Episode.22:抗う者
今話は多少読みづらい所があるかもしれませんがお許しください
「ほう、“魔導家門廃絶”。三元の一つを担う家門を他の家門に移行して、元の家門を根絶やしにする。大体の予想はつくが、何故儂の元に訪れたのだ?」
重い空気を一層まといながら、ニコラウス卿はユリに問いかけた。
「それは、この反乱に“天”の魔術師と“人”の魔術師が関係しているからです。“天”の魔術師は元来、天の理を顕わし、人と天を繋ぐ者の筈。ですが、当代の者は、天命に背き、己が信念という自我を張り続けています」
「自我を持つ事は、これ即ち己の存在を証明する事である。故に、人ならば必ず持ち得る感情だ。だから、その告発には、“ジャッジメント”ではなく、“魔導資格剥奪”が相当であろう」
彼女の厳しい眼差しに対しても、ニコラウス卿は一切動じる事なく、粛々とした態度で返答した。
「“魔導法規”に従えば、確かに“パニッシュメント”が妥当でしょう。しかし、かの二人の魔術師は国王陛下に、呪いの言葉を吐いたばかりか、刃を向け、無垢なる血を流し、この王国に混沌と苦行を課したのです。その罪は、サーバルニア神殿の賢者の石よりも重く、西の大洋オケアノスよりも大きく、しかし街の下水溝に打ち捨てられたネズミの死骸のように唾棄されるべき物です」
彼女はゆっくりと、しかし確固たる確信を持ち、卿に訴えかけた。
「その罪は重々承知している。だが、それはこの国の司法によって裁かれるべき罪であり、司法は必ず極刑を下すであろう。故に、そこに“魔導法規”の入る資格はない」
「ですが、“星の魔術師”たる卿が、道を外し、魔導により人を危殆に陥れた罪を見逃すというのですか!!」
彼女は机を叩き立ち上がる。自らの思いを、ぶつけていた。
────正義を守る、というその思いを。
卿は紅茶を一口飲み、ユリの声で起きてしまったリズを再び寝かしつけた。そして彼はゆっくりと口を開いた。
「“星の魔術師”、魔導の礎にして、“星の力”を以て“制御”するもの、故に誰の上にも立たず、誰にも仕えず。確かに儂は星の魔術師であった。だが…………」
卿は一息ついてユリの顔を見直した。
「一月ほど前に”星“から任を解かれた。今は別の者が魔導のあり方を定義しておる。故に儂は、お主の告発を聞き入れる事は出来ぬ。深く詫びよう」
ユリの顔が青ざめていった。彼女は呼吸を荒くし、今にも倒れそうになっている。
「なぜ…………。と、訊いてもそれが星の命である以上、従うしかないのですよね…………」
彼女は残念そうな顔をしてため息をついた。卿はそんな彼女を慰めるように、
「案ずるな、夢や理想ではなく、目標を持っていることがあれば必ずそれは報われるだろう」
と微笑みながら言った。彼女はどこか落ち着かないのか、そわそわした様子で尻尾を振っている。そこで、健人は助け舟を出そうと試みた。
「そ、そういえば、どうしてボヘシャール地方は夜の娯楽を禁止しているんですか?」
「ああ、それは、簡単な話だ。オークは明かりと音に反応するのだよ。だから、夜に騒いでいたら、オーク達がやってきてしまうじゃろ」
卿はにこやかに笑って、あっさりと言い放った。まるで、それが当たり前の日常であるのかのように。
────そんな日常、明らかにおかしい。
何かを得る為には、何かを失わなければいけない。それは生きている者ならば、例外無く定められている事だが、この街は明らかに釣り合っていない。
「じゃあ、この地方の人達は何を楽しみにして生きているんですか?」
「ふむ、それは偏に答えてる事は出来ぬ。だが、ここは元々血気盛んな他種族から奪った土地で、今でも戦の種は絶えない。数マイル行けば必ず死体に出会う。そんな地方だ」
健人は、頭に一条の熱線を刺し込まれたような痛みを感じた。
────人々はそれで良いのだろうか。
人々は怯えながら外を歩き、夜は恐れながら家に籠る。
”生命の保証“を得る為に、”人間的な自由“を失う。これで良いのか。
────そんな訳ない。
「…………どうしたら、人々は自由を得られるのでしょうか…………」
「それは…………勝つしかないだろうな」
ならば、滅ボサナイト。敵を滅ボシテコソ平安キタル。故ニ────────
意識が何かに吸い込まれていく。落ちていく。だが、身体は浮遊感に包まれている。身体と心が引き離されるのか?
そんな事、耐えられない筈だ。必ず死が訪れる。
────死ぬのは嫌だ、こんなところで、なぜ死ぬんだ。どうしてだ。やだ、やめてくれ、やめろ────
「ん? 健人? …………健人、起きなさい!! 健人!!そっち側に行ってはダメ!!」
ユリの叫び声が脳内に響く。オレは、そんなもの、知ったこっちゃない。とっとと、出て行って、敵を、倒す、だけだ。
意識が彼方に飛ばされる。だが、身体はそこに確かに在る。どうしたものか、身体の感覚は研ぎ澄まされるのに、意識は薄められていく。
────イザ、マイル。
ワガ──ハケ──トリ、ワ──シハチヲカ──。
ワガココ──、ヒト──モニ──。
ワレハ──ノマ──テ、ケ──ノ──テ。
ダガ、ダレ──サズ、ミカ──ナシ。
キズ──カク、ク──ミハツヨ─。
ソレデモ、──ダハテ───ツ。
ユエニ、コノミハ────────────。
────白い光、全てがなくなった。
光が収まると、そこは一面の戦場だった。否、戦場「跡」と言う方が正しかった。
兵士の骸は無残にも転がり、その肉は数多のカラスに啄まれ、魂は欠片すらも存在しない。
その光景に、健人は茫然自失としていた。もはや、ここは死を具現化した場所。そこに生命は存在せず、希望は無い。夢も無く、絶望すら無い。
────ここにいてはいけない。
耳元で囁かれる。
────ここは「お前」の居場所じゃない。
そんな事は十二分に分かっている。胸に渦巻く恐怖を吐き出し、今すぐ踵を返して逃げたい。だが、彼にはそれが出来なかった。
────お前じゃない。”お前“の場所だ。
何を言っているのか、脳が理解を拒んでいる。だが、それを理解しなくてはならないと、身体のどこかで何かが叫んでいる。
────お前にはまだ早い。
突如として襲いかかる錆びた鉄の臭い。
アア、此レハ血ノ臭イダ。
俺は、こんなところにいたくない。
此処ハ俺ノ故郷、戻ルベキ地ダ。
だから、ここから────────
────────ニガシハシナイ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
脊髄を貫く強烈な痛み、だが皮肉なことにも、その痛みが健人の五感を取り戻した。
────次に、目に飛び込んできた光景は、戦場だった。
***
「健人!! 戻りなさい!! 今居るべき場所はそこじゃないわ!!」
ユリは全力で健人を押さえつける。だが、力の差は歴然だった。
”健人“の咆哮とともに、ユリはレンガ作りの壁に叩きつけられた。
「くふっ、あっ、痛いっ……”Heilung von Verletzungen“‼︎」
身体の傷を魔術により修復する。しかし、それにはやはり時間がかかってしまう。
「”Συγκράτηση“」
しわがれた一言の呪文と共に、健人の周りを漆黒の鎖が取り巻く。
「星の魔術師で無くとも魔術は使える。こいつはちいと痛いが、我慢しろ…………!」
卿の拘束魔術により、健人は身動きがとれな────くなりはしなかった。
金属の砕けたような音がする。それと共に衝撃波がユリを襲う。今度こそ、ユリは動けなくなってしまった。
────意識が落ちる寸前、見覚えのある青年が剣を持ち、どこかへ向かう背中が見えた気がした。




