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Episode.25:午の戦火、地を揺るがし


 アスカは全力で森の獣道を駆け抜けていた。視線の先には、森の中を慣れた様子で駆け抜ける一人のくノ一の姿。その背中には、男が一人背負われていた。


「もー、しつこいよー!!」

「うるさいぞ、今すぐその首を刎ねてやる」


 冷静に子供くノ一を追っていく。しかし、彼女が時折見せる忍術はアスカを傷つけるに十分過ぎるもの。アスカは所々から血を流しながら追跡を続けていた。


「じゃあ、これでどうだ!」


 ナエは振り向き、手印を切った。その瞬間、アスカの足元が燃え始める。


「猪口才な、小細工せずには勝てないのか!」

「んー、結構大きな細工だったんだけどなー」


 おどけながらナエはまた逃げ始める。アスカはまた追う足を一歩進めようとした。しかし、なかなか進められない。一歩踏み出すごとに周りの草が燃えるのだ。木に駆け上がっても、アスカが触れた所全てに火がつく。

 アスカは、口を真一文字にして水辺へとかけて行った。実は彼女、火がとても嫌いなのだ。周りに誰もいなければ、普通の化け猫よろしく怯えてしまう。今はナエがいたからなんとか心を保っていたが…………


「すまない、健人、わらわが不甲斐ない故に…………」


 彼女はすっかりしょげてしまっていた。小袖を膝までめくり、足を小川の流れに浸している。さっきまで感じていた脚の熱が引いていくのが感じられる。


「仕方あるまい、奴の巣穴を探し出すしか無いだろう……熱っ」


 浸していた足を手拭いで拭ってから小袖を下ろして、草履を履く。一瞬熱を発した草履に怯んだが、もう足元が燃えるという怪異に襲われることはなかった。

 ふと耳を澄ませると、少し離れた所から地鳴りが聞こえてきた。


「地震か? 珍しいな。まぁ、大きくないから素直にカトワイスに戻るとするか……」


 アスカは眠そうに目をこすると、元来た道を歩いて戻って行った。



***



 ナエは、アスカにかけた術が上手く作動したのを見届けてから、その場を立ち去った。早駆けし、ボヘマイン特有の広葉樹生い茂る森を抜ける。


「おー、ここがまぎ、まぎ、えーと、そうだ、マギミーネ鉱山かー!」


 しばらくすると、そびえ立つ岩山の前に立っていた。既に国からルビースノート採掘権の制限がかかった今では、うろついている鉱夫は一人もいなかった。


「お宝あるかな〜? 持って帰ったらお父様も喜ぶだろうな〜」


 鉱山坑道の入り口には、特に何か転がっている様子はない。ナエはつまんなそうに踵を返して、”お山“に戻ろうとした。その時、ふと小さな石版がナエの目に入った。

 好奇心の強いナエにとって、この石版は面白過ぎるものだった。


「えーと、なんて書いてあるんだろー。んんー、分かんない!」


 とりあえず自己完結してしまったようだが、まだ興味はあるようだ。匂いをじっくりと嗅いで石版を見分していた。

 石版にはよく分からない記号が羅列されており、その横には規則的な凹みがあった。


「なんだろうこれ〜、あれかな、なんか入れるのかな〜?」


 周りに落ちている石やらなんやらを無理矢理入れてみるが反応はない。そのうち、ナエは飽きたのか健人を下ろして、大きな岩の上で昼寝し始めた。日が当たってちょうど気持ちいいのである。


「んん〜、あったかいなぁ〜。あれ?」


 ナエは首を少し上げて、健人を見始めた。自分が連れてきた男は鍛えているのは分かったが、戦闘に関してはからっきしのような気がした。ただ、大事なのはそれじゃない。

 健人が首から提げているネックレス。それに付けられた鉱石が光っているのだ。

 ナエは光っている物が大好きだ。だから、飛びつくしか選択肢はなかった。


「すっごくキレイ〜、これなんだろ〜」


 健人のネックレスをグイグイ引っ張っていた。鉱石はどこかで見たような形をしていて、自ら光を放っていた。


「こんなにキレイな石はじめてだ〜、あれ?これ〜」


 ナエは何か気づいたようで、ネックレスを健人から外すと石板の凹みにはめ込んだ。すると、突然石板の文字に蒼い光が通い、地鳴りがし始めた。

 それと同時に、切り立った崖が少しずつ剥がれ始めた。


「これは、大変だけど、でも何があるのか楽しみ!」


 化け猫の中でもトップクラスに好奇心が強いナエ。じっと崖が剥がれるのを見ていた。その岩壁が全て剥がれた時、ナエの目は今までに無いくらいに丸くなった。



***



「この地鳴りは一体なんだ、すぐに調べろ」


 ルーシニア竜騎兵がカトワイスの街を闊歩している。その騎兵達を統率する長、アリシア=イズマイロフは突如起こった地鳴りに戸惑っていた。

 ────というより、内心怯えていた。


「今すぐ調べさせます、少々お待ちを」


 彼女の後ろにいた騎兵が、馬を走らせ地鳴りの元へ駆けていく。アリシアはその背中を、ボーッと見ていた。


 そもそもエルフの出自は、リリキャットの北、サスカジナータ半島と言われている。そして、その半島全てを領土としていた「スカヴァンドラ国」が、ルーシニア帝国の元になった国である。

 スカヴァンドラ国のエルフ達は、まだ、「神」という存在が実体化していたような時代、「魔法」によりその文明を発達させた。周辺種族、竜人や吸血鬼、獣人達の侵略も、当時の技術よりも進んでいる魔法で撃退していた。


 しかし、その時代は突然に終わった。『神界裁定ラグナロク』、神々が棲む地“ボーガ・ゼムリア”において、“親人派”であった神々が、大神プリンシェパスの裁定により追放されるという出来事が原因になった。

 その神々の中には、エルフ達の支配者“フレイ”や、猫の女神“バステト”もいた。バステトは気ままにどこかに行ってしまったようだが、フレイは違った。


 自分が『神』としての権能を失ったがために、一切の魔法を使えなくなったエルフ達。彼らをまた強くする為に、フレイは「戦争の智慧」を彼らに伝えた。

 そして、それから千年。

 彼らの国はここまで領土を広げ、今に至る。



「兵長、地鳴りの原因はこの先のマギミーネ鉱山にあるようです!」

「よくやった、ここでしばし休息をとったのち、ルビースノート採掘に向かうぞ」

「了解しました。して、この化け猫めはいかがなさいますか?」


 兵士がつまみ上げたのは、先程アリシアを狙っていたスズだった。

 ────ルーシニア兵が侵入したのをスズは見つけた。その時、弓矢をほぼ同時に三本射たのだが、それはアリシアには当たらなかった。さらには、近くにいた竜騎兵が異変に気付き、スズをマスケットで狙撃したのだが…………


「にゃあっ?! チーズに穴が空いたのにゃ!!」


 生来の食い意地からなのか、何故かチーズの塊をポーチに入れていた。その為、それが盾になり一命を取り留めたのだ。だが、別にスズは軍人でもなんでもない。わちゃわちゃしてるうちに、うなじを摘まれて、連れていかれていたのだ。


「しかし、項を摘めば誰でも大人しくなるって本当なんですね」

「まぁ、そうだな、化け猫とは不思議なものだ。弓矢を奪って放してやれ」

「了解しま────」


 話していたのとは別のエルフが、突然喉を矢で貫かれた。そのままもんどりうって倒れる。


「ふん、小癪な真似を……」

「まだこの化け猫は放さない方がいいですかね」

「いや、放してやれ。それはかわいそうだ」


 可哀想と聞いて、兵士はスズの様子を見た。

 彼女は死んだ魚の目をしながら、手足をぷらーんとさせて大人しくしていた。時折、「にゃー」なのか「んなー」なのかよく分からない鳴き声を出している。

 とても哀愁漂う姿だった。その姿は、この後生け贄として捧げられるうら若き乙女のようだった。

 兵士は、スズを地面に立たせて手を離した。彼女は周りをキョロキョロすると気づいたように振り向いた。


「一体どこの人なのにゃ、街で戦うのは敵なのにゃ!」

「やっぱり殺した方が良かったのでは?」


「いや、娘を助けたお前達には特別に命を助けてやろう」


 アリシア達の周りは、既にリリキャットの歩兵達が既に包囲していた。歩兵の中に一人だけ馬に乗った弓兵──セルウィンがいる。


「クソ、強行突破するぞ!」

「やめておけ、そもそも静かに行動するのが得意な我々に、お前達程度の技術で敵うと思ったのか」

「うるさいっ、化け猫風情が我々エルフに楯つ────」


 アリシアの甲冑を矢が貫いている。矢じりは彼女の腹に突き刺さっていた。


「な、いつ撃っ…………くふっ?!」


 アリシアの口から血が漏れる。急に体が暑くなり、血が尋常じゃ無い速さで流れている。それなのに心臓は流れに追いついていない。彼女の視界は途端に狭まり始めた。


「それは、重装兵用の毒矢だ。リリキャットにしか無い花の根の毒を使っている。お前達が今すぐ投降しなければ、そこの女騎士は死ぬ。だが、投降すれば解毒剤をやろう」


 他の兵士は戸惑っていた。およそ三十の銃口が自分達に向けられている。そんな中で自決はできない。それに指揮官は毒にやられ、マトモな判断が出来ない。


「と、投降する……」


 エルフ達は各々の武器を下ろし、手を後頭部に回して膝立ちになった。化け猫達がそれらに縄をかける。セルウィンはアリシアに何か粉のようなものを飲まさせていた。


「お父さん、ごめんなさいにゃ〜」

「全く、頑張ろうとしたのは分かるが、無茶をしちゃダメだろ?」

「そうなのにゃ…………でも、健人がいなくなっちゃったのにゃ!」

「分かった、とりあえず探してみよう。スズは何か手がかりはあるかい?」


 父娘おやこは生きて再会出来たことを、内心喜んでいた。だが、一番の問題はどさくさに紛れて健人が連れ去られた事である。


「大隊長ッ、マギミーネ鉱山にて大規模な異変とのこと! 今すぐ来ていただけますか!」

「簡単に説明してくれ、何があったんだ?」


「地図に一切記述の無い空間が現れて、その中に大掛かりな祭壇が埋まっていたそうです!」

「そんなのは考古学に詳しい学者に任せておけばいいだろう」


 セルウィンの声が苛立ちを纏ったその直後、兵士はさらに口を開いた。


「カストラーノの死体がその空間にて発見されたようです」


 今度の報告は、その場にいた兵士を凍りつかせるに充分だった。

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