それは神話の悪獣そのものだった。

街を覆っていた巨大な獣とも異なる、おぞましい姿だった。



二階建ての家屋よりも、さらに頭一つ分抜け出た体は、光を全く反射せず、

真っ黒な影がそのまま立ちあがっているかのように見える。

胴体から伸びた六本の脚は、獣脚や鳥足と、種類も位置も長さも

ばらばらで、その先には長く鋭い爪がついていた。

頭部に無数についている丸い目のようなものは、どれもが鈍く赤く光っており、

長い鼻づらと、その下で真一文字に裂けた口には、牙と歯が入り混じって

不揃いに生えている。

見ているだけで不安を掻き立てられ叫びだしたくなるような悪夢の獣がいた。








始めに動いたのは悪獣だった。


剣を抜いて構えたばかりのザーグに突進を仕掛けた。

その大きな体躯での突進は簡単に避けられるものではなかったが、

そこは当代一の冒険者であり幾度なく死線をくぐりぬけたザーグだ。

自ら後ろにジャンプして突進の勢いを下げつつも、吹き飛ばされるが、

空中で器用に体を捻って、傷を負うことなく着地する。


「らぁっ!」


着地と同時に、ザーグは黄金爆裂剣を突き上げて炎の渦を撃ち出した。

螺旋をかいた炎を、悪獣は背中から分厚い翼のような膜を生やして防ぐ。

激しい勢いで炎がぶつかり、周囲に乾いた泥がバラバラと飛び散ったが、

悪獣は全くダメージを受けていなかった。

ザーグは、悪獣の膜がぬらぬらと黒く濡れていることに気がついた。



「っち。俺の剣に対応してきやがった。」



「では、こちらはどうですかっ!」



ビリームが猛烈な勢いで突っ込んでいき、悪獣の脚にメイスを振るう。

みなぎる力のメイスでビリームの力や身体能力は大きく上がっており、

さらに義足で踏み込んだ際の破砕力は比類なき威力になる。



ゴギッィィンンン……



悪獣の脚は、メイスが当たった瞬間、鉱石のような虹色の光を

浮かべた物質に変化すると、硬質な響きとともにメイスを弾き返した。



「ぬぅっ!」



「じゃあ、これはどうだい!?」



雷を帯びた二本の矢が、大きく弧をかいて悪獣に向かう。

マルトーの狙いは悪獣の頭部と腰だ。それぞれ別の方角から曲げて飛ばし、

どのように避ける動作を取ろうとも当たるように計算して射っている。

どれだけ素早く動こうが図体の大きさで必ず当たると踏んでいた。



「な、なにっ!?」



悪獣は、その体の途中から、上半身と下半身をそれぞれ逆方向にねじり、

二つに分裂して矢を避けた。矢を避け終えると合体して再び一つに戻る。



「ふっ!」



そこに気配を消して接近したポンザレが光の槍を突きこんだ。

悪獣は六本の脚を奇怪に動かして跳ねて避け、距離をとった。


「まだですっ!」


ポンザレは突き入れた体勢のまま、槍の穂から光の霧を

前方に向かって噴射するが、悪獣は大きく口を開いて、

生臭い風を凄まじい勢いで吐き出して、霧を消し飛ばした。




《知ってる》《無駄》《吸わせて》《敵》《炎》《消す》《剣》《邪魔》

《濡れる》《知ってる》《叩いてくる》《ひと》《硬い》《殺そう》《はじく》

《笑顔にする》《いなくなる》《返す》《怖くない》《知ってる》《弓矢》《邪魔》

《体》《別れる》《避ける》《邪魔》《当たらない》《吸いたい》《のろま》

《知ってる》《吸いたい》《槍》《避ける》《霧》《邪魔》《息》《消す》《吐く》



悪獣の思念からは、ザーグ達の攻撃は効かないと伝わってくる。

思念に含まれた、陰湿さを感じる笑いのような感情が、

ザーグ達の神経を逆なでさせる。



「っち、やりづらい野郎だ。だが…、やるしかねえな。」








近接武器の三人で別方向から同時に仕掛ける、

黄金剣で地面を爆裂させてつぶてを飛ばしながら斬りかかる、

霧を煙幕にして矢を飛ばす…

ザーグ達は合図もなく、その場で様々な連携攻撃を編み出して攻撃した。


だが悪獣は、でたらめな足運びで、飛び、跳ね、分裂し、合体し、

その全ての攻撃を避け、防いだ。


さらには悪獣も、爪で、牙で、脚で…攻撃を仕掛けてきた。

しかも、それぞれの部分が悪獣の体のあらゆるところから生えては消える。

避けたと思っても、脚の先からさらに脚が生えて…など、その変幻自在な攻撃に、

ザーグ達は翻弄されていた。

ここまで致命傷を受けていないのは奇跡としか言いようがなかった。



周囲では、意識を回復した冒険者達が拳を握り締め、

固唾を飲んでザーグ達を見守っていた。






互いに決定打がない状態が少しの間続いたが、

悪獣は苛立ってきたのか、全身に硬質の棘を生やすと、

全方位に向けて射出した。

三角錐上の切っ先の鋭くとがった棘は、空気を切り裂いて飛んでいく。



ザーグ達はもちろん、周囲の冒険者達も問題なく避けるが、

棘の当たった石畳や家屋の壁は大きく抉れ、崩れている。

当たれば大怪我どころか絶命しかねない恐ろしい攻撃だった。



「くそっ、あれもこれも仕掛けてきやがって!」



打開策のいまだ見えない状況に、棘の攻撃も増え、

ザーグ達の精神は削られていく一方だった。




そして、それは三度目の射出の時に起こった。




「危ないですっ!」



突然ポンザレが、慌てて撃ち出された棘を槍で叩き落した。

その先には、硬直して固まる住人の姿があった。

意識を回復した住人達は、逃げることもできずに、

周囲の冒険者達と同じようにザーグ達を見守っていた。

ポンザレが棘を落としていなかったら、数人が串刺しになっていただろう。




《なぜ》《止まらない》《まだ》《動いてる》《邪魔》《しつこい》《見つけた》

《見つけた》《見つけた》《あっち》《いる》《弱そうなの》《かばった》

《さきに》《わかれる》《よわいの》《吸いたい》《殺す》《動かなくする》

《消せる》《動き》《とめる》《見つけた》《わかった》《たくさん》《ばらばら》…



悪獣は、全身をぶるりと震わせ、今度は棘ではなく大きな泥の塊を

全身から生み落とした。泥の塊は、むくむくと形を変え、小さな悪獣の姿となった。

異なるのは頭部の赤い目が無数ではなく一つになっているくらいだった。


その小さな悪獣は、形容しがたい奇妙な鳴き声を上げると不格好に走り出し、

ザーグ達以外の冒険者や住人達のもとへと走り始めた。



「ぬぅ!これは、まずいですねっ!」


ビリームが小さい悪獣をつぶそうと走りはじめようとしたが、

悪獣本体がその前に回り込み、行かせまいとする。

ポンザレも光の霧を吹きださせたが、やはり悪獣の風で吹き飛ばされる。



「ポンザレッ!」


エルノアの鋭い声が、空に響く。


「はいっ!お願いしますっ!」


ポンザレは左手を握り、体の前に突き出した。

その薬指の指輪を強く輝くと、そこから何十本もの緑の光が、

周囲の冒険者達の持つ全ての武器へと飛んだ。




「こ、これは!?」


「な、なにがっ!?」


「私の弓がっ!」


「俺の槍がっ!?」


「お、俺の剣が光ってるぞっ!」




この光をザーグ達は知っている。以前に自分達の〔魔器〕の力を上げてくれた、

頼もしい光だ。そしてその光が多くの冒険者の武器に宿っている。

それを理解したザーグは、大声で呼び掛ける。



「おい!聞けっ!!お前らの武器は、今、〔魔器〕となった!

お前らの武器で悪獣をやれるぞ!小せえ奴を頼む!戦えない奴を守ってやれ!」


「「「「おう!!!!」」」」



見守るだけしかできず、悔しい思いを募らせていた冒険者達が、

一斉に声を張り上げ、小さな悪獣達と戦い始めた。







ポンザレが今までに出してきた光の霧は、

周囲ではだいぶ薄まっていたが、街のはるか上空で巨大な雲と化していた。

微量に魔力を帯びた雲は、そこに街の中心の光景を映し出していた。


これから夕方に差し掛かろうというする頃合い、

青く霞む大山脈を背景に、白くうっすらと光る大きな雲が浮かび、

そこに血だらけで戦うザーグ、マルトー、ビリームの姿が映る。


この光景は、円環街道のあらゆる街から見えることができた。

不思議なことに、本来見えるような距離にない遠く離れた街からでも、

なぜか見ることができた。


人々は始めは何事かと訝しんでいたが、

すぐに映し出された冒険者と魔物の戦いを興奮して見守るようになった。

中に映っているのが『悪竜殺し』のザーグ達とわかって、

それを周囲に伝えている人間もいた。



ゲトブリバの街でも、ミラやビリームの家族、マグニア、石降りのニーサ、

領主のボンゴール、衛兵や領主達が城壁の上や建物の高い所に上がり

雲を見つめていた。



魔物に襲われ壊滅寸前にまで陥った街、

立て続けの暗殺により治安が悪化し犯罪者が闊歩するようになった街、

水源に毒を入れられ緩やかに滅びようとしていた街、

戦争と内乱により荒み切った街…、

ザーグ達の巡ってきた様々な街の住人が、

この瞬間だけは不安や恐怖や悲しみを忘れて、雲を見ていた。



そしてザーグ達を知るものも、知らないものも…、

気がつけば誰もが声を上げていた。

「がんばれ!」「負けるな!」「勝って!」「お願い!」

小さな声は集まり重なって、やがて、うねりを帯びて大きな流れとなった。






《おいしいの》《うすくなった》《じゃまなの》《まだ》《倒れない》《吸いたい》

《なくなった》《どうして》《わかれた》《小さい》《からだ》《減った》《じゃま》

《にくい》《食べたい》《たおれない》《まだうごく》《どうして》《どうして》《どうして》…



冒険者達の活躍で、小さな悪獣はその数を着実に減らしていた。

苛立ちと疑問と怒りと悲しみと憎しみがごちゃまぜになった悪獣の思念波が、

空間を震わせる。

悪獣本体の動きが止まったのを幸いに、ザーグ達は武器を構えたまま

すかさず話し合った。


「あー、思い出したよ。シュラザッハの話だと、もともと悪獣は大地を〔魔器〕として、

その土地に来た人の悩みや苦しみを吸い取って幸せにする…だったね。」


「そうか、だから吸いたいとか笑顔とか、わけわかんねえこと言ってんのか。」


「ということは地面そのものが、あいつの体なのかも知れません。」


「棘撃っても、小さい悪獣を出しても小さくならねえのは、

減った分を地面から吸い上げてるってことか。」


「そうすると、どう戦えばいいのか…。どうですかポンザレ少年?」


「せめて、あいつの動きを止められねえか?」


「ニルト…、サソリ針は効きそうにないです。相手の存在?魂でしょうか?

何か、そういうのがはっきりしなさすぎて、無理って言っていますー。」


「ふぅ…無理ならしょうがねえな。」


「あたしらの〔魔器〕の中で一番効きそうなのは、やっぱりあんたの槍かねぇ。

なんとかそこに誘導するように…ってそれができりゃ苦労はしないか。」


ザーグ達は、息を整えながらも普通に会話をしているが、

目の下の隈は真っ黒で、全身の傷や汚れもひどく、体力の限界にきていた。



ポンザレは口をもぐりとさせながら考えていたが、

唐突に空中に声を投げた。


「エルノアさん、ザーグさん達の〔魔器〕にもっと力をわけることって

できそうでしょうかー?」


エルノアの返事が空に響く。


「はい、大丈夫です。ただ、あまりにも力を与えすぎると、

器の方がもたなくなる可能性もあります。数回も使えば

砕けてしまうかもしれません。」


「ありがとうございますー。皆さんの〔魔器〕…それでもよければ、

…おいら作戦たてました。」



ポンザレは、手短に考えた作戦を説明する。

ザーグ達は聞き終えると、反論もせず賛成を告げた。


「よし、わかった。」


「いいでしょう。タイミングはこちらでとります。」


「あたしもだよ。絶対に外さない。」


「ふっ…お前の立てた作戦で、俺達が動く。ははっ、悪くないな。」


「全くだよ、ポンザレ。あんた、いい男になったね。」


「ありがとうございますー。」


ポンザレは、照れくさそうに人指し指で鼻の下を擦ると、

再び声を投げた。


「エルノアさん、お願いします!」


「はい!」


指輪から四本の激しい光が、ザーグの黄金爆裂剣に、

ビリームのみなぎる力のメイスと小手、義足の鎧の脚に、

マルトーの愛弓ナシートリーフ、そしてマルトーが着けていたミラの眼帯へと飛ぶ。


もともと超がつくほどの強力な〔魔器〕で、

普段から大きな力が内在しているのを感じていたザーグ達だったが、

そこにさらに力が上乗せされているのが、はっきりとわかった。



「よし、いくぞ!」



今一度手にした〔魔器〕を見やると、

ザーグ達は最期の攻撃を仕掛けるべく悪獣と対峙した。




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