表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/52

Episode.2:ようこそ、猫の国へ


 健人が目を覚ましたのは、モダンな造りの部屋だった。彼が寝かされていたのは、ふかふかのベッドの上だ。部屋には本棚があり、窓の外には綺麗は三日月が浮かんでいた。

 ふと、気を失う前に下敷きにしてしまった、猫娘の事が心配になった。


「まぁ、いっか」


 健人の脇腹は少し痛むが、動く分には問題ない。それに、暇な事には変わりなかった。そこで彼は、本棚を物色し始めた。どれも聞いたことのない作家のものだったが、健人は一冊の分厚い本に目が止まった。



《リリキャット王国 三百年史》



「リリ……キャット……王国……?」


 今まで義務教育九年間と高校三年間、そして大学二年の間に"リリキャット王国"なんて耳にしたことが無かった。何かのファンタジーにしてはリアリティのある重さに、健人は困惑しかなかった。眺めていても埒が明かないと思った健人は、恐る恐る一ページ目を開いた。


『王国の始祖である五人の化猫達に敬意を表し、ここに王国の燦然たる歴史を記す』


 この一文だけで、健人の頭はオーバーヒートした。


────なんだよ、リリキャットってどこだよ、てか、なんでマスケットとかあるんだよ…………今は二十一世紀なんだが…………



「一体ここは、どこなんだよ…………」

「リリキャット王国の都、アイネスバーグにある王城の客間にゃ」

「そういうことじゃないんだ、うわぁっ!?」


 突然の闖入者に、思わず健人は後ろに飛び退き、本棚に激突してしまった。その勢いで後頭部も打ってしまった。

痛みに悶えてその場にしゃがみこむと、声の主が目の前に来た。


「昨日は助けてくれて、ありがとうございましたにゃ」



 突然感謝された健人は戸惑いながら、自らの顔を覗き込んでくる少女の顔を見た。まだ十四、五くらいのあどけない少女が、青と白の色使いがキレイなメイド服を着ている。その頭には猫耳がぴょこんとついていた。



「あの、感謝してもらえるのはありがたいのですが、一体どちら様でしょうか?」

「私はスズ=グランドハート、王様達にお仕えするメイドなのにゃ〜。お兄さんの名前は何ていうのにゃ?」

「あっ、俺の名前は加賀谷 健人です、よろしくお願いします……」


 よろしくにゃ〜と差し出された手をそっと握る。その手は温かく、とても柔らかかった。


「あの、改めて一つ一つ説明して欲しいんのですが、まず、ここはどこなんですか?」

「ここはリリキャット王国にゃ。お兄さんが倒れてきたから、王城に連れてきてもらったのにゃ〜」

「お、おう……」


 なんとなく想像はしていたが、やはり何もわからなかった。だが何かが起きているのは事実だった。

 スズは、流石メイドと言ったところか。手慣れた手つきでベッドメイクを済ませ、ベッドのそばにあったグラスに水を注いだ。ふと、自分の身体を検分すると、格好は寝間着になっていた。


「あれ、俺、どうやって着替えたの?」

「スズが着替えさせましたにゃ」

「えっと、恥ずかしくないの?」

「お仕事だから大丈夫ですにゃ〜」


 仕事だからと異性に触れられるのか、と、健人は驚いた。同時に少しだけ、心がむず痒くなった。


「食べられる物を今持ってきますにゃ。ちょっと待っててくださいにゃ〜」


 と言って、スズはおしとやかな様子で部屋を出ていった。

 健人は、頭を抱えて、近くの椅子に腰掛けた。クッションの柔らかさが、より自分の状況を如実にする。


────ここは、少なくとも日本じゃない……



 全く分からない国名に珍妙ななりの兵士やメイド。身の回りで起きた全ての事が、一つ一つ健人のキャパシティを超えていた。

 しばらくすると、扉がトントン、トントンと四回ノックされた。健人が軽く応答すると、スズが音を立てずに入ってきた。


「本当はもうお食事の時間は終わってしまったのですにゃ。でも、何か食べないと眠れないと思いますにゃ。だから簡単な物を用意しましたにゃ。ゆっくりと休んでくださいにゃ〜」


 部屋にある小さめのテーブルに、ガーリックトーストと木のボウルに入った色とりどりの野菜が置かれていた。


「食べ終わったら紅茶を淹れますにゃ。紅茶は飲めますにゃ?」

「あっ、飲めます。ありがとうございます……」


 健人は慎重にトーストをかじった。口の中に広がる深い味わいが、健人の心を幸福で満たした。


「とても、美味しいです! スズさんが作ったんですか?」

「そうですにゃ、でも気に入ってもらえて、スズは嬉しいですにゃ〜」


 スズは、尻尾をゆらりゆらりとさせながら喜んでいるようだ。

 健人は、幸福の余韻に浸りながら、差し出されたナプキンで口を拭った。拭い終わると、スズは洗練された動作で健人のナプキンと食べ終わった皿を片付けていた。その後、スズは白く美しいティーカップに紅茶を注いでいた。


「暖かい紅茶を飲んで、今日はゆっくり寝るのですにゃ。明日は王様との謁見ですにゃ〜」

「そうか…………そうなのか…………」

「それでは、おやすみなさいにゃ〜」


 スズはお盆を持ってちょこんと礼をすると、音を立てずに部屋から出て行った。

 健人は紅茶をゆっくりと飲んだ。とてもいい茶葉を使っているようで、芳醇な香りが身体を包むような感覚に包まれた。その幸福感に包まれたまま健人はベッドに入った。入って数秒も経たずに、健人は眠りについた。


 翌朝、健人は気持ち良く目が覚めた。紅茶の効果が如実に現れたようで、目覚めもスッキリしていた。普段から続けている朝の日課をやろうと、身を起こそうとしたが、それは叶わなかった。 右手がやけに重い。不思議に思った健人はゆっくりと掛け布団をめくってみた。


「うにゃう……もうたべられないにゃ……」



 スズが健人の右腕に絡みついていた。

 あまりにも幸せそうに眠っていた為、健人は起こすのも申し訳なく感じた。そこで、しばらく放置していた。しかしスズは、いつになっても起きなかった。そろそろ得体の知れない危機感を覚えた健人は少しだけ身体を揺さぶってみた。


「ん〜まだ朝じゃないにゃ〜」

「いや、もう日が昇ってますよ?」



 と、健人は腕を抜こうと試みた。しかし、どうやっても、スズは健人の腕を離したくないようで、がっちりホールドして、そのまま顔をすりつけ始めた。


「す、スズさん、それは……」


しかし、スズは寝ぼけているのか、うにゃうにゃ鳴きながら健人に抱きつき甘え始めた。


「スズさん、あのっ! 」

「ふにゃあ、一体大きな声を出してなんなのにゃ〜」

「流石に、初対面の異性にそのような事は、よろしくないと思います!!」

「大丈夫にゃ〜」


 何を言っても離れないスズを無理矢理引き剥がして、健人は自分の服に着替えた。天文台の時とは違う、白いシャツに赤い燕尾服のような上着、白のキュロットとルーズソックスだった。着替え終わると、突然部屋の扉が開いた。


「失礼します。客人をご朝食にお招きせよと、陛下がご所望です。支度が終わりまし────スズさん!」

「分かったにゃ!お客様はスズが連れて行くにゃ。だから、待っててにゃ〜」

「かしこまりました。では一時間ののち、ご朝食とします」


 分かったにゃ、とスズは部屋に入ってきたメイドを追い返した。だがスズは、健人の膝の上にちょこんと飛び乗った。


「あの、スズさん?」

「スズは今撫でて欲しいのにゃ〜」

「撫でて欲しいと言われましても、流石にそれは…………」

「早く撫でてにゃ〜」


 スズは膝の上から降りる気は一切ないようで、健人の膝の上に座っていた。

 

────そういえば、早く行かないと王様に怒られてしまうのではないか……?


 そんな心配が健人の脳裏をよぎった。やはり、自分がどこにいるのか分からない以上、最大の力を持つ者である、王を頼るのは当たり前のことだろう。しかし膝の上には猫娘という訳の分からない状況になっている。ここは、猫娘に従うしか手がないと、健人は判断した。


「すごく気持ちいいにゃ〜、もっと撫でて欲しいにゃ〜」


 スズは目を細めて撫でられている。だが、王様についての事がどうしても頭から離れない。心配になった健人は口を開こうとした。


「そろそろ、王様と朝ご飯を食べますにゃ!」

「あ、そうですか、あの、分かりました…………」


 スズは元気よく膝の上から降りて、健人を立たせた。そのままスズは手を引いて、健人をどこかへ連れていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ