傭兵の日常 2
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アルテカ傭兵団団長ダリオ・ダッチナイと同団副団長ルルア・ダッチナイの訪問のすぐ後、二人を宿の入り口まで見送ったメルが戻ってきた――――何か言いたそうな雰囲気を醸し出して。
女傭兵メル・ハンクラナは実力者という以外にもう一つ。その人目を惹く容姿も彼女という存在を広めた原因であろう。
多くが認める整った顔立、肩より少し長く切り揃えられた綺麗な黒髪、その容姿は富豪の令嬢と言われても疑う余地はない。
「どうかしたか?」
無言のまま対面の位置にメルが座り、顔を上げて何か言いたそうな雰囲気を醸し出す。しかし絵に書いたもののように表情が全く動かない。
「私の獲物をなぜ彼らに任せたのですか」
メルの言う獲物とは魔物どものことだ。こういう価値観と話してると忘れそうになるが、このリャスカで魔物のことを獲物と呼ぶのはこいつくらいなものだが。
「魔物を獲物と呼ぶのはやめろ」
「グリフォンの肉は高く売れるそうです。もっとも、彼らがあれを討伐できなければ、それも手に入りません。私がいけば一瞬で終わります」
喋り出すと少しは表情が読めるようになる。しかし読まなくても、今回のことが不満なことがひしひし伝わってくる。
「俺に協力する約束だろ?」
「私に協力する約束のはずです」
ややこしい話であるが、この主張は互いに正しい。俺が協力する代わり、彼女は俺に協力する。メルとはそういう約束なのだ。
「きちんと埋め合わせする。依頼がどうなるか心配なら、隠れてついて行ってもいいぞ」
「私が手を出しても?」
落ち着いた口調で言っているが、随分とご立腹な様子……目が本気だ。
「隠れての意味わかってるか? また魔法教えてやるから今回は――」
「――わかりました」
この即答がいつもの流れである。
そのうちに教えられる魔法が無くなりそうだ。
日々商人で溢れ返る共和国首都。今日も首都を東西に分断するメインストリートでは、絶えず人が流れ続けている。そんなよく晴れた空の下、喧騒の中で不思議な静けさを感じていた。
「しかし、ルルア。あのフザけた男は本当に気にするほどか?」
「団長は、あの男に何も思いませんでしたか」
きっとこの喧騒を異様に静かに感じるのは、ある種の圧力から開放されたからだ。
「顔の見えない奴だったとは思う。だが、上に立つ人間が持ってる雰囲気ってやつがない。噂とは随分と違ってたな」
ここ数年、巷で囁かれる噂。リャスカでのリグル・ライモルという傭兵の評判。
曰く、優れた知識と知恵、それを活用した数多の魔法を使う、類稀な才能を持つ魔法師。
「情報屋はあの男について、何か言ってなかったのか」
「リャスカで傭兵として活動を始めて6年。それ以前の経歴は一切が不明。魔法師または魔術師としての実力は未知数ですが、少なくとも傭兵を生業とする必要はない実力。あぁ、ついでに年齢不詳だそうです」
ライモルの作る魔法薬や魔道具は文句のつけようのないほどの評判だ。アルテカ傭兵団でも愛用者は少なくない。
「それで、お前個人の意見は」
「正直に言えば、気味が悪い、と思いました」
少し前を歩いていたダリオが歩調を緩める。
「どういうことだ」
「言動、思想、振る舞い。どれをとってもフザけた男です。しかしそれにしては、あまりに存在感がなさすぎます」
ライモルのような普通ではない態度は目につく。では、それが気にならないのはどんな時か。
「全て計算だとでも言うのか?」
「まさか。ただ、思った以上の切れ者かもしれないというだけです」
口ではそう言いながらも、頭ではつい考えてしまっていた。あの行動が全て計算の上なんだとしたら。それが一体どこに向かうための計算なのか。
どんなに小さな深く考え、誤った選択をしないようにする。
アルテカ傭兵団という大きな傭兵団で副団長の役目を担う彼女。ルルア・ダッチナイが堅く信じて守っているものである。
その彼女が、深く考えることを諦めた――――得体の知れないものに触れた気がして。