Episode.4:始まりは嵐から
謁見式の次の日、健人はアイネスバーグの街をスズと歩いていた。
「これから、どこに行くんですか?」
「アンドレおじさんのところにゃ」
「アンドレおじさん? その人はどんな人なんですか?」
「武器屋さんにゃ。いつもスズがお出かけする時に色々作ってくれたり教えてくれたりするにゃ〜」
スズは尻尾を軽快に揺らしながら目的地へと歩いていた。
街は、石造りの建物が多く、とても情緒のある街並みだった。
リリキャットには化け猫しかいないと聞いていたがその言葉通り、すれ違う市民全員に猫耳と尻尾がついていた。
しばらく歩くと、一際大きな建物に着いた。中に入ると、赤毛の少女が眠たそうに目をこすりながら本を読んでいた。
「いらっしゃい、あっ、スズ!」
「アンナさん! 大学はお休みなのにゃ?」
「そうだよ〜、スズはどうしたの?」
「今日から外でお仕事なのにゃ〜」
スズは座っている少女の膝に乗って甘えていた。少女はそんなスズを邪険にせず、頭を優しく撫でていた。
「お隣のお兄さんはスズの"フィアンセ"?」
「そうにゃ、"フィアンセ"にゃ〜」
「ま、待ってくれ、俺は──
スズに見えない場所で少女が人差し指を唇に立てていた。
「ちょっとお父さん呼んでくるね〜」
少女が奥に行ってしまい、スズと二人きりになった。
店には日本刀やサーベル、マスケットや中折れ式の散弾銃、SAAなどが置いてあった。
「健人、"フィアンセ"って一緒に出かける人の事で合ってるにゃ?」
「えっ、ち、ちが───」
「どうしたァ、おっ、スズがフィアンセ連れてきたのか?」
フィアンセの意味を訂正すること叶わず、店の奥からスキンヘッドに立派なあごひげをたくわえたガタイのいい男が出てきた。
「アンドレおじさん、いつものちょうだいにゃ!」
「おっ、ちょうど用意出来てるんだ、あいよ!」
男が出したのは革製の矢袋に入った白と黒の二色に分かれた大量の矢だった。
「いつも通りだ、白は矢じりに爆薬が、黒は黒鉄で作ってる」
「白い矢の使い道は何となく分かるけど、黒の矢はどう使うの?」
「重装甲用にゃ。重騎兵とか竜騎兵、重装歩兵に使うにゃ。あとは木製のドアの鍵も壊せるにゃ」
「へぇ、仕掛け矢か……すごいなぁ」
矢袋から白い矢を手に取ってみる。矢じりは普通の矢とは違って円柱の底面に針のようなものがついていた。
「ところで、お前さん、何もんだ?」
「あっ、申し遅れました。加賀谷 健人と申します」
「出身は?」
「えっと…………日本、です」
「日本? なんだ、そんな場所聞いたことねぇな。"東方"の生まれかと思ったが。真面目に生きてると珍しいもんに会えるんだなァ」
「お父さんのどこが真面目なのよ……」
アンナのツッコミにアンドレは快活に笑うばかりだった。
「で、どこに出かけるんだ?」
「それが、ちゃんとしたことはまだ分かってなくて、今調査中なんです」
「ふーん、何しに行くんだ?」
「"始祖の魔猫”を探しに行く予定です」
すると、アンドレはあごひげを撫でながら考え込み始めた。
「───スズみたいなやつか。東西南北に一人ずついるって噂は聞いたことあるが、詳しいことはあまり知らねぇな、あっ、北の奴なら色々教えてやれるが、教えてやろうか?」
「本当ですか! 詳しく教えて貰ってもよろしいですか?」
「────ただじゃあ教えられねえな」
「いくらで、教えてもらえますか?」
やはり、そう簡単には行かない。健人は目頭を押さえて考え込んだ。
「じゃあ、隣のエイストリア州の州都ヴィーナに、ミカエルという殺し屋がいる。つい最近そいつに武器を売ったんだが、金の振込みがまだなんだよ。力ずくでもいいから金貨を回収してきてくれ。300枚だぞ?」
「分かりました、スズ、行くぞ!」
にゃっ、とスズが元気よく返事してから二人は足早にアンドレの武器屋を出た。
二人が店を出た後、アンドレとアンナは紅茶を飲んでいた。
「────ミカエルと言ったら、"紅のツバメ"の暗殺部隊トップじゃないですか。あの二人では太刀打ちできないと思いますよ?」
アンナが心配そうに切り出す。
「いや、アンナ。アイツらはやれる。何となくだが今までこの職をやってきたから分かる。アイツらは今は弱くても必ず強くなる。だから、大丈夫だ」
しかし、アンドレの顔は自信に満ちていた。
「でも、万が一の事があったら────
「それに、始祖の眼について調べるなら"紅いツバメ"とは切っても切れない繋がりがあるだろうしな、さぁ、手伝うって言った以上、仕事サボるなよ! サボったら晩飯抜きかお尻叩きだ、分かったな?」
はぁい、とふてくされたような声と共にアンナは店番へと戻った。
***
アンドレの武器屋を出た二人はヴィーナまでの行き方を探していた。
「あっ、ヴィーナ行きの大カゴ馬車があるにゃ!」
「あのデカイやつか、すげぇ、馬四頭で曳くのか……」
「ほら、早くしないと行っちゃうにゃ!」
二人はダッシュしてギリギリ間に合った。
大カゴ馬車にはシルクハットに燕尾服の紳士や、黒い軍服を着た男達、ドレスを着た婦人達に老人と小さな子供などおよそ十五人程が乗車していた。
「ヴィーナまではどれくらいで着くの?」
「この時間だと夜には着くにゃ。動き出すのは明日からじゃないと大変にゃ」
「夜の方が情報が集まりそうじゃないか? それに────俺達が探すのは殺し屋だし」
「スズが眠いにゃ」
そう言うとスズは窓枠に頭をもたげて眠ってしまった。
窓の外は、田園風景が続いている。畑を耕す農夫がいれば、放牧されている羊もいる。とてものどかな道を大カゴ馬車はひたすら進んでいた。
ふと、スズを見ると、彼女は熟睡しているようで口を半開きにしていた。そんなスズを見ているうちにいたずらしたくなってきた健人はスズの頬をつつき始めた。
「にゃう……ふにゃ……うにゃう…………」
ただ、鳴くだけで起きる素振りは何も見せない。
しばらくスズの頬をつついて遊んでいるうちに、やましい気持ちが健人の中に膨らんできた。
スズは普段、メイド服の上にフード付きのポンチョを来ているため、あまりスズの身体のシルエットは見たことが無かった。
健人はそっと胸元の紐を解いてポンチョをはだけさせた。青地に白と赤の装飾が施されたメイド服、その胸元はささやかで、まだ幼さ残るあどけない顔にぴったりだった。半開きになった口からは牙がチラリと見える。
健人はスズが愛おしく思えてきた。一人の異性としてではなく、自分よりか弱い────小動物に対するような愛情が芽生えた気がした。
「かわいいなぁ〜」
スズの喉をくすぐりながら思わず本音が漏れてしまった。周りに聞かれてないか少し気にしながらも、結局聞かれていないことがわかると、健人はスズをかわいがり続けた。
しばらく続けていると、スズが喉をゴロゴロ鳴らしながら尻尾をゆらりと動かし始めた。
健人はスズに覆いかぶさるような姿勢のまま尻尾に手を伸ばした。しかし、その瞬間────
ガタンッ、ガタガタッ、と何かに乗りあげるような音をさせて車体が揺れた。その反動で健人は尻尾を掴んでしまった。
「──ふぎゃあっ!!!」
「あっ、スズ、ごめん!!」
「うー、せっかく気持ちよく寝てたのに何するにゃあっ!」
先程の愛らしい姿とは一転して、尻尾を座席にバッタンバッタン叩きつけながら怒っていた。
「ごめん、スズ、そんなつもりはなか──
「許さないに──
突如、身体が浮き上がり、窓に叩きつけられた。身体が倒れている。健人は何が起こったのか分からなかった。
「う〜、痛いにゃあ〜!!」
さっきまで右にいたはずのスズが、健人の下敷きになっていた。
そこで、健人はこの大カゴ馬車が横転したことを把握した。状況を詳しく把握しようと起き上がろうとしたその時、銃声が響いた。
「我々は"紅いツバメ"だっ!全員外に出ろっ!」
健人は、この旅が一筋縄で行かないことを、ここで悟ることになった。