Episode.42:義の在り方は何処に 〜第一段・マッシリーナ奪還戦〜
「個の力に頼るな、焦らず進軍せよ!」
騎兵が、マッシリーナを目指して一直線にかけていく。彼らは皆弓を持ち、決死の覚悟を持ってこの戦いに臨んでいる。
士気は最高潮に達し、この上ないほどの恵まれた天気。セルウィンほどの名将がこの時を逃すわけがない。
「まもなく街道詰所に到着します」
「総員、矢をつがえろ。その一矢、王国への忠誠を誓う一矢とせよ!」
静かに、だが凄烈に、『忠誠の一矢』はつがえられる。詰所の木柵が見えてくる。
「ウォーリンゲン、トロスト、お前達は突破後東西に分れろ。三方向から急襲する」
了解しました、の返事を待つ前にセルウィンの矢が詰所警衛の額に突き刺さる。ガトリング砲が火を吹く前に射手が射抜かれる。静かに詰所は突破された。
「残り一マイルでマッシリーナ平原です!」
「分かった、第二、第三中隊は平原に出たところで分岐せよ。とにかく、敵を倒すことから考えろ」
今度は返事がなかった。両方にあった木々が一瞬にして無くなったからだ。
「矢を放て、敵を蹂躙しろ!」
副官の伝令が全員に伝わる。その瞬間、空は矢で覆い隠された。
「て、敵襲っ、総員迎撃態勢をと────」
襲いかかる敵に備える猶予は一切なかった。降り注ぐ矢は、敵の喉を、腹を、脚を貫いていく。彼らは一瞬にして劣勢を悟った。
どの立場にいようが、勇敢な者は必ずいる。
「この国を変えるんだろ、騎兵隊、騎乗しろ!」
「ここで負けても元に戻れないんなら……!」
砦を飛び出した数十騎の騎兵達。向かうは外征第一騎兵隊。分が悪い事は理解している。だが、彼らは必死だった。
────引っ込んで嬲り殺されるなら、傷一つつけてから散ってやる。
「全体、抜刀せよ」
外征騎兵は弓からサーベルに切り替える。接敵まで一五秒。
激しい雄叫びと馬のいななきが響く。血の臭いなんてものは、とうに吹き飛んでしまっている。矜持と矜持が激しくぶつかり合う。
しかし、外征騎兵達が反乱騎兵と戦ったのは数瞬の事だった。蹂躙され、外征騎兵達は砦に肉薄する。
門が閉じられる音と共に、ガトリング砲の凶悪な連射音が外征騎兵達の勢いを押しとどめる。それでも、王国に対する忠誠だけは砕けなかった。
「後続の部隊の為に場を整える。中隊毎に行動し、砦の包囲を完了させよ」
冷静な指揮が騎兵に行き渡り、迅速な包囲網が編み上げられる。西部歩兵が到着するまで一日、この包囲網から一人たりとも出してはいけない。
兵士達に緊張が走っている。彼らは、もどかしさを感じながらも目標をしっかりと見据えていた。
「東の方から増援あり、敵歩兵がおよそ……二個連隊で来ます!」
「ウォーリンゲンの大隊は横から襲い掛かれ、もうまもなく我々も増援が来る」
包囲完了から十五時間、アドリーナ半島から増援が来た。土煙をあげて、歩兵達が陣形を組んで騎兵に立ち向かっている。
「いくら、馬上の利があろうとこの量では包囲を突破されてしまいますっ!」
「まだだ、時間が圧倒的に足りなさすぎる!!」
いくら、精鋭が集まろうと、十倍以上の兵力を完全に防ぐ事はできまい。彼らは犠牲を覚悟した。自らの犠牲を元に勝利を得るつもり、だった。
「ここで、俺がこの歩兵達をぶっ倒せば、晴れてクラリスは俺のもんって事でいいな?」
「…………はぁ、まさかお前が来るとはな。ジェノ」
深緑の甲冑に身を包んだ騎士が、凶暴な嵐の前に立ちはだかっている。白銀の秘剣を地に突き立て、不敵な笑みを浮かべながら見据えていた。
どこからか、銃声が響く。鉄の凶弾は甲冑を貫く、はずだった。
弾は甲冑に触れた瞬間、蒸発してしまった。
「あれは、“聖猫の鎧”……!」
「という事は……あれは!」
騎兵達からどよめきが起こるが、深緑の騎士はそれを介せずにただ笑っていた。
「さて、そろそろかっこいいところ見せねぇと、スズやクラリスに嫌われちまうからな!」
「クラリスは俺と結婚したんだ、世迷い言はやめて、戦いに集中しろ」
「うわあ、クソっ、村一番の美女を射止めやがって、俺は独り身なのによ〜」
歩兵隊の先端が彼の元に辿り着く、ことはなかった。マスケットの引き金を引いていたはずの体が、いつのまにか宙に浮いていた。
振り下ろされる巌の如き刃を、サーベルで受け止めた。はずが、いつのまにか体が両断されている。
一人だろうが束になろうが、その騎士の前には何も関係ない。一切合切が雑草のように薙ぎ払われていた。
「冗談は後にしろ、後ろから援護するぞ」
「分かった、期待通りに押し切ってやるよ」
後ろから、矢の雨がまたしても降り注ぐ。そこで射抜かれなかった者達は、剛刃にて寸断される。
一切の侵攻を許さぬ、凄烈な守勢だった。
歩兵達の屍で築かれた小さな丘。その上に、深緑の騎士は悠然と立っていた。
「聞け、お前達がお前達なりの信念を持っている事は、とうに知っている!」
侵攻の手を緩めぬ反乱軍。その迎撃の手を休めずに、猛然と両断し、その勢いを押し返す。
「だが、俺も俺で信念を持っている。どちらが正しいか、そんな事は関係ない。信念を持って俺を討ちに来いっ!!」
龍虎の如き咆哮に、歩兵達はたじろぐ。ジェノは、ゆっくりと丘を下り、また戦地に降り立った。
「俺の名は、ジェノ・ゴードン=フランシス。聖フランシス騎士団団長にして、この国を粛正する者。バステトから与えられしこの地を穢す心意気あるならば、まず俺の屍を越えてみよ!」
高らかに叫ばれるその名は、兵士ならば誰もが知っている名であった。
『清廉なる裁きの剣』を手に、国民や国土にとって悪となるモノを処断する聖騎士。彼の前にて、「悪」と定められた者は未来が消滅する、とまで言われている騎士だ。
背筋が凍てつかない訳がない、恐怖を感じない訳がない。────悪を為そうとしている者にとってはだが。
「────進め、我らは決して悪ではない!!」
どこから発せられたか分からない決意、それが彼らを奮い立たせた。
彼らは、国の為を想って銃を手に取った。それを、ようやく思い出していた。
「そうだ、進め、この国を変える為に、進め!!」
「いいぞ、これは戦い甲斐があるってもんだ……!」
銃声響けど当たらず、ならば自らを弾としよう────
歩兵達は、個々の力を過信せず集団戦法にて、かの騎士を討ち取ろうとした。
まるで、蜜蜂のような果敢な戦意だ。だが、それは雀蜂にしか通じない戦法だ。そこまでは悟れなかった。
一薙ぎでいくつ首が飛んだか、体が裂けたか、正確に数えられない。ただ目の前の歩兵の命が、消し飛ばされていくのみだった。
「ダメだ、怯むな、進め、進めぇぇぇ!!!」
「いいぞ、もっとだ、もっと滾れ!!」
もう既に、三分の一減っている。それなのに、彼らは進撃を止めない。
だが、勝算なき進撃は、いずれ燃え尽きる線香花火と同じようなものだった。
「西の街道に友軍の旗、援軍が到着しました!!」
「トロスト隊から伝令、マッシリーナ北部を撹乱成功、敵本隊へ侵攻を開始したようです!」
「風は変わった。総員、次をつがえよ、ここで決めるぞ!!」
陸軍の証、紅猫十字旗が平野に燦然とはためく。“その旗の下、個に力なくとも敵う事能わず”と、周辺国に恐れられるリリキャット陸軍。反乱軍の正義なぞ、彼らの忠誠の前には欠片ほども届かなかった。
「撃ち方始めっ!」
マスケットの一斉射撃が、反乱軍に襲いかかる。黒煙立ち上ったかと思えば、それを切り裂いて後続の兵が一斉射撃を行う。
「目標、マッシリーナ正門、全体行動開始!!」
セルウィンの号令で、騎兵本隊は進路を変える。
撤退を告げる鐘の音が激しく鳴っていた。




