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【10】ポンザレと夢のお姉さん



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私は指輪。

身の内に膨大な魔力を宿す、遥か昔に生まれた指輪。


私は今ポンザレと言う少年の左手薬指にいる。

少年の魂から来る波は私にとても気持ちよく響き、

私が永劫とも思える時間、人の世を流れてきたのは、この薬指に

収まるためだったのではないかとすら思える。


私は人間が言う〔魔器〕である。

魔力を宿し、通常では考えられない特殊な効果を発揮する武器や道具。

それらを人間は〔魔器〕と呼ぶ。


一定以上の魔力を宿した〔魔器〕は自我があり、意思を持っている。

意思は道具の用途に沿ったものであることが多い。

剣であれば敵対するものを滅するように、盾であれば所持者を守るように。


私は膨大な魔力を貯めておく〔魔器〕として作られた。

私を生んだ樹海の種族は、何かの時のためにと私を作ったが、

その何かの時は訪れることもなかった。

貯めた魔力で何をしようと考えていたのかも、もはや分からない。

やがて私は、その存在を忘れられた。


そして私は遥かな年月、人の間を流れてきた。

私は自らが何をするのかを探している。


そこで出会ったのがこの少年、ポンザレだ。

気持ちのよい魂の波に加え、少年の持つ素直さや純粋さも好ましい。


…ゆえに私はポンザレを離さないことに決めた。



私は今、魔力の糸を薬指から刺してゆっくりと伸ばし続けている。

物理的なものではないのだから痛みもなく気づくことはないだろう。

間もなく糸の先端は少年の心臓に到達する。


私はもっと少年と触れあいたいのだ。

魔力の糸はその助けとなる。より交流をすることができるようになるだろう。


少年の行く先に、自らの成すべきことがあるかはわからない。

少年が望むなら、私は私の魔力を使うこともやぶさかではない。

しばらくはこの少年と共に歩んでみよう。



…さぁ、心臓に届いた糸が絡み合い、溶けて一つとなった。




まずは少年に挨拶をしてみよう。

…少年は私をどのように形作るのだろうか。



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お婆ちゃんの話し相手を終えた日の晩。

夕食を終えたポンザレはギルドの中庭に寝っ転がっていた。


衣服はもともとポンザレが着ていた粗布と革ひもでできたものに

着替え済みである。依頼人であるお婆ちゃんの家族からもらった

上等な服(使用人のおさがり)は、とっくに着替えて

大事に畳んで背負い袋の中にしまっている。


背負い袋を枕にしたポンザレは、仰向けの姿勢のまま左手をあげて、

その手を見つめる。

細かい擦り傷がたくさん刻まれて薄汚れた…ふっくらとした自分の手。


その薬指は指輪がついている。何をやっても取れないので、

指輪を外すことはもう諦めている。


全体に丸みを帯びて木目が数本まわるようについた指輪は、

食堂の明かりを柔らかく反射して、ここが私の場所ですよと

主張するかの様に優しく光っていた。


ポンザレは口をもぐもぐさせると、

目を細めて眠りについた。明日もまた仕事がある。





…少年よ。私を感じることができますか?



ポンザレは夢を見ていた。


何もない白い空間に自分がふんわりと浮かんでいる。

空間全体を優しく満たすかのような思念の波が再び押し寄せる。


…私を感じ取れますか?


ポンザレは何度も首を縦に振ってうなずいた。

返事をしようにも、言葉として発することができず

うなずくことしかできない。


…少年よ、初めに私に声を与えなさい。


…声を想像しなさい。願わくば少年にとって心地の良い声を。


ポンザレは素直に、ポンザレなりの好きな声を想像した。


「ふむ…これが私の声なのですね。」


突然、周囲の空間からポンザレの想像したものを、

より洗練させ、より豊かにした声が響く。

優しく透き通った、だがその中にしっとりした落ち着きを含んだ女性の声。

聞いているだけで気持ちのいい、いつまでも聞いていたくなる…そんな声。


ポンザレは無意識に口を高速もぐもぐさせた。

その声に照れくさくなって、落ち着かなくなってしまったのだ。



もぐもぐ


「ふふっ…では少年よ、私の姿を想像しなさい。

願わくば、あなたにとって、良き見た目である様に。」


ポンザレは困ってしまった。ポンザレには理想の女性像はない。

ギルドの受付のお姉さんや、生まれ故郷の村のラパン姉さんが浮かぶが、

そういった実際に存在する人達を想像するのは違うと思ったのだ。


もぐもぐもぐもぐ…


ポンザレは大汗をかいてしまう。


「あせらずともよいのです。思い浮かばなければ、それでも構いません。」



もぐもぐもぐもぐ…



やがてゆっくりとポンザレの目前に、

光の粒子が集まり徐々に人の形となっていった。

最後に大きく光ると、ポンザレの目の前には一人の女性が浮かんでいた。



銀色のゆるくウェーブした長い髪は、光の加減だろうか時折、

若草色に光って見える。白い肌に整った顔立ち。

目は大きいが、目じりが少し下がっているため優しそうな印象である。

唇は厚く口角があがり微笑みをたたえている。


緑の濃淡を巧みに使い分けた仕立てのいいドレスを着ているが

ぴったりとしたラインのため、ほどよいサイズの胸とくびれが

強調されて何とも艶めかしい。


ポンザレは目を大きく見開き、もぐもぐするのも忘れて

ぽかんと口を開けて、その女性を見つめていた。


ポンザレの今までの人生の中で、いやこれからの人生でだって

出会うことのないであろう、ポンザレの何もかもを、それが命であっても

差し出して一切の悔いはないだろうと思える、そんな存在だった。


「ふふ…ずいぶんと私を美しくしてくれましたね。」


「おおお、おいらは、べ、別に…」


「あなたの想いに乗せる形でこの姿にいたしました。あなたから見て、

何か足りない所や直して欲しい所はありますか?」


「あ、あ、ありませんっっ!!」


あるはずがない。どこからどう見ても理想の存在なのだ。

見つめられるだけでポウッと顔が熱くなってくる。

うぉおおって叫びたくなってしまう。そしてそんなポンザレを見ても

お姉さんは柔らかく微笑んでくれるだろう。


荒い鼻息が、フンスッフンスッと出てしまうポンザレ。

女性はその様子を見ながら小さくクックッと笑うと、さらに続ける。


「では最後です。私に名をつけなさい。」


「な、名前ですか?」


「ええ、願わくば…フフッ」



またしてもポンザレは悩み始める。


「ア…サ…ラ…ル…キ…う~~んっ… サ…エ…ト…うむむー…あわわわ」


下を向いてブツブツ言い、頭を上げては女性と目があい、

顔を真っ赤にして下を向く。


「エ…エラ…エリ…エル、エル、エルナ…エルロ…エルノ…」



下を向いて口をもぐもぐさせていたポンザレは、

女性の目を正面から見ながら言った。


「あの…え、エルノアさんでどうですか?」


少しの間があって女性は答える。


「エルノア…素敵な名前をありがとう。少年…ではなく、

私もポンザレと呼びましょう。」


「い、いえ、気に入ってもらえたら、あの、はい…」


「ポンザレ、もう一度私の名前を呼んでください」


「は、はい、…エルノアさん」


女性は目を閉じて、つけられた名前を味わうかのように息を深く吸う。

少しの間があって、エルノアは目をゆっくりと開いて言った。


「ありがとうポンザレ、それでは今日はこのくらいにしておきましょう。

またこうして夢の中で会えるでしょう。」


「…はい!ありがとうございます!」


ポンザレは、背筋を伸ばして勢いよく返事をした。

エルノアの身体は光の粒子となって空間に溶けていき、

その空間も暗くなりポンザレの意識はそこで途絶えた。




朝の鐘が鳴る前に、ポンザレはとても幸せな気分で目を覚ました。

何か良い夢でも見ていた気がするが、残念なことに何一つ覚えていなかった。


ギルドの中庭は大勢の人間が横になって寝ているが、今日に限っては

ポンザレの周りには誰もいなかった。夜中にブツブツ、ニヤニヤ、

ウフフ、ウーンウーン、ウフフ…とうるさく、

気味が悪くて周囲の人達がポンザレを避けたからだ。



ポンザレはふわぁと欠伸をして、腕や肩を伸ばしていく。

パキパキと小気味のいい音が鳴り、固くなった体がほぐれていく。


ふと左手を見てポンザレは驚いた。

左手薬指の木の指輪に…小さな新芽がついていた。


(…なにこれ!?…いつの間に出てきたの?新芽?育つのこれ?

養分?…もしかしておいらが養分?)


慌ててポンザレは指輪をはずそうとするが、

相変わらずはずれる様子は全くなかった。


新芽は若緑で表面もぷるぷるして柔らかそうに見えたが

触ってみると木の様に堅くしっかりと指輪の曲線にそってついていた。

その新芽も落ち着いて改めて見るとかわいらしく思えてくる。



結局どうあっても指輪はとれず、自分の体にも異常はなさそうと

わかるとポンザレはすっぱりと諦めた。


ポンザレは今日の仕事の依頼を受けるべく立ちあがった。

なぜか心も体も軽い。ポンザレはスキップでギルドの受付へと

向かうのだった。

ようやくお姉さんが登場です。

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