loop9 虎穴入り
自分は知っていたはずだった。あの戦争が起きることを。そしてあの戦争に冒険者全員を対象とする大きな招集がありそれによって冒険者は全員が参加しなければならないことを。そしてあの戦争で死神が全てを薙ぎ払い死者に変えることを。自分は知っていたはずだった。
一応冒険者を全員招集と言う形だが本当に全員が出ているわけではない。戦争以外にも冒険者のやるべきことはある。成り立ての冒険者だっているし、ある程度の冒険者は戦争の参加から除外されている。しかしそれに自分たちが含まれているはずもないわけで。戦争に参加すれば死亡する……正確に言えばあの死神と戦うようであれば確実に死亡する。自分の実力はもちろんの事、あの場にいる他の冒険者もあの死神に届くような実力者はいない。
死を回避するにはどうすればいいか。一番簡単な手段は冒険者にならずに逃げることだろう。しかしそれは実際のところ難しい。仕事を得るのが農家の子供……それも田舎の出身である自分では色々な条件が重なって難しい。せめて街に近い所の出身ならまだどうにかなった可能性はあるのだが。
それに自分としてはクルドさんたちが冒険者として戦争に参加すること、これを見逃すのが……今はもう出来ない。そもそも、最初の依頼の時の出来事をどうにかしないといけないこともあるが、彼らが冒険者をやらない選択肢はあり得ないと思っていいだろう。彼らは仲間だ。今は違うとしても、冒険者であってもなくても、最初に俺がチームに入って、一緒に戦った仲間だ。それを見捨てると言うことは自分にできない。
ならばどうするか。方針を決めなければならない。
「ひとまず街へ行こう。あの時間……正確なタイミングは難しいが、日付さえあっていればある程度は大丈夫か? 早めにギルドに着く人間はそれほどいないはずだし」
予定通り、前回の時と同じ日にギルドに入らなければ同じ結果を結ぶのは難しいだろう。ちょっとした違いがどう影響するかもわからない。運命の収束はありえるかもしれないが、ちょっとしたことで大きく変わる可能性だって低くないだろう。そのあたりは運に任せる。最悪の場合……今回は諦めるしかないかもしれない……いや、それは最後にしよう。諦めずに戦うべきだ。
最大限似通った道を進めるよう努力する。もしそうできなかったとしても、どうにか前回に近い形に、クルドさんたちの生存を重視する。とりあえず助けられることだけは確実にしておきたい。そのうえで……戦争にでてくる死神をどうにかする。
そう、何よりも重要なのは死神への対処だ。
「死神をどうにかする方法? 冒険者が一瞬で薙ぎ払われる嵐のような大鎌の攻撃をしてくる相手にどうしろと……?」
現実的に考えれば死神をどうにかするのは不可能と言っていいと思う。戦争は数、と言うがその数の暴力がまず通用しない。近づこうにも近づく端から相手の大鎌の暴風のような攻撃で薙ぎ払われて肉片に変わる。自分も既に二回経験している。一回目は一瞬で真っ二つ、二回目は腕と首が落とされた。幸いなことに自分は痛いとか苦しいとか感じる余裕もなく死んだ形だったが。仮にあの攻撃に巻き込まれて死なずに済んでも……その方が腕とか足とか無くなってきついし結局止めを刺される。まともに戦って勝てる相手ではない。
数で通用しなければ実力者を……死神と同じくらいの強さの冒険者を当てるくらいしかないが、それも難しいだろう。まずあれと同じくらいの強さの実力者の想像がつかないこと、そして戦争にそれだけの実力者が参加していればそもそもあんなことにはならなかっただろう。後方……王の周辺であれば国の抱える軍隊が存在していて、その中には実力のある魔術師や騎士だっているはずだが、それが前線、冒険者のいるところまで出てくることはないだろう。彼らの仕事は王を守ることだ。
冒険者だけを戦わせているかというとそうでもなく、騎士達と冒険者たち間には一応兵士がいる。彼らも一緒に冒険者と戦っている。もっとも彼等は戦力としてはそこまででもない。普通の戦争ならばほぼ消耗は兵士と冒険者で国の抱える軍、戦力は打撃を負うことが少ない形になるみたいである。
「魔術師が参加してくれればなあ……」
魔術の素養を持つ人間は少ない。その中でも魔術師として実力のある人間は主に国が召し上げている。冒険者の中に残っている魔術師は魔術師としてのレベルが低いか物好きの魔術師くらいだ。低レベルでも魔術は便利らしいが、あまり詳しくは知らない。魔術師とは関わったことがない。
国の魔術師は軍側、王の近辺に控えているはずだ。噂では相当な実力者がいるという話だが、その噂の魔術師であればどうにかできる可能性はあるかもしれない。仮にその噂の魔術師が噂ほど強くなくても複数の魔術師が攻撃すればどうにかできる可能性はあるかもしれないが……現実的に考えればそれはあの死神がかなり近づいてきた時になるだろう。その前に自分たちが死んでいる可能性は高い。
「戦いではどうしようもないか」
根本的に勝てる相手ではない。それならば戦わないことを考えるしかないだろう。死神は戦争に出てくる……で、あるのなら。
「戦争を起こさない……それはちょっと無理っぽいかな。でも、今考えられるのはこれくらいか」
もっと時間的猶予があるならどうにか色々と手を打つことができるかもしれないが……次の春、一年後に戦争だ。一年間も十分猶予があると思うべきなのか、たった一年しか猶予がないと嘆くべきか。まあ二年あったところでどうにかできるかと言われると難しいし微妙な感じだ。
「とりえあず、前回と同じようにクルドさんのところに加入……そのうえで修行兼情報収集。戦争を止める手立てがないか、そもそもなんで戦争が起きるのかを確かめる必要があるか」
望むべきは戦争を自分とクルドさんのチームメンバーが死なずに乗り越えること。それができないなら……一応起きるとは思うが死に戻りができることを祈りつつ、次の機会に。
結論から言えば。最初から目的をはき違えていたみたいだ。
クルドさんのチームを助けること、これは最初のハンナの誘いを受け、依頼中にでてくる冒険者崩れを倒す。重要なところはそこだ。その後は前回と微妙に変わったところ、前回と共通した依頼などもあったが、特にこれと言って問題はなさそうであり……やはり肝であるのは一番最初の依頼の時なのだろう。いや、それはいい。クルドさんのチームを助ける点で最重要な所はわかった。
問題となるのは目的の内のもう一つ……死神への対処、すなわち戦争が起きるということの解決に関してだ。
そもそも……戦争はこちらが相手に吹っ掛けたものではなく、相手国から吹っ掛けられたものだ。その兆候すらなく、もともとこちらと相手方の関係性は特に悪いと言うわけでもなかったりする。なぜ戦争が起きたのかがわからないと言ってもいいくらいのものだ。あちら側が戦争を仕掛けた目的、起きた理由は全く分かっていない。つまりこちら側でどうにかできることではなかった。
「……向こうに行くしかないな」
将来の敵国……同盟を結んでいたり、協定などがあるわけでもなく、しかし別に仲が悪いと言うわけでもない国で、移動する分には特に問題はない。この国では……おそらくは他の国もそうだが戸籍管理の概念は一応ない。国の人間としてカウントされているのは納税者だけなようで税を納税していない人間は書面上においてはこの国の人間として扱っていないと思う。推測が多いがそんな感じだろう。冒険者になっている人間はギルド側が依頼から差し引いて納税をしている。
ちなみに冒険者ギルドは国営である。つまりこの国のギルドに登録していても別の国のギルドでは冒険者として通用しない。そもそもギルドに登録した時点で勝手に国外に出て活動するのは原則禁止されている。勝手に行動する分にはどう扱われるのかは不明だが、少なくとも別の国の冒険者ギルドに登録したり依頼を受けることは駄目である。まあ入出国の管理は特に行われていないので出入りは出来ると思うが。
そういった制限がギルドにあるので自由に行動するにはこちら側の冒険者ギルドには登録せず、向こうの冒険者ギルドに登録する必要がある。そうすれば向こうの冒険者、国民として扱われることになるので情報収集はしやすくなるだろう。
「クルドさんたちを助けることは出来なくなる。それが問題だな……」
今回は情報収集に徹する。クルドさんたちを助けるのはまた次回……ということだ。もし、四を回避したいなら……向こうに逃げ込むのが一番簡単な選択肢なんだろう。最初にそうしていたなら、こうして情報収集なんてすることもなかった。だけど……今はクルドさんたちを助けたい。彼らは最初の仲間だから。それに……あの死神にも一矢報いたいところがある。二回も殺されているのだから。
「……俺は戦争を止めたい、そのはずだよな?」
思ったことに少し苦笑いしつつ呟く。死神と戦って勝てるはずもないと言うのに。やはり戦争を止める、そのための手段を得ることを第一目標にして行動しよう。