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Episode.24:明けの戦火、人を乱し

明けましておめでとうございます〜!


「少佐、少佐!!」

「…………んんっ、ああ、どうした?」

「こんな所で寝る程、お疲れになっていたのですか?」


 セルウィンが目を覚ますと、冷たい土の上だった。羽織っていたマントがすっかり汚れてしまっている。


「ああ、いや、少し油断してしまった。疲れをきちんと取らねばならなかった」


 辺りを見回すと、まだ満天の星空が夜を覆っていた。日の出まではおおよそ二時間といったところか。セルウィンはマントの汚れを軽く払い、立ち上がる。どうやら、ベッケンバウアー邸の裏庭で眠っていたようだ。


 ────それにしても、何故裏庭で寝ていたのか。


 セルウィンはまだ覚めきっていない頭をフル回転させた。

 何故、裏庭で倒れていたのか。

 いや、裏庭には一切行っていない。


 最後に行った場所、それは…………


「屋根の上…………まずいっ、衛兵、不審者を見てない────


 セルウィンの怒号と共に兵士が門に詰めかける。だが、時すでに遅し。衛兵はぐったりとその場に倒れていた。


「まさか、侵入者ですか!」

「ああ、そうだろうな。少しばかり作戦を変えるぞ」


 悔しそうな表情でセルウィンは邸宅に向かう。兵士達は無言でその背中を見送るしか手が無かった。


「むにゃあ、お父さんはこの時間に何をしてるのにゃ〜」


 自室に戻ると、布団が一際大きくなっていた。その布団を彼がめくってやると、白いパジャマ姿のスズが目をこすりながら座っていた。


「ああ、スズ、起きちゃったのか?」

「んにゃ、お腹が空いたのにゃ〜」


 隣に座った父親に、彼女はゆっくりと頭をすりつけた。セルウィンは娘の頭をゆっくり膝に乗せ、優しく撫で始めた。

 うにぃ〜、と鳴きながらセルウィンの撫でる手に甘えている。そんな娘を見て一言、


「大きくなったな」


 彼女の頬を撫でつつ、セルウィンは作戦開始までイメージを広げていた。



***



 まだ仄暗い夜明け前、カトワイスの城門を騎兵達が続々とくぐっていく。その数およそ二百人弱だが精鋭だ。


「中隊長、敵本隊はカトワイスから南に十マイル、クリストロフの丘に陣取っています」

「俺達の動きはそうじゃない、分かるだろ」


 中隊長は、兵士を宥め手信号により部隊を西に向かわせた。蹄にくつわを履かせ、音を最小限に抑えた騎兵隊が、未明の空気を切り裂くように進んでいく。

 同じような中隊が四つ、それぞれバラバラの方向へと向かっている。




「伝令っ、リリキャットの騎兵がカトワイスを出撃! 五個中隊程の規模でこの丘に到着します!!」

「鐘を鳴らせ! 弓兵大隊を丘の麓に展開しろ、あと二時間もすれば、“ダークエルフ”旅団が到着する。援軍の到着を確認し次第、ルビースノート鉱山に向かうぞ!」


 ルーシニアの野営拠点にけたたましい鐘が鳴る。エルフ達はものの数十秒で出撃用意を整え、各々の持ち場についた。


「オスターヴァにいる騎兵大隊とクライコフの重装歩兵大隊に伝令を送れ! 猫野郎め、返り討ちにしてくれる!」


 制圧部隊を統率するダークエルフは、凛とした声で指示を出し、軍の態勢を整えていく。彼女自身もサーベルを持ち、鎧を身につけた。


「アリシア様が戦場に出られては、誰が指揮をとるのですか!」

「バカか、戦場に出て、兵達に道筋を示すのが指揮官たる私の役目だ、だから、黙って私についてこい!!」


 女騎士は一角馬に跨ると、そのまま騎兵大隊を率いて戦場に繰り出していった。





「敵本隊は丘を下りている模様、その数およそ二千程です!」

「大丈夫だ、恐れることはない」


 兵士の報告を受けても、セルウィンは一切表情を崩さずに進み続けた。進む先はルーシニア本隊が構える丘の麓、向かうべき場所をしっかり見据える。セルウィンはさらに馬のスピードを上げた。




「まもなく敵騎兵が第一防衛線に接敵しますっ。射撃の許可を!」

「第一防衛線、撃ち方始め!」


 丘の麓に張り巡らされた木の防護柵から、無数の矢が放たれる。その矢の雨は、彼方から駆けてくる騎兵達に────降り注がなかった。


「敵騎兵、速すぎます!」

「水平射撃だ、狙え!」

「第二防衛線、撃ち方始め!」


 ルーシニア、もといエルフは飛び道具をメインに戦う種族だ。マスケットを持ち敵を蹂躙する竜騎兵、長弓を持ち集団で突撃する長弓歩兵。そして、長距離から敵を制圧する投石兵。この”陸上三軍“の連携により、領土を広げてきたのが彼らだった。


「決して懐に入れるな! そこが我々の命運を握っ────


 防衛線にいる将校の喉に矢が刺さっている。エルフ達はかなりどよめいていた。


「ダメです、敵騎兵、雪崩れ込んできます!!」

「防衛線を放棄しろ!丘の頂上まで戻れ!」

「撤退だ、撤退!!」


 エルフ達は散り散りになって退却するはずだった。


「…………カトワイスから火の手が上がっています!!」

「なん……だと……。いや、だが我々の作戦も成功している筈だ」


 少し下唇を噛みながら、セルウィンは背後で燃えるカトワイスを睨んでいた。



***



 ────夢を見た。否、『俺』は『お前』に夢を見せた。


 夢とはなんだ。幻のものか。いや違う。

 お前には『夢』であり、俺には『現』だ。


 お前は何も知らないだろう。だが、俺は知っている。


 その苦しみも、その痛みも全て知っている。


 ■■■を俺とお前は失い、■■■は俺とお前を失った。


 だが、『それ』により、全ての鍵は開いた。


 あとは『お前』が進むかどうかに懸かっている。


 進め、彼方より此方こなた


 そうすれば────────




「なんだよ…………」


 健人は頭に残る違和感とともに目が覚めた。頭痛が残っている中、見回すとやたら周囲がうるさい。ベッドを降りて、自分の状況を詳しく掴もうとする。窓の外を見ると、そこには


「会いたかったぞ、青年よ…………!!」


 銀髪の化け猫が飛び込んできた。手にはレイピア、黒いロングコートを着た彼女に、健人は確かに見覚えがあった。


「貴女は…………ミカエル…………」

「“紅のツバメ”、執行部隊長。ミカエル=ヴァン=スタニスラフスキーだ。覚えておけ」


 だが、ここにいるはずはない。ザーツバーグで捕縛され投獄されたはずだ。彼女の罪状は後から聞いたが、無罪放免になるはずはない。


「何故ここにいるんですか?」

「それは、分からないのか?」


 彼女の漆黒の瞳に思考が吸い込まれる。だが、その刹那、健人の身体は地面に叩きつけられていた。そのまま上を見ると、ミカエルが健人からマウントを奪っていた。

 手には鋭利なレイピアが握られている。


 ────今度こそ俺は死ぬ、そんな事は耐えられない。


 どうして何回も死にかけなきゃいけないんだ。もう嫌だ、夢なら覚めてくれ────


 健人が必死に祈ったその瞬間、脳の中でカチリと音がした。意識が一瞬朦朧とし、また明瞭になる。すると、目の前には、戸惑った顔のミカエルがいた。しかも、健人“に”マウントを取“られている”。


「あぅ、待て、その、心の準備はそこまでできていないんだ!! そのっ、あれだ、その〜、どうすればいいんだ」


 ミカエルはかなり狼狽しているようだ。顔を赤らめて手をバタバタさせている。健人の体は勝手に動いていた。ジタバタ動く彼女の手を押さえつける。あぅぅ、ともはや絶望したような声で彼女は鳴いていた。


「俺を殺そうとしたのは何故ですか?」


 健人はしっかりと彼女の眼を見つめて問い質した。彼女は狼狽えながら一言、


「お前がほし────

「はーい、そこまでだよー!!」


 言おうとしたが、子供の甲高い制止の声により言えなかった。二人が声の方を向くと、そこには赤毛に黒い忍び装束という出で立ちの小さな化け猫が立っていた。


「え、えっと、どちら様で────!!

「ナエっ、貴様、どういうつもりだ!!」


 ミカエルは健人を突き飛ばし、ナエと呼ばれた化け猫に向かって威嚇していた。それはもう、尻尾は二回りも太くなり、息を荒くしながら唸っていた。


「“お父様”はそこのお兄さんを連れてきてって言ってたんだよ?」

「うるさいっ、忍びごときが我々に口を出すな!」

「そんなこと言ったら、ミカエルお姉ちゃんはお尋ね者じゃ〜ん」

「黙れ──!!」


 ミカエルが放ったダガーはナエの鼻筋、喉元、左胸を目がけて飛んでいく。それを彼女は、そりゃっ、とかわいらしい声を出して簡単に躱した。


「クソガキが、とっととお山に帰れ!!」

「じゃあ、お兄さん貰ってく────うにゃああああ!!」


 突然ナエが絶叫して、部屋の隅に飛んで逃げた。何故かナエの腕からは多めの血がダラダラと流れていた。


「わらわの刀筋を見切った訳ではなく、ただ避けたのか。身軽な動きをするものよ」


 部屋の入り口には、アスカが下段に構えて立っている。


「健人、大丈夫なのにゃ?!」

「ご、ごめん、スズもアスカも助けに来てくれて!」


 弓を持って健人を庇うようにスズが立っている。


「大丈夫なのにゃ、この間は健人が助けてくれたからお返しするのにゃ!」

「ちぃとマズイことになっちゃったじゃんか〜、ミカエルお姉ちゃんのせいだよ──!!」


 ナエはぷっくりと頬を膨らませてミカエルを睨んでいる。ミカエルは素知らぬフリをして立ち上がる。


「さて、小童こっぱよ、覚悟はできたか?」

「こっぱって名前じゃないよ! 私はナエ、ナエ=“フーマ”=ドラクロワ! “リロンデル部隊(偵察部隊)”隊長だよ〜!!」


 ナエはまた頰を膨らませると、檸檬レモン色の瞳を軽く光らせる。


「じゃあ、お兄ちゃん持って帰るね〜」


 彼女は何故かスズの後ろ────健人の前にいた。そのまま手際よく健人の身体を結束する。


「じゃあ、帰るね〜、”空呪、固定完了“」

「させるか……!」


 健人を軽々と担いだナエ。それを、アスカが〇.五秒速い間合いで防ごうと踏み出した。


「”指定区、一分度“」


 ナエが発した単語は全く理解できなかった。だが、何が起きたかも分からなかった。

 彼女は既に”二軒先の屋根にいた“のだ。


「わらわはあやつを追う!」

「私はもう一人の方を追うわ、”Vertraut, Boot“」


 ユリはユリで、騒ぎに乗じて逃走したミカエルを追うために土から使い魔を作り出した。その数三十ほどか。


「スズは〜、スズは〜、えーと…………仕事が無くなっちゃったのにゃ!!」


 大変なのにゃ〜、と騒ぐスズ。ユリとアスカはもう健人を助けに向かってしまっている。途方にくれて部屋から出ようとしたその時


「な、なんなのにゃああああ!!」


 爆発音と共に街から、多くの悲鳴があがった。スズは恐る恐る悲鳴の方を伺うと、


「猫は根絶やしにしろ!!これからこの土地はエルフの土地だ!!」


 物騒な大剣を持った女エルフ騎士が、騎兵を連れてカトワイスを蹂躙していた。


「やめるにゃああああ!!」


 スズは弓をつがえ、その騎士目がけて矢を放った。そこまで一秒ちょうど、一切の無駄は見えなかった。

 続いて二本、三本と矢を放つ。女騎士は飛んできた矢を避けるのに、バランスを崩して落馬してしまった。


「トドメなのに────


 四本目の矢を放とうとするが、それは放てず、代わりに無機質な轟音が暁の空に響いた。

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