Episode.7:悪夢の予兆
「で、これはどうするんだ?」
「とりあえずスズから箱を離さないと……」
健人とジェノはスズに聞こえぬように対処策を考えていた。初めはスズと荷物をくくりつけている紐を切るという策を実行しようとしたが、紐に見えたそれは導線だった為、断念せざるを得なかった。
「早くどんな時計か教えてにゃ〜」
「ん、ああ、金色の高そうな時計だよ」
「へぇ〜、見てみたいにゃ〜」
「荷物の届け先の人に見せてもらうまで我慢だぞ?」
むぅ〜、とスズは頬をふくらませて歩き始めた。
しかし、背中に背負っているものがまさか爆弾だなんて言ってしまったら、スズはパニックに陥るのは間違いない。それどころか、恐怖から暴れ始めて爆弾に衝撃でも加わろうものなら────恐ろしい結末が待っている。
「とにかく先を急ぎましょう。届け先の人に聞いてみれば何か分かると思います!」
「そうだにゃ、早くしないと金貨が貰えないかもにゃ!」
「そんな事は無いと思うが、まぁ急がないとな?」
約一名、違う思惑を持ちながら三人はまた歩き始めた。
健人はどうしてスズが爆弾を背負わされることになったのかを考えていた。
「────そういえば、今から行くザーツバーグって結構大きな街なんでしたっけ?」
「ああ、今俺達がいるエイストリア州の中でヴィーナの次に大きい街だ。今の首席政務官殿の出身が確かそこだって聞いたことはあるが……」
「そうですか、そこで何か大きなイベントとかあったりしませんか」
「ううむ、何かあったような気がするが……」
「あっ、スプリングカーニバルがあるにゃ!」
スズの突然の大声に思わず二人は固まった。
「す、スプリングカーニバル?」
「そうにゃ、毎年アプリルの月に春の訪れを祝うためにやるにゃ。王様が毎年来るのにゃ〜」
「それは、ザーツバーグでやってるのか?」
「やってるに────」
「よくやった、スズ!!」
健人はスズの言葉をきっかけに何かを閃いたようで、嬉しそうにスズの頬を手のひらでムニムニしていた。
「ケントまでなんでそんなことするにゃ〜」
「ご褒美だよ、嫌だったら止めるけど?」
「嬉しいからいいにゃ!」
スズは耳をぴょこんと立てて尻尾をゆらりゆらりとさせながら、甘んじて頬をムニムニされていた。いや、甘んじてというよりも積極的にという方が正しいかもしれなかった。
「取り込み中の所すまないが、ケントは何か分かったのか?」
「あっ、ジェノさんすみません。えっと、この荷物がどうしてこんな感じなのか、何となく想像がついたんですよ」
「ほぅ、それは是非聞きたいな」
「分かりました。ですが今は話せません。とりあえず途中の街で宿をとってそこで話します」
「分かった。ここからならセントパルタンが近いな。とりあえずそこに向かうか」
一行は途中の村で馬を借り、夕暮れ時にセントパルタンの街に入った。王都アイネスバーグやヴィーナの荘厳な街並みと違い、芸術性を残しながらどこか牧歌的な雰囲気漂う街だった。
宿に入り、簡単な夕食をとるとスズが困ったような顔で健人の方を向いてもがいていた。
「スズ、どうした?」
「ふ、服が脱げないにゃ…………」
「服が脱げないって、どういう事だ?」
「なんか、紐みたいなのがスズの服に絡まってるにゃ。それを避けて脱ごうとしても出来ないにゃ〜」
そういえばそうだった。スズは嫌そうにモジモジしていた。健人はスズを優しく撫でながら、宥めていた。
「そのまま寝るのも大変だもんな、どうする?」
「うつ伏せになって寝るしかないにゃ……でもいやだにゃ〜」
「でも、しょうがないよなぁ。スズ、荷物を届けるまでは我慢してくれないか?」
「にゃう〜、分かったにゃケントの言うことだから聞くのにゃ〜」
スズは肩を落としながらベッドにうつぶせで寝転がった。スズの頭を撫でていると、なお〜んと鳴きながら健人の手に甘え始めた。健人は微笑みながらスズの喉をくすぐり始めた。するとスズは気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らし始めた。
「ふふっ、かわいいな……」
「子供の頃から変わらないな……」
「そうなんですか?」
「ああ、スズはセルウィンだけじゃなくて、会う人みんなに昔から甘えてばっかりだったからな。まぁアイツもスズを甘やかして育ててたけどな」
「セルウィンって言うのは、グランドハート大佐の事ですよね?」
「ああ、そうだ」
いつの間にか寝ていたスズの頬を優しく撫でながら、ジェノは小瓶に入ったウィスキーをあおった。そして、そして自分の立派な髭を撫でながら語り始めた。
「セルウィンと俺はガキの頃からの付き合いでな。よく村のヤツらを困らせてたよ。村のガキ共とでかいイタズラする時も、アイツは頭が良いから参謀に回って、俺が実働部隊をまとめるっていう風にしてたのさ」
「なるほど、まさに阿吽の呼吸って感じだったんですね!」
「ああ、そうだ。だから俺もスズがかわいくてしょうがないんだよ…………」
そう言ったジェノの目はどこか寂しげだった。
「ジェノ、さん?」
「大体の予想はついている。だが、お前の見立てを言ってみろ」
「…………分かりました」
健人はジェノの方に向き直った。その目は真っ直ぐジェノの瞳を捉えていた。
「なぜ、ここまで頑丈に爆弾がスズに巻き付けられたのには、一つの目的があります。それは…………」
健人は口ごもってしまった。それを口に出すのも禁忌かのような顔をしていた。
「何言われても怯えやしない。だから続けろ」
「…………はい。あの女性は、ザーツバーグで大規模なテロを確実に起こすつもりなのでしょう。最低でも一般市民の無差別虐殺、運が良ければ王の暗殺も狙っているでしょう」
健人の推測を聞き終えたジェノは難しそうな顔をしてまた小瓶のウィスキーを一口飲んだ。
「もう少し踏み込むと、あの女は"紅のツバメ"のメンバーって可能性もあるだろう」
「紅のツバメ、反体制派の武装集団ですね?」
「ああ、そうだ。元々は国王直属の傭兵集団だったのだが、六年前に、アレキサンダー王の弟君であるアイゼンベルク公を王座に押し上げようと、王国に対し反旗を翻したんだ」
「では今、王国では三つ巴になっているのですか?」
「いや、それも違うんだ」
ジェノはため息をついて言葉を続けた。
「今回の反乱軍の首領であるカストラーノ公爵と"紅のツバメ"の首領であるイスカリオス卿は、王宮内では犬猿の仲で有名だったんだ。そもそも、叛旗を翻した理由は似ているようで実質は違うものだ。カストラーノ公爵は、己が王国の全権を掌握する為に、イスカリオス卿は、弟君を王座に押し上げる為にだ。どちらも今の王を敵としているが、そもそもの理由が違うから共闘はしないんだ」
「面倒臭いのですね」
ああ、とジェノは素っ気ない返事をして、ウィスキーを煽った。
「話が脱線しちまった。とにかくあの女を"紅のツバメ"のメンバーだと思えば、スズに爆弾をくくりつけて祭りに突撃なんて狂気の沙汰をやらせるのも合点がいく」
「しかし、本当に酷いことをするものですね…………」
「とにかく、明日はまず爆弾が爆発するまでにザーツバーグに着く。話はそれからだ」
「分かりました。とりあえず今日は寝ますか…………」
二人は、話半ばで切り上げ、明日に向けて床についた。