Episode.48:星よ駆けろ、戦場へ 〜最終段・ラーマ奪還作戦【破】〜
「敵艦隊は十二隻、そのうち一隻はメインクーンです!」
「敵は輪形陣を取ってこちらに接近中」
「前方主砲、装填完了。いつでもいけます、提督っ!!」
「敵艦の砲撃確認、衝撃に備えろ!!」
反乱軍主力艦隊との海戦が始まっていた。メインクーン号の二十五センチ砲が火を噴き、アビシニアン号近くの海面に着弾する。
メインクーンを中心に、守備によった艦隊陣形を敷いている敵艦隊。崩すのにはひと工夫もふた工夫も必要だった。
「こちらは十六隻、数では優っているんです。焦ることはありません」
セリエは何かを紙に書き込んでから、伝書鳩に結わいて飛ばした。その数は二匹。
「私達第二艦隊は、一度沖合に逃れるように針路をとって下さい」
「ラジャ、艦橋から操舵員へ。取舵六十、ヨーソロー!」
敵艦隊のうちシャム号率いる第四艦隊が前方に、メインクーン号率いる第一艦隊が後方に複縦陣をとっている。リリキャット海軍において「第四警戒航行序列」と呼ばれる隊形だ。
既にアビシニアン号率いる第三艦隊は、一度沖合に離れている。他の艦隊は────
シャトルリュー号率いる第五艦隊は、敵序列の東。ラグドール号率いる北方第二艦隊は西を航行している。
接敵と共に、けたたましい砲撃音が響く。反航戦にて、第一次攻撃が始まった。
煙の臭いと潮の匂いが混ざる。風は陸から吹き下ろしていた。
「このままだと南に逃げられるのでは?」
「いえ、そんな事はありませんよ?」
ニコリと笑って、セリエは海図に目を戻す。既に、ここも彼女の盤面なのだ。
「んん?」
「な、序列の中央を戦艦が突破、アレはシャトルリューです!」
「艦橋から操舵員へ、面舵いっぱい、序列後方を目標に進んでください!」
「ラジャ、面舵いっぱい!!」
船が揺れ、序列後方を目指して転回する。シャトルリュー率いる四隻の艦隊は足止めするように第一艦隊の前に停止している。
「そんな、シャトルリューが敵の的になりますよ?!」
「元々、長期決戦する気は無いです」
確固たる自信を持った彼女。その時兵士たちは悟った。
────彼女は臆病者でも、自分たちよりも”兵士“だ。
彼らは自分たちの勝利を確信した。気を緩ませた訳ではない。
「主砲装填、距離三〇〇〇で砲撃をお願いします!」
「現在、敵艦との距離四〇〇〇!」
船速をさらにあげて突き進むアビシニアン号。その航路に一切の迷いはなかった。
「砲撃よーーーい!!!」
まだ、まだ小さく見えるその暗雲に、絶望をもたらした裏切り者に。
「主砲、ってぇぇぇぇぇぇっ!!」
六隻十二門の二十センチ弾が、暗雲を貫き降り注ぐ。
海面に大きな水柱が複数立ち、敵艦の姿を霞ませる。
「弾着確認、夾叉です!」
「距離二〇〇〇で第二波の砲撃をお願いします!」
「敵序列前方の艦隊が転針、二時の方角から本艦に向かって来ています!」
「シャトルリューは船腹火砲が優れた艦です。かなり足止めしているはずです」
「針路を1-2で、敵序列後方の中腹を寸断します!」
十六隻の戦艦が一斉にメインクーンの艦隊を取り囲む。既に、三隻は大破していた。
この時代でいわゆる弩級戦艦と言われているメインクーン号。その抵抗は激しいものだった。
前三門の二十五センチ砲が立て続けに火を噴き、こちらを激しく圧倒している。
だが、いくら強かろうと多勢に無勢。メインクーンの両舷に他の戦艦が接舷した。
「移乗戦だ、目標はメインクーンの艦長!」
「サイベリアン号が戻ってくるまで耐えろ、耐えるんだ!」
サーベルとサーベルが打ち合わせられる音、マスケットの発射音が船上の喧騒をさらに引き立てる。
少し遠くにはサイベリアンの姿が見てとれる。
あと、三〇分。三〇分待てば大勢は変わるだろう。そう、反乱兵たちは考えていた。
「おい、サイベリアンから火の手が上がってるぞ!」
彼らは一切気づかなかった。今自分たちを取り囲んでる十六隻のうち、砲門をメインクーンに向けているのはほんの三隻しかなかったことを。
アビシニアン号に掲げられる信号旗を合図に、半数の艦がサイベリアンに群がり始めた。
「降伏した者はこの場では殺さない。速やかに降伏せよ!」
威勢のいい海軍士官の声。
────もはや、海に反乱軍の勝ち目はなし。
彼らはそこで悟り、両膝をついた。銃やサーベルが投げ捨てられる。
兵の損失あれど、味方敵共に撃沈艦無し。この上ない勝利を手に入れた。
「お疲れ様です、ローゼンベルク少将」
ローグハイムが、セリエの元にやって来ていた。セリエは腰を抜かし女の子座りをしている。だが、その顔は安堵と嬉しさに包まれた、幸せそうな顔だった。
「お疲れ様です。ただ、戦いは終わってはいません。まだ、作戦は続いていますから」
そう見やったその先には、既にハーマティーナの港が見えていた。
***
幌馬車に健人達は乗せられて運ばれていた。この馬車の目指すところはラーマ、反乱軍の本拠地だ。
アスカと健人はまだ本調子ではないのか、横になって寝ている。スズとナエも、大人しく丸くなっていた。
二頭立ての幌馬車を引いているのは、反乱軍の軍服を着たアンドレとその副官。その後ろには数十の幌馬車が続いている。
ラーマに緊急の物資調達を目的とする兵站部隊。それが彼らの役だった。
「全てはこの反乱を抑えれば分かることね」
ユリは、ぐっすり眠っているアスカを優しく撫でながら、思慮に耽っていた。
反乱軍の首領であるカストラーノ公爵が死んだ理由、この反乱の真意が分かるだろう。
────健人が根源の大騎士の力を手に入れたのは、どう説明をつけるのか。
「だけど、あの時から……」
よく考えればおかしい点はあった。そもそも“根源の大騎士と名前が同じ事”、それに時々彼の身を襲う狂戦士状態。だが、その手には確かにデュランダルに似た剣を持っていた。
「────もしも、この仮説が正しいなら…………!!」
ユリは何かに気づいたかのように耳をピンと立てていた。
点と点が繋がり、線と線が結び合わさって面を作り、一つの確かな形を作る。
アスカの胸に下げられているペンダント。形は健人の物と酷似している。そもそもこのペンダントは、持ち主の身代わりになるものだ。だが、健人のそれは最初は光っていなかった。
持ち主の命の危機を感じて呼応するのであれば、光り輝いて身代わりになる。
「おい、状況が変わった、全員起こせ」
アンドレの静かな声が、幌馬車に聞こえてくる。
「どうしたの」
「奴ら、俺たちを敵とみなしている。すでに二、三人が狙撃されてる」
時折響く銃声にようやく気づく。
「まさか、ねぇ……」
己の失策にユリは気がついた。
カストラーノは“人”の魔術を扱う。死体に工作はおろか、事実の隠蔽なんて物は簡単にできてしまう。
それに彼は魔術師としての“千里眼”や、異常な程に星読みなどに長けている。
「全て読まれていたのかしらね、カストラーノ公爵に」
「まぁ、セリエ少将の教育役だったからな、軍略においてアイツの右に出るものは無いだろうなぁ」
呑気なアンドレの声と同時に、幌馬車に穴が開く。アスカがむくりと起き上がり、眠そうに欠伸をしている。
スズとナエも、耳を立てながら周囲の音を聞き取っていた。
「じゃあいちばんのり、いってきまーす!!」
ナエが幌馬車から威勢良く飛び出していく。その途端に銃声が激しくなった。
「あの仔猫、流石リロンデルを率いてただけあるな」
「ちょっと、ナエは大丈夫なの?」
ユリの心配そうな声に呼応して馬車が止まる。
「大丈夫だ、あの仔猫は。敵の最前線を混乱させてる。降りるなら、今の内だ」
銃声が増えているのに、こちらに飛んでくる弾は増えていないようだ。
「じゃあ、信じて降りるわ。アスカは健人の護衛を────」
「大丈夫です……怖いけど……」
今までと少し違った、だけどいつも通りビクビクしている目がユリを見つめる。健人の眼は、しっかりと戦場を見据えていた。
「────しょうがない、だけどアスカ。健人の護衛はしなさいよ」
「まぁ、考えておく」
「早く戦うのにゃ、じゃないとナエちゃんに手柄を取られちゃうのにゃ!!」
ここまで旅してきた彼らが、同じ戦場に立つ。
もう、退く気は一切無かった。
「────じゃあ、行きましょう!!」
健人の声で、五つの星は戦場に飛び立って行った。




