Episode.6:絶望の時計
脱出してから丸一日歩いただろうか。健人とスズはようやくヴィーナに辿り着いた。しかし金目のものは奪われているため、二人は泊まる場所どころか、食べ物すら買えない状況だった。
「健人〜、もう歩けないにゃ……」
「ごめんね、もう少し待って……」
待ってくれと言いながら、健人に今の状況を打開するいい考えは全く無かった。このままでは、姫を助け出す前に、二人とも野垂れ死にして終わりという目も当てられない状態になってしまう。健人はひたすら考え込んだ。
どこかに雇ってもらうか、それとも────
「健人〜、人助けをするといいかもにゃ〜」
「人助け?」
「うん、助けてもらったらお礼をするっていうのがこの国では当たり前だからにゃ」
スズの口からは滅多に出なさそうな案だったが、それが一番現実味があった。二人は早速困っている人を探し始めた。
しばらく街の中を探索すると、大きな石板の前に出た。石板にはカタカナで何かが書かれた紙が何枚も貼られている。
「ここは何の場所なんだろ……」
「ここは、助けて欲しい事があったら書いて貼っとくにゃ。そうすると、それを見た街の人が助けに来てくれるにゃ」
「じゃあ、ここに書いてある事をすれば……」
「お礼が貰える───
「よーし、やるぞぉぉおおお!!」
妙なテンションの健人は急いで石板に駆け寄り、条件の良い仕事を探し始めた。
「畑の雑草抜きに引っ越しの手伝い、ベビーシッターとか色々あるな〜」
「でも、そんなに動けないにゃ」
「まぁな……ん?」
二人は一際目立つ赤いビラに目が留まった。
【急募、成功報酬は金貨500枚!!】
仕事は簡単、小さい荷物をヴィーナ郊外からザーツバーグまで運ぶだけ!
応募締め切りは今日の20時まで!
※ただし、適任者を選ばさせていただきます。
「スズ、これはいい仕事じゃないか?」
「これならスズでも出来るにゃ! しかも、金貨500枚あれば大きな家が作れるにゃ!」
赤いビラに書かれた好条件に、二人は心を躍らせた。そして、全く周りの声が聞こえていなかった。
「小さい荷物で金貨500枚なんて絶対怪しいよ……」
「しかも適任者って……やっぱり応募するのやめよ…………」
街中の声はどれもその好条件を訝しむものばかりだった。しかし二人は嬉々として応募場所に向かっていたのだった。
地図が示していたのはヴィーナ郊外の古城だった。守衛のいない錆び付いた鉄扉を押して中に入る。案内の通りに歩を進めると、大広間のような部屋に出た。部屋には既に応募者と思われる化け猫達が七、八人いた。
「これって、荷物を運ぶだけ……だよな?」
「みんな怖い人ばかりにゃ……」
スズは耳をぺったり伏せて怯えてしまっていた。それもそのはず、応募者達はみな、片目に傷が入っていたり、刺青が入っていたり、筋骨隆々だったりと、どこかならず者の風体を成していたのだった。
「大丈夫だ、みんなスズの事を虐めたりなんかしない────はず」
「はずって小声で言ってたの聞こえてたにゃ……」
「うるせえっ、女は帰れっ!」
「ひにゃあっ、ごめんなさいにゃあ!!」
道着を着た筋骨隆々な男に怒鳴られてスズはすっかり萎縮してしまった。
「おいおい、その子はただの女じゃねぇぞ?」
左目に眼帯をつけ大剣を背負った男がゆっくりと立ち上がって二人と道着の男の間に立った。
「てめぇ、生意気だなァ!」
「生意気なのはお前だろう、この子はグランドハート大隊長の一人娘だぞ?」
"グランドハート大隊長"。その一言が出た瞬間に、スズを排斥しようとする動きから一転、畏怖するような空気が流れた。
「────グランドハート大佐って、第一軽騎兵大隊長で、この間のルーシニアとの戦いの時に三個中隊を一人で壊滅させた伝説のアーチャーだろ?」
「その娘もかなりの腕前と聞いたことがあるが…………」
「そんなの俺には関係ないなァ、今ここでぶっ殺してや────
「静まれ!!」
道着の男がスズに殴りかかろうとしたその瞬間、凛とした女性の声が古城に響いた。
「私はこの古城の持ち主だ。とある事情で名前は明かせないが、それは気にするな。今日、貴様らは荷物運びの為に来た。そうだな?」
短い銀髪に青い目の女性が現れた。その佇まいから滲み出る冷酷さに、応募者はたじろいだ。彼女は、応募者を一瞥すると冷ややかな目つきのまま話し始めた。
「荷物はこの小箱だ。もしも落として壊れたり、紛失した場合には弁償してもらう。金貨二千枚だ」
あまりにも高額な代金に応募者達はざわめき始めた。しかし、応募者達をよそに彼女は話を続けた。
「もしも払えないというのなら────」
そういうと彼女は口元だけの笑顔を見せる。それで充分だ。
失敗すれば死が待っている。
無言の圧力に押されて、応募者がどんどん大広間を退室していった。そして残ったのは健人とスズ、そして大剣を持った男だった。
「良かろう、ならばその女、お前が荷物を持て。二人は護衛だ、いいな?」
ミカエルは三人に向かって話すと、満足そうに奥へ入っていった。
健人とスズ、そして大剣を持った男は古城を出て荷物を受け取り歩いていた。
「久しぶりじゃねぇか、こんなに大きくなってちゃんと王様にお仕えしてるのか〜?」
「ちゃんとお守りしてるにゃあ、スズだってもう大人にゃ〜」
「さっきも怖がってたじゃねえか」
男に小さな顔を挟まれもみくちゃにされながら、スズはうにゅ〜と情けない声を出していた。
「ちょっと、色々聞きたいのですけど、その前にスズを離してあげてください」
「いやぁ、でもスズはこうされるの好きだもんな?」
「うえひぃにゃ〜」
スズはもみくちゃにされながら尻尾を嬉しそうにゆらゆらさせていた。どうやら本当に嬉しいらしい。
「えっと、じゃあ、貴方はどちら様ですか?」
「俺はジェノ=ゴードン、傭兵だ。よろしくな」
「ジェノおじさんは軍隊を辞めるまでは騎士だったにゃ。すごいかっこよかったにゃ〜」
ジェノはスズを撫でながら笑っていた。
「スズとは昔からの知り合いなんですか?」
「まぁ、セルウィンとはガキの頃からの付きあいだからな、スズのおしめも替えたんだぞ?」
「にゃっ?! そんな事言わないでにゃあ、恥ずかしいにゃあっ!」
スズが赤面しながらジェノの厚い胸板をバンバン叩いていた。
「まぁいいじゃねぇか、どうせ今はこのお兄さんのお布団で寝てるんだろ?」
「な、なんで分かったにゃ〜」
スズは恥ずかしさからか腰を抜かしてしまい、その場に女の子座りでへたりこんでしまった。
「スズの甘えん坊話はいいとして、その箱の中身はなんなんだ?」
「うーん、分かんないにゃ」
荷物は四十センチ四方くらいの平たい箱だった。決して開けるな、と言われながらスズの背中に厳重にくくりつけられた。その不思議な荷物の中身は何なのだろうか。それが三人の共通した疑問だった。
「何かカチコチ音がしてるにゃ〜」
「言われてみればそうだな、開けてみるか?」
カチコチ鳴っている音から、きっと高価な時計か何かだろうと三人は推測していた。箱を開けるまでは────
「……………………これは確かに時計だな」
「……………………うぁぁぁぁ…………」
健人は箱の中身を見て腰を抜かしてしまった。
箱の中央には確かに金の時計が入っていた。
────しかし、その時計からは何本もの導線が延びており、そして粘土のような直方体の塊に導線が繋がれていた。
────これは時限爆弾だ。
健人とジェノは、自分達が置かれた状況を素早く察した。
「どんな時計だったにゃ〜?」
スズだけは何も気づかず首を傾げていた。




