Episode.10:血の幻想剣士
王都アイネスバーグに帰還して一週間、健人はアンドレの店の手伝いをしていた。なんでも、ミカエルの住処が分からない為、金貨を没収する事ができず、結果的に赤字になってしまったからだ。そこで、"始祖の化猫"の子孫のうち、北にいる化け猫の情報について教えてもらう事を対価として、手伝いをしていた。
「それにしても色んな武器がありますね、まさか日本刀があるとは…………」
「カタナの事か、それはこの店でしか扱ってない武器なんだ。昔、俺の親父が"東方世界"を旅した時に出会った鍛冶屋に貰ったらしい」
「なるほど……」
大体六十センチメートル程の長さの刀は、周りにある武器が西洋の物だからという違和感を理解し、払拭しようとしてもしきれない妖しさがあった。
刀のなかごを見るが、銘は入っていない。どうやら無銘の刀のようだ。
「実はな、その刀は二振りで一組なんだ。で、そのうち片方は北の化け猫が持っている」
「────えっ?」
唐突な話に健人は思わずハタキで棚の武器に溜まりつつある埃を落としていた手を止めた。
「北の化け猫が……刀を?」
「ああ。ただ、仲間にするのは一筋縄じゃあいかない。王国北部はゲルジニア地方と呼ばれているんだ。それでなにがめんどくさいって憲兵がめんどくさいんだ」
アンドレが突然話し始めた情報に、健人の心は釘付けになっていた。
「憲兵団の中でも第四師団はタチが悪い。この王国は地方連邦制を取っていてな、その中でもゲルジニア地方は支配下にある平民に圧政をしいている。逆らおうものなら第四憲兵に捕縛、最悪の場合はその場で殺害されるんだ」
「こんな平和そうな王国でも、そんな事があるんですね…………」
「そうだ。カストラーノの反乱から狂っちまったな。そういや、そろそろ昼だ、休憩にして上で飯食うか」
はいにゃ〜、と健人よりも早くスズが返事をして二階に向かった。
昼ご飯はアンドレの娘であるアンナが用意していたようで、ナポリタンとシーザーサラダだった。 アンナは料理上手のようで、スズも尻尾を振りながら美味しそうに食べていた。
「スズ、食事中に尻尾を振るな、ホコリが舞うだろ?」
「そんな事言ったって、スズも振りたくて振ってるわけじゃないからしょうがないにゃ。アンナお姉ちゃんの料理が美味しいのがいけないのにゃ」
「スズにそんなこと言われるなんて嬉しいわ、ホントにお父さんは分かってないわね〜」
「ホントに分かってないにゃ〜」
女子二人の思わぬ逆襲に、いくら豪放な性格のアンドレといえども、黙り込むしかなくなってしまった。
四人とも食べ終わると、食後のティータイムになった。
「そういえばスズは、午前中いなかったけど何してたんだ?」
ふと、健人が特に意味の無い質問をスズに投げかけた。しかし────
「お、おお、お買い物、し、してたにゃ〜」
スズは凄く動揺していた。耳と尻尾がピンと立ち、汗をかいている。嘘をつくのがここまで苦手だとは思わなかった。アンドレとアンナはニコニコしていた。
健人が真面目に問いただそうとしたその時、
「何をお買い物してきたの〜?」
「の、の、飲み物、と火薬にゃっ!」
アンナが意地の悪い笑顔を見せて、スズに近づいていた。
「買ってきた火薬は、どこに置いたの?」
「か、かか、火薬庫ですにゃ!」
「あれぇ? お父さん、火薬庫ってお父さんしか入れないよね?」
「んっ、ああ、そうだ。俺の持ってる鍵でしか開かないぞ」
スズはもう、顔が青くなっていた。身体もガチガチになっていて、もはや嘘をついているのは明白だった。
「もうっ、本当は何をしてたのか白状しなさいっ、スズ!」
「うにゃあっ?! や、やめるにゃ、耳と尻尾はダメっ、なのっ、にゃはははははっ!!」
スズはアンナに抱き上げられ、膝に乗せられた状態で弄ばれていた。耳や尻尾、脇や脇腹をくすぐられ、スズは猫らしい甘い声を出しながら悶えていた。
「で、結局何してたの?」
「お、お散歩っ、してたにゃっ、ふにゃっ、それっ、もっ、ダメっ」
スズは相変わらずアンナに身体の色んな所をくすぐられながら白状した。
「しょうがない、そんなに外に出たいんだったら私とお買い物しましょ?」
「えっ、ホントにゃ?! 行きたいにゃ!!」
「じゃあ、決まりね、支度して」
「やったにゃ、アンナお姉ちゃんとお買い物にゃ〜」
アンナの意味有り気な笑顔に気付かないまま、スズはアンナの腕に絡みついて出ていった。
「そうそう、ひとつ言っておかなくちゃいけない事を思い出した。スズがこんな感じだからって油断は禁物だ。猫には色々な性格の猫がいるのと同じように、化け猫にも甘えん坊だけでなく、シャイな奴や触られるのが嫌な奴がいる。それは気をつけろよ?」
「分かりました、気をつけます」
「それで、昼前の話に繋がるんだが、北の化け猫も触られるのを嫌がる奴だったはずだ。まぁ、俺も1回しか会った事は無いのだが」
北の化け猫の話になり、健人は緩んでいた頬を引き締めた。ここまで色々ありすぎたが、長い旅路はようやくスタートラインにたった所だと、健人は繰り返し理解していた。
「奴は、夜闇に紛れて憲兵を斬り殺したり、支局を襲撃したりしている抵抗運動のうちの一人だ。ただ、ゲルジニア州で活動している、十三の大規模な抵抗運動のどれにも属さない奴だ。だから、人々からは血の幻想剣士だとか、ファントムキラーだとかって呼ばれてる」
いきなりの向かい風の予感に、健人はたじろいだ。
「だから言っただろ? 今回は大変だって」
「そうですね…………」
だが、引き受けた以上はやるしかない。そういう思いで健人は何とか心を無理やり奮い立たせた。
「でも、どこに向かえばいいんですか?」
「とりあえずゲルジニア州の州都、ベアリーンで情報を集めてみるといい」
分かりました、と健人は二つ返事で返して壁の時計を見た。時刻は十五時過ぎになっていた。
***
その頃、ベアリーンから馬で一日くらいの距離にある港町キーラスを二人の憲兵が歩いていた。
「今日の稼ぎは?」
「こんなもんかな」
二人は今日の収入、キーラスの住民から、権力を行使して没収、もといぶんどった金品の話をしていた。二人は話に夢中で前から来る人影に気づいていなかった。
「明日は西側の家行くか」
一人が興奮して話しかけるが、返事は帰ってこなかった。
「おい、ヨハン、返事を…………死んでる…………」
相方の方を向くと、さっきまでマスケット銃を持って歩いていたはずの相方が、自分の頭を地面に転がして、倒れていた。
「ひっ、お、お前は!!」
夜闇に紛れる影に憲兵はサーベルを抜いて立ち向かった。
雲に隠れていた月が顔を出し、怪しい人影はその姿をはっきりと照らされた。それは異質なものだった。
淡いピンクの着物を着て、三角の和風の笠、日本風にいえば菅笠を被った女性が立っていた。その瞳は燃えるような緋色だった。
女は刀をゆっくりと下段に構える。その瞳は真っ直ぐと憲兵を見据えていた。夜闇に見える尻尾が少し不釣り合いか。
「お、俺は、こ、これでも、フェンシングの全国大会優勝してるんだぞ!! たかたが女に殺されてたま────」
笑止、そんな言葉が男の耳に聞こえた時には、既に女は男の後ろにいた。
「ど、どこ行きやがった?!」
「貴様の知ったことではなかろうに……」
女の嘲笑するような声が聞こえる。
男はすかさず怒気を纏い、振り返って怒鳴ろうとした。しかし、代わりに聞こえてきたのは出来損ないの尺八のような、ひゅうひゅうという音だった。
自らの状況が掴めないままに女を見ると、女は刀を拭った懐紙を地面に捨て刀を鞘に収めていた。
「一息に殺められずすまなかった。刀筋に雑念が入ってしまった。だが、一人に二の太刀は余程じゃないと入れない。せめて、わらわの刀に斬られたことを、冥土で胸を張るが良い」
男は意識を手放しつつある中で、毒づき続けていた。だがそれも虚しく
女の凛とした声と足音が、今生で最後に聞いた音であった。




