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Prologue:始まりの消滅


 この度、「リリキャット戦記 〜俺の人生は"猫"に掌握されたようです〜」の連載を始めさせていただきました。

 それでは、お手元に紅茶やホットミルクをご用意して、ツナ缶でもつまみながらゆっくりして下さい!

 そんな物は無いっていう方は…………あまり気にせずゆっくりしていってくださいませ!



 ────時は聖夜、”日本一住みたい街“と称されたとある街は、いつものような喧騒が全く無かった。

 クリスマスを楽しんでいるはずの若者の姿は見かけられない。

 店にも、大通りにも。そして、家にも。


 全てを知っているような眼差しで、猫が何匹も何匹も大通りを駆けていく。



 ────その日、クリスマスは万人に等しく訪れなかった。




***


 


【聖なる夜に"魔王"現る!? 都下のベッドタウンで未成年者が大量失踪】



 今日の午前中に開かれた警視庁の緊急記者会見で、二十四日の夜から二十五日の未明にかけて、東京都鷹羽市を中心とした近隣五市の未成年者のうち、計二四〇一人が突如行方不明となったことが発表された。

 坂戸 政重 警視総監は会見で「まだ確実な情報が集まっていないのでなんとも言えないが、この事案は首都の治安を脅かす重大な事案であると認識している。そして、この国の首都を守る責務を負っている以上、事案の解決に尽力する」とコメントした。

 捜査関係者によると、暴力団や海外の過激派による集団拉致事件やクリスマス特有の集団ヒステリーの可能性を探るとともに、二十三日に国立天文台構内に出現した巨大な鉱物状の結晶との関連も探っている



《読日ニュース ネット版 2017/12/27 13:04 最終更新》





 ────明仁大学、首都圏の大学の中でもトップクラスの大学だ。その大学の第404号研究室のドアには[UPSS 入会者募集中!]と書かれたプレートが提げられている。その部屋のスクリーンには、とある全国ネットのニュースが写し出されていた。



 三人の男女が、その記事について議論を交わしている。そして、ただ一人、その三人を観察している気の弱そうな青年がいた。彼らは、異常現象研究会"Unusual Phenomena Study Society』通称"UPSS"というサークルの一員である。


「こんなニュースが去年の暮れに出だんだが、今日からウチでこの調査をやろうと思う。みんなはこの記事について何か思う事はないか?」

 話し合いを仕切っているのは法学部四年生の鶴見つるみ大和まさかずだ。持ち前の頭脳と分析力で、的確な判断を下している。普段は兵法書やら軍事関連の本を読んでおり、戦争法にかなり精通している。


「太陽フレアによる電磁波の影響じゃない? それで、集団ヒステリーが起こったとか」


 饅頭を食べながら眠たげに話しているのは、鷲宮わしみや みお。文学部の三年生でUPSSの紅一点だ。普段、こういう話の時には、ありそうな仮説を立てるリアリストに見えるが、実は魔術や神秘についてこっそり調べているロマンチストである。


「澪は頭が固いんだよ。集団ヒステリーなら絶対に移動とかの痕跡がある。それなら警察だって見つけるはずだ。それが何も痕跡が無いんだ。これは宇宙人の仕業だ!!」


 机をバン、と叩いて威勢よく立ち上がったのは、加治屋かじや悠太ゆうた、商学部の二年生だ。自他ともに認める”天才的なアホ”で、度々他のメンバーを困らせている。彼は、以前読んだ忍者小説の影響で合気道を始めたらしく、二段の腕前を持っている。その他にもスパイ映画やアクション映画をよく見ている。


「マジで言ってんの? 悠太ってやっぱりアホなの?」

「何言ってんだ、一夜でこれだけの人がいなくなってるんだぞ? 澪も諦めて宇宙人についてしら──」

「ねぇ、健人も何か言ってよ。じゃないと悠太の宇宙人襲来とかいうとんでもない説が通っちゃうよ?」


「俺は…………鉱石に関係があるんじゃないかって思うけど…………」


熱くなり始めた研究室をクールダウンさせたのは、優しげな青年が放ったいい一言だった。



 澪に促されて、ボソッと呟いたのは加賀谷かがや健人けんと、澪と同じ文学部の三年だが、澪が心理学専攻なのに対して、彼は西洋文学専攻だ。


「鉱石? ああ、天文台にあったっていうバカでかい結晶の事か?」

「うん、だって、突然現れて、無関係ですなんて言えないと思うんだよね…………」


 健人はボソボソと話しながら、三人を見ていた。


「なんだ、普段本を読んでばかりの健人が興味を持ってんのか?」

「い、いや、でも、人がいなくなるって言うのは純粋にいやだから…………」


 健人は眼鏡の奥の目を少し細めながらコーヒー、には見えないくらいミルクが入れられた物を一口すすった。


「とにかく、鉱石を調べてみるべき。そうすれば何か分かるはず……!」


 澪の強い言葉が、グループの風向きを一気に変えた。


「じゃあ、百聞は一見に如かず、だ。実物を見に行くか!」


 の一言に、澪と悠太は二つ返事で賛同した。だが、健人は怯えた様子だった。


「天文台にあるんだよね、その結晶。もし警備に見つかったら大変だろ…………」

「そんな最初っから臆病な事言ってたら、また人が消えるよ!」

「そ、それは…………」

「男ならしゃんとしなさいな!」


 健人は渋々首を縦に振った。

 しかし、まさかこの決断が、誰も想像し得ない不可解な事態を引き起こすとは、健人すらも知らなかった。


「じゃあ、明後日の日曜、夜十時に庸布駅北口集合ね。私はカメラを持ってくるから、みんなはそれぞれ必要そうなものを持ってきて?」


 結局、澪がその場を仕切って、ひとまず話し合いは終わった。健人は手早く荷物をまとめて部屋の外に出た。


「健人、絶対に来なさいよ」

「も、もちろんだよ」


 澪に睨まれながら、健人は返答した。だが内心は恐怖しかなかった。

 健人は、昔から石橋を叩いて渡るどころか、鉄橋すら叩いて渡るぐらいの臆病者だった。そんな臆病な健人も、小さい頃から続けている事が二つあった。

 一つは読書だ。それも日本文学ではなく、海外の文学を好んで読んでいる。きっかけは、ジャーナリストとして紛争地帯を飛び回っている母親が薦めてくれた、一冊の本からだった。そして、ゲーテやシェイクスピアなどに手を出していった。


 夜になって大学の独身寮に帰りついた。八畳一間だが、風呂トイレは別でキッチンも広めの、いい住環境だった。彼はベッドに荷物を降ろすと、服を着替え始めた。運動ができるようなメッシュのシャツに着替えた彼は腕立て伏せを始めた。

 小さい頃から続けてきた事、二つ目は護身術である。彼の父親は海上自衛官なのだが、男たるもの強くあれ、と幼少の頃から教え込んでいた。しかし、健人の臆病はそう簡単に治るものではなく、自分を守る為に使うはずが、全く使えずにやられてしまう方が多い。そもそも、争いを避けようとする彼の性格上、物理的に戦うことがほとんど無いのだが。


 「九十八、九十九、百っ。よし、これで五セット目終わりだ。風呂入るか…………」


 毎日の日課である腕立て五百回を終えて、彼は風呂場に向かった。服を脱ぐと上半身には火傷のような傷跡が広く残っていた。


「明後日やだな、断ろうかな。でも、澪に怒られるし…………」


 健人は愚痴を言いながら風呂に入っていった。

 だが、彼が肌身離さず持っているネックレスが淡く光っていたのには、観察眼の鋭い健人でも気づかなかった。



***



 次の日、約束の時間にUPSSの四人は集まった。バスで国立天文台まで移動する。

 天文台は鉄の高い柵に囲まれた、森の中にある。彼らは守衛の目を盗み構内に忍び込んだ。二十分ほど歩くと、夜なのに蒼く幻想的な光を放つ結晶が見えてきた。立入禁止の表示を無視して四人は調査を始めた。


「高さが五.四メートル、綺麗な三角錐だな……底面の直径が、えーと、三.二メートルだから、大体の体積は十三立方メートル弱ってところだろう」

「結構大きいね」

「これは、突然出現したとは思えない形に大きさだな。裏には何かあるはずだ」


 大和が簡単な測量をして、残り二人は写真撮影や記録に明け暮れている。

 健人も恐る恐る観察してみた。透けているようで濁っている。この世には無いような感覚に囚われた。

 しばらく調査に明け暮れていると、「うわあっ!」と裏から悲鳴が聞こえてきた。


「悠太、どうしたの!?」

「この結晶、所々液体だぜ?」

「そんなこと、ある訳ないだろ」

「でも、手を入れたら光って、吸い込まれたんだよ!!」

「そんなわけないじゃん、だったら、結晶の周りに、同じ色の液体が溜まってるはずよ」


 お調子者の悠太があまりにも緊迫した様子で話しているため、三人も恐る恐る結晶に近づいていく。


 ──何か、嫌な予感がする。


 臆病者故に高い危険察知能力が働いたのか、健人は警戒しつつ離れ始めた。


「ほら、触ってみろよ」

「いや、でも、ホントだったら危ないでしょ……」


 しばらくすると結晶の内部がゆっくりと胎動し始めた。健人が警戒心を強めるのとは裏腹に、三人はその様子に気づかず、興味津々な様子で観察していた。



「危ないっ!!!」


 結晶が発光したのと、健人が危険を感じとり叫んだのは同時だった。

 しかし、時すでに遅し。結晶に触れていた澪と大和は、”元々存在していなかった”かのように消滅していた。

 辺り一帯には”光”の残滓が浮かんでいた。


「お、おい、は? どういうことだよ、健人、生きてるか!!」

「お、俺はまだ生きてる!」


 悠太はパニックになりながら、110番をしていた。しかし、異変はさらに続く。


「待て!! 何だよこれ、離れろ!!」


 悠太の身体に、光の残滓がどんどん張り付き始める。悠太は発狂しながらその残滓を払い続けた。だが、抵抗むなしく、びっしりと残滓に覆われてしまう。


「嫌だ嫌だ、やめて、まだ死にたくない! ああああああああああ!!!!」


 叫びと共に悠太の身体が発光し、霧散した。


 ────何故、何があった。どうして人が消えるんだ!

 健人は半狂乱になりながら夜の森を走り出していた。だが、徐々に健人の視界は白く、白く変化していった。



「やめろやめろやめろ!!! まだ死にたくない!!! やめてくれ!!!!」



 自分の身体がなくなるような感覚に包まれながら、必死に逃げようと走った。

 健人が最後に見たものは、パトカーの赤色灯の光だった。



***



 ────とある王国があった。日本から遠く離れた場所、いや、日本からは決して辿り着くことのできない場所にある王国だ。

 その南側は、普段から温暖な気候で、住民達も他の地方に比べて温和な性格な者が多かった。だが、今は一切その様子は、街や砦からは感じ取ることができなかった。


「この街道を死守しろ、マッシリーナに反乱軍を近づけさせるな!」

「ガトリング砲、撃ち方始め!!」


 森の中を通る街道に七門のガトリング砲が並んでいる。指揮官の号令と共に、射手がハンドルを回し始めた。

 その瞬間、森の中に耳を塞ぎたくなるほどの轟音が響き渡った。銃口の先には、ペールグリーンの袖なし軍服を着た兵士達が蜂の巣にされていた。射手は、黒のシャコー帽に青のナポレオンジャケット、白の長ズボンといった出で立ちだった。

 だが、双方の兵士には、決定的な違和感があった。尻のあたりには様々な毛色の尻尾が、倒れた兵士の頭には猫のような耳が生えていた。


「ダメです、敵が多すぎます!」

「敵の砲撃、着弾し────


 迎撃側の叫びは途切れた。ガトリング砲が三門程、バラバラになってしまった。もちろん、射手の身体も木っ端微塵になっている。


「敵の歩兵増援、到着したようです、およそ一個連隊規模です!」

「…………退け、退却するぞ、マッシリーナに籠城するぞ!」


 迎撃側は一目散に逃げ始める。攻撃側は迷わず追撃を始めた。

 砦までは残り五マイル。ちなみに一マイルは大体一.六キロだ。その長い道のりを歩兵達は全力で駆けた。

 二、三マイル駆けた先、街道の出口に一人の兵士がいた。大剣を持ち馬上から、やってくる敵を見据えている。その身に蒼い甲冑をつけ、泰然と構えていた。


「──大尉! お下がりください!」


 甲冑の兵士を砦に退かせようとする諫言、だが無意味だった。


「いや、いい。これが俺のだ」


 一切の言葉を聞き入れず、味方の兵士達を逃す。


「マッシリーナをこのまま落とすぞ!」

 

 敵は勢いよく進撃した。

 しかし、その街道を出る者は一人もいなかった。彼らにとって討つべき敵は一人、馬上ののみだ。しかし、彼の鎧は一切の凶弾を通さず、大剣は討つべき敵の骨をも断った。

 だが、敵は怯まない。何かに侵されたような紅い目をして、攻める手を休めない。


 騎士は、あまりにも数の多い敵を見て────鼻で笑った。


 馬を少し前に出す。それだけでも、敵にとってはかなりの威圧になる。マスケットやサーベルを持って応戦する敵を、彼は容赦なく蹴散らし始めた。


「怯むな、ここは南部制圧の糸口、一切の手を緩めるな!」

「恩知らずめが、王国に楯突いた者の末路を知らぬか」


 騎士は冷静に、かつ大胆に突進する。倒れた兵士は肋を蹄に踏み抜かれ、立ち上がる兵士は肉を刃に断ち切られる。

 敵が壊滅するのを見届けた直後、背後から鬨の声が聞こえた。騎士が振り返ると────砦から火が上がっていた。

 ────マッシリーナに向かう道は一つではない。

 その事実を思い出した時、騎士は心が揺らいだ。一目散に砦に向かって駆ける。“彼”は祈りの言葉を紡ぎ始めた。


 「いざ、参る……」


 砦までの二マイルを飛ぶように駆け、包囲する敵を文字通り蹴散らす。先ほどまで優勢だった敵──反乱軍達は、突然現れた蒼い騎士を一斉に敵視した。無機質な鉄弾が甲冑を貫く。マスケットは近距離で撃ってこそ威力を示す。反乱兵達の凶弾は“彼”の身を削っていった。だが、“彼”は倒れない。大剣を振るい、敵を討ち倒す。


「ここで死ぬわけにはいかぬ!」


 砦の入り口で馬を捨て、籠城の態勢をとる。室内に入って来た反乱軍は返り討ちにしている。


 しかし、その抵抗はいとも簡単に破られた。反乱兵が大挙して押し寄せてくる。騎士は、背を向けずに退いた。


「にゃう、大変なのにゃ…………」


 階段を上がると、メイド服姿の少女があたふたしていた。かわいらしい栗毛の頭には猫耳、尻尾も生えている。彼女は化け猫だった。


「大丈夫か、ケガはないか?」

「にゃにゃ?! 王国軍の騎士さんなのにゃ? スズは大丈夫なのにゃ〜」


 スズと名乗った少女は、その体躯には合わなさそうな長弓を持っており、恐怖から体を震わせていた。その姿を不憫に思った“彼”は、彼女を抱き上げて廊下の奥の部屋に走っていった。


「ここに隠れてろ、絶対に逃げるな。俺がまた助けに来るから」

「わ、分かりましたにゃ〜」


 スズは不安そうに身体を丸めた。騎士は部屋の外に出る。


「”Absolutus・Fidelis“」


 そう呟くと、目前の敵に”彼“は突っ込んでいった。二、三十いる敵を薙ぎ倒していく。廊下はたちまち血で染め上げられた。だが、”彼“の身体は既に悲鳴をあげていた。身体を貫いた鉄弾は数百、既に肺にはいくつもの穴が空き、左目は潰れていた。

 敵の波が引いた時、”彼“は死期を悟った。


 近くの部屋に入る。ただの応接間のようで、そこまで物はない。彼は壁にもたれかかるようにして座り込んだ。

 自分でもよく戦ったと思う。負けるのが分かっていても、剣を振るい続けた。

 だがやはり、他人に死に様は見せたくない。化け猫として戦ってきた中で、彼が持つ唯一の矜持だった。


 目を閉じる。”彼“はもはや還れぬ故郷に想いを馳せた。

 妹は元気であろうか。共に剣の道を進み、少し無愛想だがかわいらしい妹。この王国に別々に引き取られたというが、今は何をしているのだろうか。


 ────最期に妹に会いたかった。


 それが“彼”の小さな、叶わぬ願いだった。


「…………頼んだぞ」


 そう呟き、“彼”は意識を手放した。


 王国に降り注ぐ、何条もの雷の音を聞きながら。

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