loop5 猿も木から落ちる
翌日、朝の鐘で目が覚める。冒険者として活動してからの経験でこの時間に目が覚めるようになっている。その時その時で二度寝をすることもあるが、今回は朝の二回目の鐘で集合だ。鐘が鳴るころの集合というのは鐘が鳴ってからの集合とは微妙に違い、基本的には鐘が鳴った頃に集まっているべきである。別に鐘が鳴ったときにすぐにギルド前に行けばいいだけだが、自分はできるだけ早めに行くことにしている。三十分前行動とかそんな感じで。
着替えから持ち物のチェック、宿の荷物の回収から引き払いなど色々とやることもある。宿の引き払いは宿に荷物を残す場合はやらないが、今回止まった宿はそこまでいい宿でもないので場合によっては入りこんで盗られる可能性もある。まあ、そもそもそこまで荷物があるわけでもないのでそもそも部屋を取り続ける必要性もないが。
「武器、防具……旅道具、寝具系、糧食、小物……まあ、こんな感じでいいか。何でも持っている必然性もないだろうし」
基本的にソロで活動していた時は自分で必要なものを全部持っていなければならなかった。そのため結構持ち物が増えて大変だった。しかし今回はチームだ。リーダーであるクルドさんもいる以上自分だけで全部を用意する必然性はない……はずだ。
「まあ、気にしすぎても仕方ないか」
準備を終えた時点ではまだ早めだが、どうせ宿で待っていても暇だし早めにギルドの前に向かう。
恐らく鐘がなる一時間は前にギルド前に来た。ギルド自体の運営は朝の鐘がなってすぐに始まっておりすでに開いている。もっとも用事があるわけではないが。約束通り、外で待つ。およそ三十分ほど前の時間にクルドさんが来る。
「スィゼ……? ずいぶん早く来ているな」
「クルドさんこそ早いですね。まだ鐘が鳴るには早いですが」
「ああ、冒険者として活動するならある程度余裕をもって行動したほうがいいからな……まったく自分で賢しいというだけある」
早めに行動したためだろう。クルドさんの言う通り、冒険者としては早めの余裕を持った行動をとるほうがいい。依頼などでも期日ギリギリでの終了は評価がよくないし、この業界では不慮の事態というのは珍しくない。馬車の事故による足止め、冒険者のドタキャン、討伐対象の魔物の活発化や移動など、何があるかわからない。だから上位の冒険者は余裕を持った行動予定で動くことが多い……らしい。
自分はソロで活動していたので本当に上位の冒険者がそうしているかは知らない。あくまでそんな感じの話を聞いただけだ。一年しか活動していない冒険者では事実を知りようがない。
「装備、持ち物は大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「……両手長剣か。盾はどうした?」
「使いません。向いていないので」
「そうか。珍しいな」
俺の武器は両手剣だ。大剣の部類ではないが長めの剣ではある。剣の使い方は色々だが、剣と盾、二刀流、受けもできる大剣や長剣など様々な使いかたがあり、自分はその受けも可能な長剣を使う戦い方が主体だ。相手の剣での攻撃を剣で受ける、というのは刃こぼれや折れる危険性など色々と心配があるが、もともとそういったことをする前提の剣であるのでそれほど心配しなくてもいい。それでも結構な頻度で修繕や調整が必要だが。
ソロで生きていく以上、体力の消耗が大きい長期戦は向かず、できるだけ早めに戦いを終わらせる必要があり、多少防御を捨てた戦い方をしなければならなかった。かといって完全に防御を捨てるわけにもいかず、防御も行える戦闘法と武器を選んだということである。
「防具も動きやすさを重視……か」
初心者としては防具を安めにすることは珍しくもない。なので初心者は金属鎧を装備しないことも多いが、流石に単に金がないから革系ではないということはわかるか。実際重くない装備、関節の動きを阻害しない装備、体に沿っていたほうがいいなど色々な理由で選んだものだが。
「他にもいろいろと持ってきているな。宿はどうした?」
「昨日宿をとるのが遅くなったのであまりいい宿ではなくて。なので引き払いました」
「ということは全部の荷物を持ってきているのか。量は少ないみたいだから問題なさそうだが」
基本的に冒険者の持ち物はある程度は宿に置いていく。いつもすべて持っていくとかさばるし大変だ。今はまだ冒険者になったばかりなので荷物が少ないから全部持って行っても大丈夫だが……早めにいい宿にするべきか。
そんなふうにクルドさんと幾らか話しつつ他のチームの仲間を待つ。同郷の人間だからクルドさんから話を聞いていたからだろうか。鐘が鳴る少し前くらいにロックとハンナがギルド前に来た。そして鐘が鳴ってすぐにクーゲルがギルド前に来る。それから三十分くらいしてカイザが来た。
クルドさんはチームの仲間に時間に関わる注意についてを話す。冒険者にとって時間を守って行動することは大切なことである。チームである以上遅れてくる人間を放っておくわけにはいかない。そのため一人遅れればチーム全体の行動が遅れる。しかし依頼によっては時間に間に合わせなければならないこともあり、遅れた場合遅れた仲間を置いていかなければならないこともある。それはチームとしてもいろいろと困る事態に成り得る。
そういった諸々の事情もあって時間が指定されている場合、早く来ているべきとまでは言わないができるだけ指定された時間に間に合うくらいに来るべきであるという話だ。今回はカイザが明らかに遅れ過ぎであるということだ。
もちろんそんなことを聞いたこともないカイザは文句を言うが、こういう形での指導も教導依頼の目的の一つなのだろう。先日の細かい内容を省いた依頼説明でもそうだが、冒険者に成り立ての人間を試す意味合いがあるのだろう。失敗もまた経験だ。失敗できる時に失敗し、致命的な失敗を犯す前に失敗しなくなるようにする。そういうことなのだろう。
ギルド前でずっと話し合っていても仕方がないということで予定通り依頼の村に向かうことになった。カイザはまだ不満があるようだが、確かに言われた時間より遅れてきたのは事実である。一応納得して話を受け入れたようだ。
半日とはいえ旅路は旅路である。この時期はあまり街道での警戒は必要にはならないのでそこまで気にする必要はないが本来ならば周囲の魔物やその他の危険の把握などをする必要がある。そういった意識についてクルドさんが初心者である俺たちに教えつつ街道を進む。街道はそこそこ混んでおり、六人でまとまって行動している自分たちは微妙に動きづらい状況となっている。そのため、半日……真昼頃にはつくはずが依頼の村に着いた頃には昼の二の鐘が近い時間、おおよそ二時過ぎくらいの時間に村に着いた。昼食は道中で食べたのだが、その時持ってきていない者もいてクルドさんが事前に準備していた物を受け取って食べていた。
村に着き依頼主である村長に話を聞きに行く。討伐対象である魔物の発見場所や住みかとしている森に関しての話などを訊ねている。ある程度情報を集めた後すぐに討伐に赴くこととなった。
「討伐対象のテナガザルは森にいる。森の中には他の魔物や動物がいたり、毒虫なんかもいる。気を付けてついてくるように」
「はい!」
「わかったよ」
クルドさんの言葉に仲間も頷きついていく。森の中を進んでいると、地上に猿の魔物がきょろきょろと周囲を見ているのを発見する。幸いに猿の後方に出たためまだ見つかっていない。
「あれがテナガザルだ。地上では動きが遅い。ただ、腕を伸ばして攻撃してくるから注意しろ」
「……なあ、誰がやる?」
カイザがそう言ってこちらを見る。今回の依頼は教導依頼であり、複数人で倒すというわけにもいかない。最初に誰が挑戦するか、ということだ。
「……スィゼ、お前が最初にやれ」
「……了解」
クルドさんに指示され俺からテナガザルと戦うことになる。なんとなく信頼されている感じと言うか、一目置かれているというか……都合よく解釈すればそんな感じの期待が籠っている感じだ。
後ろを取っているため、音と気配を殺しつつ近づく。しかしきょろきょろとしているテナガザルはそのまま後ろの方に振り向き……視線がぶつかった。
「キャーッ!!」
テナガザルが叫び腕を振り上げる。テナガザルの攻撃手段は一つのみ、腕を伸ばしての遠距離攻撃である。この攻撃は腕をまっすぐ振り下ろしてくるだけで、横に逸れるだけで回避できる。
少し横に移動し攻撃をかわすと、その伸びた腕が横にある。伸びた腕は質量保存の法則にしたがっているのか、伸びた分だけ細くなり中身もスカスカなのかかなり柔らかい。剣を振り下ろし腕を切断する。伸ばした腕を戻すのが遅いため狙いやすい。
「ギャーッ!」
先ほどの叫びと似ているが、今度は悲鳴である。一気に伸ばした腕を戻すが、切られた腕は戻しても斬られたままだ。そのまま逃げようとするがテナガザルは腕を用いての木々の枝間の移動能力が高いが地上での移動速度は遅い。そのまま一気に近づき足を斬りつけ動けなくしてから思いっきり剣を振るい首を落として終わらせる。
「よくやった」
「いえ……」
大した相手ではない。初心者であれば今のは戦果としては十分かもしれないが、自分の中では初心者は卒業しているので。
その後も同じようにテナガザルを探しながら森を歩く。他の仲間が発見したテナガザルを狩る。全部で十体だが、現在その半数程が狩れている。初心者組は自分も含めて三人が一体を狩っている。そうしてテナガザルを探している途中、何者かが森に侵入したような後を見つけた。
「クルドさん、ここの村に狩人の類っているんですか?」
「いや。そもそもそんなのがいればテナガザルを狩る依頼を頼んだりしないだろう」
テナガザルは大したことのない強さの魔物だ。狩人がいれば依頼を出す必要もなく余裕を持って狩れる。つまり狩人がいないということだ。
「何かあったか?」
「人が入ってきた後があったので……狩人でないということは村人……」
「ではないだろうな……いったい誰が?」
魔物がいる森に戦闘能力の低い村人が入る可能性は低い。そもそも何のために入ったのかという話だ。人が入った痕跡があるのにその対象が思いつかない。クルドさんも少し奇妙に思っているようだ。他のメンバーに奇妙なものを見つけたら報告するようにと言っていた。
個人的にも、何か今回のことで引っかかることがある。そもそもこの依頼の途中でこのチームは全滅している可能性が高い。つまりはこの森に何かある可能性が高いのだ。人が入った痕跡があるということはつまり盗賊か何かの可能性が高いとみるべきか。
仮に人がこの森にいるとして……どこにいるのか? 森の中には今のところ地上にテナガザルを見かけるだけだ……いや、これはおかしい。テナガザルは樹上の生物であり、その伸びる腕を利用し枝から枝へと移り渡る樹上生活をしている。彼らがその移動手段を使えない地上に降りるのは基本的に樹上に自分たちではかなわないような脅威が存在する場合だ。
「……樹の上か?」
樹上を見上げる。枝と葉が茂り、特に何かいるようには見えない。ただ見えないだけか、それとも何か隠れているのか。そう考えながら少しずつ移動しながら樹上に目を向ける。そうしているとかさりと微かな音とともに人の姿を見た。目線がぶつかり合う。こちらが向こうに気づいたと同時に、向こうもこちらが気づいたことに気づく。視線がぶつかり合えば当然だ。
向こうはこちらから視線を外し、別の方向に視線を向ける。そちらを見るとクルドさんが視線の先にいた。頭上から不意打ちで実力のある先輩冒険者を襲うつもりなのだろう。
「っ! クルドさん、上だっ!!」
警告を叫ぶ。それとほぼ同時に先ほど視線がぶつかった誰かがクルドさんに頭上から襲い掛かった。