loop8 死を想う
とある軽食屋の一角、通常は冒険者ギルドの酒場のようなスペースで食事を行うが、今回は珍しく普通の軽食屋で集まり昼食を兼ねた話し合いを行っている。話し合いと言っても具体的な方針は根本的な部分で変化させることは出来ず、どうしたものかと困り果てている状況だ。
「スィゼ……冒険者に対する招集を断ることはできない。わかっているだろう?」
「………………」
何も言うことはできない。無言だがそれはつまり肯定と同じである。
今回の招集は隣の国から戦争を仕掛けられ、それをこの国が受けたため戦力として冒険者を求めての招集だ。戦争に参加すること自体はそこまで忌避するようなことじゃない。既にチームの仲間全員が一度は人を殺すことを依頼で経験し、各々殺人に対する覚悟は十分できている。
しかし今回の問題はそういったことではない。今回の戦争は前回の時に……前回の最後に経験した。そう、死神が冒険者を血煙と肉塊に変えていくのを見届けて、最後には自分もその暴風のような一撃で殺された。つまり参加すると死ぬ可能性が高いということだ。
「戦争が怖いのかよ?」
「怖くないってことはないだろうけど」
「……スィゼさん、大丈夫ですよ」
「俺たちも怖いけど……頑張るからさ」
挑発や同調する形でこちらに対して気遣っているのが分かる。普段は最初からある程度冒険者の知識があり優秀と思われるためかリーダーであるクルドさんの補佐的な役割を担うことになり、それなりに頼りにされている感じがあって今回のように気遣われることは今までなかった。ある種の弱音のような発言をするのは今回が初めてだったからこその皆の気遣いなのだろう。
「そもそも、招集を断れば冒険者を続けることは出来なくなる。最悪の場合投獄される可能性だってある。それは知っているだろう?」
「……はい。わかってます」
わかっている。冒険者ギルドに登録している人間がギルドの招集を断ることができないことは。特に今回のような戦争へ参加することは国を守るということに繋がる。それをしないというのであれば、それは売国奴と言っても過言でないだろう。
だからと言っても戦争に参加することを心から肯定できるかというとそんなことはない。前回のことを記憶しているゆえに。
「……やっぱり参加の取りやめ、というのは無理ですよね」
「当然だ。冒険者としての務め……この国を守るのはこの国に住まう者として当たり前のことだろう」
今更だが自分だけ参加しないということもできる。単に逃げればいい。冒険者としての活動は不可能になると思うが、投獄されないように隠れたり逃げたりはできないわけではない。国もわざわざ逃げ回る人間を捕まえて投獄しようとはしてこないだろう。冒険者としての経歴は抹消されるし再登録は恐らく不可能だがそれでも逃げるだけならば……なんとでもなる。いくらかの貯金は存在しているのだから。
でもそれをする気にはならない、なれない。戦争に目を背け冒険者として無為に生きてきた自分が悪いところでもあるし……そうして生きていた時間の中に彼らと知り合った。
クルドさん、カイザ、クーゲル、ロック、ハンナ。一緒のチームの五人の冒険者。前回は知り合わず、今回救い出した五人。自分だけ逃げると言うことは彼らを捨てていくということ。それはつまり彼らと共に過ごした時間の否定だ。それはできない……いや、したくない。初めて作った仲間、初めて組んだチーム。彼等との思い出は大きい。最初の仲間だから、だろうか。その仲間を捨てて逃げたくはない。ならば参加するしかないとおうことだろう。
「はあ……もし、です」
「なんだ?」
「戦争でやばくなったら……逃げることを提案します。それを受けることを考えてくれますか?」
全員を見やる。彼等もこの言葉の意味は十分分かるだろう。それを言った理由はわかることはないと思うけど。
「最初から逃げるつもりかよ?」
「……別に戦うのが嫌と言うわけじゃない。死にたくない、死なせたくない。それだけだ」
「……」
カイザと視線をぶつけ合う。何故かカイザとは衝突するのが多い。それで仲が悪くなるなら止められるのだろうけど、別にそれで仲が悪くなっているわけではなく、むしろ他の仲間よりも仲が良い。
喧嘩するほど……か、本音をぶつけ合うからか。
視線をぶつけ合うことには相手の真意を見ること、自分の真意を見せること、そんな意味合いを含んでいる。目は口程に物を言う。視線は口だけで分からない意思をみたり見せたりできる手段だ。
カイザと視線をぶつけ合っていると小さくクルドさんが溜息をつく。
「スィゼの言うこともわからなくもない。戦争では何が起きるかわからないのは事実だ。かといって簡単にあきらめるわけにもいかないだろう。お前の提案を絶対に受けられるとは言わない。それはわかるな?」
「はい」
「逃げるか、戦うか。判断は私が下す……少し知り合いに頼んで冒険者たちの中で後方寄りにつけるように頼んでみよう。それならば戦況を見届けてどうするかを決められるからな。それでいいか?」
「……ありがとうございます」
今回の事は自分の我儘だ。それを譲歩して取り合ってくれている。本当にクルドさんには感謝してばかりだ。
戦争が始まるまではあっという間だった。向こうは最初から戦争する準備ができており、すでに冒険者の招集や兵士や騎士たちの配備などは終了している。向こうからの宣戦布告である以上こちらが準備するのが遅いのは当然だ。もちろんこちらも準備をしてから戦うことになる。急がせてしっかりとしていない状態の相手に勝っても卑怯者の誹りを受けることになる。
かと言ってこちらも過度に戦争の準備で開始を遅らせることはできない。こちらの準備の間向こうも集めた兵士や冒険者などで糧食などの消費が出る。それらを意図的に起こしたうえで戦いを行うことだって可能だが、そんなことをすればこちらが冒険者の招集や兵士や騎士の運用をまともにできない能力の低い国であると見られることになる。また戦いに及び腰な臆病者と言われるかもしれないし、わざと遅らせていると言われることもあり得る。戦わず勝てれば至上だが、戦争を行わないための行動はそれはそれで単に逃走として見られてしまうだろう。
ゆえに冒険者の招集をはじめとして武器や食料の調達、騎士や兵士などの移動などの様々な戦争の準備はすぐに行われた。
「……結構な数だな」
「意外と冒険者は少ないようで多いし、多いようで少ないから」
「どっちだよ」
冒険者はかなりの人数がギルドに登録するが、登録者の半数は死亡で消える。そしてそれから何年も生き残るのはその半数もいるかどうか、怪我やトラウマなどで冒険者をやめる例もあり、最初に登録した人数に対し残っている人数はそこそこというところである。
周囲を見るとこの辺は基本的にいくつかの冒険者が固まっている様子だ。冒険者の分布は主にチームごとの配置をされており、その配置する人数の調整にソロや少数の冒険者のチームを合間に配置したりなどが行われている。自分たちのいる場所はそこそこ後ろの方でクルドさんの言っていた通り後ろの方にいられるようだ。
それでももっと後ろの騎士たちや魔術師、国の持つ軍隊が待機する位置よりはかなり前の方だ。冒険者は半ば使い捨ての戦力に近い。だからこそ戦争中に逃げても大して咎められることはない。戦争前に逃げると厳しいことになるが。
「む……そろそろ始まるぞ」
空気が重くなる。これから始まる戦闘、無数の人と人が殺し合いを始める緊迫した空気。戦争の開始の合図は戦争を仕掛けた側でなく、戦争を仕掛けられた側が行う。戦争を吹っかけられた側が色々決められる方が平等だから……という理由かどうかは知らないが、そういうものであるらしい。
そして戦争の開始の合図が鳴る。それは惨劇の始まりを伝える合図だ。
「なっ!?」
「えっ!?」
「あれは……」
「え……」
「…………?」
自分以外の五人、それが前方で起きた光景を見て驚きの声を上げるか、それとも状況を完全に理解しきれず現実をみれないか。少なくとも全員が自身の思考処理能力を超えた情報を入手し、その結果呆然とした状況であるようだ。
前回はもう少し前方にいたはず。このままあの暴風が続けば前方に存在する冒険者は消え、一定ラインの冒険者がいなくなる。そうなれば一気にこちらまで突っ込んでくるだろう。まだ逃げきらない前の方にいる冒険者が囮兼壁になってくれるだろうからこちらは今のところ生き残れるが、それもそんなに長い間ではないだろう。だから、この時点で自分は提案をする。
「クルドさん、逃げましょう」
「………………」
前方を見つめながら、クルドさんは無言を貫く。逃げると提案したところで逃げる判断を下すのは難しいだろう。特にまだ戦ってもいない、始まったばかりで戦況が決まっていない状態。目の前で惨事が起きていても、まだ決定的な判断を下すことは出来ない。それでも、あの猛烈な死の暴風はわずかな時間でこちらに迫ってくるだろう。迷う暇はない。
「クルドさん……」
「スィゼ」
「はい」
クルドさんがこちらを見てくる。覚悟を決めた真剣な眼だ。
「ロックたちを連れて逃げろ。後は頼む」
「……え」
「私は戦う。それが冒険者として生きる私の務めだ」
「そんな……」
「一緒に逃げないのか?」
剣を持ち、一歩クルドさんが前に出る。
「戦うのが我々冒険者の務めだ。本来ならばそれから逃げるなどできないが……むざむざ前途のある若者を死なせるのもまた違う。だが、それならば私が逃げる理由はない。たとえ勝てないと分かってもだ」
勝てないのに挑む、それは間違いの答えを解答するようなもの。無意味、最悪の場合マイナスに傾くようなことだ。
「スィゼ、後は頼む。お前なら私の代わりも務まるだろう」
「クルドさん!」
クルドさんが前方の冒険者に紛れ暴風へと挑む。それを自分たちは見送ることしかできなかった。
「スィゼ、どうする?」
「スィゼ」
「スィゼさん」
「スィゼ」
仲間から名前を呼ばれる。こういう時頼りにされると逆に困る。今までクルドさんが担当していた仲間への指示、責任を追うことを一手に引き受ける形だ。しかし、当初の目的を進める。少なくとも、仲間たちはそれでいいだろう。
「逃げる。先に言った通り、逃げる」
「よし、わかった」
「やはりそうなるか」
「……クルドさんを置いていくのか」
ほっとした、安堵はあるがクルドさんが暴風へと向かっていった。自分たちは見送る形で別れ、それによる心残りがいくらかある。
「……安心しろ。お前たちは先に逃げろ。クルドさんのことは俺に任せろ」
「っ!?」
「……それは」
意味が分からないわけでもないだろう。戦争で残るということはあの暴風と接触しないはずがない。結末は誰でも予測できる。
「カイザ、戻らなかったら頼む。正直言わせてもらうと俺よりもお前の方がみんなをまとめるのには向いていると思う」
「おいおい……戻らないつもりかよ?」
「戻るさ。死にたくて戦うつもりなんてない。さ、他が逃げ始める前に早めに逃げろ。混乱状態だと大変になるぞ」
「……そうさせてもらう」
そう言ってクーゲル、ロック、ハンナが先に逃げる。
「……ちっ。後で合流しろよ」
「ああ。もちろん」
最後にカイザと会話し、カイザが逃げる。逃げると言っても脱兎のごとく振り返って逃げるのではなく、場所を移動するように後退しながら逃げる。
「……さて、敵討ちっていうのも柄ではないけど」
本気で敵討ちというわけでもないと思う。クルドさんが挑み、死ぬ。自分も前回殺された。はっきり言って今の自分で勝てるとは思えない絶対的な暴力だろう。だけど……勝てるかどうかじゃない。
「さあ、行くか」
多くの冒険者を現在進行形で血煙や肉塊に変える暴風。冒険者の数は減り俺たち以外からも逃亡者は出始めて全体の数は少なくなってきている。遠からず前回と同じ結果となるだろう。暴風へと進み前に出た冒険者、暴風の惨状に恐怖や畏怖を抱く冒険者、それらが集中して結果的に冒険者の空白地帯ができることになるだろう。そこに突っ込んでくる死神、その暴風もまた前回と大差ない。
剣を構え挑む冒険者から逃げる冒険者たち。多くの冒険者が大鎌の暴風に挑み散った。どれほどのものか受けることができればわかっただろう。暴風に挑むべく剣を構える。
「っ!」
声は出さない。目の前で戦いを挑むとはいえ、声を上げれば意識されるだろう。できれば認識外からの完全な不意打ちで攻撃を仕掛けるのが理想なんだけど。一気に近づき剣を振るう。一手でもいい……暴風に一撃を。そう考えていたのに、気が付けば腕が無くなっていた。
「」
叫ぶ前に首が落ちる。暴風に近づいた時点……剣を振るおうとした所で既に相手の攻撃の圏内だったわけだ。腕と首が一瞬で斬り落とされ自分の体から零れ落ちる。また、次の回へ。