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Episode.20:次なる道は理知らず


────気がつくと、健人は見覚えのない村にいた。海沿いにあるのであろう、小さな漁村だ。だが村の様子がどこかおかしかった。茅葺き屋根の家が立ち並ぶ和風の村は、見るも無残な姿になっていた。

 火の手はところどころから上がり、子供達の叫び声が脳内に木霊していた。俺の目の前には、見覚えのある軍服を着た兵士達が倒れていた。その兵士達は、首を落とされ、腕が離れ、はらわたが飛び出ていた。その死体は山のように積み重なっており、健人は思わず嘔吐えずいてしまった。

 だが、嘔吐いた事によって自らの異変に気がついた。手には血に染まった剣を持ち、自分の身体にも血がべっとりと付いていた。それが誰の血かは分からなかった。

 健人は、微かに感じる痛みを堪えながら歩き始めた。だが、すぐに健人の足は止まった。目の前に、小さな化け猫の少女が立っていたからだ。髪の毛を一本結びにして、鴇色の小袖を着ている。愛くるしい少女だった。だが、その小袖はところどころ破け、顔はススで汚れていた。


 少女は何かを訴えかけようと口をパクパクさせていた。だが、健人の耳には届いていなかった。そこで少女は、泣きべそをかきながら、健人の元へとてとてと走り寄ってきた。そして、少女はそのまま健人の足元にすがりついた。体をぷるぷると震えさせて頭を擦り付けている。健人はどうすれば良いのか分からず、戸惑いを見せていた。その時、誰かの声が脳内に響いた。



────ケント、奴らがさらに来る!! お前も………を連れて逃げろ!!



 振り向くと、火縄銃を持った日本人のような男が立っていた。誰を連れて逃げれば良いのか分からなかったが、ふと、足元にいる少女を抱き上げて、健人の身体は走り出していた。


 だが、健人の意識は朦朧としていた。自分がまともに走れているのかすら分からない。ただただ、身体が動いているだけだった。

 ふと、健人の背筋に、得体の知れない何か嫌な感覚が走った。不気味に思い、振り向こうとしたその刹那────健人の視界は、眩い閃光に包まれた。







「あっ!! 健人が起きたにゃ!!!」


 健人が目覚めて最初に見た物は、茶髪の化け猫の顔で、しかも極度にアップになった状態だった。

 茶髪の化け猫は健人に馬乗りになって、澄んだ翡翠のような瞳で彼をじっと見つめていた。健人もまた、彼女を不思議そうに見ていた。


「ほら、スズ。健人くんは起きたばっかなのよ、離れてあげなさいな」

「い〜や〜にゃ〜」


 健人は、自分の上に乗っているのがスズだという事にようやく気がついた。


「おはようなのにゃ〜」

「おはよう、スズ、いい子にしてたか?」

「もちろんにゃ!」


 健人は、自分の身体の上でくねくねしているスズを優しく撫でる。この感じはやはり懐かしかった。


「あれ、アスカさんは?」

「隣のベッドで寝てるわよ」


 健人は紫髪の化け猫の声に反応して隣を見た。アスカがベッドの上で丸くなっていた。たまに聞こえる寝言がとても愛らしく思える。


「それで、ユリ先生、でしたっけ?」

「ユリ=ファラデー、ユリでいいわよ」

「ユリ、さん、よろしくお願いします。それで、どうして俺達に協力してくれるんですか?」


 健人の言葉にユリは目を丸くしていた。何かまずいことを言ったような気がして、健人の心は萎縮した。


「あら、私は協力するなんて言ってないわよ?」

「じゃあ、どうして助けてくれたのですにゃ?」


 健人が抱いた疑問を、スズが代弁してくれた。

 確かに、ユリには健人達を助ける義理も何も無いはずだ。仕事柄助けただけであって、これから出ていっても何の問題もない。


「私に用があるからよ?」

「何の用ですにゃ?」


 スズがようやく健人の上から降りた。それくらいユリの事が気になったようだ。


「そうね、でも言う前に一つだけあなた達を試させて欲しいのだけど────そんなに匂いが気になるの?」

「にゃっ、違いますにゃ。怪しい人は匂いを嗅げば分かるってお母さんに教えてもらったのにゃ」

「でも、女性の匂いを嗅ぐなんて、貴女もデリカシーがないんじゃなくて?」

「ごめんなさいにゃ、どうしても怪しかったのにゃ」


 スズは諦めて椅子にちょこんと座った。だが納得していないのか、尻尾をピンと立ててユリをじっと見ていた。


「まぁ、怪しいと思われてもしょうがないわね。でも大丈夫よ、敵ではないわ」

「…………まぁ、分かりました……それで、何をすればい──


いんですか、と健人は続けようとしたが、それは不思議な猫の鳴き声によって遮られた。


「んなぅ……なぅ…………まだ寝る…………」


 声の主はアスカだ。むくりと起き上がり一つ欠伸をすると、もそもそと布団に戻っていった。今度は布団ごと丸くなっている。


「アスカさんも、やっぱり化け猫なのにゃ〜」

「そうね、むしろあの子が一番"化け猫"らしいのかもね」


 言葉の真意を問おうとした健人の唇に細い人差し指が当てられる。彼は言葉を呑み込まざるを得なかった。


「そろそろお寝坊ガールを起こしてから本題に入るわね〜」


 ユリはベッドの上の丸い塊を揺さぶり始めた。中からは────唸り声が聞こえる。


「まだやめた方がいいんじゃないですか?」

「いいのよ、これくらいしないと起きないわよ」

「でも、唸ってるじゃな────



────シャーッ!!!



 布団から顔を出したアスカは口を開けて威嚇するように鳴いた。それをひやひやしながら健人とスズは見ていた。しかし、それは杞憂だった。


「ほーら、早く起きないと置いていくわよ〜」

「離せ、さもなくば斬るぞ」

「って言って自分の師は斬らないのがアナタでしょ?」

「っ、うるさい……」


 アスカはツンケンした態度ながらも、ユリに頬を挟まれているのに対しては邪険にしていなかった。

 あれだけ他人に触られるのが嫌いなアスカが、自分と真反対そうな性格の化け猫の手を受け入れるとは。世の中不思議なものだ、と健人は不思議そうに見ていた。


「ほら、早く起きなさい、朝ご飯食べ損ねるわよ」

「…………分かった」


 アスカは不機嫌そうに起き上がり、そのままこちらにやって来た。

 白い襦袢姿の彼女はどことなく美しかった。健人は思わず目をそらした。

 ────何をこんなに緊張しているのだろうか。

 自分の気持ちに困惑しつつ、しばらく健人が目をそらしていると、アスカは普段の着物姿に着替えてテーブルについた。


「それじゃあ、本題に入るわよ。私はこの国で魔術師として生きているのだけど、今度新しい魔術の鍛錬をし始めたの」

「どんな魔術なんですにゃ?」

「それを簡単に言うと思ったのなら、王城の侍従長の名が廃るわね〜」

「スズ、落ち着け!」


 涙目でユリに飛びかかろうとしたスズを、健人はしっかり抑えた。スズは健人の腕の中で鳴きながら、ユリを睨んでいる。それを気にも留めない様子でアスカは自分の食器を片付けに行った。


「すみません、その続きは?」

「そうね、それであなた達には国の東部、ボヘシャール州の最北にあるマギミーネ鉱山へ向かう道中を警護してもらいたいの」

「ユリさんなら普通に行けそうなのにゃ。わざわざスズたちが行かなくてもいいはずにゃ」

「別にいいのよ、だって私としても貴女たちの目的には興味無いからねえ?」


 今にも引っ掻き噛みつきそうなスズを健人がなんとか抑える。スズは喉から低い唸り声を出して威嚇していた。


「それで、。そこまでしてわらわ達をけしかける理由は何故なにゆえだ?」


 何の気なしに髪を結いながら放たれたアスカの質問。それは健人とスズの動きを一瞬にして止めた。


「先生って…………」

「どういうことなのにゃ…………?」


「ん、言っていなかったか? ユリはわらわがハイメルンにいた頃に通っていた学校の先生だぞ?」



健人は頭の奥が少し痛むような気がした。

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