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Episode.21:秘匿される魔域


 アスカとユリの関係が発覚してから三日、一行はマギミーネ鉱山へと向かっていた。


「ちなみに、そのマギミーネ鉱山には何があるのですにゃ?」

「そこにはルビースノートっていう石があるの。前はある洞窟から、一年に百グラムくらいしか取れない希少な鉱石だったんだけど、この間、マギミーネ鉱山でルビースノートの鉱脈が見つかったらしいのよね。だから、手伝って欲しいのよ」

「そんなのスズ達には関係ないのにゃ〜」


 スズはずっと拗ねながら馬を走らせている。やっぱり、まだユリを認めていないようだ。アスカは特に気に留めていないようで、遠くを見据えている。

 化け猫は目がいいとこの間聞いたが、何が見えているのだろうか。


「村が燃えてるぞ。ああ、なんか色々いる。距離は大体…………二マイルくらいだな」


 流石はやはり化け猫、よく見えている…………が。


「村が燃えているのは大変なことにゃ!!!」

「そうね、まぁ、ここはわりかしこのあいだの反乱で内政が崩れる事は無かったし、何かしらの対策は取られているはず…………急ぐわよ」


 化け猫三人は馬のスピードを一気に上げた。それに置いてかれる人間が一人。


「三人とも待ってくれよ…………」


 いくら運動神経がいいと言っても、普段から馬に乗っている訳ではない。健人はどんどん置いてかれた。



***



「オークの群れがやってくるぞ! 第一大隊は村人をカトワイスまで誘導、他の大隊は全力で迎撃しろ!」

「了解! 総員、マスケットに装弾しろ!」

「第一小隊、撃ち方始め!」


 村の入り口では、青いコートに黒い円筒状の帽子を被った王国軍が応戦していた。そのあまりにも戦術的な動きに健人は少し驚いた。


「わらわは裏から回る。スズと先生は、そいつらを助けてやれ」


 アスカは馬を降り、軽やかな身のこなしで村に侵入する。オークの群れはマスケットの一斉射撃を浴びて、勢いこそ遅いものの、少しずつ前進している。


「スズはオークと戦えるわね。健人、逃げ遅れた村人を助けるわよ」

「でも、スズを一人にできな────」

「スズをなんだと思ってるにゃ!! ここは任せてくださいなのにゃ!」


 何故か尻尾を逆立てて威嚇されたので、健人は大人しくユリについていく。

 村の中は燃えている建物や壊れている建物が若干は見受けられる。だが、王国軍の健闘あってか、死人は出ていないようだ。


「あそこの広場、まだ子供が二人いるわ。あとは、もう完了してるみたい。あの子達を乗せて私達もカトワイスまで下がるわよ」


 子供達は怯えたように体育座りしていた。二人は、それぞれ一人ずつ身体に固定してまた走らせた。村の出口を突破する。だが、横からは獰猛な生き物の鳴き声が聞こえた。


「こわいよ…………」


 子供の呟く声が耳に入る。その声を聞いて、体にチカラがミナギッテ、タスケナいといけない気がする。健人は、何か身体がおかしい感覚に包まれたよう違和感を感じていた。


「“Flammenemission”」


 ユリの指先から小さな炎弾が放たれる。オークの毛に引火して燃え始めた。だが、まだオークは健人達をめがけて獰猛な鳴き声と共に、突進してくる。

 こうもこんな状況になると、血がウズク。早ク駆逐、シナイト。

 ────やっぱり、どこか身体が変だ。


 違和感を感じつつも、健人は馬を走らせる。人間相手ならまだなんとかなるがオーク、少なくとも健人のいた世界には実在しないような獣、そんなもの相手には立ち回りどころか、普通に動く事も叶わない。健人は、それを理解しつつ、半ば本能で馬を走らせていた。



「なんとか、逃げ切れたわね…………」

「ええ、これもユリさんのおかげです…………」


 カトワイスの開け放たれた城門に辿り着いた頃には、すでに日が暮れていた。門にはマスケットを持って立っている警衛兵がいたが、二人の姿を見るなり、道を開けて通させた。

 街中はどこか昏く、落ち込んでいるように見えた。子供を教会に預け、馬を宿の厩舎で休ませる。


「ここからは二手に分かれましょ。アスカとスズ、私と健人ね」

「どうしてにゃ〜、ユリさんに健人は預けられないにゃ〜」


 ユリの提案に、スズは健人の腕を抱きながら反論した。


 ────まずいな、この感触に慣れ始めた…………


 普通なら、“うら若き乙女”が腕に絡みついている事なんて、余程のことがない限りありえない。だが、スズが散々甘えてくるおかげで、健人には耐性がついてしまった。


「アスカは私の意見に反対?」

「先生がそういうのなら、わらわは特に異論は無い…………」


 アスカはいつも通り淡々と返事を…………いや、心なしかむすっとしているような気がした。


「健人は?」

「お、俺も大丈夫で────

「ですってメイドさん? 多数決だと今の所全員賛成よ?」

「ひどいにゃ!! ずるいにゃ!!」


 スズは頰を膨らませて唸っていたが、アスカにうなじをつままれて連れていかれた。ユリはそれを見送ると反対方向へと歩き始めた。


「どこで情報を集めるんですか。やっぱり酒場ですか?」

「この辺りは酒場は無いわ。ボヘシャール地方において日没から日の出までの時間は、公共の場における娯楽又は遊興を禁止してるからよ」

「そんな、それじゃあ住民は不満を抱くんじゃないですか?」

「普通ならそう思うかもしれない。だけど、この地方が抱える問題をきちんと理解すれば、自ずと納得できるわよ」



 ユリの案内について行くと、少し大きめの邸宅の前に到着した。門をくぐり、正面の扉を叩くと、重い木の軋む音と共に、自動で開いた。中に入ると、十帖程の玄関を経て、大広間に出た。


「これはファラデー博士の娘じゃないか、こんな老いぼれに何の用かね」


 しわがれた声と共に杖をつく音が響く。二人、まるで英国紳士のような服装の老化け猫が立っていた。


「許可なき訪問をお許しください、ベッケンバウアー卿」

「良いのだ、この国の科学の中枢を担う者の娘が魔導の者とあらば、興味を持たぬ事があり得ようか」


 老化け猫は口元に笑みを浮かべて歩き始めた。その後ろ姿は、なぜか大きく見える。


「卿、この者は加賀谷 健人、陛下より勅令を下され、姫君の御身の奪還と反乱軍の首魁の捕縛を引き受けている者です」

「ほう、陛下の勅使でありましたか。これは出迎えをせずに大変な無礼を。リズ、今すぐお茶を用意しなさい。応接間でお話しいたしましょう」


 健人が、ベッケンバウアー卿に持った印象は“好々爺”といったところか。卿は、優しく笑い二人を広間から応接間へと案内した。


「紅茶です!ミルクはいりますか!?」


 応接間の長テーブル、上座の端に座った卿を挟むように二人は座った。そこで、元気な声が響いた。


「こらこら、客人の前ではお淑やかにしなさいと教えたではないか。お二方、重ねてご無礼を申し訳ありません。彼女はリズ、恥ずかしながら我が家内です…………」

「リズ・フレスベルグ! あっ、違くて、リズ・ベッケンバウアーです! ゆっくりして行ってください!」


 リズはペコリとお盆を持ってお辞儀をすると、素早く出て行ってしまった。


「────あの、妻といっても、あの子、まだミッテルシューレを卒業すらしてない子に見えますが…………」


 ミッテルシューレ、健人の世界ではドイツ語、リリキャットではゲルジニア語で「中学校」を表す。

 確かに、言葉遣いや行動、さらには身体つきまで、明らかにスズより若かった。そんな彼女が…………妻?


「いやはや、最初はヴァイゼンハウス(孤児院)で引き取って、召使いにしておったのだよ。この屋敷は儂ではなかなか手に余るからの。だが、教育をさせて、食事を共にしているうちに親愛が芽生えての。このような老いぼれと一緒になってもらったのだよ」

「でも、私はニコラウス様が大好きなのです!!」


 いきなり突入、もとい入室してきたリズは、喉を鳴らしながら卿に甘え始めた。卿はそれをたしなめて膝の上に乗せてあげていた。リズは機嫌良さそうに一鳴きしてから、膝の上で丸くなり寝始めた。


「このように慕われては死ぬのも惜しいくらいなのだよ…………しかして、これは長々と失礼しました。儂はニコラウス・ベッケンバウアー。この辺りの地主をやっているしがない老いぼれです…………」

「健人、そうは言っても、このお方は王立大学の学長にして、陸軍での現役時代は“魔導将軍”として国内外に名を馳せられた方よ。失礼がないようにしなさい」


 ────この老紳士はやはりすごい人だったか。


 健人は、余計かしこまり、ユリは飄々として紅茶を嗜んでいた。


「して、この儂に何を聞きたいのだ?」

「聞きたい話はたくさんありますが、とりあえずは“魔導家門廃絶ジャッジメント”の許しを得たく参りました」


 物騒な言葉を放って、またユリは紅茶を啜った。

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