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Episode.23:絶対なる忠誠


メリークリスマス!!




〜数時間前〜


「あの軍旗はルーシニア陸軍じゃないか!!」

「不可侵条約を破りやがったぞ!!」

「一斉射撃が来るぞ!全員防衛線まで下がれ!!」


 カトワイスから東に五十マイル。濃い青の軍服を着た化け猫達が、草原に設けられた即席の防護柵の裏に隠れていた。

 掛け声からわずか二秒、空から大量の矢が降ってきた。木の防護柵はところどころに穴が開き、その裏にいる兵士は矢に貫かれていく。だが、運良く耐えきった防護柵の裏の兵士は、倒れる仲間に同情せず、自分の手に持つマスケットに弾を込めた。


「敵の槍騎兵部隊が肉薄しています!!」

「横隊陣形、三列で迎撃する。急げ!!」

「第一列、射撃用意!! 撃て!!」


 指揮官の号令と共に、防衛線から轟音と黒煙が一斉に上がった。銃口の先には一角馬に跨る小さな身体の槍騎兵達がいる。


「怯むな! 化け猫なんかに我らエルフが劣るものか!!」

「突撃せよ!!」


 槍騎兵エルフ達は、繰り返される波状射撃にめげず、突進してくる。


「装弾間に合いません!!」

「カトワイスまで退くぞ、陣地を捨てろ!! 話は生き延びてからだ!!」


 リリキャット軍は一斉に退却を開始した。それでもエルフの槍に貫かれる者は多い。それでも死に物狂いで兵士達は退却していった。


「チャルニグラーフの森に向かえ!! そこなら騎兵は入れない!!」


目方で一マイル程先に見える森。そこに向かってリリキャット軍(化け猫)達が敗走していく。日が中天に達する頃には、元々いた兵の二十分の一まで減らされていた。



***



「それで、戦況はどんな感じなんだ?」


 化け猫歩兵のうちの一人がパイプの煙を燻らせながら呟いた。


「ルーシニアは三個旅団程の規模、大体十四万程で攻め込んできているらしい」

「奴らは軍勢を三つに分けて攻めてきている。奇襲を受けた三つの街のうち、オスターヴァは壊滅したというが、カトワイスはどうやらまだ戦っているらしい。よくやるもんだ」

「俺たちクライコフの守備隊はボロボロになったからな。カトワイスを起点に立て直したいもんだ…………」


 兵士達の声が夜の森に響く。それを聞いていたのは、フクロウだけだった。




 同じ頃、話に上がったカトワイスでは、凄惨な光景が広がっていた。

 馬もエルフも関係なく、死体の山を築いている。


「それで、彼一人でルーシニアの槍騎兵達を駆逐したというのか? そんな馬鹿な話、信じられるわけないだろう」


 ベッケンバウアー卿の邸宅で、カトワイス守備隊長は首を傾げていた。

 東西から挟み撃ちにされたこの街、守備隊長は西側の敵襲に対応していた。西側からやってきたのは槍騎兵ではなく、ルーシニア独特の弓騎兵。リリキャットの戦術的防衛によりなんとか事なきを得たのだが…………


「大剣を持ち、馬ごと身体を切り裂き、恐れずに突進していく。しかも、王国軍の兵士でもないただの一般人が、だ。信じられるわけないだろう」

「ですが、隊長、私もこの目で確かに見ました。あの勇猛な姿はそうそう忘れられるものではありません」

「まぁまぁ、確かに彼の変貌ぶりには驚かされましたが、事実この街は助けられたではないですか。ニコラウス卿とファラデー教授、そしてくだんの彼には感謝を示したく参りました」


 隊長の隣で、爽やかな格好の兵士がはにかみながら、ユリに握手を求めている。その握手を指先だけ受け取りながら、ユリは向き直った。


「何を考えているが分かりませんが、彼を戦わせるなんて言語道断。そんなことしたら絶対に許しませんので」

「何かと思えば、件の彼に惚れたのか? 我々とて、傭兵にすら頼る事は一切ない。常に士気を高く持ち、“Absolutus(絶対なる)Fidelis(忠誠)”の精神をもって戦場に立っている。その誇りすらない、狂戦士のような男に兵を任せられるか」

「兵を任せる話をしているところを見るに、技量は認めていらっしゃるようで」


 隊長がユリの言葉にぐうの音も出なくなったところで戸が開いた。


「健人!! どうして倒れてるのにゃ!! おかしいのにゃ!!」

「…………ほら、子供はもう寝る時間だ、ベッドに戻りなさい」

「いやにゃあ!! 健人に撫でてもらえなきゃスズは寝たくないのにゃ!!」

「ファラデー君、彼女は?」


 突然入ってきた闖入者に戸惑う卿と、頭を抱えるユリ。そんな事はお構いなしに、スズは健人が寝かされているベッドに走っていく。


「ダメです〜!! そのお兄ちゃんは寝てるのでダメです〜!!」

「うるさいのにゃ! 健人はスズの大事な”フィアンセ“なのにゃ!!」

「フィアンセなら、なおさら大切にしなきゃいけないんです! ニコラウスさんが言ってました!!」


 健人の世話をしていたリズまでもが、わちゃわちゃし始め、広間は空気がガラリと変わってしまった。


「ほら、スズ、今日は寝るわよ」

「なんでにゃ〜、イヤにゃ、スズは健人と寝るのに────」


「スズ、ワガママを言うのはやめなさい。じゃないとお仕置きだぞ」


 突然響いた間の抜けた言葉。だが、その言葉からは想像もつかない凛々しさと雄々しさがその声には含まれていた。


「うるさいにゃ!! パパでもないのにどうしてそんな事言え────


 スズは威勢良く振り向く。そして、噛みつかんばかりな顔をして────いたが、声の主と目が合うと、耳をぺったりくっつけて、尻尾を太ももに巻き込んで隅に逃げてしまった。


「うちのがお騒がせしました。陸軍近衛兵団、軽騎兵連隊第一大隊長、セルウィン=グランドハート。ボヘシャール地方の緊急事態と聞き、王の勅令を以ってここに馳せ参じました」


 二角帽を被った背の高い兵士がそこに立っていた。その目つきは鋭く、背負っている長弓や、頰の傷が、その兵士の技量を感じさせた。



***



「それで、現在オスターヴァは完全に占拠され、クライコフは籠城中、ここ(カトワイス)も次の攻撃に耐えられるかどうか、と言ったところですか…………」

「はい。しかし、少佐の部隊が援軍に来ていただいた以上、我が軍も持ち直すとは思いますが…………」


 守備隊長は、セルウィンの傍で休めをしつつ戦況報告をしていた。


「油断はするな。エルフの脳みそには何が詰まっているか分からない。奇襲を仕掛けてくる可能性もあれば、精巧な戦術を使って来るかもしれない。全てを考えた上で最適な勝利への道を考えろ」


 セルウィンは、膝の上で寝ているスズの頭を撫でながら、隊長を叱咤する。その場にいた兵士は背筋を伸ばし、緊張状態を取り戻していた。


「少佐よ、君はどういう策を練っているのかね?」

「はい、今回の戦いの勝利条件はカトワイス防衛及び、オスターヴァとクライコフの奪還。そして、それに際するルーシニアの槍騎兵隊を制圧する事にあります。ですので、それに合った作戦としては……………………


 セルウィン主体で始まる軍議。そこには、先程までの昏さはない。

 ────皆が、リリキャット王国の民として矜持を持っていた。


「それでは、作戦開始は日の出と共に、という事で良いでしょうか」

「大丈夫だ。いいか、一人一人が“Absolutus・Fidelis”をもって戦いに臨め。求められるのはそれだけだ」


 了解、と兵士が返礼し軍議が終わる。セルウィンはスズを抱き上げると、リズに案内された客室へ向かっていった。





「ふうん、な〜んだ、つまんないの〜」


 軍議が開かれた広間の隣、赤毛に短いツインテールの化け猫がモップを持って、()を立てていた。まだ10歳程のメイド服を着た幼い化け猫だ。


「さて、そろそろ()に帰らないと、怒られちゃうね〜」


 赤髪の化け猫は、イタズラっぽく檸檬レモン色の瞳を細めて笑うと、モップを捨てて空いている窓から飛び降りた。

 ────と、思いきや、屋敷の屋根の上にその化け猫はいた。先ほどのメイド服とは打って変わって、背中の部分が網状になった黒い装束を着ている。


「んふ〜、そろそろ帰ろ────

「逃がさん……!」


 赤髪の化け猫の首元を、一本の矢が通り抜けていく。彼女が振り向くと、そこにはさっきまで軍議を取り仕切っていた兵士が立っていた。それも、長弓を横に構えて。


「わ〜、見つかっちゃった〜。こんなの、初めてだよ〜!」

「とにかく、どこの斥候か知らないが、ここで逃すわけには行かない……!」


 矢をつがえるところすら見えぬ速さで放たれた矢。十ヤードもない所にいる“獲物”の心臓を捉える事など、造作も無い。セルウィンはそう思った。



「────あまりに遅いよ…………!」


 いつのまにか懐にいる彼女に、槍の穂先のような物を刺される。矢は遠くの屋根に刺さっている。


 セルウィンには理解ができなかった。そのまま、彼の意識は落下感と身体の痺れと共に、フェイドアウトしていった。


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