Episode.26:宵の戦火、天を顕す
健人が目を覚ますと、そこはとても涼しかった。激しい水音が近い割りに、水しぶきはそこまで飛んできていない。気になって見回すと、どうやら滝の近くにいるようだ。
「んんっ……ここ……は?」
辺りに人はいな、いや、化け猫が一人こちらに歩いてきている。サイドに編み込みを入れた白髪、足首まで覆う白い服を着た、まだ幼い化け猫だった。
「あの、ここがどこか分かるか、な?」
「にゃおっ、うな〜、う〜にゃう〜、にゃあ〜!」
何を言っているのかさっぱり分からなかった。だが、幼い化け猫はニコニコしながら葉っぱで作ったコップ、のようなものを健人に渡した。中には液体が入っている。
「にゃう〜、うにゃっ!」
どうやら飲めと言っているようだ。化け猫はその姿には似合わない腕組みをして、健人の事を見ていた。
一口飲んでみると、口の中に甘さがゆっくりと広がった。二口、三口と飲み進める。身体はもとより、心まで満たされるような気がした。
「にゃご〜?」
「あ、あの、ありがとう、ございます……」
「にゃっ、うなお〜!」
猫娘は、健人が液体を飲み終えると、彼の頭をワシワシと撫で始めた。
何故か、健人はこの感覚に覚えがあった。どうしてこんなに嬉しく感じるのだろうか。どこか、暖かい感触に包まれる。
「にゃ? うにゃっ、みゃ〜、にゃっ、ふぅ!」
しばらくすると、猫娘は機嫌良さそうに鳴きながら、どこかへ行ってしまった。猫娘の姿が見えなくなると同時に、独特な音が森の中に響き始めた。
元いた世界では聞いてないが、こっちに来てからいやほど聞いた音。蹄鉄が地面を叩く音だ。
「んん、この辺か?」
「あ、ああ、そうだ、この辺りにい────
「ああっ、みっけたのにゃああ!!」
聞き覚えのある声とともに、化け猫が一人猛烈な勢いで飛び込んでくる。その勢いに負けて地面に思いっきり健人は倒された。
「よかったにゃ、心配したのにゃ!!」
「す、スズか、ごめんな…………」
「絶対許さないにゃ〜」
スズが健人の胸にグリグリと頭をすりつけている。それを微笑ましく見ている化け猫が十人程、アスカやユリ、それにセルウィンの姿があった。
いや、一人だけ不穏な様相を見せている化け、よく分からない者が一人いる。セルウィンの後ろに乗っているのだが、彼とロープで胴体を一緒に括られ、手は頸の所で結紮されていた。
耳はかなり尖っており、肌の色は黒に近かった。
「彼女はダークエルフだ。ルーシニアの女兵長で、さっき捕まえた捕虜だ」
「うるさい、こんなのは嫌だ、とっとと解放しろ!」
「こんな性格だが、ダークエルフは鼻がよく効く。だから君を探す手伝いをしてもらったのだ」
後ろにいるダークエルフは相変わらずジタバタしている。だがセルウィンは一切の隙を見せずに、彼女を牽制していた。
「さて、見つかった所で早速だが、ついて来てほしいところがある。馬なんだが、私の娘の後ろに乗ってくれないか?」
「わ、分かりました」
スズに引き上げられて、健人は馬に乗る。
「もっとちゃんと捕まるにゃ!」
「で、でも…………」
「ダメにゃ、落ちたら死んじゃうにゃ!」
と、言いながら自分の身体にしっかり抱きつかせた。
スズの息遣いや胸の鼓動が聞こえる。健人は顔を赤らめてスズから目を背けた。
「なんだ、斬るぞ」
アスカに睨まれた。もの凄く睨まれている。既に鯉口を切っているあたり、本気で斬ろうとしていたのかもしれない。
しばらく進むと、大きな岩山の前に出た。だが、岩山以前に、異質な空間があった。
岩山というか崖の壁面に、大きな空間が出来ている。奥の方まで白い鉱石の階段が続き、その奥は火で照らされている。
「健人、こっちだ」
セルウィンに案内されて、健人が連れてこられたのは憲兵達が集まっている所だった。
「簡潔にいうと、あの空間で反乱軍の首魁、ミハイル=カストラーノが死んでいた。公爵の紋章や、彼の特徴のある背中の刺青から、彼本人の死体だと特定されている」
「えっ、でも、反乱軍は」
「ああ、今はアドリーノ地方に押さえ込まれてるが、充分な脅威だ」
「じゃあ、どうして未だに反乱は収まらないのですか?」
健人の質問にセルウィンは押し黙った。代わりにユリが答え始めた。
「カストラーノ卿はまだ生きている。この間の会戦で指揮を執っていたのを目撃されたそうよ」
「ファラデー女史、ではなぜ死体が見つかったのでしょうか」
「どっちかが偽物だと思うのにゃ!」
突然スズが閃いたかのように叫んだ。その発言は全員を凍りつかせて、その後、
「よくやったぞ、スズ! いい事を言ったから王城の食料庫からチーズを持っていったのは秘密にしてやろう!」
「ば、バレてたのにゃ〜」
スズは顔をムニムニされながら、にゃあにゃあ鳴いていた。周りの兵士達も、剣呑とした空気から雪が解けたかのように暖かくなった。
「さて、今の状況を纏めようか。ルーシニアを撃退し、カストラーノ卿の死体が見つかった。マギミーネ鉱山の崖が崩れて謎の祭壇が出て来た。この祭壇に関してはおいおい調査隊が組まれるだろう」
「そういえば、ユリさんはルビースノートを採掘しなくていいのですか?」
「まぁ、崖崩れで坑道が塞がってるし、残念だけど工事が終わってからじゃないとね」
一行は鉱山を後にして、カトワイスに戻ろうとした。既に森の中は暗くなっていた。
「今夜はここで野営する。火はすぐに用意できる。兵士は獣を狩ってこい」
威勢のいい返事と共に兵士達が森に出ていった。
***
「このお肉は美味しいのにゃ〜」
「それはカエルの肉だ」
「カエルはすご…………カエルは嫌いなのにゃあああ!!」
焚き火を囲んで、兵士や人斬りといった壁は関係なく騒いでいた。
「健人、そういえばこの絵について見覚えあるかい?」
「絵、ですか?」
セルウィンが差し出したのは一枚の写真だった。その写真は────
「────えっ、なんでこの写真を持ってるんですか?!」
セルウィンが持っていたのは、UPSSのメンバー四人の集合写真だった。これは、確か一年前の写真だったはずだ。
「うむ、実はな…………カストラーノが握っていたんだよ」
「な、なんでですか……」
その答えは、健人にとって困惑でしかなかった。全く話が掴めない中、セルウィンは健人をじっと見つめていた。
「な、なんか変な事言いましたか?」
「いや、嘘をついているかどうかを確かめたかっただけだ。だが、キミは嘘をつかなかった。正直、これで迷宮入りになってしまうが、この事は根気よく解決したいものだ」
どこか引っかかる言い方だったが、少なくとも信じられている。健人はそう飲み込んで、イノシシの肉に被りついた。
しばらく騒いだ後、他の兵士が交代で寝始める。お腹を出して寝ているスズの服を直してやり、健人も枯れ草の上に横たわる。横になると、アスカと目が合った。
それにしても美しい顔立ちだな、と健人は思った。洋風な顔立ちをしているスズやユリに比べて、日本人らしい顔立ちをしている。なのに、鼻はくっきりしていて、凛々しいのだ。
「なんだ、わらわの顔に何かついているのか?」
「いや、顔が綺麗だなぁ、って思って」
瞬間、間合いが凍った。健人は健人で、
────なんでだ、なんで突然そんな事を言い始めたんだ、俺は!!
と、焦っていた。だがアスカはもっと酷い。耳がへたれて、尻尾は太くなっている。そして顔は火の色よりも赤くなっている。
「あ、あの、そうだな、えっと、べ、別に、わ、わ、わら、えっと…………」
もはや、何を喋ろうとしているのか分からないくらいに戸惑っている。もう、二人とも戸惑ってしまい、ずっともじもじしていた。
「わ、わらわはもう寝るぞ……!!」
アスカはそそくさと火から離れて、涼しそうなところで丸くなった。顔を身体に埋めて、必死に寝ようとしているようだ。だが、尻尾を激しくパッタンパッタンさせているあたり、まだ寝ていないようだ。
「にゃえ〜、もう食べられないのにゃあ〜」
スズの寝言が聞こえたが、いつも通りと、健人は流して立ち上がった。小用を済ませようと、森の少し奥まった所に入っていく。
健人は、一息ついてリラックスしていた。
「うごかないで、お兄さん」
腰のあたりにチクリとした感覚。健人は事が事の故、力がそもそも入らなかった。
「ごめんね、でも、お兄さんをお山に連れて行かないと、ナエが殺されちゃうの〜」
「拒否は出来ない、のか?」
「ダメだよ、できないよ〜」
ナエと名乗る子供っぽい化け猫は、健人の腰に何かを突きつけたまま小さな声で話していた。突然訪れた危機に、健人の心臓は早鐘を打っていた。だが、声が出せない。声を出せばその場で殺される。それが、既に分かっていたからだ
「じゃあ、おやすみなさい」
優しげな子供の声と共に、健人の意識はブラックアウトした。
少し短いですが、このエピソードで三章終わりです〜




