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Episode.8:狂い踊る悪夢の春

 次の朝、健人は息苦しさで目が覚めた。何かにのしかかられている、そんな感覚が体に広がっている。その感覚の大元を探ろうと、目をこすって起き上がろうとした。しかし、問題の大元はもっと簡単だったことに健人は起床から十秒以内に認識した。


「うにゃ、地震にゃ…………」


 健人の身体の上で、スズが気持ちよさそうに寝ていたのだ。自分の身体を健人に預けきって、すやすやと寝息を立てていた。


「寝起きに悪いよ、これは……」

「ふにゃ……もう食べられないにゃあ…………」

「ほら、スズ、起きろ。朝だぞ」

「ちがうにゃ…………」


 どうやら寝ぼけているようで、どんなに揺さぶってもスズは起きる気配を見せなかった。


「スズ、もう朝だから起きなさい」

「い〜や〜にゃ〜」


 どうやら、スズは寝起きがとても悪いらしい。しょうがないので、健人は起こそうとすればするほどしがみついてくるスズをたしなめながら、引き剥がそうと努力した。しかし、なかなかスズは起きない。ほとほと困り果てた健人はまた寝直すことに決めた。しかしその願いすらも叶うことは無かった。


「健人、起きろ! そろそろ出ないと日が暮れちまうぞ! ほら、スズは降りろ!」

「にゃお〜」

「鳴いてないで降りろ!」

「触らないでにゃあ! スズはまだ寝たいにゃあ!」

「これは王様に報告するしかないな!」

「起きるからそれはやめてにゃあっ!!」


 健人の身体の上でドタバタ騒ぎが起こっていた。ジェノの声かけ──というより咆哮に近い声で何とか起き上がったスズだが、依然として健人の上からは降りようとしなかった。健人はマウントをとられたまま何もすることが出来なかった。


「スズ、降りてくれないか?」

「にゃお〜」

「にゃお〜じゃなくて、降りて欲しいんだけどな〜」

「なう〜」


 スズは猫らしく鳴くだけで一切降りようとしなかった。しかし──


「にゃっ、何するにゃー!」

「健人を困らせちゃダメだろ〜?」

「スズはあそこが良かったにゃあ!」


 ジェノに軽々と抱き上げられて、健人は何とか解放された。


「はーなーしーてーにゃー!!」

「大丈夫か、健人? 甘えん坊に襲われてたからな?」

「怪我はしてな──

「襲ってないにゃ〜!」


 スズは頬を膨れさせてしょげてしまった。

 傍から見ればとても平和な朝の光景。しかし、スズの背中にくくりつけられている木箱が、否が応でも健人とジェノに現実を見させた。


「さて、今出れば夕暮れ時にはザーツバーグに着くと思う。夕暮れ時だと…………」

「今日はお祭り初日だから開会式があるにゃ!」

「そのイベントは、もしかして」

「王様がお話するにゃ〜」

「…………そうか、なら早く行かないとダメだな〜」


 スズの頭を優しく撫でながら、健人は思考を巡らせていた。

 ────夕暮れ時、恐らく祭りで賑わっているであろうザーツバーグだが、この国の文明の進度ならば必ず街から少し離れた所ならば必ず隙があるはずだ。

 こんな大規模な犯罪をさせるくらいだ。指示者か、その手下が必ず遠目から観察しているはずだ。その人間を捕まえて、口を割らせる事ができれば、状況は少し進展するのではないか?


「スズ、そろそろ行こうか!」

「分かりましたにゃ〜」


 一行はセントパルタンの街を出て、ザーツバーグへと繋がる街道を馬で駆けていた。

 正午過ぎに一度、街道沿いの村に寄って休憩をとった際に、健人はスズの背中の"時計"を確認した。


 残り六時間、健人はそれまでに装置を解除するのが最善の方法と思えた。

 スズには聞かせられない作戦会議をする為、健人はジェノに目で合図を出して立ち上がった。


「スズ、ちょっと飲み物買ってくるね?」

「それじゃあ俺も行くかな」

「ケントもジェノおじさんもずるいにゃ、スズも行くにゃ!!」

「スズはここで荷物を見ててくれないか? お金が盗まれたら大変だろ?」

「分かったにゃ! スズはがんばりますにゃ〜」


 ニコニコしているスズに馬を任せて、二人は少し離れた場所で話し始めた。


「あと六時間で仕掛けは発動します。そうなれば、最低でもスズの身体、場所によっては大惨事になりか───」

「一か八かの大勝負、出てみねぇか?」

「へっ?」


 ジェノの唐突な提案に健人は素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。

そして、二人の間にはしばらくの沈黙があった。聞こえてくるのは、スズが暇を持て余して飛んでいる蝶と楽しそうに戯れる声だけだった。


「それは、どうすればいいんですか!」


 健人は思わずジェノの肩にすがっていた。

 ジェノを見るその目は、絶望の中に一条の光を見つけたかのような眼をしていた。

 ジェノは口角を上げて不敵に笑うと、自身の"計画"を話し始めた。



 健人とジェノが戻ってくると、スズは早く戻ってくるのが待ち遠しかったのか、目を細めて立ち上がった。


「もう、行くにゃ? スズは準備が出来てるにゃ〜」

「スズはお祭りになると嬉しそうだな?」

「お祭りじゃなくても、みんなが撫でてくれるから嬉しいのにゃ〜」


 ジェノにわしわしと撫でられて、スズは終始嬉々とした様子で尻尾を振りながら話していた。

 スズが撫でられるのに満足した様子だったので、一行は村で馬を交代して、夕暮れ時に間に合うようにザーツバーグへ出発した。馬を走らせつつ健人とジェノは辺りを警戒したが、尾行しているような気配は感じられなかった。

 日が沈みかけ始めた頃、一行はザーツバーグに入る荘厳な門にようやく到着した。健人とジェノは、緊張からか表情が固くなっていた。門の前には普段と違い、カルパック帽に花が添えられて、少しおしゃれな女化け猫の警衛兵がいた。


「馬で来た方は市内の馬場に留めてください。武器については警衛兵と中央憲兵、賓客に関しては許可証持参のうえ、銃砲一挺か刀剣一振りまで持ち込み可能です。それ以外は、荷物検査をしますが、よろし────

「待つにゃ、健人は王様の、えっと、えっと、何だったにゃ?」

「えーと、勅令ですか?」

「そうにゃ!ちょくれいを受けてるにゃ!」

「それは大変失礼しました、どうぞ、リリキャットの春の訪れを存分に楽しんでください!」


 警衛兵は先程までの凛とした雰囲気から一転、ふにゃっとした笑顔を見せて門を開けてくれた。


「いつ来ても綺麗な街だにゃ」


 スズは目を輝かせながら、ザーツバーグの街を見回していた。

 ザーツバーグはヴィーナのような華やかさこそないが、整然とした町並みに、歴史を感じるレンガ造りの建物、荘厳さ漂う建築様式からは、リリキャットに住む化け猫達の洗練された美意識すら見て取れる。そうした美しさに、健人は胸を打たれていた。


「…………健人、準備は出来たようだ」

「…………それじゃあ、始めましょうか」


 健人とジェノはスズに聞こえないように言葉を交わして、人ごみに紛れてどこかへ向かった。

 しばらくしてスズはザーツバーグの中央広場、今回のスプリングカーニバルのメイン会場に辿り着いた。


「あっ、王様の馬車にゃ! やった…………あれ、健人とジェノおじさんはどこに行ったにゃ?」


 中央広場に集まる人だかりの最前列を陣取った所で、スズはようやく二人とはぐれた事に気づいた。しかし、周りには人、人、人。二人を探す事など至難の業といえよう。スズは途方に暮れ、翡翠のような瞳に涙を溜めながら、人ごみに戻ろうとした。


「さぁ、みなさん!今年もこの季節がやってきました!今日は歌い、踊り、食べて、飲んで、遊んで!! 春の訪れを祝いましょう!!」


 だが、しかし、進行役の憲兵の声により、スズは動きを止めて、祭りを一人で楽しむ事に決めた。

 その頃、中央広場近くの教会の時計塔には、長身の銀髪の女と猫背の男がいた。猫背の男は双眼鏡を覗き込みどこかを見ていた。


「ミカエル様、"荷物"がキチンとセットされました。今日は春ですが、乾燥しています。この間セントバザール神殿近くで捕獲した者の言う通りですよ」

「ああ、あの時限爆弾とやら、なかなかに使えるな。そして身体に導線作戦も、紐に鉄を混ぜる作戦もな……」

「連中は全く処理せずに来ましたね。しかし、一つだけ不安要素が……」


 猫背の男は双眼鏡から目を離さず、少し声色を変えて脅威について話していた。


「ジェノ=ゴードン少佐、"精鋭三隊"と言われるうちの一つ、西部師団第一重騎兵大隊を率いていた男…………」

「先の五十年戦争、ブリタイン王国との戦いでは、上陸してきた敵軍のうち一個師団を自ら率いる一個分隊で殲滅、撃退したと言われる兵士だったな。だが、奴は重騎兵だ。およそ我等の速さに着いてこられる者ではあるまい」

「そうだと良いのですが……あと三十秒で荷物が起爆します」

「そうか……」


 ミカエルと男はじっとスズの背中を見ていた。二人には三十秒が長く感じられた。とても、長く…………


「おい、既に二分は経っているぞ」

「な、しかし、アレは解除出来ぬはず……」

「…………まさか、な」


 不発という思わぬ結果に男は焦っていたが、ミカエルは何かに合点が行ったようだ。


「加賀谷 健人と言ったな……非常に面白い──ぞっ!!」

「どうなさ──


 ミカエルは不敵な笑みを浮かべながら時計の長針の上に跳躍した。男は喉から血を噴き出させながら倒れた。時計の短針には長い矢が刺さっている。


「この位置にこの角度で矢が飛んできたという事は、時計塔より高い建物、それは城壁の見張り塔しか無い。あの遠さからここまでの正確な射をする弓兵はこの国に一人しかおらぬ…………これは血が滾る! グランドハートの血筋よ、お前の技、見せて貰おう!」


 ミカエルが懐から取り出したのは手榴弾だった。それを中央広場、アレキサンダー王が祝辞を述べている方向に投擲した。順当に行けば四秒あれば、王の足元で炸裂するだろう。

 しかし、炸裂したのは一秒足らずの後、教会の中程に風穴を開けることになった。


「実に面白い…………!!」


 不敵な笑みを崩さず、今度は眉間目がけて飛んできた矢をギリギリで掴み、下へ放り投げた。


「だが、弓兵は遠くから射てこそのもの、接近戦ならば遠く及ぶまい」


 先の爆発でパニックになっているザーツバーグの空に一条の光が吸い込まれるように放たれた。ミカエルが打ち上げた信号弾だ。

 その合図とともに街中で相次いで爆発が起こる。市民のパニックは頂点に達した。


「けんとぉ!! ジェノおじさん!! どこにいるにゃあ!!!」


 それはスズも例外ではなかった。逃げ惑う人々をかき分けながら二人を探す。しかし、あまりにも人が多いため、路地を通って大門に先回りしようとスズは考えた。

 路地は地元住民でない限り、いくら方向感覚の鋭い化け猫といえど迷いやすい為、逃げる人々は少なかった。細くしなやかな脚に力を入れて、風情のある石畳の道を駆けていく。しかし──


「うにゃっ……ふにゃあっ?!」


 足元に強い違和感を感じた時にはもう遅く、スズの身体は一回転して地面に叩きつけられていた。木箱が割れて中身が出てくる。


「ふぎゃっ?! ああ、ごめんなさいにゃ、健人に怒られ……この粘土は何にゃ?」


 時計と繋がっている粘土────火薬をちょいちょいと触っていた。


「高そうな時計だにゃ……にゃにゃ?! 動いてないにゃ!! どうするにゃあ、ご飯が無くなっちゃうにゃ〜」

「たわけ、その時計が動いていようがいまいがお前の飯などない」

「ふにゃっ、なんでそんなこと言うにゃ〜!」


 スズは後ろから発せられた声に、頬を膨らませて抗議した。そこには銀髪に黒いローブを着た女が立っていた。


「だ、誰にゃ!」

「誰でもよい、お前はここで死ね」


 スズが背中の矢袋から矢を抜くよりも早く女のレイピアが抜かれた。しかし、女のレイピアがスズの胸を貫く事はなかった

 その代わり、ミカエルの身体が宙に浮いていた。


「クソッ、誰だ!」


地面に叩きつけられる前に上手く受け身をとり、ミカエルは立ち上がった。その視線の先には────


「遅くなってすまない。大丈夫か?」


 独特な構えをとる健人の姿があった。


「うにぃ、けんとぉ、どこ行ってたにゃあ……」

「とりあえず話は後、とりあえず逃げろ!」

「でも、置いてけないにゃ!!」

「行かないと、死ぬぞ!」

「うにゃっ?! ごめんなさいにゃ〜」


 スズは大門の方へ駆けていった。

 ミカエルは冷酷な眼差しから一転、不敵な笑みを浮かべ、レイピアを構えた。


「友を庇うなど、愚の骨頂、だが、私はそのような醜さが好きだ」


 女はレイピアを持ちつつ低い姿勢、健人は素手ながらも冷静に構えていた。


「さぁ、宴を始めようか……」


 丁度月が雲から顔を出したその刹那、二人は一歩踏み出していた。

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