Episode.44:碧海に咲く乱れ華 〜第三段・アドリーナ半島広域制圧戦【序】〜
「いつになったら地面なのにゃ〜?」
「カモメの群れが確認できるようになったので、もうそろそろでしょう。何事もなければ、明日には寄港できるかと」
スズの眠たげな、いつも通りの声が聞こえる。
外征騎兵連隊と西部歩兵旅団がマッシリーナを奪還した数日後。担当部隊に、”作戦第二段“及び“第三段”の詳細が通達された。
第二段では、シャトルリュー号を小破進軍させ、トータリア岬沖で、敵艦隊を最低一つ撃破する。その間にとある部隊が準備を進め、第三段に備える。
「そろそろ、揺れない地面がいいのにゃ〜」
「でも、ワタシはお魚たくさん食べられるからこっちもすき!」
「確かにそれもそうなのにゃ、お掃除終わったらまた釣りをするのにゃ〜」
スズとナエは、邂逅してから日も経っていないのに仲睦まじくしていた。
元々の精神年齢が同じくらいなのだろう。他から見ても心和む光景だった。
「アスカ、そんなに船が苦手なの?」
「い、いや、べ、別に苦手じゃない……」
船腹の手すりに、顔を青くしてしがみついているのはアスカだ。しきりにしゃっくりを繰り返している。
「そんなに我慢しなくたって、吐いちゃえば楽になるわよ」
「うるさい……けぷっ……何でもない……」
偶にえずいている剣豪を尻目に、ユリはマストに掲げられた旗を見上げた。
上には紅地に黄色の十字が入り、金の猫の刺繍が入った旗。その下には白地に赤い円、その内側に赤十字が書かれた旗だ。
上の旗はリリキャット王国の国旗、下は”商業用船舶“を表す“国際海洋旗”だ。
────だが、積み荷は一切金にならない。
第三段の作戦は大きく分けて三つある。一つ目は、トータリア岬沖に出撃している三個艦隊でピッツァを奪還する。その際、二隻は輸送艦として陸上戦力を載せている。これはセリエが直接指揮している。
二つ目は、バニスに駐屯している東部師団の歩兵と騎兵が、戦線を南進させる。目標としてはアドリーナ半島東部を通ってラーマの南、ネポーラ軍港を奪還する。
この際、ラーマの兵が動いた場合はピッツァの東、フィニーザに駐屯している南部歩兵が隙をついてラーマ攻略。そうでなければそのまま東部師団が南部を制圧し、バニス防衛は南部歩兵の役となる。
そして、もう一つは今健人達が実行しているモノである。
「それにしても、ゲハイムニス・カッツェってここまで凄いんですね……」
「ああ。内国商船ならば疑われかねないが、外国商船ならば攻撃することはできない。ルーシニアは情勢的に難しいが、カルタギアならまだ誤魔化せる。適当にやっときゃなんとかなるんだよ」
健人はアンドレ達、秘密憲兵隊の手腕に驚いていた。が、アンドレの話を聞いて少し不安に駆られていた。
────第三段の三つ目。それは”特殊部隊“上陸だ。
健人達が乗船しているベルガットー号、外国行商船に扮した船をアドリーナ半島に接岸。その後、セリエを除く始祖の化け猫達とゲハイムニス・カッツェを合わせた五十人程の部隊を上陸させる。
反乱軍に関して謎は多い。
カストラーノ亡き今、誰が指揮を執っているのか。姫の安否はどうなのか。
それが全て、ラーマが奪還された時に明らかになるだろう。
「そろそろ、敵さんもあたふたし始めてる頃だろう、一気にカタをつけてえな……」
「そんな事よりもスズはお腹が空きましたのにゃ!」
「さっき食べたばっかりだろうが……ったく、仕事のスイッチさえ入ればスズも一流のメイドなのにな〜」
スズとアンドレが、のびのびと談笑している。このまま陸につければ良いが、そうは問屋が卸さない。
「十時の方向に国籍不明の船舶あり、対象こちらに向かって来ています」
「9-10で転舵し、衝突を回避しろ。船速はそのままだ」
小型の蒸気船が、かなりのスピードで接近している。ベルガットー号には火砲は一切ない為、威嚇砲撃はできない。それに、そもそも戦闘用船舶かどうかの判断ができない為、何が起きようとも受動的にしか動けない。
「ありゃあ、海賊かもしれねぇな。総員戦闘態勢を整えておけ」
「か、海賊なんているのにゃ?!」
「そんなの当たり前じゃない、今、一応リリキャットは国力が弱っているんだから。ほら、アスカ、起きなさい」
健人達も甲板に出てくる。ナエがぴょこんと船室から顔を出したところで、衝撃が船員達の身体を浮き上がらせた。
「水平碇が命中、不明の船舶からの攻撃です!」
「海賊だ、錨を下ろせっ、各班毎に移乗戦に備えろ!」
アンドレがリボルバーに装填し、刺さっている碇に睨みを効かせる。
「錨をおろせぇぇ、火薬庫施錠しろぉぉ!」
船が傾いたかと思えば、海賊船が隣に接舷していた。カトラスや前装式ピストルを持った男達がこちらに乗り込んでくる。
「大人しくしな、この積み荷は俺らが頂いてく、異論は無いな?」
「ああ、この船には生憎積み荷が無いんでな、代わりにお前達がなってくれや」
短い発射音と共に、乗り込んで来た男二人の頭が吹き飛ぶ。
「なっ、野郎ども、とっととこの船を奪うよ!」
船上に凛とした声が聞こえたかと思えば、甲板に爆炎が巻き起こった。
「ふん、よく鍛え上げられた海賊だな?」
「いいオトコじゃないか、殺すのには惜しいねぇ……どうだい、ウチの船に乗らないかい?」
誘惑するような目つきと、狩りをするようなカトラス遣い。似て非なる二つの動きで翻弄していた。
だが、それを意に介さずに、アンドレはリボルバーの弾丸を女の肩に叩き込んだ。
「断る、これでもお前達と違って、王国の化け猫だからな」
「なんだい、アタシ達にはそんなの関係な──
「反乱軍の尖兵が、よく言うよ」
女の太ももにも二発、彼女は顔をしかめながら弾切れのピストルを逆手に殴りかかった。
「アタシ達には海賊の誇りが──
「王国南海に海賊はいない。南方艦隊にボロクソにやられてるからだ。それに、海賊は無益な殺生、戦闘はしないのが当たり前だ」
「チッ、まぁ、バレたんならバレたで、気にせずやれるってもんよ。野郎ども、作戦変更だ、迅速に手にかけろ」
女化け猫はさっさと指示を出すと、アンドレに掴みかかった。
「何を考えてるんだかしらねぇが、無駄に終わるぞ?」
「それはどうだかねぇ?」
船尾から煙が出ている。アンドレは少し嫌な予感をさせながら、目の前の女と戦っていた。
────船尾甲板は紅に染まっていた。
「これで二十、お主らは懲りぬのか?」
「クソっ、この化け物め!」
アスカは、暗い紅色の手拭いで刀の血を拭っていた。その姿は修羅場にふさわしくない、一輪の花のように美しかった。
「戯れ言を、わらわは化け猫だぞ?」
その花を摘もうと、駆けた男が三人。瞬きのうちに首が落ちていた。
ふと、耳をぴょこんと動かすと、別の方角を覗きそこから離れた。
さっきまでアスカがいた場所に、碇が突き刺さる。どうやら敵の増援が来たようだ。
「ふむ、些か据物斬りも飽きたな。不足なき相手には会えぬと思うが、せめて骨のある絡繰ぐらいはいないのか……?」
「アスカお姉さん、あとはワタシがやるから休んでていいよ!!」
目の前に赤髪の少女が元気よく降り立った。あまりの子供らしさに、襲撃者達も少し戸惑っている。
「子供とはいえど……邪魔するのなら容赦はしない。逃げるのなら今の内だぞ」
「ごめんなさい、ワタシにはオジさんがなに言ってるかわからないんだ!」
後ろの柄を掴んだかと思えば、どこから出て来たかわからない細い“処刑人の剣”のような剣を二本取り出した
「じゃあオジさん達っ、ワタシといっしょにあそぼっ?」
ナエは二刀を手に、似合わない残酷な笑みを浮かべていた。




