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Episode.9:命の宴は熱く


 月明かりに照らされた路地に、銀髪に頬の傷が特徴的な長身の女性、ミカエル=ヴァン=スタニスラフスキーが立っていた。彼女は反体制組織"紅のツバメ"の暗殺部隊隊長である。

 若干二十歳にして、暗殺者として多感な時期を過ごしてきた。今までで手にかけた数は数百を超える。一突必倒ひとつきひっとう、迅速に処理し自分の痕跡を残さない。彼女なりの流儀を持って仕事をしていたが、今回は違った。


 だが今は目の前にいる、"東方"のただの青年に苦戦していた。ミカエルは最初、丸腰で戦おうとしている青年は血迷っているのかと思っていた。

 しかし、その見立ては違った。レイピアで突きを繰り出そうとすれば、手を取られ体勢を崩され、切りつけようとすれば躱されて体勢を崩され、ならばこちらも、と素手で首の骨を折ろうと飛びかかると、両手を突き出して弾かれる。たかが両手を突き出しているだけなのに何故か後ろに吹き飛ばされるのだ。


「そろそろ彼女を解放してくれよ」

「小癪な、ならば力ずくで奪ってみせよ」


 ミカエルは両の拳を顔の前で構えて、防御体勢を取った。内心、自分が防御に回らなければならない事に屈辱を感じていた。それに、淡く輝く首元の鉱石。彼女はどこかでそれを見た気がした。


「分かりました……」


 健人は息を一つ吐き、後ろ脚に重心を載せるような構えを取った。青年の胸元が軽く光っているような気がする

 ミカエルもじりじりと間合いを詰めている。


────来るっ!!


 ミカエルが気配を察知した瞬間、健人は既に懐にいた。ミカエルが一歩引いて守りを固めようとする。しかし、


「うわあっ!!」


 素っ頓狂な声を上げたのはミカエルの方だった。健人は突進しつつ、地面を力強く踏み、背中から体当たりして、防御をミカエルの身体ごと吹き飛ばしたのだ。

 彼女はそのまま転ばぬように踏ん張ったが、無理に踏ん張ったが為にスキが出来てしまった。そのスキを健人は見逃さなかった。

 一息で間合いを詰める。そしてミカエルのローブの脇のあたりと腰を掴み腰を入れるようにして投げた。


「グッ!!」


 背中から地面に叩きつけられたミカエルは、悶絶して地面で伸びてしまった。

 健人は呼吸を整え、周りを見た。黒い軍服、スズが憲兵さんと呼んでいた兵士達が何人もやって来ていた。

そこで健人は、悶えているミカエルを縛って、憲兵に引き渡した。


「これは、紅のツバメの幹部じゃないですか! やった、これで昇進だ〜! ありがとうございます!!」

「あ、あの、彼女、武器商人にまだ代金払ってないみたいなんで、金貨三百枚没収できたら、アンドレというアイネスバーグの武器商人に払ってくれませんか?」

「うーん、あの、もう一つお願いを聞いてくれたら、喜んで引き受けます!」


 表情が読み取れない化け猫憲兵が、嬉しそうな声で健人に近づいた。


「えっと、何をすれば?」


 健人が戸惑いながら聞くと、化け猫憲兵は自分の制帽をとって頭を健人の方に寄せるような姿勢をとった。


「撫でてください!」

「────えっ?」

「私、撫でられるの大好きなので、撫でて欲しいんです!」


 唐突なお願いに健人はかなり戸惑ったが、それで目的が果たされるのならばと、その化け猫の頭を優しく撫でた。


「にゃう〜、気持ちいいですにゃ〜」


 化け猫憲兵は嬉しそうに尻尾をぶんぶん振りながら健人の手に甘えていた。


「そろそろいいかい?」

「はい! ありがとうございました〜」


 彼女はお辞儀するとミカエルを担いでどこかへ向かっていった。

 彼女と入れ違いに────


「けんとっ!! どこ行ってたにゃ!!」


 スズが健人の胸に飛び込んできた。


「ごめんな、スズ、怖い思いさせて」

「絶対に許さないにゃ! スズが許すまで健人の傍にずっといるにゃ!!」

「そっか、ホントにごめんな?」


 スズは健人の胸に顔を埋めて、健人にとってはむしろ嬉しい宣言をしていた。


「作戦は成功したな、健人」

「ええ、何とか成功して良かったです……」

「作戦って何のことにゃ?」

「ああ、作戦って言うのはな──」


 健人は今回の作戦を事細かにスズに説明した。スズに持たされていたのは時計ではなく時限爆弾で、人ごみの中でさり気なくコードを切り、追手に見つからぬように処理した後、近くにいるはずの計画者を捕縛するというものだ。


「うにゃにゃ?! スズは爆弾を背負ってたのにゃ?! それで、健人はスズを一人ぼっちにしたのにゃ?! ひどいにゃ!! 健人はそんな事───

「ごめんよ」


 スズが目尻を上げて怒りをあらわにしていた。だが、彼女のその言葉は健人の言動で途中で遮られた。スズの身体は健人の腕に包まれていた。


「な、何するにゃ…………」

「ごめんな、心配かけて、スズも怖かったよな……」


 スズの背中を撫でながら、健人は優しい声でスズを慰めていた。


「う、うにぃ、そ、そん、ダメにゃ、スズが強くないのがダメだったにゃ! 健人は何も悪くな────

「昔からオヤジに言われてきたんだ。女の子を泣かせちゃいけないぞ、そんな男は三回死んでも許されない、って。だからさ、スズは悪くない。ホントに怖がらせてごめんな…………」


 自分の腕の中にいるか弱いその身体を、父親が子供にするようにぎゅっと抱き締める。

腕の中でスズは肩を震わせながらすすり泣いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさいにゃあ……」

「大丈夫、スズは何も悪くない。だから、謝るな」


 スズはゆっくり、ゆっくり落ち着き始めた。

 しばらくして落ち着いてくると、スズはするりと腕の中から抜けて、服を直した。

 その顔は、いつものあどけない表情に戻っていた。


「スズは悪くないって言われたって困るのにゃ。スズのお仕事は、王国の為に人生を捧げて仕える事ですにゃ。だから王様のご命令で、健人に従って戦っているこの身に意味がありますのに、共に戦えなかったスズのどこが悪くないのですにゃ?」

「そ、そんな事はな──

「スズは、今回はダメダメでしたにゃ。でも、まだ仕事は終わってませんにゃ。だから、これからは健人と共に戦う事を大切にするですにゃ!」


 目の前にいる少女の眼には、いつもの甘えん坊な化け猫ではなく、王家直属の侍従メイドとしての矜持が宿っていた。

 例え、その身が崩れようとも、王国に忠誠を誓い、主君に対し忠義を果たす。そんな鉄のように堅く、強い意志が健人を真っ直ぐ見つめる瞳から滲み出ていた。


「…………そっか、ごめんな、一人にしちゃって。これからは一緒に戦っていこうな?」

「にゃはっ、嬉しいのにゃ〜 アンドレおじさんにもいい報告が出来るから早くヴィーナに帰るにゃ!」


 スズは、既に馬に乗っている。ここからヴィーナまでは半日といったところだ。


「────そうだ! 帰ったら美味しいもの沢山食べような!」

「もちろんにゃ! チーズにサーモン、ソーセージが待ってるにゃ! あっ、ヴィーナについたら頭を撫でて欲しいにゃ〜」

「当たり前だ、スズは頑張ったからな〜!」

「嬉しいにゃ〜!」


 二人は、春の息吹が満ちる薄暗い草原を西へ、西へ、馬で駆けていった。二人の背を茜色の陽射しが、これからの旅路を照らすかのように、草原に広がっていた。

一章終わりです〜

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