傭兵の日常 3
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硬貨の詰まった革袋と機嫌悪そうに眉に皺を寄せて溜め息を漏らす女。料理屋には似つかわしくない組み合わせである。
「なんだそのしかめっ面は。料理が不味くなるぞ」
ちなみに注文は済ませたが、料理はまだ来ていない。
「先にこれだけの金を渡されれば、どんな情報屋も警戒するわよ」
「しかもこんなに大金を……」
小金貨が十枚で大金貨。それが七枚。小金貨が一枚あれば、季節が一周するくらい庶民が暮らせる。
「安心しろ。それはただの道具であって報酬じゃない」
「どちらにしろ危ない話なんでしょ?」
まわりを気にしながら、二人だけにしか聞こえないような声で言う。
「結社の関係ならお断りよ」
そういえば、結社に関わって痛い目をあったとか言ってたな。
「もっと簡単な仕事だ」
ちらりと遠目に店の人間と目が合う。
「詳しくは料理を楽しみながらにしよう」
「お待たせにゃ~ん」
刹那、見慣れた店の人間がテーブル横に現れ、ひょいひょいと料理を並べる。
「カゲちゃん、今日も素早いな」
「ありがとにゃん、リグル。はやいことは良いことなのにゃん! でも、ゆっくりしていくにゃん!」
少し特徴的な喋り方をするカゲちゃんは、この店のウェイトレスとして有名だ。食事処ユーリンには、カゲちゃんと会うために店の常連になった者もいるという。
「どうしたにゃん?」
「いや、なんでも」
「じゃ、もう行くにゃ~ん」
手を降ったかと思えば、スタスタと厨房前に帰っていく。ユーリンの常連は、ああいう姿を愛らしいと思うのだろう。
「ああ、ここは俺の奢りでいい」
情報屋の女は少し訝しげな表情を見せたが、しばらくして料理に手をつけ始めた。
「――――っ。とても美味しいわ」
「だろ。あんたは食通だって聞いてたから、この良さがわかると思ったんだよ」
話しながらと思っていたが、彼女は料理に夢中で聞こえていないようなので、その後は黙って料理を楽しんだ。
「で、仕事の話だが」
追加で注文した料理を食べ終わった女に切り出す。
「簡単に言えば、俺が留守にしている間、もしルルア・ダッチナイがお前を訪ねてきたら、その金を全部渡して伝言を伝えてくれ」
「それだけ?」
「お前が気をつけるべきことは、金を持ち逃げしないこと、詮索しないこと、それだけだ。報酬は交易紙幣の白で五枚。」
大金貨七枚は一般的に見れば、非常に高額だ。持ち逃げされてはかなわない。
「とてもいい条件だけど……貴方、誰の紹介で私に?」
「誰の紹介ってわけでもない。俺もそこらを食べ歩くのが趣味のひとつだからな。似たやつがいるっていうから調べてみたら、あんただったってわけだよ」
聞きながら口を軽く拭った布を丸める。
「そうだとしても、私を選んだ理由は?」
「そのうちわかる……しかし、詮索がすぎるぞ情報屋」
確かにそうかも知れない。詮索は情報屋としては正しくない。
「ようは俺を信用するかしないかだ。簡単なことだぞ、ブリス・ライルカット」
普段名乗らないフルネームを言われて少し驚いたが、しばらく考えて答えにたどり着く。
「貴方、リグル・ライモル?」
男が口角を少し釣り上げる。
「あぁそうだ。リグルと呼んでくれ」
「なら、ハンクラナさんの紹介ね……いいわ、貴方の依頼を受ける」
メル・ハンクラナの紹介なら、彼は信用できる。いや、信用せざるを得ない。それに、彼がリグル・ライモルだというのなら、受けざるを得ない。
「よし。残りの詳しい話はカッツァルって宿屋の主人に聞いてくれ。さてと……カゲちゃん」
「はいにゃん。お会計にゃん?」
最初からそこに居たかのように現れる店員。
「どこから聞いてた」
「お会計じゃないのかにゃん?」
このウェイトレス、しらばっくれるつもりか。
「じゃあ会計で……はい銀貨」
「うちはそんな高級店じゃないにゃん……あ、チップにゃん!?」
あざといウェイトレスが、目をきらきらさせてそんなことを言う。
「残った分はチップでいいから、聞いたことは誰にも言わないようにしてくれ」
「わ~かったにゃ~ん」
やっぱり聞いてたか。