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Episode.18:鉄心、明暗を分かつ

お久しぶりです。

これからの投稿予定なのですが、年内は週一投稿をしたいと思います。応援してくれるともしかしたら、頑張れる、かも。


それでは、ごゆっくりどうぞ。


 その頃、牢獄の外では、新たな騒ぎが起きていた。混沌を伝える使者が馬に乗り駆けてきた。


「反乱軍が!! 西から反乱軍がこのルクサーヌベルクに向かっています!!その数およそ三千!!」

「とにかく人員を確保しろ!! 下にいる奴らも上に上げろ!!! 敵性分子?そんなの知らん!! まずは生きる事だ!! 囚人の判定か、”グレー”は釈放しろ、”ブラック”はその場で喉を切り裂くでもなんでも、即刻処刑しろ!! 脱出終了は二十分以内だ!!」


 応、と兵士の勢いある返事が返ってくる。化け猫兵士達は一斉に準備を始めた。そして、それは地下も同じだった。

 地下では、木で組まれた防護柵の向こうにマスケットや前装式ライフルを装備した兵士が構えていた。健人は容赦なく的にされている。が、理性も、意識すらも無いのか健人はただただ前進している。


「こんの、卑怯者がァ!! おどれらは隠れる事しか出来んのかァ!?」


木の防護柵に健人が手をかける。兵士達の顔に戦慄が走る。


「早く健人を止めないと、身体が壊れちゃうにゃ!!」

「だが、わらわ達はあの健人に助けられているというのも事実だ。どうしたものか…………」

「撃ち方やめ!! 撃ち方やめぃ!!!」


 アスカたちの後ろから切羽詰まった声がした。


「全兵士は武装状態を保持したままこの牢獄を脱出する! えーと、そこの着物の君はニコライ=フェルゲンハウアーの関係者なんだよな? 彼は”グレー”判定が出ているから、とりあえず釈放する。だが、後のことは我々にもどうにもできない。それで手打ちにしてくれないか?」

「ほう、また面白い事を言うな?」


 アスカは心が揺らいだ。確かにその提案は美味しいものだが、生命の保証が為されていない。後ろから射殺する可能性もある。

 しかし、そんなアスカの疑念を振り切るように、兵士は言葉を続けた。


「モタモタするな! あと三十分以内に反乱軍がここを蹂躙するぞ! お前らは兵士だろう! 一つの仕事に執着するな!! 俺らの存在意義は王国を守り、王の為に命を捧げることだろう!! 逆賊にこのまま抵抗できずに殺されるくらいなら、一旦撤退して、精力つけ直して戦うのが筋だろうが!! 敵性分子の事は気にするな!!」


 もはやこの場にいる、一名を除いて全員が”生き延びる”為の選択肢を取らねばならなくなった。


「ハハッ、俺も、ここまで、か…………」


 退却を始めた化け猫の流れに飲まれるように、健人は倒れた。

 意識が無くなるその寸前、聞き覚えのある声が自分を呼んでいる気がした。



***



 健人が倒れたと同時に、二人は駆け寄った。


「健人っ!! 死なないでにゃあ!!」

「健人はわらわが担ぐ。ここから安全な所に逃げるぞ」

「す、スズが背負いますにゃ!! アスカさんはお父さんの所に行ってくださいにゃ!!」

「…………そうか、感謝する」


アスカは、スズに健人を託して、急いで地上に向かった。スズはスカートの中から何かを取り出した。それは纏められた紐だった。


「みんなスズのことをただの甘えん坊だと思ってるけど、それは間違いにゃ。スズは甘えん坊の前に王様に仕えるメイドですのにゃ」


 だから〜、と手慣れた様子で近くの毛布に健人をくるんで紐で縛った。そして、健人の体を背負って、自分の身体と健人を括って縛る。これでスズが転んだりやられない限り、健人は落ちない。だがしかし


「う〜、重いにゃ〜」


 健人の体重は69kg、それをか弱い少女が担ぐなんていうのは無理な話である。だが、スズは必死に歩いた。


「ここで、スズがまた、失敗したら、健人は死んじゃうにゃ……だか……ら…………負けちゃ…………ダメ…………にゃ…………」


 あまりの辛さに、涙を流し、足を震わせているスズ。しかしその歩は、ゆっくりでも進んでいた。

 ────自らの命を賭してでも王国に忠義を尽くせ。

 この国の国民たちの思い、王に仕える者達の矜恃。それがたとえ残酷な事であろうと構わない。王国の為になる事を成し遂げて死ぬのならば本望、彼女はそう考えていた。だから……


「ここで死ぬわけには行かないのにゃあっ!!!」


引きずるように足を出す。しかし


「痛いにゃあ…………でも行かなきゃっ、でも痛いにゃ…………」


 階段に差し掛かるとスズは手をついた。そして、そのまま四つん這いの状態で上がっていく。愛くるしい小さな顔が、苦痛に歪み、涙か汗か分からぬ物でびしょびしょになっていた。


「あと、いち……だん……にゃっ!」


 全身の力を込めて最後の一段をよじ登る。

 しかし、階段を登りきった所で、スズはぺったり伏せてしまった。

 遠くからは砲声と雄叫びが聞こえてくる。


「立たなきゃ……いけない…………にゃっ!!!」


 何度も立とうとするが、その度に伏せてしまう。


「ううっ、ごめんなさいにゃ…………スズは役立たずにゃ…………」

「そんな事ないわ、貴女はここまで登ってきたのよ? それだけでも褒められたことよ」


 自分の非力さに涙を流していたスズ。そんな彼女に声をかける女性がいた。黒いフード付きのローブを羽織った女性。その瞳の色は妖しげな紫色だった。

 女性はロープを解くと、ブツブツと何かを喋ってから健人を軽々と持ち上げた。


「とりあえず、この人間だけ安全な所に連れていくわ。貴女は少しだけ待っていてくれる?」

「ううっ、ごめんなさいにゃ……ありがとうございますにゃ……」


 助けが来て少しだけ安心したのか、スズは部屋の隅に逃げ、小さく丸くなった。



***



 その頃、アスカは地上で父親を探していた。釈放された囚人達はもう逃げ出している。その中で…………


「…………父…………上?」


 目の前にいる老人、白い長髪と長い髭、シワの増えた顔。それは、最後に見た時と変わりすぎていたが、まさしく父親のそれだった。


「アスカ、大きくなったな」


 しわがれた声が潮騒のようにアスカの耳に響く。その瞬間、今まで鉄仮面のような印象だったアスカの顔が、一瞬でくしゃくしゃになった。


「父上、ご無事で何よりです…………」

「そんな声で言われても嬉しくないのぉ、そんな顔で泣いてたら折角美人になったのに勿体ないぞ?」

「そんな、わらわはっ、わらわは泣いてなどおりませぬ!!」


 アスカは必死に流れ出る涙を拭って、無理やり笑おうとしていた。

 そんな姿を見たニコライは、そっとアスカを抱きしめて背中をあやす様に撫でた。


「ワシの前なんだ、もう、別の自分を作って、隠さなくていいだろう?」

「ううっ、でもっ、わらわは…………」

「今までしてきたことはいいんだ。物語の主人公が、ずっと良い所ばかりだとつまらないだろう? それと同じだ。気負う事は無いさ」


 橙色の囚人服の肩が、次第に色濃くなっていく。アスカは、ニコライの肩をぐしゃっと掴む。そして、肩に顔を埋めて嗚咽し始めた。


「わらわは、もう、人を殺さなくて良いのか?」

「ああ、もう大丈夫だ。その刀は誰かを守る為に使いなさい。わしは、ずっとお前さんの味方じゃ」

「ううっ、ごめんなさいっ…………ごめんなさいぃ…………」


 夜闇に乙女のすすり泣く声が吸い込まれていった。

 ニコライはそっとアスカを離した。


「アスカ、家に帰ろう。お父さんはおてんばだったアスカが見たいぞ? いや、首やらなんやら大ケガをしているし、まだまだおてんば娘だの?」

「もうっ! わ、わらわは見世物ではありません!! 父上こそ、帰ったら沢山お話聞かせてください!!」

「勿論だ。クッキーも焼くかの?」


 やった、とアスカはニコリと笑いながら喜んでいた。普段、絶対に見せないような、相手を信用しきった表情をしていた。

 ────わらわはようやく幸せになれるのだなぁ…………

 ようやく手に入れた小さな幸せを噛みしめながら、横に並んで手を繋ごうとしたその時。アスカの背筋に嫌なものが走った。

 足元がなくなるような、不安。今までの旅で幾度となく感じてきた感覚。




 ────これは、殺意だ。




 刀の柄に手をかけようとした時、自分の右半身は地面に叩きつけられていた。

 肩の傷口がまた開くのもお構い無しに、アスカは立ち上がった。


 眼前には漆黒の鎧のようなものを着た槍兵がいた。その槍の柄は夜闇よりも昏い漆黒、穂先は妖しく光る紅色の刃が見えた。



 そして、アスカの傍らに何かが倒れていた。



「そんな………………」



アスカの口から漏れたのは一言だけだった。


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