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Episode.47:解放への戦火 〜最終段・ラーマ奪還作戦【序】〜




《アビシニアン号艦橋》

「提督、まもなくアドリーナ半島が視界に見える頃です」

「そ、そうですね…………」


 反乱軍壊滅へ、最後の一手が打たれようとしている。軍内での通称は”猫の雷霆サンダーキャット作戦“と言われている。

 正直、この作戦名を考えた将校を軍法会議にかけたいくらい、セリエは恥ずかしがっていた。

 だが、内容は非常に練り込まれたものとなっていた。


 セリエ率いる南方艦隊がメインクーン号の動きを封じる。その間にセルウィン率いる軽騎兵連隊とグラッセ准将が進軍する。彼らの役割はラーマ北部にある主要都市であるキビタベッチアとターニ、ライエーティを陥落させる事。

 同時に、南側からは北方艦隊と外征第三師団の一部が上陸し、レンチナとフロージノンを陥落。ここでラーマ包囲網を完成させる。

 そして反乱軍本隊をおびき出した所でラーマの西、ハーマティーナにアビシニアン号と輸送艦三隻が上陸。

 健人率いる”特殊部隊“が反乱軍首領の討伐を遂行するという流れだ。


「この戦いは必ず勝たなければいけません」


 セリエはゆっくりと口を開いた。

 亡き姉の為にも、故郷を取り戻さなければいけない。だが、正直なところ、大規模作戦に怖気付いているところもある。

 敵の海軍戦力は、メインクーン号を旗艦とした南方第一艦隊、サイベリアン号を旗艦とした第四艦隊。メインクーン号に至っては、自らが艦長だったのに反乱軍を止められずに占拠されてしまったのだ。

 こちらの海軍戦力は、アビシニアン号を旗艦とする第二艦隊、そして、先日ようやく修理が終わったシャトルリュー号を旗艦とする第三艦隊。さらに北方艦隊からラグドール号率いる“嵐の猫艦隊”という二つ名を持つ、北方第五艦隊が援軍に来ている。


「海軍戦力、数や機動力ではこちらが優れています。ですが、相手はメインクーン号やシャム号といった、高火力の戦艦が多いです。実際、戦闘になれば五分五分になるでしょう」


 望遠鏡をぎゅっと握りしめる。やはり、彼女は一人の化け猫だ。死ぬのは怖い。

 もしもこちら側の陸軍戦力を率いていたのが、イルゼだったのなら。この作戦は必ず成功したに違いない。

 だが、今回の作戦に動員される陸海合わせて七万の戦力。彼らの命はセリエの采配にかかっているのだ。

 ────もう、怯えてる場合なんかじゃない。

 既に帰還ポイント・オブ不能点・ノー・リターンは過ぎてしまっている。あとは自分自身の決断に全てがかかっているのだ。

 胃が痛い、苦しい、逃げたい。セリエは泣きそうになった。


 ────私はみんなの為に強くありたい。


 頭の中に響いたのは、イルゼの口癖だった。いつも、そういって様々な戦場をくぐり抜けて来た。勝ちを手にして来た。

 ────みんなの為に戦わなきゃいけないんだ。


 艦橋の伝達用のホーンを手に取る。その眼は水平線を見つめていた。


「皆さん、私の話を聞いてください」


 提督の突然の命令に、全船員は静かに耳を傾けた。


「これから長くて短い戦いが始まります。そして、この戦いは避けられるものではなく、必ず勝たなければならない戦いでもあります。ですが、私は一つ皆さんに謝りたいです。私は、この反乱が始まってから、南方艦隊提督としての働きを全く為すことができませんでした。私たちの誇りであるメインクーンを占拠された挙句、私自身が敵に捕縛されるという失態。これでは、配下についてきてくれた将兵達に申し訳が立ちません。さらに、この時まで私は、自身の命を大事にするという指揮官にあるまじき行動をとっていました。本当に申し訳ない、許してくださいっ……」


 セリエの頰を雫が伝う。甲板には、彼女の声しか聞こえなかった。


「ですが、ツーランでイルゼ中将が戦死しようが、私が捕縛されようが、シャトルリューが大破しようが、マッシリーナにて多くの戦友達が失われようがっ、貴方達は私の元を、王国の元を離れなかった。どのような心情を抱いたのか、どうして戦い続けたのか、詳しい事はここで全て察することはできません。ですが、一つだけ分かることがあります。それは────貴方達がこの王国を愛しているという事です。自分の命を捨ててでも故郷を取り返す。忠義、忠誠、それらもあるかもしれませんが、一番貴方達に多かったのは愛国心でしょう。自分が住む、家族が住む、恋人が住むこの王国を必ず守る。その愛国心故に私について来てくれた、ここまで戦ってくれた。この想いに応えられない、私も指揮官として成り立ちません。ですが、もう一度だけ、もう一度だけお願いがあります」

 

 彼女は、こみ上げる物を押し戻し、前を見据えた。


「私の故郷を、みんなの故郷を取り返す為に、立ち上がりましょう。眼前に見える陸地は元々私たちのものです。私は大事な家族を殺し、この国を蹂躙した敵達を許しません。この王国の安寧を、平和を、日常を取り戻しましょう。自分の縄張りは自分で守る。それを私たちは続けてきたのではありませんか? さぁ、私達の愛国心を、敵達に見せましょう」


 船員達は何も言わず。今まで臆病者だった提督が、戦う意思を見せている。戦意は高揚していった。


「では、“猫の雷霆”作戦、最終段階を開始します。我が艦隊の目標はメインクーン号拿捕及びハーマティーナへの上陸支援。砲術科は敵艦を視認次第、即時砲撃を許可します。機関科は、燃料を焚き続け最高速を維持、操舵科は最短距離でハーマティーナを目指すように。一般船員は移乗戦に備えてマスケット及びサーベルの整備を行ってください!!」


 “提督“の凛とした声が、船内に響く。海兵達の心を、身体を突き動かすには充分すぎる程の闘気だった。


「”絶対なる忠誠“をここに、皆さん、健闘をお祈りします……!」


 ラジャー、と艦内で響き渡ったと同時に船員達は動き始めた。


「貯蔵庫にまだあるだろ、石炭をあるだけ持ってこい!」

「ハーマティーナまでおよそ三〇マイル、軍港は十一時の方向だっ」

「ラジャー、取舵三十、ヨーソロー!」

「信号士、後続艦に送れ。“作戦開始、旗艦の進行に付随せよ”」


 海軍旗の下に信号旗が掲げられる。転舵した旗艦アビシニアン号に続いて、後続六艦が単縦陣で続いていく。

 各艦艦長の視線の先には目標が見えている。そこに辿り着くまでに起きる嵐なんて関係ない。むしろ我々が嵐になろう。そのくらいの気迫をもって、艦隊は海面を切り裂いていった。


「敵艦、発見っ!」

「距離三マイル、方角は二時の方向っ!」

「後続に送れ、“敵艦発見、包囲陣形により、右舷火砲掃射にて破壊せよ”」


 旗艦クラスの戦艦には船腹の火砲は無い。だが、後続の艦に装備されている火砲を使えば、一瞬のうちに戦力を奪うことができる。

 だが、それにはスピードが必要になってくる。短い射程に相手を捉え、一斉射撃をして離脱する。帆船では取れない戦術だ。

 伝書鳩が各艦に送られ、艦の空気がさらに引き締まる


「ですが、私達ならばできる、できるはずです。総員、前方主砲を装弾せよ。敵の威嚇砲撃に要警戒してくださいっ」

「ラジャー、主砲、仰角三〇、砲門は十二時の方向へっ!」

「戦闘員は態勢を整え、衝撃に備えろ」

「面舵四十五、速度は落とすなよ!」


 船上の士気は最高潮に達している。

 紺碧の海を美しく切り裂くは、愛国のつわもの達が操る七隻の戦艦。

 今この時、解放への戦火が切られた。

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