【1】ポンザレ、村を出る
初作品です。文章書くのって難しいですね。
よろしくお願いいたします。
本日中に一話から八話まで一時間ごとにアップします。
それ以降はニ~三日に一話アップする予定です。
現在三十話までストックがあります。
三十話以降の更新は、週一を目標にがんばります。
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私は指輪。
意思を持つ指輪。
身の内に膨大な魔力を宿し、朽ちることのない私は
長い長い時を生き、人の世を流れている。
人の世を流れながら私はいつもただ一つのことを考えていた。
私は、何をなすべきなのか。
…だがどれだけ考えてもわからなかった。
道具が意思を持つならば、
その意思は道具の在り様によって決まるだろう。
私が剣であれば。盾であれば。
何度もそう考えた。
私は指輪だ。
そして私は、何かの時のためにと、
膨大な魔力を宿すものとして作られた。
何かの時とは何だったのだろうか。
作った人間も、その仲間もいなくなり、ただ私だけが残った。
多くの人間が私を手にした。
けれども、どれだけ多くの人間の手に持たれても
私が求める答えはなかった。
私を手にした人間も、私には何も期待していなかった。
私は魔力を宿すだけ。何かが特別にできるわけではないのだから。
私はいい加減、人の世を流れることも嫌になっていた。
私が求めるものはないのだ、私に何かをくれる人間もいない。
…そう思い続けていた日々が一変した。
あの日、少年のふっくらとした指に私がはまった時、
私は光を感じた。
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涼しげな風がさらりと吹きぬけ、
少年のゆるくウェーブのかかった栗色の髪を揺らす。
少年は丘の中ほどに腰を落としていた。
薄汚れた粗い布の服を押し上げる腹や、頬から顎にかけてのライン、
ふっくらとした手が、少年の体型がぽっちゃりとしていることを現している。
何かを食べているのだろうか、少年の口はもぐもぐと動き続けている。
ブラウンの瞳に映るのは、少年の生まれ育った村だ。
小さな広場を中心に二十軒ほどの粗末な木造の家が建ち並び、
腰ほどの高さの木の柵で家々は囲われている。
村を取り巻くように並んでいるのは、森を切り拓いて作られた畑で、
その畑も同じような木の柵で囲われ獣の侵入を防いでいる。
少年の座る丘と村以外は延々と森が続き、その少し先に目線を上げると
青く険しい山脈がそびえたっている。
村を見つめながら、少年はため息をついてつぶやく。
「ふぅ…。おいら、どうすればいいんだろう…。」
少年の名はポンザレという。
◇
水色の体をした、角や鋭い爪・翼を持たない荷竜と
呼ばれる四脚の竜がいる。成人男性の胸ほどの体高で、大人しく力もあるので
荷車を引くのに適しているとされ、古くより家畜化された竜だ。
その荷竜が引く車は、竜車または荷竜車という。
荷竜車は人が歩く二倍以上の早さで、重く大きな荷物を運ぶことができるため、
移動、輸送手段として人々の生活を支えている。
街同士をつなげる街道から、その荷竜で五日、人の足なら十日以上かかる
辺境にポンザレの生まれ育った村はあった。
大山脈の麓の森林を開拓して作られた、どこにでもある辺境の村。
自然は厳しく、畑の収穫物もたいして多くない辺境の村は貧しく
生きていくだけで精一杯だ。
数十人の村人は老若男女問わず、一年に一度の収穫祭の日以外は、
だいたいお腹を空かしている
村には子供が大勢おり、村人の四分の一は子供である。
厳しい自然や魔物によって命を落とす村人も少なくないため、
必然的に辺境の村は子供が多くなる。そして子供は大事な労働力でもあった。
ポンザレの家も子供は七人もおり、ポンザレは三男だった。
下には四人の姉弟がいる。だが兄妹の扱いは同じではない。
食事を含む生活面の全てにおいて、家を継ぐ役割の長男は優遇される。
続いて次男も多少は優遇される。長男に何かあった時のスペアとしての役割と、開拓した新しい畑がある場合は、そちらを継がせるからだ。
だが三男以下は扱いが粗かった。出される食事の量も少なければ、
遊ぶ暇などない程に日々働かされる。
ポンザレも日々畑作業を手伝わされていた。
…にも関わらず、なぜかポンザレはぽっちゃりしていた。
力も筋肉もあるのだが、お腹はぽよっと膨らみ、頬もぽやっとぷるっとしている。
もし小綺麗な服を着れば、どこか裕福な商人の甘やかされて育った坊ちゃんに
見えるであろう。
ポンザレにつけられたあだ名は《ふとっちょ坊主》《玉のポンザレ》
《素早い小デブ》(実際、ぽっちゃりの割にはよく動けた)であったが、
本人が何も食べてないのに、よく口をもぐもぐしている所から
《もぐもぐ》《もぐポン》と呼ばれることが多かった。
ポンザレがもぐもぐしている理由は、お腹が減っている時に、
もぐもぐと口を動かすことで出る唾を飲むことで空腹が
まぎれるからという寂しいものであった。それがポンザレの癖になって、
今ではいつでももぐもぐとさせている。
◇
ポンザレには目の前に迫った一つの問題があった。
それは、“三男以下の男子は十四歳になると村を出ていく決まり”だった。
身体も大きくなって成人を迎える男性は食い扶持を自分で
稼がないとならない。女の子であれば隣村(歩いても三日以上かかる)
などへ嫁ぐことになるが、ポンザレは男子だったので村を出る以外の
選択肢はなかった。
たいがいの場合、村を追い出された男子は、運が良ければ街へとたどり着き
日雇いをしたりして生きているのが常だった。
運が悪い場合は、街に着く前に飢えて死ぬか、魔物や盗賊に襲われる。
口をもぐもぐさせながらポンザレは翌日に迫った旅立ちについて、
今日何度目かのため息をついていた。
「はぁ。今まで隣の村に何回か行ったくらいで、いきなり出て行けって言われてもなぁ。」
ちなみに、もし隣の村に行ったとしても、追い出されるのがオチである。
辺境の村の事情はどこも同じである。
もぐもぐ。
「はぁ。おいらが剣とか魔法とか使えたら冒険者になれるんだけどなぁ。」
村には、冒険者と呼ばれる人間も来たことがあるが、余計な知恵などを
つけてほしくない大人たちは、子供と触れあうことを良しとしなかった。
そのため、村の子供達は冒険者が何をしているかは知らない。
冒険者という名前から、悪い魔物と戦ったりしながら冒険するんだろう…
とだけ考えて漠然とした憧れを持つだけだった。
従ってポンザレのこの独り言も、想像の伴わない単なる愚痴でしかない。
そもそもポンザレは剣などを習ったこともない。
日々のほとんどを占めるのは農作業で剣を習う暇などないし、
教える人間もいない。魔法にいたってはもっとで、
ポンザレは生まれてこの方、おとぎ話の中でしか魔法を使える人間を
知らなかった。
もぐもぐ。
「そもそも、街までって何日かかるんだっけ…。」
徒歩であれば十日ほど小道を進めば街道にぶつかり、
そこから数日で街に着く。
…どう考えても、のたれ死ぬ確率は限りなくは高かった。
「はぁぁ~~。」
どれだけため息をつこうとも、結局出ていくしかないのだ。
せめて街にたどり着ける分くらいの食糧をもらえないかな…と
ポンザレは思うが、家にそんな余裕がないことも知っているので
無理は言えなかった。
ポンザレは考えるのを止めて、草の上にゴロリと横になった。
澄んだ青い空に真っ白な雲がぷかりと浮かび、気持ちのいい風が
吹き抜けていく。
重たい気分をどこまでも小馬鹿にするような陽気だった。
◇
「もーぐもぐっ!また、もぐもぐしてるの?」
ふいにポンザレを呼ぶ声がする。
村の二件隣の家に住むラパンである。ポンザレよりも二つ年上で
来年には隣村に嫁ぐことが決まっている。面倒見のいいお姉さんで、
三男坊のポンザレにも優しく接してくれ、たまに食べ物をくれたりと、
何かと世話をやいてくれていた。
「あーラパン姉ちゃんー。」
少し頬を赤くしながらポンザレは返事をする。
「もぐもぐさー、明日には村を出ていくんだろう?」
「うん、しょうがないですー…。」
「そうか…もぐもぐがいなくなるのは寂しいね。」
「街についたら仕事もあるし、村よりかは暮らしていけそうですー。」
やや間があってからラパンが答える。
「…そうだね、もぐもぐだったら、なんだかんだで上手くやれちゃうよ。」
そもそも街に無事につける保証などないことを二人とも知っている。
それでも出ていくしかない現実があり、それを今さら口に出しても
しょうがないのをわかっているから言わないだけだ。
「もぐもぐさ。」
「なんですかー?」
「ちょっとだけ、こっち向いて目を閉じてくれる?」
「はいー。」
ラパンは、目を閉じたポンザレのふくよかな頬を両手でグッとはさむと、
ポンザレに情熱的なキスをした。
「…!??…!!」
突然の出来事にふごふご言いながら、目を白黒させていたポンザレだが
自分の頬に落ちるラパンの涙に気づくと、身体の力を抜いて流れに身を任せた。
ゆっくりと十数えるほどの時間を置いて、ラパンはポンザレを離す。
「あたしは、来年隣村にお嫁に行くからね。あたしね、ポンザレのことちょっといいなって思っていたんだ。だからキスしたの。」
顔を真っ赤にしながら、涙目でポンザレの目を見つめながらラパンは
一気に伝えた。ポンザレは頭がボーッとして何も考えられず
ただ口をもぐもぐとさせていた。
ラパンは、ポンザレがちょっといいなと思っているお姉さんだった。
優しくて可愛くて明るい。ころころ笑う笑顔は太陽のようで、
村の子供達はもちろん、少年や青年、おじさん、おばさん…
皆から人気があった。
だが三男であるポンザレにチャンスは全くない。
同じ村で結婚するにしても長男以外は挑戦権すらないのだ。
そもそも村人同士の結婚は、血が濃くなるという理由から
あまり認められていなかった。ゆえにラパンは来年、嫁に行く。
「あたし、明日は見送りしないからね。生きてがんばりなよっ!」
そう言って走り去るラパンを見つめてポンザレはつぶやいた。
「ラパン姉ちゃん…今言われてもおいらどうしようもないですー…。」
◇
日が明けて、旅立ちの時が来た。
村の入り口で、ポンザレは家族や村人に見守られていた。
数日分の食糧と小さなボロ鍋、皮の水筒、服と厚手のマント、ナイフ・紐・火付け石・岩塩などの小物必需品…それらが入ったぼろ布で粗く縫われた背負い式の袋を背負っている。手には堅い木でできた杖を持っている。
「じゃあ、行くですー。」
「ああ。」
ポンザレが父に挨拶し、父も一言だけ返す。
父の目にはいかなる感情も浮かんでいなかった。
村人達も同様の反応である。何かを期待していたわけではないが、
ポンザレは少し悲しくなって口をもぐもぐっとさせる。
ポンザレは素直で人がいい。
悲しい気持ちにはなったが、両親や村を恨む気持ちはなかった。
ただ…しょうがないのだ。そういうものなのだ。
そう理解した。
それ以上は、もう言うこともなく
ポンザレはくるりと踵を返すと、振り返ることなく歩き始めた。
(数日分だけでも食糧もらえてよかったなぁー。)
(行けるところまで歩いてみようー。)
こうして、ポンザレは村を旅立った。